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Chapter. 4
I miss you
アイ・ミス・ユー 4
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その後。
メグと瑞穂は、ふたりで連れ立ってトイレへと行ってしまった。
俺も誘われたんだけど遠慮した。
荷物番も必要だし、なにより妹や幼なじみと連れ立ってトイレになんか行けるわけないだろ。
こう、なんだ? 沽券に関わるとゆーか。
わかってるって。女になった今、沽券がど〜の言ってるのがおかしいってのは。
でも、思ってしまうのはしょうがない。
気長に慣らしていくしか方法はないから。
まぁね。これでも当初よりは軟化してるから、いつかは……。
そんな事情で、今はポツンとひとりベンチで試合を観戦している。
もちろん控えの部員やマネージャーも居るけど、その中に知り合いなんていない。
なもんで、周囲の盛り上がりに置いて行かれてる格好で場違いっぽい気分になる。
試合もまだまだボール回しが多くて、いまいち盛り上がりに欠けるし。
応援の女の子たちは、そんな試合内容とは関係なく白熱してるけど。
こう、なんて言うか、ハットトリックが飛び交うような、派手な点の取り合いになるゲームをしてくれないかな。
非常に勝手なギャラリーの意見だけど。
そんな希望を思い描いている時、相手校の応援団が目にとまった。
団長の号令に合わせて団員が揃って演舞する。
その端に、ひときわ目を引く真っ白な長ラン……まだあったんだなあんなの……の団旗持ちがいた。
「……トール?」
あの旗持ち……どうも見覚えがある。
でも、もしそうだとしても中学時代の知り合いに会うのは、かなり気が進まない。
気のせいかもな……そう言うことにしておこう。
しばらくして前半戦が終了した。
真吾たちがベンチへと戻ってくると、マネージャーチーム……なんと五人もいる……がタオルを渡して回る。
真吾と目が合った時に、軽く手を上げて挨拶した。
「おい真吾。昨日の彼女、応援に来てるじゃん」
「彼女じゃありませんって」
「隠すな隠すな」
部員たちがからかうと、真吾は顔をタオルで拭きながら否定する。
こっちを見て困ったような表情で苦笑する真吾に、無言で軽く肩をすくめて答えた。
「お? ナニナニ? アイコンタクト?」
「視線で会話するって、いつからつき合ってたんだ?」
「マジ? 昨日今日の関係じゃないってコトか?」
と、相変わらず好き勝手に言い合う部員たち。
みんな結構鋭いんじゃない?
確かに昨日今日の関係じゃないし。
それはそれとして、俺のこともメグと同じように幼なじみだって説明しとけって〜の。
「おい。おまえらそのくらいにしとけ。集合!」
キャプテンの声に、部員たちが集まって円陣を組む。
さっきの会話内容が気になったのかマネージャーチームがひそひそと囁きあい、こちらをチラチラと見ている。
はぁ……。
やってられないよな。まったく。
「まぁ、こんなもんだろう」
キャプテンの腕章をつけた大柄の男がチームメイトを集めて話し始める。
その内容は、どうやら様子見は終わりで、後半は例のフォーメーションを試してみる。
とか、相手もかなりの実力を持っているから気を引き締めて、インターハイ決勝だと思ってプレイしろ。とか言った内容だった。
おーおー。熱血だねぇ。
個人的には好きだなぁ、そ〜ゆ〜ノリ。がんばれ、がんばれ。
ふと、相手高のベンチに視線を移すと例の旗持ちの姿が見えなかった。
白い長ランという奇抜な出で立ちだから居たらわかるはずなのだが、どうも視界内にはいないようだ。
あっと。気にしない気にしない。
「お疲れ」
「うん」
ミーティングが終わり、真吾がタオルを手に俺の隣に座る。
……心なしか背中に感じる視線が痛い。
「今日も可愛くなってるね」
「言うな。これは琴実さんに捕まった結果なんだ」
まぶたを閉ざして、絞り出すように言いわけする。
「あぁ。母さんならやりそうだ」
真吾は真吾で、気楽に笑っている。
「でも。うん、昨日も思ったけどかなり良い線いってると思うよ」
「……サンキュ。まぁ、似合わないよか良いことなんだよな。これも」
「そうだね」
「でも、まだまだ複雑な心境だな。前に心底嫌っていたことやってるんだから」
「うん。でも、あの時とは事情が違うし」
「ん。仕方がないか」
真吾にそう言われて、不思議と気持ちが軽くなった。
なんか、自分が認められたような……そんな安心感が胸に湧き上がる。
「ところでさくら。恵と瑞穂ちゃんは?」
「あぁ、ちょっとトイレに行くってさ」
「そ、そう」
「それよかさ。後半が勝負なんだろ」
「うん。まあね」
「マークが厳しそうだけど大丈夫か?」
真吾は相手高のベンチを見て一息つく。
そしてにっこりと笑った。
「まぁ見ててよ。あのくらいなら問題ないさ」
やけにさわやかな表情で笑う真吾。
そこはもうちょい不敵そうに笑う方がしっくりくると思うんだが、こんなところは真吾らしいってことかな。
「おぉ? 自信あるなぁ。期待してるよ」
「任せて」
自信に満ちた真吾の顔を見て、こっちも自然と笑みがこぼれる。
真吾は自分を過大評価しない方だから、今の言葉からするとマジで大丈夫そうだ。
「それにしても、あのふたり遅いな。メグがついてるんだから迷子ってことはないだろうし……」
……ドクン。
っ……!?
