Chapter. 3
Mini skirt actress

ミニスカートの女優 3





 
   

「これで今日の用事は全部終わりかな」
革靴に履き替えながら誰にともなく呟く。

どこに寄り道しようかと思い巡らせて、まずはグラウンドへと向かうことにする。
さっき保健室に来たのがサッカー部員だとすると、真吾も練習してるんじゃないかと思ったからだ。

中庭を抜けて植え込みの間からグラウンドを見渡すと予想通りサッカー部が練習していた。
今はミニゲームの最中らしく近づいてフェンス越しに見学を決め込む。

(えっと真吾は……っと。お。いたいた)
真吾を見つけた時、丁度ゴール前にセンタリングが上がった。
そこへ真吾が走り込んで頭で合わせようとジャンプする。
ディフェンダーもボールを返そうとジャンプするけど、真吾は頭ふたつ分は高く飛んでボールをゴールネットへと押し込んだ。

「へぇ。随分上手くなったなぁ」
贔屓目を差し引いても素直に感心してしまう。

その昔、一緒にサッカーやってた頃は、まだまだ俺の方が身長も高かったし、真吾より上手かったという自負がある。
でも、さすがに今なら負け確定だろうな。

そんな羨望めいた感慨を抱きながら試合終了まで観戦した。
結局真吾はもう一度ゴールを決めて、紅白戦は五対二で決着がついたようだった。

「……はぁ」
思いのほか集中していたのか、熱くこもった息をはいて力を抜く。
じんじんと痺れる手には金網の跡が残っていた。
そこで初めて金網を掴んで食い入るように試合を見ていたことに気がついた。
真吾が出てたのも含めて、それだけ白熱した試合だったってことなんだろう。

ふむ。でもディフェンス面はまだまだ甘いところがあるよな。
そこを突けばワンオンワンなら今の俺でも勝てなくもない……かな?

試合が終わり、部員たちはそれぞれにクールダウンのための整理運動を始めていた。
どうやら今日の部活はもう終わりみたいだ。
だが、その整理運動中の部員たちが、なにやら校舎の方を見てはヒソヒソと話している。
気になって、なにかあるのかと後ろを振り向いてみる。

(みんな、なに見てるんだろ?)
背後には、校舎と中庭の木々が風にさざめいてるだけで、注目してるのがなんなのかさっぱり見当がつかない。
う〜ん、例えば校舎の窓からグラウンドを見ている人を見てたとか。
そう、例えば保健医の未央先生とか。

真相は不明のまま疑問はとりあえず保留にする。
そして、整理運動が終わるのを見計らって真吾に近づいた。

「よ。真吾」
「はい? あ、あの…………」
真吾が知らない人を見るような視線を向ける。

「……なに?」
「あぁ! さ、さくら?」
その視線を非難するように睨むと真吾はようやく理解出来たらしい。
まだ疑問符つきだったけど。

「ど、どうしたの……」
真吾はどうやら俺が休日に学校に来ていることに疑問を持ってるらしい。

「ん? あぁ、入学式休んだ関係で、ちょっと先生に呼ばれてね」
「そうじゃなくて。いや、それもあるんだけど」
「もう。なにわけわかんないこと言ってんだよ。それより、部活はもう終わり?」
「あ、あぁ。あとは後片づけだけだけど……」
「そのあと用事ないんならさ、どっか遊びにいかない?」
「さ、さくらと?」
「決まってんじゃん。あ……と、それとも先約かなにかあったか?」
「いや……ない。うん、ないよ」
なんだか真吾の様子がおかしい。
さっきまで走り回ってたし、その疲れかなにかのせいなのかも。

「じゃ、校門で待ってるから」
真吾に向かって軽く手を上げる。

「うん。わかった」
ようやく、見知った表情に戻った真吾に笑いかけて踵を返す。
その数歩先の足下にサッカーボールが転がっていた。
そこで立ち止まってボールの上に足を載せる。

