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 Chapter. 2
 High school debut
 ハイスクールデビュー 1
 
 
 
 
 
 
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								|  |  | 小鳥のさえずりが聞こえる。遠く小さく、そして近く大きく。まるで会話しているかのように繰り返される。朝の挨拶なのかもしれないな〜と、ぼんやり考えながら朝になったことを知覚する。
 ゆっくりと、でも、いつもより急速に眠気がひいて、意識がはっきりと目覚める。
 
 胸の上に重みを感じて目を開けると、視界いっぱいにチェリルの顔があった。
 目覚めたことに気づいたのか、ザラザラした舌で鼻の周りを舐めてくる。
 
 「こら。あは。やめろチェリル。もう起きるから」
 毛繕いのつもりなのか、いつまでも舐め続けるチェリルを布団の中に引きずり込む。
 多少嫌がる素振りを見せるけど、喉をくすぐって大人しくさせてから胸にかき抱いた。
 
 「ふふ。あったかーい」
 きゅっと抱いて頬ずりする。
 チェリルはちょっぴり苦しそうに鳴いて、腕の中からもがくように抜け出した。
 そのまま軽い足取りでドアの前まで行くと、こちらを振り返って再び短く鳴いた。
 
 「はいはい。起きるってば。わかってるよチェリル」
 まどろみもそこそこにベッドから身を起こす。
 
 眠気を追い出すように背伸びをしつつ軽く身体を捻って柔軟する。
 この三日間は入院などの理由で寝てばっかりだったから、エネルギーを持て余した身体が活動したがっている感じだ。
 時計を見ると、まだ六時前だった。どおりでカーテン越しの外が暗いわけだ。
 
 今日から俺も高校生。
 でも、入学式当日は入院してたので他の生徒に二日遅れての初登校になる。
 しかし、いよいよスカート姿で人前に出なきゃならないかと思うと気が重い。
 
 「……よし。気合い入れないと」
 憂鬱さを吐き出して気持ちを入れ替え、パジャマのままチェリルと一緒に一階に下りる。
 
 まだ誰も起きてないだろうと思っていたけど、キッチンに人の気配があった。
 
 「母さん、おはよ」
 「あら、さくらちゃん早いわね。おはよう」
 朝食を準備する手をとめて、母さんがにっこりと笑う。
 
 「ん。最近寝てばっかりだったから」
 「うふふ。そうね。あら?さくらちゃん寝癖がついてるわよ」
 「え? どこ?」
 「後ろの方」
 寝癖がついてるところを撫でてくれる。
 
 「ちょっと簡単にはとれないみたいね。そうだ、さくらちゃん。朝シャンしてきたら?」
 「そんなに酷い?」
 「まだ時間あるから、いってらっしゃい」
 「はーい」
 朝ご飯をねだるチェリルを横目に、キッチンから再び廊下へ。
 ま、顔を洗うついでにやっちゃおっと。
 
 
 
 
 脱衣所にある大きめの洗面台で簡単にシャンプーする。
 ちなみに、朝にシャンプーする習慣なんてなかったんだけど、これはこれですっきりするし、目も覚めるし良いかもしれない。
 いっそのこと朝風呂ってのも優雅でいいかな〜。でも、長湯になって遅刻しそうだ。
 そんなことを考えつつ、顔も洗ってさっぱりした俺は着替えるために一旦自分の部屋へ戻った。
 
 「……のはいいんだけど、ボタンが留めらんない」
 思わず独り言を呟くほど着替えに手間取る。
 
 左腕のギプスで手が上手く使えず、下着を着替えるだけで泣きそうなくらい時間がかかった。
 途中、自力で着替えられそうもなかったので、一階に降りて母さんに手伝ってもらう。
 最近のギプスは石膏部分が薄くても十分な強度が保てるらしく、なんとかシャツの袖が通った。
 それでも制服の上着の左腕部分はかなり膨らんでいて、パッと見でも違和感が感じられる。
 まぁ、その左腕は負担を減らすために包帯で肩に吊るんだけどね。
 
 母さんは、今日が初登校なんだからとヘアスタイルまで手を入れてくれた。
 左右の横髪を三つ編みにして後ろへ回し、後頭部で結わえてセーラー服の色に合わせた暗い藤色のリボンで留める。
 別に髪型なんてどうでもいいと思ってたので、任せっきりでテレビをぼんやりと見ていた。
 
