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Chapter. 4
I miss you

アイ・ミス・ユー 2





 
   

練習試合は十一時から相手校でもある『誠南高校グラウンド』で行われるらしい。
ちょっと待てよ。誠南って言ったら、俺が前に下宿していた場所の割と近くじゃないか?
ここからだとバスで小一時間はかかるはずだ。
なにもあんな遠いところでやんなくてもいいのに。

琴実さんが用意してくれた朝食を食べてる間、真吾は軽く摘んだだけでジョギングに行った。
なんでも休日の日課になってるらしい。
真吾は二十分ほどで戻ってきて、八時半頃には瑞穂と、なぜかついてきたらしいメグがやってきた。

「おはようございまーす」
メグと瑞穂の声が綺麗に重なる。

「あら、恵ちゃんに瑞穂ちゃん、お久しぶり」
琴実さんの声を筆頭に、玄関でふたりを迎える。

「あ。琴実おばさま、ご無沙汰してます」
「おはようございます。琴実おばさま」
メグと瑞穂が琴実さんに改めて挨拶し直す。

「……ところで。あんたなんて格好してんのよ」
俺を見たメグが、あきれた顔で話しかけてくる。

「ん? なにか変?」
「すっごく、くつろいでない?自分の家みたいに」
「そうかな?」
「じゃなけりゃ、そんな格好でいつまでもウロウロできないっしょ」
ちょっとだけ自分の姿を見下ろしてみる。
……まぁ、あのままのパジャマ姿ではあるな。

「いや、着替えようかなっとは思ってたんだって」
なにせ真吾のベッドから出てきて、そのまま朝食だったからなぁ。
メグの視線が胸元を凝視していたかと思うと、手が伸びてきて胸を『わしっ』と掴まれた。

「あぁわわ! な! なにすんだよ!!」
不意に胸を鷲掴みにされ、反射的に両腕でガードする。
メグは、そんな俺にはお構いなしに、しばらく自分の手を見つめて、

「……やっぱり本物なのね」
と、溜め息混じりに呟いた。

「な、なんだよ本物って? 俺だって好きでこんな胸になったんじゃないぞ。肩こるし、走るとじゃまだし」
「……」
ふるふると肩を振るわせるメグ。
あれ? 怒ってる? なんでだ?
そんな様子を見て、琴実さんがクスクスと笑う。

「ささ。玄関で立ち話もなんだから、ふたりとも上がって待ってて。真吾、まだ時間あるんでしょう?」
「あー、あと十分ほどで出るつもりだけど」
「ちょっと。あと十分って。まだお弁当出来てないのよ?」
「いいよ。向こうでなにか買って食べるよ」
「せっかく早起きして準備してたのに……」
「でも、バスの時間があるし」
琴美さんと真吾の会話の成り行きを見守りながら考える。
う〜ん、真吾も出る時間が決まってるんなら先に伝えておかなきゃ。
それは確認しなかった琴美さんもそうなんだけど。
ふむ。そう言うことなら。

「真吾は、メグや瑞穂と先に行っててよ」
「え?」
横から会話に割り込んだ俺に視線が集中する。

「俺は今から着替えとかあるし、あとからお弁当持っていくからさ」
「あら、さくらちゃん。そうしてもらえると助かるわ」
琴実さんは手を合わせてにっこり微笑むと、早速とばかりにキッチンに戻った。

「でもさくら。誠南がどこにあるか知ってるの?」
とメグが訊いてくる。
さすがに隣の市なので地理的に不案内で迷うようなら、一緒に行った方が良いと提案してくれる。

「大丈夫だって。引っ越してた先の、割とそばだから知ってるよ」
メグの言葉に笑って答える。

「そう言えば、お姉ちゃんが下宿してたところから誠南って近いんだよね」
「へぇ。あんたが下宿してたのって、あの辺りだったんだ。ふぅん、割と近くではあったのね」
メガネを直しながらメグが納得顔で頷いた。

「はい決まり。じゃぁ着替えてくるから先に行ってて」
「なんだか悪いね」
すまなさそうな真吾。

「構わないって。泊めてもらったんだし、これくらいは当然でしょ」
「なら、私たちは真ちゃんと一緒に行っていいのね?」
「いいよ。瑞穂も一緒に頼むな」
準備にどれくらいの時間がかかるかわからないし、遅れて行くのは俺だけでいいだろ。

