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Chapter. 2
High school debut
ハイスクールデビュー 5
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終了を告げるチャイムが鳴り、教室内が安堵の声と解放感に包まれる。
解答用紙が集められていくのを見ながら大きく体を伸ばした。
少しだけ肩凝りを感じ、ゆっくりと動かして凝りをほぐす。
前に比べて凝りやすくなった気がする。
「終わったにゃ〜。これでようやく解放されたね〜」
体全体で伸びをする茜。
「あら。茜にしては調子良かったみたいじゃない」
嬉しそうな顔の茜をからかう桔梗さん。
「まぁね。ベストは尽くした。とりあえず解答欄も埋めてみた。ヤマが当たればイイ線いきそうだけどねー」
「とりあえずとかヤマが当たればとか、今回もダメそうに聞こえるんだけど?」
「いーの。今は頑張った自分を誉めたいの」
「ふふ。お疲れさま。茜」
胸を張る茜にねぎらいの声をかける。
「さくらもお疲れ〜。あ、一応桔梗もお疲れ〜」
「一応って、なによそれ」
「別にー?あ〜そだ、さくらってばさ」
茜が俺に向き直り、ちょっとだけ小声になって話しかけてくる。
「なに?」
「今日が初登校なんだよね」
「入試の時を除けばね。それがどうしたの?」
「う〜ん。それにしてはさ。学校に知り合いが多いみたいだったからさ」
そっか。今日が初登校だったから、事情を知ってる志保ちゃんやちひろさん、メグに真吾が様子を見に来てくれてたもんな。
「あぁ。えっと、もともと知ってる人たちなんだよ」
「ふぅん。そうなんだ」
「そうだけど。なんかあるの?」
「いや別になんでもないんだ。ただちょっと気になっただけ〜」
「?」
その茜の態度が、どこか腑に落ちなかったけど、担任が教室に顔を出したので一時解散となった。
「よーし、おまえら静かにしろー。それじゃホームルームを始めるぞー」
赤井先生が名簿で教卓をパンパンと叩く。ざわめきを残したまま日直の号令でホームルームが始まった。
「来週の体育は、まだ学校指定の体操着が届いていないので、間に合わせに中学時のものを持ってきてくれ。もし、ない場合は……そうだな、運動に支障がない服を用意するように」
その言葉に教室が少しざわつく。
他、いくつかの注意事項を伝達してホームルームは終わった。
担任が出て行くと同時に、幾人かの生徒もカバンを手に教室をあとにする。
そして、俺の席を囲むようにクラスの女子五人ほど集まってきた。
ぞわっと、血液がひいていくような不安感が全身を包む。
(だ、大丈夫だってば。あの時とは違うんだから)
落ちつけと自分に言い聞かせながら心の中で深呼吸をする。
そして平静を装って声をかけた。
「なに?」
「ねぇねぇ、波綺さん。ひとつ聞きたいんだけど」
名前も知らない娘が話しかけてくる。
「お昼にさぁ、上級生の人が訪ねてきてたじゃない?」
昼と言えば真吾にメグのことだな。
無言でコクリと頷く。
「赤坂センパイと知り合いなの?」
妙に頬を紅潮させて詰め寄ってくる。
「え? まぁ知り合いと言うか……」
「どんな関係なの?」
真摯な瞳のクラスメイトに詰め寄られて、椅子に座ったままズリズリと後ずさる。
「関係って、ただの知り合いだよ。昔、家が近所で……」
近所って言葉に『キャァー!』って歓声と言うか悲鳴と言うか、そんな声が上がる。
「ね。どんなこと話したの?」
いつの間にやら人数が増え、女の子ばかり十人近く詰めかけてきていた。
みんな一様に、こちらの返答を固唾を飲んで待っている。
苦手なんだけどな。こんな視線に囲まれるのは。
「別に、世間話……って言うか、三年ぶりだったから挨拶みたいな感じで」
「な〜んだ」
周囲から落胆とも安心とも取れる溜め息が漏れる。
「真吾のこと知ってるの?」
「きゃぁー『真吾』。だって!」
またもや教室が黄色い声に包まれる。
勘弁してくれ。こういうの苦手なんだよ……いろんな意味で。
「私たち、赤坂センパイと同じ中学? で、その頃からファンなのよね〜」
「そうそう。でもセンパイって身持ちがカタくってー」
「コクってギョクサイした娘もケッコーな数いる? って話でー」
「センパイが女の子とふたりで居るのって珍しい? ってゆっかぁ」
「だ・か・ら。今日のお昼に波綺さんとふたりで中庭で話してるのを見てさ、さては彼女なんじゃないかって話してたのよ」
「でも、違うっぽいんでしょ? なんか安心した? って感じー」
なんと言うか、苦手を通り越して頭が痛くなってきた。
「でも、かなり親しそうだったじゃない?」
不意に話題がこっちに戻ってくる。
「う、うん。幼なじみだから……」
「マジで? チョー羨ましい〜!」
「わたしも幼なじみ?になりたかったなー」
「波綺さんはー赤坂センパイのことどう思ってんの?」
きゃいきゃいと騒いだかと思うと、不意にこちらへ話かけてくる流れが掴めない。
それに、会話の端々にある疑問形に辟易する。
「どうって、普通に良い奴だなーって思うけど」
「好きって感情はないの?」
「それは、好きだけど……」
みんなの視線が殺気立つ。
そうか、今は女だからそう言う意味の好きってことだと思われたのかな。
「べ、別にカレシとか、そう言う意味じゃないよ」
「嘘っ!」
バンっと、机を打ち鳴らして否定される。
そんなに強く否定されてもなぁ。
同性(昔は、ね)の親友相手に恋愛感情抱けってんだ。
待てよ? 今は女なんだからそれでいいのか?
