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Chapter. 4
I miss you

アイ・ミス・ユー 6





 
   

「見つけた!!」
校内を片っ端から探し回り、ようやく体育館の裏手にでメグと瑞穂のふたりの姿を発見した。
遠目に見える様子がおかしかったので音を立てないように小走りで近づいて行く。
近づくうちに、ふたりが後ろから取り押さえられていることに気づく。
胸騒ぎの通り、なんらかのトラブルに巻き込まれているようだった。

(一、二、三、四……)
相手の人数が予想以上に多かったことに小さく舌打ちして速度を緩めた。
体育館の外壁に紛れるようにして、足音を忍ばせつつも歩くより速く距離を詰める。

(四人なら奇襲でなんとか。問題はあと何人いるか、か)
相手の人数を予想しながら不意打ちで飛び出した場合の勝算を計る。
ふたりを人質に取られるとまずい。
十秒で助け出し、残り十秒でどれだけの戦力を減らせるか。
不意を突いたアドバンテージは、それで消える。
その時、何人残っているかで戦局が決まるだろう。

不確定要素を残したまま近づいて行くと、少し様子がおかしいことに気づいた。
ふたりを取り押さえていた女たちが、なにかから逃げるようにこちらへと走ってくる。
理由はわからなかったけど、そのまま見逃がすわけにもいかない。
意を決して、その進路を塞ぐように立ちはだかった。

先頭の女が、突然現れた俺の姿に息を飲む。
その隙を突き、腕を逆手に捻りあげて地面に投げ倒した。

「ぎゃんっ!」
落とす瞬間、極めた間接を緩めて手加減したものの、走ってきた勢いで背中を地面に強打した女が苦しそうに肺から空気を吐き出した。

後続の女生徒を視線で牽制すると、腕を極められたまま苦しそうに喘ぐ女を観察する。
うん。特に外傷は無いみたいだ。

動く気配を探りながら視線を上げる。
立ちつくす女生徒たち四人と、その向こうには……見知った顔があった。

咲矢崎浹。

奥にいるメグと瑞穂に視線を向けると、ふたりが揃って声を上げた。

「さくら!?」
「お、お姉ちゃん!」
瑞穂の口元に血の跡が見える。
でも、普通に喋れるみたいだし、あの程度なら口の中をちょっと切っただけだろう。
どうやら大事には至っていないようだ。

残りの女たちは左右を見回して逃げ道を探している。
逆方向に逃げないのは、白ランの男……トールがいるからだろう。
トールの足下には、おそらくトール自身にやられたと思われる男が三人倒れている。

「動くな!」
逃げ出しそうな残りの四人を声で制する。

四人はビクンと体を震わせて動きをとめた。
腕を極めて拘束している仲間を見捨てて逃げるようなら容赦しないつもりだったけど、そこまで薄情ではないようだ。

「ふたりとも大丈夫か?」
近寄ってきたメグと瑞穂に声をかける。

「あ、うん、私はなんともないけど瑞穂ちゃんが……」
メグが申しわけなさそうな表情で、瑞穂の肩に手を置いてその顔を覗き込む。

「瑞穂、ちょっと口開けてみろ」
涙ぐんでいる瑞穂の口の中を覗いて怪我の具合を確認する。
よし。思ったとおり大した怪我じゃない。
左手の親指で口元の血を拭う。

「よくがんばったな。もう大丈夫だ」
出来るだけ優しい声で瑞穂の頭を撫でると、

「お姉ちゃん……。お姉ちゃん、お姉ちゃぁぁん…」
瑞穂は涙声で名前を連呼してすがりついてきた。

「で。どういう経緯でこんなことになってるんだ?」
瑞穂の頭を撫でながらメグに問うと、

「あたしだって知らないわよ。突然こいつらが瑞穂ちゃんに因縁つけてきてっ。こんなところまで連れてこられて、お金を出せとか言って、そこの転がってる三人が身体検査とか言って、やーらしいことされそうになった時に、そこの白い制服の男の人が助けてくれたの」
こみ上げていた怒りを、ほとばしらせるように一気にまくし立てる。

「そして、俺が現れたってわけか」
素顔のメグがコクンと頷く……メガネはどうしたんだろう。

「波綺……久しぶりだな」
話が一段落したと思ったのかトールが声をかけてきた。

最後に会ったのは去年の『あの夏』だったから確かに久しぶりだ。

「トールも……。元気そうだね」
「まぁ、な。さて、感動の再会は後回しにしておいて、こいつらどうするよ?」
トールが女たちに視線を向ける。

でも。
そんなことよりも。
非常に気まずい。

正直なところ、この姿でトールに会いたくなかった。
恥ずかしさで逃げ出したいのを必死に押さえ込む。

「ふぅ」
その気持ちを隠すように溜め息をつく。

「別にいいや。もう行っていいよ」
「行っていい……って、さくら!?」
メグが抗議の声を上げる。
その声色から、かなり腹に据えかねていることがありありと伝わってくる。