「あ。お姉ちゃんこれ……お母さんから」
話がまとまったところで、瑞穂が恥ずかしそうに紙袋を差し出した。

「ん。なに?」
とりあえず受け取ってから瑞穂に訊いてみる。なんだろ。すごく軽くて柔らかい。

「えっと……そのぉ」
チラチラと真吾の方をうかがいながら言葉を探す瑞穂。

(なるほどね)
中を覗いてみると、予想通り替えの下着が入っていた。

「サンキュ。助かったよ」
「うん」
なぜか照れる瑞穂。

「恵ちゃんに、瑞穂ちゃんの分もお弁当作るからね〜」
キッチンから琴実さんの声が聞こえる。

「あ、いえ、そこまでしていただくわけには……」
らしくない態度で遠慮するメグ。

へぇ。遠慮なんて『らしく』ないなー。とか思ってると、そのメグが鋭い視線で睨んでくる。
……怖っ。何食わぬ顔で視線をそらすので精一杯だ。こいつは俺の心でも読んでるのか。

「いいのよ。遠いところまでわざわざ真吾の応援に行ってもらうんだし、遠慮は無用よ」
キッチンから顔を覗かせる琴美さん。

「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「ありがとうございます」
メグと瑞穂が頭を下げる。

「じゃ。またあとで」
タイミングを見計らって、着替えのために二階へ駆け上がる。

あのままだと、まず間違いなく『さっき「へぇメグでも遠慮するんだ」とか考えてたでしょ?顔にそう書いてあったわよ!!』ってくるはずだ。
幼なじみと言うのは、長年のつき合いと経験則で表情やちょっとした仕草で意志が伝わることが多い。
俺も、瑞穂は言わずもがな、メグや真吾のことならある程度はわかる。
それは便利でもあり煩わしくもあり、一長一短だな。

壬琴さんの部屋に戻り、ベッドの脇に置いてた制服と瑞穂からさっき渡された下着に着替える。
パジャマを脱いで下着を替えてから、白のブラウス、スカート、ストッキングの順に身につけていく。
まだまだストッキングは身につけるのに慣れてないので時間はかかったが、最初よりは上手くなってきた。
いや、これが意外と真っすぐ穿くの難しいんだって。

こんなことなら、下着だけじゃなくて、私服の替えも持ってきてもらえば良かった。
今更仕方ないけど。
そして上着を着てリボンを結ぶ。
最後に姿鏡でおかしなところがないか確認して軽く髪を梳かす。
今日は寝癖もなかったので、ささっと済ませることが出来た。

「………」
自分のセーラー服姿も少しずつ見慣れてきた。
最初はセーラー服が似合う自分が嫌だと思ったもんだけど。

身支度を整え最後に脱いだパジャマをたたんで、簡単にベッドメイキングする。
と言っても、ほとんどこっちで寝てないから綺麗なもんだ。
よし。これで大体いいかな。

二階から下りてくると、三人はすでに出発したあとだった。
キッチンに顔を出すと、琴実さんが

「あら、さくらちゃん。真吾たちもう出ちゃったわよ」
と教えてくれる。

「はい。あ、お弁当手伝いますよ」
「本当? 助かるわ。じゃぁ具の方は出来てるからサンドイッチをお願いね」
「はい」
貸してもらったエプロンを身につけて、腕まくりしてから薬用石けんでしっかりと手を洗う。

さぁて、準備は万端っと。
パンに辛子マヨネーズを薄く塗り、炒り卵やハム、シーチキンなどを手早く挟む。
出来たサンドイッチを重ねてラップを被せ、その上にトレーを載せて、さらに重しになりそうな調味料などを載せる。こうして軽く押さえることで、パンと具がなじんで美味しくなるんだ。
その待ち時間にロールサンドも量産する。

「あら。さくらちゃん巧いわね」
そう言う琴実さんの手には、なぜかデジタルビデオカメラが。
あの〜料理の方は、ど〜なってるんでしょうか?

