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Chapter. 3
Mini skirt actress
ミニスカートの女優 9
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脱衣所の電気をつけると、明るく柔らかな照明で室内が照らされる。
琴美おばさんの趣味なのか、洗面台や壁紙など浴室周りは薄いピンクで統一されている。
照明の明るさとそれが相まって、とても落ちついた気分になれる配色。センスいいもんなぁ。
ギプスで服を脱ぐのにも大分慣れてきた。
ストッキングは伝線しないように洗濯ネットに入れ、下着類と一緒に洗濯機に入れる。
本当は着替えたいんだけど、着替える服がないからね。
洗濯してしまおうと思ったんだけど……。
さすがにセーラー服はやめておいて全自動のボタンを押す。
あとはシャワーから上がってから乾燥機にかけようっと。
軽くシャワーを浴びて汗を流し、バスタオルを巻いた格好で脱衣所に戻る。
すでに洗濯が終わっていた下着類を乾燥機に入れ……あれ?
そう言や、これが乾燥機初体験だな。
下宿は古き良き二層式だったし……で、操作はどうするんだろう?
と、使い方を解読しているとドアを叩くノックの音。
「真吾?」
ドアの外に問いかける。
「うん」
予想通り真吾が返事する。
「なに?」
「さくら、着替えどうするのかなって思って」
「うん。大丈夫。あ、洗濯機借りてるよ」
「それはいいけど……操作はわかる?」
「う〜ん。乾燥機の方がちょっとわかんないかも。教えてくれないかな?」
「いいけど……入っても大丈夫?」
「あのふたりは?」
「もう帰ったよ」
「ならいいや。いいよ入っても」
引き戸がゆっくりと開いて真吾が入ってくる。
「あ、わ! さくら! その格好……」
「なんだよ。ちゃんと隠れてるだろ?」
バスタオルを巻いた姿を鏡で確認する。
「そうだけど……」
「気にするなって。昔は一緒にお風呂に入った仲じゃないか」
「そ、それはさくらが女の子になる前の話だろ!」
「あはは。冗談だって。それより操作教えてよ」
操作法を教えてもらって(ボタンひとつだったけど)乾燥機が無事稼働する。
「なぁ真吾?」
「な、なに」
真吾は視線を妙にそらしたまま答える。
まぁ、下着がパタパタと回ってる乾燥機を凝視されても困る。
「ひょっとして、女の子として……意識してる?」
「え!? そ、そりゃ……してるに決まってる……だろ」
………………。
…………。
……。
えぇっ〜!?
いや。なんとなくそうなのかなって思ってたから訊いてみたんだけど……。
予想していたとは言え、真吾の答えに少なからず動揺する。
だって、真吾は俺が男だった時をよく知ってるんだから、いくら多少見た目が変わろうと、男として見てしまうのが普通なんじゃないかと思ってた。
「……それが、どうかしたの?」
黙ってしまった俺に真吾が問いかける。
「いや、真吾の立場からさ、俺のことを女って割り切れるものなのかなって思って」
「割り切るって、意識的な問題で?」
「そう取ってもらっていいよ」
「そりゃ最初は驚いたし、それなりに戸惑ったりしたけど……。
でもね、なんて言うのかな。再会したあとのさくらを見てて思うんだ『あぁ女の子なんだな』って。
それは見た目からの印象だけじゃなくて……雰囲気が以前の一樹のとは違って感じるんだよ」
「へ、へぇ」
そう言うもんなのかな?
「うん。一樹なんだってわかってはいるんだけど、今の僕に『さくら』は女の子に見えてる。だから。不用意にそんな格好でいる時は……気にして欲しいんだけど」
「別に真吾になら見られても平気だけどな」
「はぁぁぁぁ」
これみよがしな溜め息をつかれる。
「もっとさくらには女の子としての自覚を持ってもらわないとダメだな」
真吾がもう一度深く溜め息をついた。
「まぁ、真吾がそう言うなら気をつけるよ」
「あ……例えばの話になるんだけどさ。他の知らない男の人の前でも平気なの?」
「う〜ん。それは、平気じゃないかも」
「そ、そう」
「あー真吾? そろそろ服着ようと思うんだけど」
「あ、あぁ。ごめん」
慌てたように脱衣所から出て行く真吾。
「ふぅ……」
その後ろ姿が消えたドアを見つめながら、なんだか複雑な溜め息が出た。
真吾を追い出すと、早速乾燥機から取り出した下着を身につける。
パンツは、まぁまだ良いんだ。
でも、ブラの方がギプスつきの腕だとどうも難しい。
それでも、ここ何回かの着替えで大分コツは掴めたので、真吾の手を借りなくてもなんとかなった。
ま。借りたら借りたで大騒ぎなんだろう。
こんなことなら、前で留めるのを買っておけば良かったな。
洗ったシャツは、運良く洗面所に置かれていたアイロンを軽くあててシワを伸ばす。
……これでよし。
あとは制服を着て、リボンを結べば出来上がりっと。
「よし歪んでないな」
鏡で確認する。
どうしてこんなに念入りに身支度をしてるかと言えば、全ては真吾の両親の前に出るからだ。
出来れば制服スカート姿じゃなく私服が良かったんだけど、今日はそうも言ってはいられない。
「そういや……化粧落ちちゃったな、ま、いいか」
まぁ、あれだけ汗かいてたし、タオルで気にせず拭いてたし。
さっきはシャワーまで浴びたんだから、ただでさえ薄い化粧は淡い口紅くらいしか残っていない。
これは化粧落としを使わないと、完全には落ちないだろう。
