Chapter. 2
High school debut

ハイスクールデビュー 4





 
   

そんな他愛もないお喋りに興じてるうちに、みんなより一足先に昼食を食べ終える。
繰り返される茜と桔梗さんの掛け合いを聞きながら弁当箱を包んでいると、

「お〜い!波綺さーん」
入り口付近のクラスメイトから呼ばれた。

「はい?」
「お客さんきてるよー」
お客さんって誰だろう。手早く弁当箱を机にしまってから廊下に出てみると。

「やっほー。さくら」
俺の姿を確認するなり、メグが手をひらひらと振る。

廊下で待っていたのはメグと真吾だった。
真吾のことはすでに一年生にも知れ渡っているらしく、廊下の向こうなどで『きゃぁきゃぁ』と女の子が騒いでる。

「こんにちは。恵さんに真吾さん。どうしたんですか。ふたり揃って」
「………」
「………」
「どうかしました?」
「えぇっと……さくら、よね?」
「はい。そうですけど」
「なによ、その喋り方は。見慣れない服装のせいもあって、なんか見違えちゃったじゃない」
「……仕方ないだろ。ここは学校なんだから」
メグの耳元に顔を寄せ、小さな声でぼそぼそと言いわけする。

「……そんなの長く続かないわよ」
「……やってみないとわかんないだろ」
メグとふたりでささやきあう。

「おーい。僕も混ぜてくれないかな」
ひとり蚊帳の外だった真吾が、話に割って入る。

「あ。ごめんね真ちゃん」
メグが笑って答える。

「でもさ、さくらの制服姿、よく似合ってるね」
真吾がマジマジと眺める。

「そうね。私も最初びっくりしちゃった。磨けば光るタイプだと思ってたけど……うん。かなり良い線いってるんじゃない?」
メグも無遠慮にジロジロと見ている。

「……あの。恥ずかしいんですから、そんなに見ないでくれませんか」
ふたりの視線を受けて羞恥に頬が染まるのを感じながら精一杯演技を続ける。
とゆーか、おまえらに見られるのが、女装晒してるみたいで特に恥ずかしいんだってば。

「いいじゃないか。似合ってるし、僕は良いと思うな」
「いや、そう言うことではないんだけど」
「で、どう?」
メグが主語述語を省いて簡潔に訪ねてくる。なにが『どう?』なんだよなにが。

「どうって?」
「んもう。初登校しての感想よ」
「うん。友達も出来たし問題ないですよ」
でも、クラスの大半とは名前はおろか会話すらしてないけどな。

「試験はどうだった?」
廊下の向こうの騒ぎにも微動だにせず(背後だし気がついてないだけかも)真吾が聞いてくる。

「まずまず、かな。ふたりは……聞かなくてもいいか。どうせバッチリなんでしょう?」
「まぁね。やるだけやったって感じかな」
余裕たっぷりな真吾。

「そうね。でも、さくらも前に勉強出来るようになったって言ってたじゃない」
「だから、まずまずなんですってば」
「そっか。前だったら死にそうな顔してたもんね」
「……そんなに酷くはなかったです」
失礼な。ジト目でメグを睨む。

「あはは。まぁまぁ。立ち話もなんだからどこかに座って話さないか」
「うん」
「いいわね。それじゃ中庭に行きましょ」
上履きのまま出られる中庭のベンチへ向かう。
途中、女の子たちがこっちを見ながら、ひそひそささやく姿が目にとまった。

うーん、俺の包帯姿が目立つんだろうか。
それとも真吾? 意外とメグに憧れる下級生が噂してたりするのかも。
もしそうだったとしたら……。
量産型メグに蹂躙される未来図を思い描いて慌てて打ち消した。
それが現実になったら学校辞めるぞ? マジで。




外に出てみると、澄み渡った空と日差しが、目を射抜くようにまぶしく感じるほどの快晴だった。

「恵ー!!」
二階の窓から二年生らしい女子生徒がメグを呼ぶ。

「なにー? 沙也香」
「センセーが呼んでるよー。日直の仕事がなんとかってー」
「あぁー!忘れてた!! ごめん、私行って来る」
前半はクラスメイトの女の子に、後半は俺たちに向かってそう言うと、メグは脱兎の如き勢いで校舎内に戻って行った。

「なにやってるんだか。でも珍しいなぁ。あのメグでも用事忘れることもあるんだな。あっ」
口を押さえて慌てて周囲を見回す。幸い近くには誰もいなかった。
ほぅっと安堵の息が漏れる。

ん? ついつい素で喋ってしまって慌てたけど、よくよく考えればそんなには問題ないんじゃないか。

「久しぶりに三人揃ったから、きっと恵も嬉しいんだよ」
そんな俺を笑って眺めながらがらフォローを入れる。

そう言えば、小さい頃から計画担当のメグに、実践担当の俺、サポート役の真吾って役回りだったっけな。
こうして、そのサポートぶりを改めて実感すると、その役回りは今も健在なんだなと思う。
でも、メグは昔からとても頭が良い子で、テストの成績は元より忘れ物とかにも無縁の存在だったんだけど、さては衰えてきたかな。

空いていたベンチに真吾と並んで座る。
太陽の光でポカポカとした春らしい陽気に包まれ、時折吹く風が緑の香りと、昼休みの喧噪を運んでくる。

「あの……さくら」
「なに?」
ふんわりとした雲を眺めながら、気の抜けた返事を返す。
こうやって真吾とふたりになってみて気がついたんだけど、随分緊張してたんだな俺って。
今になって、体の芯に重いしこりのような疲れが感じられた。