そんなメグに視線で黙るように訴えてから、地面に倒れている女生徒を助け起こして(いや、俺が投げたんだけどな)制服についた泥や埃を払う。

五人は一応、申しわけ程度に頭を下げ、男たちに肩を貸しながら足を引きずるように立ち去って行く。

「おいおい。このまま許すのかよ」
あきれ顔でトールが口を出す。

「トールのおかげで大したことなかったんだし、もういいんじゃない?」
「…………波綺がそう言うなら、しゃーねぇな。おいおまえら。今回はこれで済ますけど、次は、女でも容赦しねぇぞ?」
トールの脅しに、それこそ八人は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

「………」
その後姿を睨むメグの横顔を見ながら、さっき女生徒助け起こす時に拾った手帳をポケットにしまう。
やれやれ……しょうがないな。
ふとトールに視線を移すと、考えを見透かしたような笑みを浮かべていた。

そして、体育館裏は再び静寂に満たされた。

「ふたりを……助けてくれて、ありがとう」
トールに深く頭を下げる。
トールが助けてくれていなかったらと思うとゾッとする。
瑞穂とメグのこともそうだし、こいつらの前でケンカする姿も見せたくはなかった。

「いや。それはいいってことよ。ウチの学校の恥みたいなもんだからな。こっちこそ、ふたりには済まないことをした」
「そんな、本当に助かりました。ありがとうございます」
メグと瑞穂がトールに深々と頭を下げる。

「参ったな。ならさ、この件は、あいこってことにしてくれねぇか?」
三人に頭を下げられて、居心地悪そうに頭をかいて苦笑いを浮かべるトール。
礼を言われ慣れないトールの姿を見て相変わらずだなと微笑ましく思った。

ふと視線を動かした先の地面にメガネを見つけた。
それを手に取ってフレームを動かし、特におかしくなっていないことを確認してハンカチで土埃を拭き取った。

「あ。それ……」
声を上げたメグが開いた口を手のひらで隠す。

「ん。別に壊れてないみたいだ。メグも、ありがとう。庇ってくれたんだろ?」
うっすらと赤みが差すメグの頬を指で軽く撫でる。

「え!? いや、そのぉ……私は別に」
「ちょっと熱を持ってるみたいだから、あとで冷やした方がいいな」
「う……うん」
「もう行こうか。それじゃ」
瑞穂の背中を軽く押し、挨拶して立ち去ろうとすると、

「あ〜っと。波綺、待て待て!」
トールが慌てて呼び止めてきた。

「なに?」
素っ気なく振り向く。
くそっ。なにか言われる前に立ち去ろうと思ったのに。

「まだ感動の再会ってやつが済んでねぇだろ」
昔、つるんでいた頃のままの……でも、少し照れくさそうな笑顔を浮かべるトール。

「あ、あぁ。久しぶり」
しかし、そんなトールに対して硬い返事をしてしまう。
恨まれてるはず、という後ろめたさと、今の服装が負い目となって、どうしても普通には対応出来ない。

「そうだな……って! そうじゃねぇだろう?もっと、こう、情感たっぷりにだな……」
「情感って言われてもなぁ。トールとは、あの時に訣別したきりだったし、俺のこと良く思ってないだろ?」
「そんなことはねぇよ。そりゃ、あれからしばらくの間は悔しかったけどな。今、こうして再会してみて気がついたんだ」
一度会話を区切り、改まった様子で一歩近づくと俺の左手を取った。

左腕を覆うギプスにトールの表情が一瞬曇ったけど、すぐに瞳を真摯に覗き込んでくる。
な、なんなんだ? 俺の女装……じゃないんだけど……でも笑おうって魂胆か。

「好きだ。俺とつき合ってくれ……いや、つき合って欲しい」

………………………………………。
…………。

はい?

予想外の出来事に思考が凍り付く。
なんだか理解出来ない言葉が発せられたような気がする。
トールはなんて言ったんだ?

「この腕……折ったのか?」
トールがギプスを確かめるように左手を触る。

「え? あ、あぁ。ちょっと、ね」
なぜか思考が空転して考えがまとまらない。

え〜。
あ〜……。
えと……な、なんだ?
ど、どうしたんだろ俺?

