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Chapter. 3
Mini skirt actress
ミニスカートの女優 1
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翌朝。
今日は土曜日で本来なら休みなんだけど入学式早々に続けて休んでたので、体操着の採寸と参考書などを受け取るために学校へ行かなきゃならなくなった。
しかし、採寸は制服と同じじゃダメなのかな?
参考書も月曜で良いと思うんだけど。
もしくは昨日渡してくれれば手間が省けたのに。
そんな感じで嫌々ながら、まだ慣れてない制服に着替えて一階に下りる。
今の時間は八時ちょうど。
父さんはすでに出社していて、瑞穂は多分まだ寝てるんだろう。
「母さん、おはよ」
「さくらちゃん、おはよう。もうご飯できてるわよ」
「うん。ありがと」
テーブルにつくと、目を爛々と輝かせた母さんが正面に座って顔を覗き込んでくる。
「………」
そんな母さんの行動に戸惑っていると、
「さくらちゃんどうしたの? 食べないの?」
母さんは何食わぬ顔で朝食を勧めてきた。
「あ、うん。食べるけど……なに?なにかあるの?」
そう尋ねると、母さんの顔がパァッっと輝いた。
こんなところが瑞穂とそっくり……と言うか、瑞穂がそっくりなんだよな。
「うんうん。えとね、さくらちゃん。今日は学校お休みじゃない?」
「ん、そーだけど」
妙に気合いが入ってる母さんに押されて、俺は精神的に二〜三歩後ずさりする。
「だからね」
おずおずと、しかし満面に笑みを浮かべた母さんは言葉を続ける。
「お母さんにお化粧させて! ね? いいでしょ?」
「えぇ!?」
その言葉に図らずも大きな声を出してしまう。
「だって昨日はさくらちゃん『今度はいいよ』って言ったじゃない」
「そりゃ言ったけど、昨日の今日で?」
「今日はそんなに人と会わないでしょ?」
「クラスメイトには会わないけど、先生に会うんだよ?」
「大丈夫よ。昨日みたく軽いものにするつもりだし、本当はお休みなんだから先生もうるさいこと言わないわよ。きっと」
「……」
「ね? ね? いいでしょ? さ〜く〜らちゃ〜ん」
黙秘していると、母さんが甘えた声を出してくる。
まったく。
母さんもいい歳してるのに、なぜにこんな仕草がよく似合うんだろう。
「わかったよ。わかったから朝ごはん食べさせて」
観念して母さんの提案を受け入れた……と言うか、受け入れないと朝食が食べられなさそうな気がする。
「ほんと? いいのね? はい。たんと召し上がれ」
母さんは嬉しを体中で表現しながら、組み合わせた両手を頬にあてる。
(とほほ……)
にこにこと嬉しそうな母さんに見つめられ、情けない覚悟を決めながら、最後の晩餐のような心地で朝食を食べた。
当然、味なんてよくわからなかった。
その後、三面鏡の前に座らされて、母さんの手で化粧されていく様を眺めていた。
嫌なものは嫌なのだが、それでも『自分が変わっていく』というプロセスにちょっと感動する。
(な、なに感心してんだ俺)
その感動を振り払うように目を閉じる。
いや待て。
女の子として生きることに決めたのだから、これはこれでいいんだ。
でもなぁ。これでも女の子らしい服装や言動などを研究してきたんだけど、実際に『女の子らしい自分』を意識してしまうと……その、なんて言うかダメなんだ。
どうしても『女みたいだ』とからかわれていた頃の自分になったみたいで自己嫌悪する。
昨日スカートを穿いた時も、それを意識してる時は自然と気分がブルーになっていた。だから、なるべく意識しないよう努力してたんだけど、そうすると今度はスカートだということを忘れて行動してしまう。
こんなんじゃいけないのはわかってる。
わかってるつもりなんだけど、どうしても心の奥でそう感じてしまうんだ。
…………。
そう考えていて一計を案じる。
よし、こんなにも女装に抵抗があるのなら、ショック療法と思って今日はスカート姿のまま街に出てみよう。