「そ、そうですか? まぁ挟んで切るだけだから」
「ま。謙遜しちゃって。昨日も思ったけど手際と包丁の扱いを見ると、料理の腕はなかなかのものみたいね」
「二年間、週の半分は当番制で晩ご飯作ってたから。でも、正直言ってまだまだかな」
「ふふふ、奥ゆかしいわね。そんなところも好きよ」
「ほ、ほら琴実さん! 早くお弁当作らないと」
「あ〜ん。さくらちゃんみたいな、若くて可愛い子から『琴実さん』なんて呼ばれると、なんだかグッと若返ったような気になるわね〜。ありがとうねさくらちゃん」
「まだ、若いじゃないですか」
「そ〜お? うふふ」
キラキラと目を輝かせる琴美さん。

「でも、お母さんって呼ばれるのも捨て難いのよね」
頬に手をあてて、溜め息をつきながら軽く頭を振る。

大体、昨日の夕食時に、琴実さん自身が『琴実さんか、お母さんって呼んでくれないかな』って頼んできたから呼び方変えたんだけどな。
幼なじみとは言え、友達の母親を名前で呼ぶってのには抵抗があるけど、嬉しそうな琴実さんを見ていたらまぁいいかって思う。

「はい。こっちは終わりました」
「あらあら、私もこうしちゃいられないわね」
……さっきからそう言ってます。

「どう? お料理は好き?」
「はい。あ、水筒にお茶入れますね。……好きですよ。でも、自分ひとりだとあんまり作ろうって思わないんだけど」
「うん。やっぱり、誰かに食べてもらうためって言うのは基本よね」
「二年間続いたのも、同じ下宿の人たちに食べてもらってたからだと思います」

そう。下宿先で花嫁修業の一環として、みんなの晩ご飯を作っていた。

最初の頃は『どうして俺が料理なんか!』と思ってたし、実際出来上がったものは今考えると酷いモノだった。
しかし、俺ひとりのことならそれで良かったんだけど、その料理は夕食として寮生に出されるものだった。
みんながかなり我慢して食べてくれる姿を見て、本気で取り組もうって決心した。

当時、月イチくらいにしか会っていなかった母さんにも色々教えてもらい、空き時間を見つけては練習した。
おかげで、今では大抵のものはなんとか作れるようになったし、初めての料理でも本を見ながらそれなりに出来るようにはなった。
味はまだまだ改善の余地有りだけど。

「へぇ。得意な料理ってある?」
未だにビデオカメラでの撮影を続けながら琴実さんの質問は続く。

「う〜ん……これと言ってないんだけど、チャーハンとか炒め物は好評でした。そうそう。あとロールキャベツ」
「へぇ。ロールキャベツが得意って珍しいわね」
「えへへ。自分が好きなのもあって、ちょっとこだわって作ってたんです。他は……おみそ汁が予想外に評価高かったですね」
「あら、美咲直伝?」
「はい。これは唯一母さんのお墨付きをもらいました」
ふと気がつくと、琴実さんがじっと見つめていた。

「あの、えと?」
「あぁごめんなさい。ほら、壬琴って不器用であんまり料理得意じゃないのよ。だから、こうやって一緒にお料理するのっていいなぁって思って。それにしても、すっかり女の子なのねぇ」
「下宿先でビシビシ躾けられましたから」
女の子なのねぇの言葉に、どう反応して良いものかわからずに照れ笑いでごまかす。

「さぁ、出来上がりっと」
重箱を風呂敷できゅっと縛る琴美さん。

出来上がったお弁当は、真吾と俺、メグに瑞穂の四人分だとしても、かなりの量があった。
サンドイッチの他にも、おにぎりとおかずがぎっしりと詰まった重箱が三段。
それに加えて、お茶が入った二リットルサイズの水筒。おしぼりに箸に小皿にエトセトラ。

