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Chapter. 4
I miss you

アイ・ミス・ユー 9





 
   

「ただいま〜」
玄関で靴を脱いでいると、二階からドドドドッとすごい足音が聞こえてきた。

「お・姉・ちゃん、お・帰・り〜〜!」
ドップラー効果と共に駆け下りてきた瑞穂が、最後の数段を飛ばしてジャンプする。

ダン!

「フギャァ!」
瑞穂に抱きかかえられていたチェリルが抗議の鳴き声を上げて、全力でその戒め……瑞穂の腕から飛ぶように逃げ出す。
靴を揃えていたところをチェリルに飛びかかられ、腰とお尻に思いっきり爪を立てられた。

「うわっ! い、痛っ。なに? なに?」
「あれれ? えへへ、ごめんチェリル。痛かった?」
「痛いのはこっちもだ。いったい全体なにごとだ!?」
「フーーッ!!」
足の陰に隠れたチェリルが瑞穂を威嚇する。

「うん。なんかね。着地の拍子に力込めちゃったみたいで。えへへへ」
「えへへ。じゃないって。そんなに慌てなきゃいいんだよ。おまえも怪我でもしたらどうするんだ」
ついでにスカートで飛ぶんじゃないって言葉を飲み込む。
見えてたぞ。さっきの。

「だってさ。お姉ちゃん遅いんだもん。ねぇねぇ、どこ行ってたの? 今まで浹さんと一緒だったの? ねぇ」
好奇心に満ちた笑顔を浮かべ、両こぶしを胸元でくっつけて迫ってくる瑞穂。

「だぁ〜〜! どこ行ったって誰と一緒だったって、そんなことどうでもいいだろ?」
「よくないよぉっ! だってだって気になるし。あ。そうそう、ねぇねぇ聞いて聞いて。お姉ちゃんと別れてからね、すっごいことがあったんだよ〜」
俺の手を掴むと、瑞穂がグイグイとリビングに引っ張って行こうとする。

「はいはい待て待て。あとで聞いてやるからとにかく着替えさせろって」
こっちは昨日から、この制服着たままなんだぞ。

「あら、さくらちゃん。お帰りなさい」
キッチンから顔を覗かせた母さんがニッコリと笑顔を見せる。

「あ、うん。ただいま母さん」
「制服、洗濯しちゃうから出しておいてね」
「うん、ありがと。じゃ、ちょっと待ってろ瑞穂」
ポンっと頭に手を乗せると、コクンと瑞穂が頷いた。




「はぁ。まったく瑞穂には困ったもんだよな」
部屋へ戻って制服を脱ぎながら、オプションのように付いてきたチェリルに話しかける。
「ニャ」
チェリルは、まるでその言葉を理解しているかのように短く鳴くと、ベッドの上で毛繕いを始めた。
あはは。ホントに理解してたりして。
結構、賢いからな〜。

ふと『なに?』って感じで顔を上げたチェリルと目が合った。
一瞬『マジかも』と思ったけど、そんなわけないかと考え直して苦笑する。
俺が笑うと、チェリルは興味を失ったようにまた毛繕いを続けた。

しかし、今日は散々だったなぁ……。
近くまで来たついでにって下宿先に顔を出したところまでは良かったんだけど。
制服でスカート姿だってことをすっかり失念してた。
いやいや、俺的にはスカートが気になってない時点で当初の目的は達成されたから……。
あぁもう。そ〜ゆ〜んじゃなくて。結局、歓迎されたんだかオモチャにされたんだか。
でも、ま。みんな変わらずに元気そうだったし、お帰り〜って迎えてくれたのは嬉しかったし。
なんかホッとしたよな。
ここが自分の部屋なのに、下宿先の方が懐かしいって思えるってのもちょっと変かもね。
いつもの部屋着(シャツにジーンズ)に着替えると、脱いだ制服や下着をたたんでまとめる。