 「……ちょ、ちょっと母さん!?」
 ふと気が付くと、化粧までされていることに気がつく。
 どうりで顔を撫でられてたわけだ……って、いくらなんでも気づけよ俺。
 
 「あん。動いちゃだめよ。もうすぐ終わりますからねぇ」
 「学校なんだから化粧はまずいよ」
 「あら、大丈夫よぉ。軽いものだからわからないわよ。きっと」
 「き、きっとって……」
 全然信用出来ない説得力で、にっこりと微笑む母さん。
 
 「ん〜。やっぱりさくらちゃんってば、化粧映えするわぁ。ねぇ。今度完全メイクさせてくれない?」
 「……考えとく」
 こ、この人わ。
 でも、母さんの笑顔のお願いに逆らうことが出来ないので不承不承頷くしかなかった。
 
 「約束よ? はい、最後にリップクリームつけてっと」
 「あ、ありがと」
 なにか物足りなさそうな母さんの手から逃げるようにリビングに戻ると、ようやく起き出した瑞穂と顔を合わせた。
 
 「お、おはよう、瑞穂」
 「おはよ〜お姉ちゃん。早いね〜、もう着替えて……」
 不意に言葉を詰まらすと、ぽかぁんとした表情で俺を見つめる。
 
 「なんだ? なんか顔についてるか?」
 「え? う、ううん」
 「変なの」
 たたたっと洗面所に駆け込む瑞穂を見送ってから、先に朝食を食べ始める。
 瑞穂と入れ違いで親父……いや、父さんも背広姿でリビングに顔を出した。
 
 「おはよ、父さん」
 「ああ、おはよう、一……樹……」
 父さんも、ぽかんと見つめたまま微動だにしなくなる。
 
 「ん?」
 「い、いや、み、美咲。コーヒー出来てるかな?」
 ごまかすように母さんの名前を呼んで、キッチンに行ってしまう父さん。
 
 ……なんなんだいったい?
 
 程なく、家族全員が朝食の席についた。
 先に食べ終わっていたので、コーヒーを飲みながらテレビを眺める。
 それにしても、いよいよスカートで人前に出なきゃならないかと思うと自然と溜め息が出る。
 
 あ〜あ、セーラー服じゃなくて、男と一緒の学生服にしてくんないかなぁ……。
 大体、女はスカートって決めつけてるのは、男女平等に反するんじゃないのか。
 好きな奴はいいけど、俺みたいに嫌だと思う娘もいるんじゃないかな。
 勝手に型にはめるのはやめて欲しいよなぁ。
 前の学校は私服通学で良かったなぁ。
 
 とにかく憂鬱だ。
 ふぅ、と溜め息をついたあと、みんながじっとこちらを見ていることに気づいた。
 
 「な、なに?」
 妙な雰囲気に思わず声が裏返る。
 
 「お姉ちゃん別人みたい……」
 瑞穂が頬に手をあてて呟く。
 
 「べ、別人って?」
 「髪型違うせいかなぁ?いつもと雰囲気違って見える」
 「ふふふ。似合うでしょ。私が結ったのよ」
 自慢気な母さん。
 
 「でも、今の憂いを帯びた表情なんて、我が娘ながらゾクゾクしちゃうわぁ」
 組み合わせた手を頬にあてて、うっとりと呟く。
 
 「うんうん。瑞穂もそんな感じがしたよぉ」
 必要以上にキラキラと瞳を輝かせた瑞穂が力説する。
 
 (なに?憂い?)
 なにを言ってるのか理解出来なくて、困惑で頭がいっぱいになる。
 
 「俺も母さん……一樹のお婆ちゃんの若い頃にそっくりなんで驚いたよ」
 「お母様、綺麗でしたものね」
 父さんの言葉に母さんが相槌を打つ。
 
 俺自身に自覚はないんだけど、やっぱり婆ちゃんに似てるらしい。
 へぇ。そんなに婆ちゃんに似てるのか。
 ふぅん……と鏡を覗いてみる。
 
 「……誰? これ?」
 「誰って、やぁね〜。さくらちゃんに決まってるじゃないのぉ」
 なにやら満足そうな母さん。
 しかし、そんな声に構ってはいられなかった。
 
 鏡に映った自分に驚く。
 だって、そこには見知らぬ娘が映っていた。
 ま、まぁ、そりゃぁ自分の顔なんだし、見知らぬってのはオーバーかもしれないけど、それくらい様変わりしている自分が映っていた。
 