「まだ無茶なことやってるのか?」
「む、無茶なことって?」
言葉が引っかかって、なぜかどもってしまう。

「ヴァルキュリアだよ。まだ続けてんのか?」
「い、いや、アレは……この春で一応休業状態って言うか。響が大体の目的は達成されたとか言ってたし……その……ゴメン……」
「ま、待て待て。あのことを責めてるわけじゃねぇんだ。もう気にしてねぇから、そっちも気にすんなって」
「……う、うん」
「でも、そうか、休業か。それがいいな」
トールは安心したように息を吐き出すと、見たことない優しげな笑顔を作った。
そして、掴んでいた俺の左手を軽く持ち上げると……。

「…………………っ!! え? え? あ、おい、あ!?」
背筋にゾクゾクっとしたなにかが走り抜ける。
まず頭が痺れた。
そして、次第に鳥肌が立つような感覚が全身に広がっていく。

「波綺たちは、確か相手校のベンチで応援してたよな」
狼狽する俺とは裏腹に、トールはなにごともなかったかのように、いつもの口調で話しかけてくる。

「あ、う、うん……」
「ちょっと着替えてから顔出すから待っててくれ。じゃ、またな」
白ランを翻してトールは走り去る。
それをただ、見送ることしか出来なかった。

トールが視界から消え、辺りが沈黙に包まれる。
その永遠とも思えた十数秒の沈黙はメグの声で破られた。

「……見ぃ〜ちゃったぁ。見ぃ〜ちゃったぁ。コ・ク・ハ・ク現場♪」
ニンマリと笑みを浮かべる。

「お姉ちゃん、手にキスされてた……」
瑞穂の嬉しそうな声。

「なっ!!」
あまりの事態にこいつらが一緒なのを忘れてた……。

「で? ど〜するのよ?」
にやぁっと、例の好奇心丸出しの笑みを浮かべるメグ。

「ど、どうするって……」
「言ってたじゃない『つき合って欲しい』って♪」
「バ、バカ。そ、そんなこと、できるわけないだろ!」
「あらぁ? じゃぁ断っちゃうのぉ?」
「さっきのトールさんって人、すっごい優しい目でお姉ちゃんのこと見てたよ」
涙の跡を拭いながら、瑞穂も楽しそうに微笑む。

「だ、だ〜か〜ら〜。俺が……男と……つき合えるわけ……ないだろ?」
「え〜!? 断っちゃうの〜?」
なぜかは知らないが残念そうな瑞穂。

「当たり前だ。トールは三年前のこと知らないんだぞ」
「なら、話せばいいじゃない?」
と気楽そうにメグ。

「やだ。そんな恥ずかしいこと言えるかよ」
「そんなに気にしなくていいと思うけどなぁ」
「気になるの!もう、あんな目で見られるのは嫌なんだよ!」
思い返すだけで喪失感に囚われそうになる。
足下の地面が消えたように平衡感覚が狂ってきて、全身に冷たい嫌な汗がどっと噴き出す。

「そうやって……。だからって、そうやって一生隠していくつもりなの?」
不意に真面目な口調に戻るメグ。

「あ、あぁ。そうだよっ!」
なかば投げやりな返事になってしまう。
気を遣ってくれてるのはわかるんだけど、だからと言って納得も出来ない。

「ね、さくら。あんたがどんな目にあってきたのかは私にはわからないし、聞いたところで、わかったなんて言えない。でもね」
メグは中指でメガネをかけ直して話しを続ける。

「私たち……って私と真ちゃんだけど。さくらのことを知った時にそんな目で見た?」
「……いや、見てない。でも、それは、幼なじみだったからで……」
なおも言いわけする俺にメグは苦笑する。

「ま、いいわ。つき合うかどうかは、あんたが決めることだしね。それよりさ『春キュウリ』がどうとかって話してなかった? なによ『春キュウリ』って。あんた家庭菜園でもやってたの?」
「あ〜。なんでもないよ。こっちのこと」
「ねぇ。それって『ヴァルキュリア』のことじゃないのかな? 北欧神話の女神から名前を取ったチーム」
瑞穂がメグの言葉を訂正する。
でも、どうして瑞穂がそんなことまで知ってるんだ?
あまり派手な活動はしてなかったはずなんだけど……。

「ね。お姉ちゃんも入ってたの? ヴァルキュリアに!」
興奮した瑞穂が腕を引っ張る。

「な、なにを興奮してんだよ」
「だってだって。ヴァルキュリアってあれだよ。少数精鋭の……たった数人の女の子を核に構成されてて、とにかく強くて格好良いんだよ。素性なんかはあんまり知られてないんだけど、そこらの不良さんたちからは、一目置かれてるの。で、本当に悪い奴をやっつけるんだよね」
「へぇ。そんなのやってたの? あんた」
興味深そうに目を見開くメグ。

「さぁ。聞き違いじゃないのか?」
「えぇ〜」
残念そうな声を上げる瑞穂。

「それより。その『ばきゅら』ってなに? 自警団かなにかか? それとも警察? まさかくるくる回って飛んでくるんじゃないだろうな」
「もう! 違うよ! バキュラじゃなくてヴァルキュリアだよっ!」
ぷくーっと頬を膨らませる瑞穂。

「はいはい。ほら、そろそろ戻るぞ。真吾も心配してるから」
「えぇ! 真吾お兄ちゃん心配してたの!?」
「当たり前だろ? もうインターバル終わって後半始まってるんだぞ」
「いっけない! 早く行かなきゃ」
慌てた瑞穂が走り出す。

俺とメグは視線を合わせて苦笑しあうと、あとを追って走り出した。

な、なんとかごまかせたかな……。

 
   






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