「チェリルはどうする? ここに居る?」
ドアを開けて振り向くと、トトトとベッドから降りてついてくる。

「瑞穂には捕まるなよ」
「……」
チェリルの表情は心なしか自信なさげに見えた。

「でねでね。すごかったんだよ〜」
リビングに顔を出すなり瑞穂が話しかけてくる。
その剣幕(?)に、さっきのことを思い出したのか、足下でじゃれていたチェリルが脱兎の勢いでキッチンへと退散していった。

「なにが?」
ぽふっとソファーに座って聞き返す。

「あのあとね。あの悪い人たちが、また瑞穂たちの前に揃って来てね」
こちらの顔色をうかがうように覗き込んでくる。

「ん?」
「どうなったと思う?」
「どうなったんだ?」
リモコンで適当なチャンネルを探す。
むー。ドラマやバラエティばかりだな。
先を促すと瑞穂はつまらなさそうに言葉を続けた。

「……あのこと、謝ってくれたんだよ」
すねたような表情で、俺と視線があった途端にあからさまに視線を横に流す。
どうしてそんな顔するかな?

「そっか。良かったな」
ポンポンと頭を軽く叩くと

「むー!」
瑞穂が頬を膨らませる。

「どした?」
「つまんない、つまんない、つ〜ま〜ん〜な〜い! お姉ちゃん、もっと驚くと思ったのに〜!」
あ〜そ〜ゆ〜ことね。

「……驚いてるって」
「嘘。全然無表情だった」
「ポーカーフェイス得意なんだよ」
「むー!」
「それより、メグはなんて言ってた?」
「ん? 恵ちゃん?」
「謝りに来たんだろ、そいつら。で、メグが返事したんだよな。なんて答えてた?」
きっと瑞穂はメグの影に隠れてたに違いないから、実際に対応したのはメグだろう。

「ん〜。最初はね、恵ちゃんずっと黙ってたんだ。すっごく怒ってたし」
「うん」
その光景が容易に想像出来るのがなんとも……。

「でね。最後には謝ってた人たちが半泣きになって、地面に膝をついて謝りだしたの。それで、恵ちゃんが『あ〜もうわかった。許せばいいんでしょっ。これじゃ私が悪いみたいじゃない!』って」
「なるほどね」
似てないんだけど特徴だけは捉えてる瑞穂の物真似に笑ってしまう。
でも、言う。メグならきっとそう言う。

「でねでね。その人たちが行っちゃったあとね、恵ちゃんが『さては……さくら、なにかやったわね』とか呟いてたけど…」
不思議そうな瑞穂。

わわわ。バレてる?

「お姉ちゃん、なにかやったの?」
「あ、あぁ。トールにな、あいつらにちゃんと謝りに行くように伝えてくれって頼んだんだよ」
「ふぅん……」
「ホントだぞ」
嘘だけど。

「……。ね。それより〜どこ行ってたの?」
ワクワクしている瑞穂。
いや、な。おまえが期待しているようなことは、なにも無かったんだがな。

「どこって、下宿先に顔出してきただけだよ」
「なぁ〜んだ。デートじゃなかったの?」
「デートって……誰と?」
「浹さんと」
「あらあら。さくらちゃんデートだったの?」
晩ご飯の準備が終わったらしい母さんが会話に加わってくる。
まずい展開だ。嫌な予感がふつふつと湧いてくる。

「ちがっ……」
「ねぇお母さん、聞いて聞いて! お姉ちゃん、今日男の人に告白されたんだよっ」
「あら、本当に? 良かったわねぇ、さくらちゃん」
ニコニコ顔のダブルパンチ。
瑞穂に口止めするの忘れてた……。

「良くないって。男に言い寄られても素直に喜べるわきゃないだろ?」
「あらあら。どうして? さくらちゃんは女の子で、しかもこんなに可愛いんだから当然のことじゃない。お母さんも、さくらちゃんがモテると嬉しいのよ。で、どんな男の子なの?」
俺じゃなくて瑞穂に訊く母さん。