「よっと」
手前に転がして足の甲に乗せて跳ね上げた。
緩やかな放物線を描いて落ちてくるボールを、膝、頭、足の甲で次々に跳ね上げてリフティングする。

どうもさっきの試合を見てから、体が『俺もやりたい』って感じてたんだよなぁ〜。
大きく後ろに回したボールをヒールでもう一度前へループさせてっと。

「真吾パス!」
インサイドキックで真吾の胸めがけて蹴り放つ。
突然のパスにも関わらず、真吾は見事に胸でトラップした。

(うんうん、さすがは真吾だな)
ある種の満足感に満たされ、真吾と目が合うと自然に顔が綻んだ。

すると周囲から静かにどよめきが起こり最後には拍手まで聞こえてきた。
なにごとかと見回してみれば、サッカー部員らが残らずこちらを注目している。

な、なんで注目されてるんだろう。

「じゃ、じゃぁ待ってるから」
真吾にそれだけを告げて、恥ずかしさに耐えかねて視線を避けるように下を向いたまま一目散にグラウンドから逃げ出した。




校門前で真吾を待つ。
空の青さと流れゆく雲をなんとなく眺めながら、さっきの出来事について反省していた。
よくよく考えればセーラー服姿なんてグラウンドには他にいなかったんだし、目立ってしまうのも当然と言えば当然だろう。
自ら『目立たないように』と自主規制をかけていたはずなのに。

「参ったなぁ」
額に手をあてて軽い溜め息をつく。
でも、過ぎたことをいつまでも悔やんでたって仕方がない。
この失敗を糧に次の成功を目指すとしよう。
……なんとなく、またやらかしそうな気もするけど。

程なく、制服に着替えた真吾が部員たちとやってきた。
待ってる俺に気づいたのか、部員たちから冷やかされるようにこづかれている。

「おい赤坂。いつの間に彼女なんて作ったんだ?」
三年生らしい人が俺を見ながら真吾に話しかけると、

「先ぱーい。赤坂がその気になれば彼女の一ダースくらい簡単っすよ」
すかさず二年生らしき部員が茶化すように口を挟む。

「そ、そんなんじゃありませんって」
真吾は顔を真っ赤にしながら否定する。
あははは。苦手だもんな、こういう話題って。

「あれ? どうも見ない顔だと思ったら一年生か〜」
三年生の先輩が呟く。俺の襟の線の色を見て判断したみたいだ。

「と、するとなにか!? まだ入学して一週間も経ってない娘を赤坂はナンパしたのか!?」
「しかもこんな美人を」
「ひょっとしてコイツが今まで彼女作らなかったのは、高め狙いだったからなのかぁ〜!」
部員たちはてんで勝手に思ったことを喋っている。
どうでもいいが、ガタイのいい体育会系に囲まれると、ちょっと恐いんだけど。

「だから。違うって言ってるでしょう!」
真吾が間に立って壁になってくれる。
周囲の圧迫感が幾分和らいだように感じる。

真吾の背中って思ったより広いんだな。
運動してるから当然かもしれないけど、なんだかホッとするやら悔しいやら複雑な心境だ。
やっぱり、もう少し肩幅とか欲しいよなぁ。
そんなことを無意味に考えてると、真吾の両脇から回り込んだ部員たちが懲りずに話かけてくる。

「ねぇねぇ。名前なんて言うの?」
「なぁ、真吾から俺に乗り換えない?」
「そうそう。赤坂だけはやめておいた方が身のためだぜ」
「ぼ、僕と映画にでも行きませんか?」
「おまえら先輩差し置いてなにやってんだ!!」
「あ、あの……」
一方的にまくし立てられて、どう対応したものかと言葉を詰まらせる。
これが街中で知らない奴らなら、一喝アンド一睨みで追い払うんだけど、真吾の知り合いだしそう言うわけにもいかないだろう。
かと言って真面目に応対するのもバカらしい。