「しかし、すごい量ですね」
「そぉ? 真吾が良く食べるのよ。三人前くらいはペロリなんだから」
「な、なるほど」
食費が大変そうだな。

「昨日のお夕飯の時に思ったけど、さくらちゃんはあんまり食べないみたいね」
「えぇまぁ真吾に比べたら。中学の時から量的にはあんまり変わっていないと思います」
「だめよ。育ち盛りなんだから、たくさん食べないと」
「う〜ん身長は欲しいけど、この辺はもう十分だし」
自分の胸を見下ろす。
正直、今でも自分的には大きすぎだと思う。
いっそ無くても良かったんだけど。

「プロポーション良いわよね〜。あ。ひょっとして、ダイエットとかしてるの?」
「部活で走り込みとかはやってましたよ。あと、月に一回のペースでエステに通ってました」
「あらあら」
琴実さんが目を輝かせる。こんな話、好きそうだな。

「えと、最初の頃に、無駄毛の処理で一度行ったんです。それからイロイロありまして、コネみたいなものが出来て、月イチで通わせてもらってたんです」
「いいわねー。それでいくらくらいなの?」
「えーっと。タダ、です」
「タダ? タダって無料ってことよね?」
「はい。その、コネって言うのが専属モデルと言うか」
「あ、あぁモニターってこと?」
「んー。ちょっと違うんですが似たようなものですね」
実際は、広告のモデルを実名伏せる契約でやってたからなんだけど。
詳しく話すと長くなるし、また機会があったらでいいか。

「ねぇ。さくらちゃん?」
「は、はい?」
見上げるような琴実さんの視線に、心なしか首筋に悪寒が走る。

「昨日、電話で美咲に聞いたんだけど、さくらちゃん化粧映えするんですって?」
「え? いえ、そうでもないと……思います」
ジリジリとにじり寄られ身の危険をヒシヒシと感じる。

「ふふふ。ちょっといらっしゃい。私がお化粧教えてあげるから」
「いえ! けっ結構ですからっ」
「あらあら。遠慮しなくていいのよ。まぁ宿泊代だと思って、一回だけ私に任せてちょうだいな」
(ひ、ひきょうもの〜〜)
そして……逃げるに逃げられず、昨日に引き続きモルモットとなったのだった。

ただ、それは心配していたようなものではなく、いわゆるナチュラルメイクと呼ばれる自然さを意識したものだった。
それでも『女』を強調されるのはドキドキものだったりするのだが。

「さくらちゃんなら、すっぴんでも問題ないと思うんだけど、やっぱりココ一番の時に備えて、メイク出来るようになった方がいいわよ」
「はぁ……」
「今日はこれくらいにしておくけど、そぉねぇ、男の子が声も出せないほど完璧なメイクも出来るわよ。興味が出てきたら教えてあげるから、いつでもいらっしゃい」
それにしても、教えてあげるとの言葉になるほどと納得するくらい琴実さんのメイクの腕はすごかった。
手際とスピードにおいては、母さんの倍以上は速いんじゃないかな。

「琴実さん、上手ですね」
思わず口についた言葉に、琴実さんの表情がパァっと笑顔になる。

「ん。ありがと。こうみえてもプロですからね」
「そっか。化粧品の会社にお勤めでしたっけ」
「そうね、一樹ちゃんの頃は興味ないだろうって思ってたから、あんまり私の仕事には触れてなかったものね。そうなのよ。開発部つきのモニター事業部に所属してるの。仕事柄、自分以外にメイクすることが多いのよね」
「どおりで手際がいいと思った」
「ふふ。だから、安心して。さくらちゃんに合ったメイクの仕方とか、ちゃんと考えて教えてあげるから」
「はい。その時は、よろしくお願いします」
「はい。さぁ、そろそろ行かないと間に合わないわね」
「ありがとうございました」
「いえいえ。ホント、さくらちゃんって化粧映えするのね。お肌もつるつるだから最小限でメイクの効果が出せて、おばさんも勉強になったわ」
とか言いつつ、またもやビデオカメラで撮影する琴実さん。
こんなの撮って、なにが楽しいんだか。

「あの〜」
「ん? あぁ、コレね。まだ覚えたてだから慣れてないのよ。ちょっと被写体になってもらえるかな」
「い、いいですけど」
それから十分くらい、『はい、笑って〜』とか『ジョンと遊んでみて。そうそう』とか注文をつけながら撮影する琴実さんだった。

 
   






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