どうせ、制服のスカート姿には嫌でも慣れなくちゃいけないんだし、それなら多少は荒療治(スカート姿で大勢の人の前に出る)の方が早く慣れるってものだと思うし。
『一樹はイチイチやることが極端なのよね』
ふと、メグに何度も言われていたセリフが頭の中でリフレインする。
い〜だろ。そう言う性分なんだよ。
「はい。おしまい」
そんなことを考えている間に化粧は終わったらしい。
母さんが優しく頭を軽く撫でてくれる。
「ほら、さくらちゃん。とっても可愛いわよぉ」
鏡越しに満足そうな母さんと自分の顔に視線を配る。
その構図はしっかりと母娘のそれだった。
(化けるもんだよなぁ)
嫌とかなんとかを通り越して感心する。
鏡の中の俺は、自分から見てもちゃんと『女の子』していた。
すっぴんのまま髪を後ろでまとめて男の服装をしている時は、身体のラインが隠れていればまだ『割と男っぽいよね』と言われることもあった。
でも、今の俺は例え男装しようが女の子にしか見えないだろう。
嬉しいような哀しいような複雑な心境で鏡の自分と見つめ合う。
まぁ確かに、ここまで化けられるのなら、こっちの方が昔の知人にバレる危険は少ないんだろうけど。
母さんが見てないことを確認してから、鏡の自分に向かって軽く微笑んでみる。
(おぉ?)
今度は少し恥ずかしそうに照れ笑いしてみる。
(やばっ)
慌てて鏡から視線をそらした。
「ん? なに?」
鏡に視線を戻すと、満面笑顔の母さんと視線が合う。
「い、いや、なんでも」
そう取り繕うものの、鏡に映る自分と目があった途端に心臓が高鳴る。
頬がほんのりと赤く染まって……って、なに自分にドキドキしてんだ俺わっ。
これじゃ危ない人みたいじゃないか。
「ふふ。大丈夫よ。どこもおかしくないから」
「う、うん。でも、なんか恥ずかし……」
恥ずかしさが恥ずかしさを呼び、堂々巡りの連鎖が頭の中を渦巻く。
ま〜その、なんだ。つまり、どういうことかと言うと、これも嫌いじゃないってことで。
「あん。もう、さくらちゃんってば。可愛い」
後ろから母さんがぎゅっと抱きついてくる。
「あ……」
なにが原因だったのか、急に気分が落ちついた。
ふわふわした感じはすでになく、両足に地面の感覚が戻ってくる。
なに慌ててたんだろうな。どう変わろうが自分は自分。
それ以上でもそれ以下でもない。
この現状も母親と息子なら変だけど、母親と娘なら有りだろう。
常識が見えてくると、平静のまま自分の姿を見ることが出来た。
うん。ちゃんと普通(?)の女の子みたいに見える。
今日は口調とか仕草とか、出来るだけ女の子として振る舞ってみよう。
現金なものだけど、演技しようと思うと途端に胸のつかえが取れて、女の子らしい自分に違和感がなくなる。
「あらあら。さくらちゃんも気に入ってくれた?」
「う、うん。ちょっとがんばってみる」
「がんばる?」
不思議そうな母さんにお礼を言ってから、空のカバンを手に玄関へと向かう。
「それじゃ、母さん。行ってきます」
「はい。いってらっしゃい。あ、そうそう」
「なに?」
革靴のつま先をトントンと地面にあてながら母さんを見る。
「お昼はどうしましょうか?」
「ん〜。うん、帰りにちょっと寄り道するつもりだから外で食べようかな」
「そう? それなら、はい。お昼代」
準備していたのか、財布から千円札を一枚取り出す。
「ありがと。お釣り持ってくるから」
「あら、いいのよ。残った分はおこづかいにして」
にっこり笑顔の母さんを見つめる。
「うん。ありがとう」
遠慮しようと思ったけど、ここは素直に受け取ることにした。
残った分は貯めておけばいいと思うし。
「車に気をつけるのよ」
「はい。いってきま〜す」
もやもやとした感情を飲み込んで返事をする。
一歩外に出ると、そこには晴れ渡った空にまぶしい日差し。
それを遮るように思わず手をかざす。
「うん」
今はまだ、どうにも出来ないことだからと気持ちに折り合いをつけ、少しだけ気合いを入れ直して学校へと向かった。
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