あとで琴実おばさんに借りようっと。
しかし、メグも真吾も琴実おばさんも、みんな思ったより俺のことを普通に受け入れてくれてるみたいだ。
さっき真吾も、女の子として見てるとか言ってたし。
だからと言って、大いに戸惑ってるみたいではあるが蔑んでいるような感じはない。
同じように琴実おばさんも、以前のように接してくれてたし。
まぁ、そこが『大人』ってやつなんだろう。
……あの時とは大違いだよな。
今から二年とちょっと前。
まだ、手術してまもなくの入院してた頃。
術後のリハビリをしていた時期に、病院内で同年代の子数人と知り合った。
もうその時には肉体の性別的にも女になっていて、付き添いの看護士から女の子としてみんなに紹介された。
しばらくはそれで良かった。
退屈な病院内でのこと、会えば話をするし、時間が許せば一緒に病院内を探検して怒られたりもした。
だが、ある日、俺が入院してる理由を、その中の誰かに知られてしまった。
おそらく、断片的に聞きかじった内容から判断したんだと思うその結論を他のみんなに喋ったのだ。
『あいつは元『男』で、今は『女』になってるニューハーフ』……だと。
そのことは瞬く間に仲間内に広がった。
露骨に避けられ、からかわれるようになった。
子ども特有の残酷さでエスカレートしていったその行為は、他の入院患者らの多くに目撃されたようだった。
俺の姿を見ると、あちこちで嫌な笑いとともにヒソヒソとなにかをささやかれるまでに至った。
そもそも自分の境遇に強いコンプレックスを持っていた。
その傷口をえぐるような状況に平静を保てる訳もなく、精神的にかなり追いつめられていった。
そして『噂されているかも……』という漠然とした恐怖から混乱気味になり、もはや正常な判断すら出来なくなっていった……。
それから。
寝ても覚めても、一日中他人の目を気にしはじめた。
なにげない視線が向けられるだけで、精神的なものだけではなく、肉体的な症状……悪寒と震えが出るようになった。
やがて、視線が怖くて病室から出られなくなった。
視線を合わせて会話が出来なくなり、他人と話すことすら極端に減っていった。
そんな状態の患者を病院側も持て余したのかどうか……聞かされていた日程よりずっと早くに退院して、自宅療養扱いとなった。
もっとも、自宅ではなく下宿先、だったけれど。
病気に対するショックに加え病院内でのその出来事の結果、軽いノイローゼ症状になっていた。
本来は病院へ通院するところを、俺の場合は、人目に晒されることを考慮されたのか、カウンセリング診療所で精神療養や検査を行うことになった。
…………。
復学するまでの六ヶ月間は、診療所へ通院しつつ、下宿先での花嫁修業や、同じ下宿先の大学生『緒澤奈月』さんの家庭教師などによりノイローゼの賞状は少しずつ改善へ向かった。
でも、軽度の対人恐怖症は拭えないままだった……。
そんな状態のまま春を迎えて、転校先での学校生活が始まる。
しかし、クラスの人たちとのちょっとしたコミュニケーションに拒絶反応が出た。
あの時の恐怖感が蘇り、会話すらままならない状態だった。
そして、周囲から孤立するのに時間はかからなかった。
………。と、とにかくっ。
そういった経緯を乗り越えて今の俺があるんだけど、まだまだ克服出来た訳じゃない。
未だ、大勢に囲まれると平静でいられない自分がいる。
必要以上に人目を気にしてしまう自分がいる。
女の子みたいだとからかわれることがコンプレックスだった昔の自分。
女の子にならなければならなくなった今の自分。
男だった昔の自分。
女になった今の自分。
体は……遺伝子上は『女』なんだけど……心は『男』の時のままなのか『女』になっているのか、ときどき自分でもわからなくなる。
そんなことを考えていると、なにが心の男女を決めているのかすら曖昧になってくる。
男でいたい自分、女にならなきゃいけない現実。
しかし、なにが『男』でなにが『女』なんだろう?
正直なところ自分自身を持て余している。
それでも、他人の目には『女』に見えるように努力する。
二度とあんな視線に晒されることがないように。
そんな心理状況で、メグと再会し、真吾、そして琴実おばさんに俺のことを打ち明けた。
昔からの知り合いだという要素が影響しているからか、多少の好奇は混じってはいるけど、みんな好意的に受け止めてくれている。
……だけど。
昔の俺を知らない人は?
単に俺が「昔、男だった」って事実を知ってしまったら、それをどう感じて、どう思うんだろう?
騙されたと思うんだろうか?
裏切られたと思うだろうか?
気持ち悪いと感じるのだろうか?
このことを知って、
茜や桔梗さん、楓ちゃんはどう思うんだろう?
志保ちゃんやちひろさんはどうするのだろうか?
クラスのみんなは?
学校の生徒は?
……。
「あー……やめやめ」
深く考えてもしょうがない。
とりあえずは、このまま隠し通せるところまでは秘密にしておくしかないだろう……。
それから。
琴実おばさんが帰ってくるまで、真吾と一緒にリビングでテレビを観ていた。
浴室より出てきてから生返事だけで喋ろうとしない俺のことを、真吾は少し心配そうにしていたけれど、なにも聞かないでずっと隣りにいてくれた。
ただそれだけのことが、とても嬉しかった。
とてもとても嬉しかった。
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