Chapter. 2
High school debut

ハイスクールデビュー 6





 
   

「なんだか人が多いね」
教室に戻る途中の廊下は予想外の人数で賑わっていた。
声をかけながらポリバケツを楯にその中をかき分けて進むとA組の前で突然人垣が途切れる。
ようやく抜け出した廊下には見知った顔がずらりと並んでいた。

「あーもう。やっと来た〜」
腕を組んだメグがうんざりした声で溜め息をつく。

「さくらちゃん。やっほー」
その隣で大きく手を振ってるのは志保ちゃん。
さらに隣では、ちひろさんが上品に微笑んでいる。

「みんな、どうしたの?」
「それはね……。いやぁ、それにしてもさくらちゃん、今日は一段と綺麗だね」
そして唐突に現れる北倉先輩。
いや、視界にはちゃんと入っていたんだけど。

相変わらずな言葉に少しだけ嫌悪を感じる。
悪意がないのはわかるんだけど、そういう風に言われるのは好きじゃない。
しかも初対面に近い男に。
いや、初対面じゃなければ良いと言うものでもないんだけど。

北倉先輩を避けるように逸らした視線の先に真吾の姿を見つける。
俺の感情が読めたらしく、苦笑いしながら手を上げた。

あぁ、そうか。と納得する。
ファンクラブまである真吾。
見かけは格好良いかもしんない北倉先輩。
そして、下級生に慕われているちひろさん。
校内でも有名な人が揃っているから、廊下の人口密度がこの有様になってるのか。

「……で、みんな揃ってどうしたの?」
その疑問に、メグが待ってましたとばかりに答える。

「ほら、試験も無事終わったし明日は休みじゃない? だから、これからさくら誘って、カラオケでもいこーかって真ちゃんと話してたら……」
メグはそこまで話すと、ジトッっとした目で北倉先輩を睨みつけた。
しかし、その視線には意も介さず、北倉先輩は俺に寄り添ってくる。

「さくらちゃん。本当はふたりきりがいいんだけど、まずはグループ交際もいいかなって思ってね」
そう言って肩に腕をかけてくる。
むー。ちょっと慣れ慣れしいな。

「ちょっと。気安くさくらちゃんに触らないで!」
志保ちゃんが北倉先輩との間に割り込んでくる。

「あらあら、しーちゃんたら」
微笑ましげに笑うちひろさんと目があった俺は照れ笑いを返すしかなかった。
志保ちゃん……これじゃぁ、ちひろさんから百合だと誤解されるのも無理ないよ。

「おや、こっちの彼女もキュートだね」
志保ちゃんのガードに阻まれた北倉先輩は、後ろで見守っていた楓ちゃんに目をつけたようだった。

「俺、二年の北倉浩一郎。よろしくね」
戸惑う楓ちゃんに対して、妙に気取ったポーズで北倉先輩が迫る。

「え? え? あ、あの……?」
「ねぇ。名前を教えてもらえないかな?」

スパーン!
小気味いい音が北倉先輩の頭に炸裂した。

「こーいちろぉー?アンタはどうしてそう節操ナシなのよ!」
上履きの片方を、怒りで震える手で握りしめたメグが一喝する。

「な、なにすんだ。この暴力女!いてぇだろ!」
「アンタがバカッツラ下げてキショイこと言ってるからでしょ!」
そんなふたりのやり取りに苦笑していると、ふと真吾と視線が合った。
この表情は……。

「なにか不機嫌そうだね?」
「……いや、そんなことはないよ」
そう言われると、気のせいだったのかと思えてくる。

「ふぅん。そう言えば、ちょっとすごいぞ。真吾の人気って」
みんなに聞こえないように小声でささやきかける。

「な、なにが?」
先程の難しい顔はどこへやら、狼狽しだす真吾。

「真吾を追っかけて、この高校に来たとか言う娘もいてさ。ファンクラブも出来るわけだって思ったよ」
「…………」
「まぁ、まだ肝心のファンクラブには接触していないんだけどね。謎のベールに包まれた実体については、なにかわかったら教えてやるよ」
「…………」
「ちょっとソコ! ふたりでコソコソなに話してるのよ。そんなことより、もう用事ないんでしょ?」
話し込む俺と真吾の間にメグが割って入る。