 洗ったばかりの輝くサラサラヘア。
 髪をまとめる藤色のリボンが上品そうな印象を与え、リップクリームでツヤツヤと光る唇に、化粧のせいか普段より柔らかそうな顔つき……。
 自分で言うのもなんだけど、実に男受けしそうな、まさしく『女の子』として、非の打ちどころがなかった。
 
 「ちょ、ちょっと母さん!」
 「ふふ。自分の美少女振りに驚いた? さくらちゃんは元が良いんだから、きちんと身だしなみ整えれば、これくらいは当然よねぇ」
 得意げに顎に人差し指をあてて、自慢げに胸を張る。
 
 「こんなんじゃ学校行けないって」
 「えぇ〜なんでなんで〜? お姉ちゃんめちゃ可愛いんだからいいじゃん」
 瑞穂がお気楽に抗議の声を上げる。
 
 「あのなぁ。化粧なんかして行ったら目立つに決まってんだろ!? 俺は目立ちたくないの!いくら二年半経ったって言っても、昔の知り合いと会う可能性は中学の時の比じゃないんだぞ。変に注目集めてバレたりすんのは嫌なの!」
 「そんなこと気にしなくてもいいのにぃ〜」
 「気にするって!」
 そう言い残して洗面所に駆け込んだ。
 
 クレンジングを手にとって手早くメイクを落とす。
 バシャバシャと顔を洗って、さっぱりした顔を鏡に映した。
 うん。いつもの自分の表情に安心する。
 
 リボンをはずしながら足早にリビングへと戻った。
 
 「母さん、悪いけどリボンも返す」
 「あぁん。さくらちゃんお化粧落としちゃったの……」
 「髪も、せっかくだけど普通にするから」
 「くすん。母さん良かれと思って、おめかししてあげたのに」
 よよよ。と、泣き真似して涙を拭う振りをする。
 
 「……お、おめかしは、またの機会ってことで。とにかく、今日は三つ編みで行くからね」
 「もう。さくらちゃんのいけず〜。はいはい。わかりましたよぉ。くすん」
 「……ごめん、母さん」
 かなりの確率で演技なんだと思うものの、母親を泣かせて落ちついていられるわけもなく、次第に増してきた罪悪感から母さんに謝る。
 
 ……たぶん、それが狙いの演技なんだろうけど。
 
 頭を下げていると、ついさっきまで泣き崩れていたことなど微塵も感じさせずに母さんが立ち上がった。
 そして、俺の両肩に手を置いて見つめてくる。
 
 「ううん、いいのよ。さくらちゃんには自分の考えがあるんですものね。無理強いは出来ないわ」
 しんみりした笑顔の母さんと間近で目が合う。
 そして……
 
 「でも、次の機会には、ちゃんとおめかしさせてね」
 にっこりと微笑んで念を押した。
 
 「う、うん……」
 や、やっぱり。なんか企んでるとは思ってたけど、また化粧するのか……。
 しかも、次回は拒否権がなさそうだった。
 
 「でも、そんなに似てる?」
 髪を三つ編みにしてもらいながら、さっきから気になっていた、お婆ちゃんとのことを聞いてみる。
 
 「お母様に? えぇ似てるわよ」
 「ふぅん。そんなに似てるなら、お婆ちゃんの若い頃の写真見てみたいな」
 「そうねぇ、確か押し入れの奥にあったはずだから今日探しておくわね」
 「うん。お願い」
 鏡で確認すると、等身大の自分が映っていた。
 うん。やっぱり普通が一番だな。
 
 さてと。少し早いけど、そろそろ学校に行こうかな。
 
 制服の上からコートを羽織ると、用意していた伊達メガネをかける。
 時間割などが全然わからないので、とりあえずめぼしい教科と、ノートにペンケースだけ詰めたカバンを持つ。
 
 「それじゃ。いってきます」
 「はい。さくらちゃんいってらっしゃい。病み上がりなんだから無理しないでね」
 「そうだぞ一樹、無理はするなよ」
 「うん。いってきます父さん」
 「お姉ちゃん、いってらっしゃーい」
 「ああ。瑞穂も遅刻するなよ」
 「あはは。大丈夫だってば」
 のーてんきで無邪気な瑞穂の笑顔に見送られて家を出た。
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