「スカートなんだから、その……足を組んだら……」
真吾は視線を逸らし、顔を赤くしていた。

「あ。そっか」
無意識に組んでいた足を戻して両膝を揃える。
あ〜スカートって面倒だよな。

「女の子なんだから気をつけないと」
「は〜い。まだ慣れてなくってね」
右手で髪を撫でながら苦笑する。

「でもさ、やっぱりセーラー服良く似合ってると思うよ」
「真吾、くん?」
うわぁ違和感ありまくるぞこの呼び方。
でも、どこで誰が聞いてるかわかんないからな。

「え?」
「平気そうに見えるかもしれないけど、めちゃ恥ずかしいんだよ。スカート短いし」
「はは。まぁ良いじゃない」
「良くない!」
思わず大きな声を上げてしまい、慌てて声のトーンを落とす。

「考えてみて。自分がスカートを穿いた時の気持ちを」
「う〜ん。それは、想像するだけでも嫌だけど」
「だろ?っじゃない。でしょ?」
「僕は似合わないだろうけど、さくらは似合ってるからいいじゃないか」
「う〜」
真吾に悪気がないとわかるだけに、文句が言えずに黙り込む。

「そう言えばさ」
話題を変えようと、青空を見上げながら話しかける。

「なに?」
「真吾くんって、ファンクラブがあるって本当ぉ?」
わざと語尾をつり上げ気味に訊く。

「えぇ!?」
その反応も予想通りのものだった。

ふふふ。反撃開始だ。
やっぱ言われっぱなしじゃ俺の名が廃るってもんだ。
ただでさえ弱み(誓ってもいいが真吾は決してこう思ってはいないだろうけど)握られてるしな。

「……うん。よくわからないけど、そうらしい」
ちょっぴり顔を赤くさせて真吾が答える。
コイツは昔からこういった話題が苦手で、メグとふたりでいつもからかってたからなぁ。

「あはは。いいじゃないですか。おモテになって羨ましい限りです」
「くぅー。さては、さっきの仕返しだな?」
「さぁてね?」
「でも、あるらしいってだけで実際にあるのかはわからないんだ。別になにするってわけでもないし。実際は根も葉もない噂なんじゃないかな?」

ふむ? でも、メグやちひろさんが知ってたくらいだし、あのふたりが実体もない存在を面白半分に広めるなんてしないだろうし。
いや、待てよ? メグなら俺を騙すためなら、それくらいやりそうな気もするけど。
でも、ちひろさんは信じても良さそうだよな。

「いやいや。ファンクラブの話は複数から聞いたものだからあると思うよ」
「は、あはは……」
力が抜けた乾いた笑い。
やっぱ、こいつも実在してるの知ってたな。

「そうだ。私もファンクラブに入ってあげようか?」
「えぇ!? 一樹が?」
「ばか。さくらだよ。さ・く・ら」
「あ。ごめん」
「それで、ファンクラブの実体を調べてあげますよ。構成人数とか、どんなことしてるのか〜とか」
「ほっ本気で!?」
「やだなぁ、嘘に決まってるじゃないですか。なにが悲しくて、幼なじみファンクラブに入らなきゃなんないんですか」
「あ。ああ、そう……だね」
あれ? 真吾の奴、やけにがっくりと脱力してないか。

「どうかしました?」
うなだれた真吾の顔を下から覗き込むと、バネ仕掛けのような勢いで上半身を起こした。

「い……いや!なんでも」
「変なの」
「それより。やっぱり『真吾くん』はやめて欲しいな」
「なら『赤坂さん』にしとく?」
「いや、それも……なんだか知らない仲のように感じるし。なんて言えばいいかな? 勝手が違うから違和感をすごく感じると言うか……」
「それは俺……いや、私もそう思うけどね。一応、立場的には異性の上級生になるんだし、今までのように呼び捨てってのもなぁ……」
「僕は構わないけど」
「私も構わないんだけど」
「なら、いいじゃない。今まで通りってことで」
「う〜ん。でも体面的になぁ」
「頼むよ」
真吾が頭を下げる。

「わかったよ。そこまでされちゃ無下にも出来ないしね」
「ありがとう」
「別に、お礼を言われることじゃないけどさ」
真吾ってば相変わらず律儀だよな。

そのまま取り留めもない話をしながらメグを待ってたけど、予鈴が鳴っても戻ってはこなかった。
日直とか言ってたから色々とあったんだろう。

「さて、そろそろ教室に戻ろうか」
ベンチから立ち上がって、スカートの後ろの埃を軽く払う。
う〜、やっぱりスカートはどうも心許ない。
例えるなら、風呂上がりのタオル一丁な無防備さとでも言おうか。

「ああ。それじゃ、さくら」
「うん。お互い試験がんばろうね」
真吾に手を振って別れる。そして、自分の教室へ向かう途中、数人の女子生徒と視線が合った。
話しかけてくるでもなく、あまり好意的とも言えない視線を受けて居心地が悪くなる。
結果的に無視して通り過ぎたんだけど、一体なんだったんだろう。

そんな疑問も、本鈴と先生の登場で教室に駆け込んだ瞬間に有耶無耶になった。
五限目は理科。問題用紙が配られ、教室内が静寂に包まれる。
そして、先生の号令とともに最後のテストが始まった。
泣いても笑っても、これで最後。
やれるだけやるしかないよなと開き直りながら問題を解いていった。

 
   






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