「えとね。身長がすごく高くて〜とっても強いんだよ。なかなか格好良かったよね、お姉ちゃん。でも瑞穂の趣味じゃないけど」
「……いや、格好良いとか良くないとか、そ〜ゆ〜ことじゃなくてな」
「そうそう。さくらちゃんわかってるじゃない。やっぱり男の子はハートよね〜。もちろんハンサムに越したことはないけど」
もはや会話すらままならない方向に突っ走る。

「でもね〜。お姉ちゃん振っちゃったんだよ〜」
「まぁ。そうなの? さくらちゃん」
「……」
「コレって思う男の子がいたら、遠慮せずに家に連れてきてね。瑞穂ちゃんもね」
「うん」
元気いい瑞穂の返事。

「母さんも楽しみだわ〜。そうそう。最初はお父さんがいない時にしましょうね。あの人ったら取り乱しそうだから」
パチンとひとつ手を打ってにっこりと微笑む母さん。
いや、マジで心底楽しそうだ……この人は。

「そうそう」
もう一度パチンと手を打つと、一度席を立った母さんが洗面所の方からなにかを持ってきた。

「じゃーん。こんなの発見したのよ〜」
隠し持ったままソファーに座ってから、勿体ぶったようにゆっくりと両手でソレを広げて見せる。
広げられたモノが目に入った瞬間、心臓がバクンと大きく鳴った。

「そ、それ……」
あまりの事態に言葉が上手く出ない。

母さんの手には、レースがびっしりと入った黒のボディースーツがつり下げられていた。

「わぁ。すご〜い。ね、これ……お母さんの?」
瑞穂が頬を染めて、シルクの生地をサラサラと触っている。

「これは〜。さくらちゃんのお部屋をお掃除してる時に発見したのよ」
ニッコリ顔の母さん。

「え〜コレってお姉ちゃんのなの?」
「母さんも見つけた時はびっくりしちゃった」
「な、な、なんで……」
隠してたはずなのに……。

「ダメよ、さくらちゃん」
真面目な顔に戻った母さんがメッっと睨む。

「は、はい!」
「こういう下着はデリケートなんだから。きちんとお手入れしないと」
「……はい?」
「もう。丸めた状態でタンスにしまってるんだもの。びっくりしちゃったじゃない」
びっくりしたって、そっちの理由でですかっ!

「いいなぁ〜お姉ちゃん。こういうのって高いんだよねぇ」
羨ましそうな瑞穂。
いや、おまえには早いだろう。
俺にも早いと思うし。いやいや、俺的には早い遅いとか言う問題じゃなくて。

「うふふ。勝負用なのかしら? さくらちゃんがこれで迫れば男の子は悩殺確定よね〜」
母さんが妙な太鼓判を押す。

「わぁ〜。ね。ね。お姉ちゃん。着てみて!」
「断る!」
「え〜なんでなんで〜?」
「それは、まだ一回も……それ着たこと無い!」
「そうなの? それにしてはサイズも測ったみたいにピッタリだけど」
「うぅ……」
どうしてサイズ合ってることがわかるんだ……。

「ね〜ね〜どうしたの、これ。お姉ちゃん買ったの?」
「……違う! もらったの! 誕生日に」
「え〜!? 誰から誰から?」
もはや留めることは不可能なまでに興奮している瑞穂。

「う〜あ〜! どうでもいいだろ!? そんなことはっ」
「それにね。さくらちゃんのクローゼットからドレスも発見したのよ〜。クリーニングに出しておきましたからね〜」
「え〜お姉ちゃん、いいないいな〜。瑞穂も、ドレス欲しいなぁ」
「……」
そして。出かけていたらしい父さんが帰ってくるまでの間、俺にとっては責め苦に等しい下着とドレスの話題で大いに盛り上がる母さんと瑞穂だった。

 
   






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