……やっぱヤダ。
昔の知り合いに対しては、どうしても男が同性で女が異性に感じるもんな。
でも、そんな個人的な事情は話せないし。
「だから、そう言う色恋的な感情はないってば」
「ホントにぃ?」
まだ半信半疑なクラスメイトたち。
「本当。もし好きだとしてもさ、みんなには関係ないんじゃない?」
「関係あるに決まってンでしょう!?」
鬼も裸足で逃げ出しそうな形相で睨まれた。
今、マジでビビったぞ俺。
「まぁまぁ。波綺さんも、いちおー否定してるんだしマジギレしないの。で、本当になんでもないんだよね?」
再度確認してくる。
周囲を見回すと、みんな顔は笑ってるけど目が笑ってなかった。
「本当です」
「だよねー。幼なじみって、そういう対象にフツーならないもんねー」
「そーそー。どっちかと言うとウザくならない?」
「でも真吾クンなら、あたしは全然オッケー♪ 痛っ。誰? 今あたしの頭叩いたの」
みんな知らん顔で笑ってる。
今のは、空気を読めなかった娘に対する制裁だったのかもしれない。
「ただ、久しぶりだったから訪ねてきてくれたんだと思うよ。きっと。真吾はそう言うところ気がつくから」
「そうよねー。赤坂センパイって、本当にアタイたちといっこしか違わないのがシンジらんないくらい落ち着いてるしー。小さな気配りもできるし、やさしいしー」
「なによりカッコイーしー」
「サッカー部のエースだしー」
口々に真吾を誉めては、きゃぁきゃぁと盛り上がるクラスメイトの輪からほうほうの体で抜け出す。
振り返ると、みんなはその場から動かずに、でも、顔だけはこちらを向けていた。
その表情が一様に作り笑いに見え、得体の知れない恐怖が背筋をゆっくりと這い登ってくる。
「ねぇ?」
「っ!?」
不意に肩を叩かれて身を竦ませる。
「あは。さくらってば、な〜んでそんなに驚いてんの」
振り返ると茜が笑っていた。
過剰なまでの反応が面白かったらしく、ひじで脇腹をうりうりと突っつかれる。
苦笑いを返しながら、もう一度自分の席を見てみると、そこにはもう誰も居なかった。
一瞬だけ、さっきの娘たちは本当に実在したのかとオカルトな想像しちゃったけど、そんなことはないよね。
き、気のせいだよね。
うん。なに怖がってるんだかね。あはは。馬鹿みたい。
「さて。掃除して帰ろっか」
ニコニコ笑顔の茜の存在に、さっきまでの恐怖が嘘のように消えていく。
「そうだね。掃除って、どこやればいいの?」
「んー。なんでも生徒会で掃除区域の見直しやってるらしくてねー、まだ正式に決まってないんだ。それまではこの教室と廊下だけやっとけばいいみたい」
「もうほとんど帰っちゃったみたいだけど……」
人が少なくなった教室を見回す。
「う〜。ボクも帰りたいのは山々なんだけどー」
茜が桔梗さんをチラリと見る。
桔梗さんは箒を手に床を掃いていた。
なるほど。桔梗さんがお目付役なわけか。
俺にとってのメグみたいなもんかな。
何から手をつけようかと周囲を見回す。
ちょうど、ゴミ箱……と言うか大きなポリバケツを抱えようとしている楓ちゃんを見つけた。
あれはひとりではちょっと無理だろう。
「楓ちゃん。手伝うよ」
声をかけると周りにいたクラスの男の子たちが、残念そうな恨めしそうな顔でこちらを見ていた。
ははぁ。どうやら俺が先を越してしまったらしい。
ま、今回はタイミングが悪かったってことで。
「うん、でも。怪我は大丈夫?」
楓ちゃんが左手を気遣ってくれる。
「ありがと。でも、楓ちゃんこそ、これをひとりで運ぶの無理でしょ」
と、率先してポリバケツの片方を持つ。
「さ、行こうか」
そう促すと楓ちゃんは笑顔で頷いた。
「うん」
「で、焼却場ってどこだっけ?」
「ふふふ。こっち」
校舎を抜けて中庭へと出た。
掃除をしている生徒もいれば、スポーツバッグを抱えて部活に行く生徒など、活気に満ちた空気で辺りがざわめいている。
「楓ちゃんてさ、ひとりっ子?」
都合良くふたりきりになったので、昼休みから気になっていたことを訊いてみる。
どこかで見た覚えがある気がするんだけどなぁ。
でも、記憶を掘り返してみても楓ちゃんとは間違いなく初対面だと思う。
だって、こんな綺麗な娘と面識があったとしたら忘れるはずないからね。
「そう……見える?」
ちょっとだけ嬉しそうに、でも『意外なこと言われちゃった』って感じで笑う。
「いや、逆かな。ひとりっ子って雰囲気しないから」
「ふふ。当たり。弟がいるの」
「やっぱり。なら、弟さんは今は中学生?」
「ううん。高校生だよ。この学校なんだ」
「この学校? 弟なんだよね」
うーむ。弟なのに同じ高校生?
