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Chapter. 4
I miss you
アイ・ミス・ユー 1
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……ジィィィィィーーーーー。
………。
……パタン。
…………。
……。
「ん?」
久々に真吾の家に遊びに行ったその翌朝。
目を覚ましてから一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。
「……?」
朝の気配がいつもと違う感じがしたし、なにより目に入った風景がいつもと違う。
「あ〜……そっかぁ……」
ゆっくりと働き始めた頭が、真吾の家に泊まったことを思い出した。
昨日。琴実さん(と呼んで欲しいと頼まれた)が戻ってから一緒に夕食の準備をして、仕事から帰ってきた大吾おじさん(真吾の父親)と、真吾を含めた四人で夕食を摂った。
女になった俺の存在は、妙に真吾の両親に気に入られたようで、あげくの果てには『嫁に来て欲しい』って無茶な話まで出てくるほどだった。
もちろん冗談なのだろうと思うんだけど、まさか……本気じゃないだろうな。
その食卓の席で真吾が『明日、誠南高校グラウンドで練習試合がある』という話を持ち出したので、会話の流れから応援に行くことになり、『なら明日一緒に行きなさいな』という琴実さんの強い要望で、そのまま真吾の家に泊まることになったんだった。
それから、いったん家に電話を入れて、母さんに真吾の家に泊まることを伝えた。
瑞穂には今日の昼の出来事もあったので、明日の練習試合の応援に一緒に行かないかと誘った。
瑞穂は受話器越しでも鼓膜が痺れるほどの大きな声で行くことを即答した。
で、今日こっちに合流することになっている。
ちなみに、瑞穂も泊まりに行くと電話口で言い張っていたけど、それは母さんが許可しなかった。
俺はオッケーで瑞穂だとダメってことではなくて、ふたりもお邪魔すると迷惑になるし、その時の時間も遅かったのが不許可の理由らしい。
その後、琴実さんと母さんとの間で長電話になったので、俺と真吾は早々に二階へと退散した。
しばらく真吾の部屋で適当に時間を潰したあと、真吾の姉である壬琴さんのパジャマとベッドを借りて眠りについた。
……はずだったんだけど。
確かに壬琴さんのベッドで眠った俺の隣に、なにゆえに真吾が寝てるんだろう?
しかも身長差からか、真吾の懐に抱かれるような格好の、かなり不可解な状況だ。
とりあえず、真吾を起こさないように上半身だけを起こして部屋を見回してみる。
あれれ?
ここって、真吾の部屋……だよな。
サッカー雑誌が詰まった本棚。(前に見た時よりすっごい増えてる)
昨日対戦したゲーム機とTV。(ちなみに勝率は五分五分だったので接待プレイかも)
きちんと片づけられている机。(これは昔からこんなだった)
どう見ても、真吾の部屋にしか見えない。
「ん〜」
人差し指を額にあてて目を閉じる。
やっぱ、あれかな?
俺が自分で真吾のベッドに潜り込んだんだろう、きっと。
真吾は一度寝付くと多少のことでは起きないし。
なのに寝起きはいいんだよな。
俺なんか知らない人がいる環境だと物音で目を覚ますこともあるって言うのに羨ましいことだ。
その真吾は幸せそうに寝息を立てていた。
ほほぅ。マジで幸せそうな寝顔だな、おい。
なにか良い夢でも見てるのかな。
そう言えば……夜中にトイレに起きたような気がしないでもない。
すでに記憶自体が曖昧だけど、トイレから戻る際、以前泊まりに来てた時の習慣で真吾のベッドに潜り込んだんだろう。
その途中で琴実さんとなにか話したような記憶もおぼろげながらある。
子どもの時は、よく一緒に寝てたからな〜。
そんなことを考えていると、目覚まし時計がけたたましい自己主張を始めた。
瞬間、寝たままの真吾の手が正確に目覚まし時計へと伸びてベルをとめる。
それから五秒ほどで真吾の目がうっすらと開いた。
しばらく視線が定まらないまま、ふらふらとしていたが、俺と目があうと視線が固定された。
「おはよう」
とりあえず挨拶してみる。
「あーおはよう……って。えぇぇ!!?!?#@&#」
真吾は勢い良く起きあがると、俺の姿を上から下まで確認する。
そして、自分のパジャマ姿も確認している。
なにを確認してるんだ?
