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Chapter. 3
Mini skirt actress
ミニスカートの女優 7
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電車を降りて三分ほど歩くと真吾の家に着いた。
以前は十分ほどかかってたから確かに近くなったと思う。
「おじゃましまーす」
琴美おばさんは買い物だし大吾おじさんもまだ仕事中だろう。
誰もいないことはわかってるけど真吾に対しての礼儀として挨拶した。
その声を聞きつけたように、廊下の奥からカツカツと硬い足音が聞こえてきた。
(あれ? 誰もいないと思って……)
そう思う間に茶色いものが駆け寄ってくる。
それは、真吾を出迎えに来た『ジョン』だった。
その大きな体躯にちょっとだけ驚く。
自己弁護しておくけど、不意をついて大型犬が駆け寄ってくれば誰でも驚くんじゃないだろうか。
そういうことにして欲しい。
「こ、こんにちはジョン。元気してたか?」
驚きを飲み込んで、頭を撫でようとすると、ジョンは軽く唸り声を上げた。
あらら。不審人物に認定されたみたい。
「ジョン! さくらのこと覚えてないのか? 小さい頃遊んでもらったこともあるのに」
毛並みを撫でながらジョンを諭す真吾。
「あ〜大丈夫。ちょっと見てて」
真吾を制して正面からジョンと向かい合う。
ジョンはまだ唸りながら警戒している。
視線を合わせたまま、十数秒間お互いに見つめ合う。
「あの……さくら?」
真吾が痺れを切らして話しかけてくる。
その言葉とほぼ同時に、ジョンは降参するように伏せて上目づかいで尻尾を振った。
「よ〜し。いい子だなジョン」
声をかけて頭を撫でてやると、さっきの警戒はどこへやら、ジョンは勢い良く尻尾を振りだした。
嬉しそうに立ち上がって体を擦りつけてくる。
そして、俺を軸にくるくると回りながら匂いを確認するように鼻を鳴らしていた。
「えぇと?」
「あぁ、さっきのは挨拶みたいなもんだよ。どっちが強いのか〜とかね」
惚けたような真吾に説明する。
「強いって……」
「最初にナメられるとあとに引くからね〜」
犬は序列社会を形成する動物だから、最初に上下関係を築かないと後々面倒になる。
「ふ、ふぅん。あ、上がって待ってて。着替えてくるから」
「うん。ジョンおいで」
ジョンを従えてリビングへと向かう。
こうして連れて歩いてみて気づいたけど、ジョンは良く躾けられている。
隣にいながらも決して俺の進路を邪魔することなく、やや後方に寄り添って付いてくる。
大吾おじさんが大の犬好きで、マイホームの購入も自宅で犬を飼うためだったと言ってはばからない人だし、躾もきちんとしてるんだろう。
パワフルなアフガンハウンドを室内で飼うのはどうかとも思ったけど、外で飼うよりも家族の一員として認めてる感じがしていいんじゃないかな。
「それにしても大きいよな。うり。ばんざ〜い」
ジョンの前足を持って大きく持ち上げる。
後ろ足で立つジョンの前足は軽く肩まで届いた。
「でかいな、おまえ」
ジョンを降ろしてテレビのスイッチを入れる。
ローソファーでくつろぐと、ジョンはいそいそと隣に丸く寝そべりながら上目づかいで見上げてくる。
「よしよし」
背筋にそって撫でてやると、嬉しそうに尻尾をハタハタと振りながら目を閉じた。
アフガンハウンドって、確かアフガニスタン原産の狩猟犬じゃなかったかな。
優れた視覚と嗅覚、そして長い四肢(ついでに毛も長い)によるスピードで、獲物を捕獲するとかテレビでやってるのを見たことがある。
「い〜」
ジョンの顔を両手で挟み、親指で上唇をぷに〜っと持ち上げると立派な犬歯が見えた。
噛まれたら大変そうだコレは。
琴実おばさんも程なく帰ってくるだろうってことで、ジョンを挟んで真吾とふたり、ローソファーにもたれながらテレビを眺める。
「ちょっとごめんな」
いい加減ストッキング脱ごう。
さっきのゲームで蒸れたのか、少しむず痒い。
「う、うん」
ふと、横を見ると真吾の視線が泳いでいる。
「言っておくけど、好きでしてるんじゃないからなコレ」
「う、うん。じゃぁどうして?」
「ジーンズとかに比べるとさ、制服のスカートってなにもつけてないのと等しい感じなんだよ。素足の時より精神的にマシかなって思ってたんだけど……」