まさか、楓ちゃんも留年してるとか。いやいや。
悩んでる俺を覗き込んだ楓ちゃんがクスクスと笑った。
声に惹かれて振り向いた先の横顔に思わず見とれてしまう。
うー。やっぱり可愛いなぁ。
これが俺と同じ女の子とは思えないよ。
「実はね、双子なの」
「双子? あ、あぁそっか。だから同じ学年なんだ」
そっか、ダブリじゃないんだ。って、普通はこうは考えないよな。
しっかりしろ俺。
「双子ということは、やっぱり似てるの? 顔……とか」
「う〜ん。颯くんとは小さい頃は似てたけど、今はそうでもないかな。一卵性じゃないから、双子と言っても普通の姉弟くらいしか似ないんだって」
「そうくんって言うの? 弟さん」
「あ、うん。立つ風って書いて『そう』って読むの」
ふぅん。と頷いて、楓ちゃんの学生服姿を想像する。
こんな感じかなーって。でも、それって、やっぱりどっかで見たよ〜な……。
「あぁー!!」
「きゃっ」
突然の大声に、楓ちゃんがビクッっと身を竦ませる。
「あっ〜ごめんね。えーっと、ちょっと失礼なこと聞くけど、颯くんって、その……、う〜ん、えと、元気が良くて、楓ちゃんより髪伸ばしてない?」
言葉を選びながら説明する。
「うん。確かにちょっとナマイキだし、髪も私より長いけど……さくらちゃん知ってるの?」
「やっぱり」
ウンウンと頷く。
「やっぱりって?」
「入試の日にね、なぜか色々縁があって」
「あ〜っ! ひょっとして……あの時、颯くんが言ってた女の子って、さくらちゃんのことだったのかな?」
楓ちゃんが俺を顔をマジマジと覗き込み、こっちも楓ちゃんを見つめ返す。
そっか、どおりで楓ちゃんに見覚えがあるなって思ったらアイツが双子の弟だったわけね。
そっかそっか。
「俺……いや、私のこと、どんな風に言ってたの?」
「えぇ? えっと……その」
言いにくそうに苦笑する楓ちゃん。
「ある程度予想できるから正直に言っていいよ」
あの時の出来事を思い出しながら、楓ちゃんの言葉を笑って促す。
「う〜ん、でも違うかも。え〜っとね。詳しい経緯までは話してくれなかったんだけど。男みたいな性格で、女のクセに背が高くて、手が早くて、男に対して構えてなくて……。えっと、とにかく変な女……だったかな?」
申しわけなさそうな楓ちゃん。
「でもでも、さくらちゃん、男みたくないから違うよね」
「あー。うん、多分……と言うか、きっと私のことだよ」
「そう……なの?」
まだ半信半疑な楓ちゃんに頷いてみせる。
すると、楓ちゃんは予想外な満面の笑顔を作ってクスクスと笑い出した。
「な、なに? どうかした?」
「あ、ごめんね。さっきの颯くんの言葉には続きがあってね……」
そこまで話して、楓ちゃんは俺の目を見つめたまま不意に言葉を切る。
「なんて言ってたの?」
「ふふ。ナ・イ・ショ。にしとこ〜かな。私の口から言うよりも今度本人に直接聞いてみて」
含み笑いの楓ちゃんは、なおも可笑しそうにクスクスと笑う。
う〜。なんでそんなに笑うんだろう。
なんて言ってたのか想像すらつかない。
楓ちゃんが言うように本人に聞くしかないんだけど、正面からじゃ絶対教えてくれなさそうだ。
結局、楓ちゃんは最後まで教えてくれないまま、焼却場にゴミを捨てて教室へと戻った。
それにしても。アイツ、楓ちゃんに余計なこと吹き込んでないだろうな。
でも今からじゃ、もうすでに手遅れかもな。とほほ。
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