「なっ、さっさくら!? ……え? えぇ〜!?」
かなり狼狽しているようだ。
「おはよ。今日もいい天気みたいだね」
もう一度挨拶して、カーテンから漏れるまぶしい光に目を細める。
今日はいい天気みたいだな。
「あ、おはよう。うん、そうだね……って!! それより、なんでさくらが!?」
「う〜ん。なんだかね。目が覚めたら真吾が隣にいた」
「いや、ここは僕の部屋で……あれ?」
「な〜んか夜中トイレに起きたあとさ、こっちで寝ちゃったみたいなんだ」
「みたいなんだって……」
「まぁ、起きたらこーなってたわけ」
ふたりが添い寝していた現状を指さす。
「なっ」
「でもさ。目が覚めたらこの状況だろ? しかも、真吾が胸に顔を埋めて寝てるしさ。びっくりしたよ」
「えぇぇぇぇ!!!???!?」
お〜。驚いてる驚いてる。
予想以上の反応だな。
「なぁぁぁんてね。嘘だよ〜」
焦る真吾に舌を出して見せる。
キョトンとハト豆な真吾を横目にベッドから起き出した。
「う、嘘、か、そう、そうか、はぁ……っったぁ……」
「ん? じゃ、先に下に下りてるよ」
パニックから立ち直れない真吾を残して、俺は階下に降りた。
リビングでは、すでに起きていた琴実さんとジョンがくつろいでいた。
「おはようございます」
「ワウッ!」
ジョンが尻尾を振り振り駆け寄ってくる。
「おはよジョン。今から朝ご飯?」
「ワンッ!」
頭を撫でてやると、身体をこすりつけるようにまとわりついてくる。
「一樹ちゃんおはよう。よく眠れた?」
琴実さんがジョンの朝ご飯を準備しながら挨拶を返してくれる。
「はい。あ、ジョンのこと撮影してたんですか?」
手に持っているビデオカメラを指して聞いてみる。
大吾おじさんほどではないけど、琴実さんも犬好きだからなぁ……。
「えっ!? あ、あぁコレ、ね? うん、そうなのよ〜。でも、ごめんなさいね」
「なにがです?」
「壬琴のパジャマ。小さかったでしょう?」
自分のパジャマ姿を見下ろしてみる。
白地を基調にピンクと赤の小さな水玉があしらわれたパジャマは、確かに少し小さかった。
袖の裾はちょい短いし、上着の裾もちょっと動くとへそが見えてしまう。
「壬琴が着るとブカブカなんだけどね。一樹ちゃんには小さかったみたいね」
「いえ、気にしないでください」
「でも、ふぅん? これは、壬琴負けてるわね」
「負けてるって、なにがです?」
「一樹ちゃん、それ。自前なんでしょ?」
そう言う琴実さんの手が俺の胸元に伸びて、指先で胸をつつく。
「え!? えぇ、まぁ」
そのまま弾力を確かめるようにプニプニとつつく琴美さん。
これはこれで恥ずかしいんだけど。
「う〜。あたしも負けてるかもなぁ」
今度は自分の胸に手をあてる。
どうしてこう、女の人は胸の大きさにこだわるんだろうか?
もっとも、男の方がこだわってるような気がしないでもないけど。
「しかし、美人よねぇ。男の子の時はあんまり思わなかったんだけど、今こうして見るとホントそう思うわ」
「あ、ありがとう、ございます」
「ねぇ。赤ちゃん産めるんでしょ? 美咲がそう言ってたし」
「ええ。医者の話では産めないこともないそうですよ。子宮もちゃんとあるそうですから。ただ、遺伝子異常の問題があるから絶対大丈夫ではないそうですけど」
「そりゃ最初から女だった人の中にも不妊症の例はたくさんありますからね。そう深刻になることはないわよ」
別に深刻になっちゃいないんだけどな。
「ふぅん? ね、一樹ちゃん」
「あの、出来れば『さくら』の方で呼んでくれませんか?他の人には内緒にしてるんで」
「あら、そうだったわね、ごめんなさい。じゃぁ、さくらちゃん」
「はい」
「ね。どう?ウチにお嫁に来る気ない?」
「ちょっ、ちょっと母さん!」
俺が口を挟むより先に、後ろから声がしたかと思うと真吾がリビングに入ってきたところだった。
「あら? 真吾は嫌なの?」
「え!? い、嫌って、そう言う問題じゃなくて!」
「ね、どうかしら、さくらちゃん?」
「いや、その、え〜〜っと」
「自分の息子を褒めるのもなんだけど真吾は結構お買い得よ。あたしもウチの人もさくらちゃんなら気心も知れてるし大歓迎なのよ。ね?」
「ね? じゃなくて! どうして、この人は、そんなことを言い出すかな!?」
「ま。真吾。自分の母親を掴まえて、この人とはどういうことなのよ」
「母さんが変なこと言うからだろ!」
「変ってことはないでしょう? 真吾はさくらちゃんじゃ不満なの?」
「あの、まぁふたりとも落ちついて」
話の内容からすれば間違いなく当事者のはずなのだが、完全に話に置いて行かれてる俺は、仕方なく仲裁役に回る羽目になった。
なにか最近の俺って、こんなこと多いよな……。
俺がお嫁さんになるという話は、なんとか有耶無耶のうちに収束した。
花嫁修業は実際に嫁になるわけではないので割り切れているんだけど、自身自分が『お嫁さん』になるのは、もの凄く抵抗がある。
まだ、婿の方が実感が湧くくらいだし。
でも琴実さんからは、俺が男だったからどうだとか、そんなことは微塵も感じられなかった。
昔、男だったことって気にならないのかな?
それより、真吾の方が嫌だろ。俺なんかがお嫁さんなんて。
嫁の話は冗談(……と思っておこう)なんだから良しとして。
もし本気だとしたら、気持ちはありがたいんだけど複雑だ。
そもそも境遇から貰い手を見つけるのが難しいだろうから、琴美さんの提案は渡りに舟なのかもしれないけど……。
花嫁修業とかやってるけど、実際に嫁ぐ気なんか全然ないしね。
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