「思ってたんだけど?」
「確かに幾分マシだと思うんだけど、慣れてないせいか違和感がね。なにかヘンな感覚なんだよなぁ。コレは太股までのなんだけど。腰まである方がいいのかな?」
「い、いや、僕は穿いたことないから……」
「それもそうか。あ〜ぁ、くっきり跡が残ってるし」
足の付け根に出来た繊維の模様を指で掻く。
「え、えと。さくらって、肌の色……前からそんなに白かったっけ?」
そんなことを指摘する割には、真吾の視線はかたくなにテレビの方を向いたままだ。
「どうかな? でも、手術してから日に焼けるようなことはしてないからね。白くなったかも」
「夏はどうしてたの? プールとか海とか……あっ、ご、ごめん」
無意識に視線を向けてしまった真吾が、慌てて視線をそらす。
「気にするなって。そうだな〜、感染症予防って理由で水泳の授業はずっと見学してたし、友達少なかったから海とかプールとかも行かなかったし」
そう言えば、下宿のみんなで行こうって話もあったんだけど、結局みんなの予定が合わなくて、ずるずると延期するうちにシーズンが終わったっけ。と、去年の夏の出来事を思い返しながら、スカート越しに繊維跡の部分をマッサージする。
「……」
友達が少ないという言葉が気になったのか、真吾の表情が心配そうに曇っている。
「あ〜でも、去年の秋口には、ちゃんと友達できたんだよ。転校したての頃はさ、ちょっと訳ありで周囲に馴染めなかったんだ。なんとなくわかるだろ? 俺が女の子の輪の中に溶け込むなんて、上手く出来っこないってさ」
「う、うん」
「でね、それだけが理由でもないんだけど、当時の俺は我ながら嫌な奴だったと思うしね。って、そんな暗い話はやめやめ。今は大丈夫なんだから、そう心配そうな顔するなって。ごめんな、変な話しちゃって」
「いや、そんなことで謝らなくていいよ。僕で良かったら、なんでも相談に乗るから」
「ありがと。相談って、なんでもいいのか?」
「うん、僕で良かったら」
「そうだな〜。真吾向けの悩みが出来た時は頼むな」
「僕向き?」
「例えばだ。生理のこととか相談しても困るだろ?」
「う。それは、そうだね」
困ったように笑う真吾。
でも、その表情に疑問符みたいな感情が見え隠れする。
「あぁ、そうか。うん。ちゃんと定期的に来るんだ。これが」
「……ぁ」
真吾の顔色が面白いくらいにみるみる赤くなる。
「そだ。その時ってさ、ちょっと様子がおかしいかもしれないけど、あんまり気にしないでくれ」
「う、うん」
「自覚はあんまりないんだけど、人が変わったみたいになるってよく言われるんだよな」
「ふぅん。どんな風になるの?」
「いや、別に普通のつもりなんだけど。ちょっと感情が鈍くなる、のかな? まぁ、まだあと十日くらいは先だからいいんだけど」
「…………」
「悪い。苦手なんだよな。でも、今のはからかったんじゃないから」
「う、うん」
ジョンの毛並みを手慰みに撫でながら、少し余計なことまで話してしまったかなと反省する。
「そう言えば。さっきは有耶無耶になったけど、母さん、さくらのこと知ってたみたいだったと思わない?」
ジョンの頭に手を置いた真吾が、不思議そうな表情で訊ねてくる。
「あぁ、琴美おばさんね。あれはきっと、ウチの母さんが話してたんだろ。確か前にそんなこと言ってたし」
「なら、どうして僕には教えてくれなかったのかな?」
「ん〜。それはな、俺が母さんを通して頼んだんだ」
「え?」
「真吾やメグには絶対黙っていてくれって」
「……」
「だから最初に言ったろ? 恥ずかしくて言えなかったんだってば」
「うん。そうだね。そう言う話だった」
「ってなわけだから、琴実おばさんが真吾に言わなかったのは俺が頼んだからだと思う」
「うん。わかった」
そんなことを話してた時、柔らかな電子音で電話が鳴る。
すぐに真吾が受話器を取った。
「はい。赤坂ですが……母さんか。町内会の集まり?どうしてそんなこと忘れるんだよ。……ちょっと待って」
真吾が受話器を押さえて俺に向き直る。
「さくら。母さん帰りが遅れそうなんだけど、時間は大丈夫?」
「別に構わないよ。夕飯食べていくつもりだったし」
受け答えの間、自由になった足の指でジョンのお腹をくすぐる。
迷惑そうな表情のジョン。
く〜。その図体で可愛すぎるなお前。
よしよし。ごめんな〜と話しかけながら、その大きな身体を抱えて足の間に仰向けに寝かせる。