「カラオケ? うん、私はいいんだけど」
答えながらみんなを見る。

「あ、大丈夫大丈夫。斎藤先輩と小椋先輩も一緒だから」
メグの言葉にふたりに視線を向けると、志保ちゃんとちひろさんは笑顔で頷いてくれた。

「ね。楓ちゃんも一緒に行かない?」
「ん〜。うん。私も行きます」
ふたつ返事でニコリと微笑む楓ちゃん。

「よし、決まりね」
早く行きたくてウズウズしていたメグが仕切り、みんなでカラオケが決定した。

「じゃ、用意してくるね」
「何よさくら。まだ帰る準備してないの?」
メグが不平を漏らす。

「すぐ済むから」
苦笑いで返して教室へ入ると、茜が待ち構えていたかのように飛びついてきた。

「ね。ね。さくら。みんなでカラオケ行くの?」
「うん。あ、聞こえてた?茜も……」
「ボクも行く!」
言葉が終わる前に、茜が俺の手をしっかりと掴んで力強く握りしめる。

「う、うん。一緒に行こうか」
今更人数増えたって問題ないだろ。

「やったぁ〜! 斎藤センパイとお近づきになれるチャ〜ンス!」
俺に背を向けて、小さな声でガッツポーズを取る。
そして、パタパタと帰り支度を始める。

「さ。桔梗も行くんだから早く支度しなよ〜」
「ちょっと。どうして私が行かなきゃなんないのよ?」
「さくらも楓も行くんだよ。だから桔梗も来なくちゃダメじゃん」
「だからって、でも、帰って、その、勉強を……」
「そんなんいつでも出来るってば。さぁ行くよん!」
張り切った茜を前にして、桔梗さんは為す術もなく連行されて行く。

「ちょっ、ちょっと。こら、茜! 離しなさいってば」
「まぁまぁ。たまには息抜きしなくっちゃ、のーみそ腐っちゃうぞ☆」
ボクがこねこねしてやるから。とか言いつつ、あれよあれよと桔梗さんを引きずって廊下に出て行った。

「みなさん。さくらの友人の荏原茜と西森桔梗です。私たちも参加させてください」
自ら参加を公表する。その、あまりのハキハキとした物言いに廊下から拍手が聞こえてきた。

「さ。さくらちゃん、私たちも行こ」
「うん。それじゃぁ行こっか」
笑顔の楓ちゃんに頷き返す。

こうして、男女比二対七のアンバランスな団体で、メグの行きつけで学割があるカラオケボックスに移動して歌いまくることになった。




三時間ほど歌って、それでもまだ歌い足りないようなメグとちひろさん(ちひろさんってばカラオケ好きみたい。意外だ)を引きずるようにして店を出た。
その人数から、今は、思い思いにグループを作って話している。

「そうなんですよ斎藤センパイ、でねでね。だからボクがこう、バッって避けたら、その人が頭から……」
「ふふ。それはその人にとっては災難だったわね」
茜は、憧れのちひろさんにくっついてアレコレ話している。
最初は緊張して硬かった茜も、次第に打ち解けてきたのか帰る時にはオーバーアクション付きのハイテンションで会話している。
ちひろさんもその様子を面白がって、あれこれと部活について話しているようだ。