「本当に怒りますよ」
困ってる俺を見かねたのか、真吾が静かに口を挟む。
おぉ。これはマジで怒る一歩手前だな。

「あ〜ウソウソ。冗談だって」
「わりぃ真吾。ちょっと調子に乗り過ぎだったか」
「彼女もビックリさせて悪かったね。悪気はなかったんだ」
ここらが潮時と判断したのか部員たちは一歩下がって悪乗りをやめる。

「いえ、気にしないでください。真吾も落ちついて」
どうして仲裁役に回らなくちゃならないんだろう?
そう思いつつも場を丸く収めるため、今度は俺が部員たちと真吾の間に入る。
俺が原因で真吾の部活に支障が出るのは本意じゃないし。

「それじゃ邪魔物は先に帰るとするか、おい行くぞ」
「チクショー赤坂ぁ! 上手くやりやがって!」
迫真に迫った声に他の部員たちから笑いがこぼれる。

「お疲れさまでした」
真吾は赤い顔で憮然としながらも先輩たちに挨拶をしていた。

「なんかさ。かなり誤解されてないか?」
先輩たちの後ろ姿を見送りながら尋ねる。

「いつものことだよ。僕をからかって遊んでるんだ」
溜め息混じりの真吾の言葉。

「ふむ。真吾で遊ぶのは楽しいからなぁ」
シミジミと同意すると、真吾は呆れたような諦めたような視線を送ってきた。

「さて。商店街の方にでも行こうか」
その視線を笑って受け流しながら提案する。

「そうだね。なにか軽く食べようか」
「よし、決まり」
その結論にウインクで答えて、俺たちは商店街へと並んで歩き出した。




「ねぇ、さくら」
「なに?」
振り向いた自分の視線が、少しだけだけど見上げてることにムッとした感情が沸き起こる。
ちぇっ。昔は俺の方が高かったのに。

「今日はどうしたの?」
「だからさっき言ったろ。先生に呼ばれて」
「そうじゃなくて。その、なんて言うか……オシャレしてるって言うか」
「オシャレって、真吾。これ制服だよ?」
「いや、服装じゃなくて……」
「あ、あぁ〜メイクのことか」
頷く真吾に苦笑いを返す。

やっと、なにが言いたかったのかに気がついた。
鏡を見てないと化粧してるなんて忘れるんだよな。

「母さんにどうしてもメイクさせてくれって頼まれてね。逃げられそうもなかったから、こんな有様になってる訳なんだ」
舌を出して、おどけるように小さく肩をすくめる。

「なんだか楽しそうだね」
真吾が俺の様子を眺めて微笑む。

「そう見える?」
「少なくとも、嫌がってはいないみたいだね」
「えへへ。色々考えることがあってね」
「ふぅん……」
「で。今日はスカートに慣れるために『女の子』として行動してみようかと思ってたんだ。練習がてらにね」
「女の子としてって、さくらは女の子じゃないか」
「はは。そりゃそうなんだけど。今まではこんな風に考えて行動してなかったんだよな。ジーンズばっか履いてたし、自覚的にも『俺は男なんだ』って考えてたしね。それで昨日から制服着てて思ったんだけど、スカート姿なら割と上手く『女の子』になれそうだって気がしてね」
「そんなものなのかもね」
よくわかっていないながらも同意する真吾。
いや、妙に理解をしめされても怖いから、これはこれでいいんだろう。

「でも、真吾がつき合ってくれて助かったよ。ひとりだと『女の子』の演技し甲斐がないからね」
「僕が断ったら、さくらはひとりで遊びに行くつもりだったの?」
「まぁね」
「……(これは付いてきて正解だったな)」
「なに?」
声が聞き取れずに問い返す。

「い、いや。なんでもないよ」
「ふぅん。ま、いっか」
明らかになんでもなくない感じだったけど、問いつめるほどの内容じゃないと思って不問にした。

 
   






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