「もしもし? さくらは大丈夫だって。あぁ一樹だよ。今はさくらって言うの。うん。七時頃だね。わかったよ。それじゃ」
真吾は受話器を置くと、ふぅっと息をはいた。
「琴実おばさんが町内会の会合があって七時頃にしか帰れないんだろ?」
真吾より先に今の電話の内容を説明してやる。
真吾は驚いた顔で『どうしてわかるの?』と不思議そうな顔をする。
「そんなの今の会話聞いてりゃ誰でもわかるって」
笑いながら説明する。ジョンも賛同してるようにパタパタと尻尾を振っていた。
「今は四時前か……ちょっとお腹空いてきたな」
真吾が時計を見ながら呟く。
「さっき食べたばっかなのにまた食べるの?」
「部活のあとはね」
「よし。夕飯まで持つように、なにか作ろうか?」
「う〜ん。そうは言ってもカップ麺は昨日のが最後だったしなぁ」
「ば〜か。カップ麺なら『作ってやる』なんて言わないって。冷やご飯とかないの?」
勝手知ったる赤坂家。文字通りに冷蔵庫を開けて中を調べる。
「どうかな?」
真吾も後ろから冷蔵庫を覗き込む。
「あ、あるじゃん。琴実おばさんならキチンとしてると思ったんだ」
ラップがかかった冷やご飯を取り出すと、ジョンがご飯をもらえるのかと思ったのか、ハタハタと尻尾を振ってすり寄ってくる。
「こら、おまえの分じゃないっての。わわ。スカートに頭突っ込むなっ!」
鼻息で内股がくすぐったい。
右手が冷やご飯で塞がっていたので、左腕のギプスでジョンの頭を軽くこづく。
慌ててスカートから顔を出したジョンが『なに?どうして叩くの?』って表情で俺の顔を見返す。
「まったくもう。ジョン! 伏せっ!!」
俺の声にキョトンとするジョン。視線に力を込めて見返すと、くぅ〜んと低く鳴いてその場に伏せた。
「へぇ、すごいねさくら。ジョンは父さんの言うことしかあまり聞かないのに 」
「ん? 真吾の言うことは聞かないの?」
「機嫌がいい時は聞いてくれるけどね」
「ジョ〜ン? おまえ、ちゃんと真吾の言うことも聞かないとダメだぞ?」
「クゥ〜ン」
ジョンは反省したような声で鳴いた。
「あはは。どっちが飼い主なのかわからないね」
おいおい。優しいんだか甘いんだか。
ま、そんなところが真吾らしいし、良いところなんだろうけど。
「これだけあれば、チャーハンならふたり分ちょっとくらい作れそうだな」
調味料を物色しながら材料を確かめる。
「さくら、料理出来るの?」
意外そうな真吾。
「出来るよ」
「いつの間に……」
「あのね真吾」
フライパンを手に真吾の方に向き直る。
「俺が女になったのは知ってるよな?」
「それは、知ってる」
「人生の途中で女になるとな、男女の習慣の違いとか、色々講習を受けることになるんだ。そのためにダブったようなもんだしな。で、その講習の延長線上に花嫁修業があったんだ」
「花嫁修業って、さくら結婚するの!?」
真吾が急に大きな声を出す。
「違う違う。将来の話だよ。下宿先の大家さんが昔気質な人でさ、それ方面の教室とか、色々やってて。ついでにって感じで毎日鍛えられてたんだよ。おかげで掃除、洗濯、料理に裁縫。おまけに、お茶にお花に着物の着付けまで出来るんだぞ」
自慢するように胸を張る。
後半部分は習っただけでマスターはしてないから、大きく誇張されてるけどな。
「へぇ」
ツッコミが入ると思いきや、真吾は素直に信じたようだった。
尊敬の眼差しが向けられる。
「ま、まぁ、そんなわけだから、ちょこっとは料理出来るんだ。あは、は」
ひとりでボケてることが気恥ずかしくなり、話を収拾するべく料理に取りかかる。
素直と言うかなんと言うか。
真吾にツッコミを期待した方が悪いよな。うん。
「そうだ。真吾はその間にシャワーでも浴びてくれば?部活のあとだろ?その間に作っておくよ」
見つけたエプロンを身につけ、背中で結びながら真吾にシャワーを勧める。
「う、うん」
「あ、真吾。チャーハンとオムライスどっちがいい?」
「ん〜オムライス」
「オッケー。えっと、ケチャップケチャップ〜♪」
もう一度冷蔵庫を覗き込んで、タマネギやソーセージなど、使えそうなものを取り出す。
「……」
「どうかした?」
なぜか黙って立ってる真吾に問いかけると『あ、うん』と言葉を濁してキッチンから出て行った。
……なんなんだかね。
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