「そうなのよ。物理の紀村先生の試験問題の傾向は、ちょっと変わっててね」
メグはメガネを中指で持ち上げて溜め息をつく。

「んー。普段の授業が大切、と。傾向的には奇をてらう性格が反映してるんですね?」
ふむふむと頷く桔梗さん。

「一度体験すればイヤでもそう感じること請け合いね」
桔梗さんとメグは似たもの同士相性が合うのか、あれやこれやとなんだか試験の話をしていた。

「へぇ。それじゃ楓ちゃんって、料理上手いんだ?」
「あ。そんなことないんですよ。いっつも弟には文句言われてるし」
「へぇ、弟さんいるのか」
「あ、はい。もう、本当に生意気で。でも心配させちゃう私も私だから」
こっちは楓ちゃんと北倉先輩。
最初はアプローチに戸惑っていた楓ちゃんも次第になれてきたのか今はそんなに構えていない。
こうして観察していると予想外に聞き上手な北倉先輩に対しての評価が上がってきた。
うん。馴れ馴れしくなけりゃいい人なんだろう。

そして、俺は志保ちゃんと真吾の三人で取り留めもないことを話していた。

「そうなの。あの時のさくらちゃん格好良かったなぁ」
「もう、そんなことないってば……」
「昔からそんな感じではあったからね。さくらは」
「ね、赤坂くん。昔のさくらちゃんって、どんなだったの?」
「え!? う、う〜ん」
真吾が困ったようにこちらを見る。ヤバ……話そらさなくっちゃ。

「さくらって、意外と歌ヘタだったのね」
そんな中、メグが人が気にしてることをズバリと指摘してきた。
どうもメグの方の会話の内容が歌唱力に及んだらしい。
でも、渡りに船とは、まさにこのことだ。

「うーん。もっと上手かったら良かったんだけどね」
とは言うものの、今日は意識して歌ってた。
いや、意識してって言っても『真吾やメグの前で女の子として歌うこと』について意識してしまって、上手くは歌えなかったって意味でだけど。

「さくらちゃん、キーがちょっとずれてるみたいだよね。ね。ちーちゃん」
「そうね。声質は綺麗なのにね。どうしてか、さくらさんは下のキーで無理に歌ってるみたいですよね」
志保ちゃんとちひろさんが分析を始める。

「後半よくなってきてたから、すぐ上手くなると思うよ」
おぉ。さすがフォロー魔真吾。良い合いの手だ。

「さくらひょっとしてカラオケ初めて?」
隣に並んだ茜が質問する。

「う、うーん、そんな感じかな」
初めては初めてなんだよな。
下宿先の宴会でデュエットしたくらいでカラオケボックスは初めてだった。
引っ越し前は中学生になったばかりでそんな財力無かったし、引っ越し後の友人はお嬢様系が多くてカラオケボックスの存在すら話題にならなかったし。
薙は薙で『歌っても腹が膨れるワケでもなし』と眼中になかったから、今日は目にするもの全てがとにかく珍しかった。

「やっぱりそう?」
納得したようにウンウンと頷く茜。

「そうね。斎藤先輩の言う通り、低音域のパートを無理して歌ってしまってるみたいね」
「うん。そんな感じだよね」
桔梗さんと楓ちゃんも会話に加わってくる。

「思うんだけどさ、選曲がさくらちゃんの声域に合ってないんじゃない? 男性ボーカルの歌が主体で全体的にキーが低めの曲が多かったし」
北倉先輩が馴れ馴れしく肩に手を置いて頷く。

「そうかな?」
だってなぁ。なんか恥ずかしいんだもん。
昔の俺を知ってる人の前で、女の子になりきって歌うのは抵抗があるんだ。
これが知らない人ばっかだと割り切れるんだけど。

「まぁ浩一郎にもわかるんだから、問題は浮き彫りになってると言ってもいいわよね」
メグが右手を顎にあてながら横目で北倉先輩を見る。

「羽鳥……なにか言い方が気になるぞ。それ」
「まぁまぁ。今度、この恵さんが個人レッスンしてあげるから、すぐに上手くなるわよ」
ひとことで北倉先輩を抑えて、メグが俺の前に立つ。

「さくらちゃん、指導を仰ぐ先生は、もっと慎重に選んだほうがいいぞ」
「ちょっと浩一郎。なによそれ、聞き捨てならないわね」
「いや。やっぱり事実は事実として忠告してあげた方が後々のためになるし」
相変わらず仲が良いふたりだな。

 
   






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