不自然な動悸が胸に警鐘を鳴らす。
なんだか無性にイヤな胸騒ぎが感じられた。
「さくら? どうかした?」
気遣って声をかけてくれる。
「あ? あぁ。どこで道草食ってんだかな。ちょっと迎えに行ってくるよ」
不安を隠し、茶化すように肩をすくめて立ち上がる。
「うん」
「そうそう。弁当いっぱい持ってきたからな。すぐ戻るから試合がんばれよ」
なにげなく笑顔を作ってウインクする。
「あ、ああ」
「ほら、そろそろ始まるよ」
ひらひらと真吾に手を振って校舎へと歩き出す。
そして、試合再開のホイッスルを背中に聞きながら、急くように走り出した。
この不安感にはなんの根拠もない。
単なる気のせいの可能性も高い。
だけど、とにかくふたりを見つけないことには落ちつきそうもなかった。
開放された校舎のトイレを端から順に見てまわる。
だけど、メグと瑞穂の姿はなかった。
嫌な感覚がだんだん強くなる。
どうして、こんなにも不安に感じるのか。
「……あのバカ。どこまで行ってるんだ」
とまらない感情を持て余して悪態をつく。
嫌な予感が溢れ出すのを抑えるように額に手をあてる。
目は開いているけど視野は酷く狭い。
意識の大部分が自分の内側に向いていくような感覚。
それに比例して胸騒ぎも強くなる。
そんな、体の変調を感じながらも、ふたりの姿を探し続けた。
∴∵∴∵∴∵∴∵
「フレェーフレェー!セェッイィッナァッンン!!」
団長の声に合わせて、学ラン姿の団員がこぶしを突き出し拍子をつけて追従する。
その中にあって、身長の倍以上はあろうかという団旗を支え持つ白い学生服姿の男は特に目立っていた。
裾が長い白ランに白い手袋。
そして、日に焼けた顔と赤い鉢巻きが印象的だった。
制服の上からでもわかる体格の良さから、いかにも団旗持ちらしくはあったが、実のところ彼は緊急の代理だった。
その彼の表情が時間と共に少しずつ険しくなっていく。
(しっかし……。団旗持ちってのは結構コタえるな。代理ってんで引き受けたものの、こりゃ大変だ。一度やってみたかったとは言え、いくら世話になってる先輩の頼みでも安請け合いするんじゃなかったぜ)
彼、『咲矢崎浹』は渋い顔で後悔し始めていた。
前半も終わりに近づき、いかに体力に自信ありと言っても、さすがに疲れが見え始めている。
しかし、浹の体力ならば後半戦……ロスタイムくらいまでなら続けられるだけの自信はあった。
ただ、おそらくそれが限界だということも彼自身にはわかっていた。
今年で高校二年生になる浹は、こと体力的には同学年男子の平均よりもかなり上に位置する。
その彼にしても団旗持ちという役目は厳しかった。
浹は前半戦が終わったら終わりにしようと密かに決意した。
さて、どうやってバックレようかと思案しながら巡らせた視線が相手チームのベンチでとまる。
(あれ? 向こうのベンチに座ってる女って……波綺じゃねぇか?)
不意に知った顔を見つけて視線を凝らす。
(でも違うか? あれはセーラー着てるし。どうもメガネしてるみたいだしな)
確か、あれは駅のホームでのことだったか……と、浹は記憶の糸をたぐり寄せる。
反対側のホームにある看板の文字を読めるの読めないのって話の時に『視力はね。いいんだよ』と、波綺が笑いながら言っていた。
だからあいつがメガネをかけてるなんてあり得ない。
どうやら勘違いだったらしい。
ぱっと見、似てるように感じたんだけど。そう浹は結論を下した。
(しかし、どうしてっかな波綺。去年のあの夏からこっち、会ってさえないからなぁ。そん時は会いづらかったんで、こっちから避けてたんだが、その後いざ会おうって思っても、よくよく考えたらどこに住んでるとか、学校どこなのかとか、あいつのこと全然知らなかったし)
ピィー!っと甲高い笛の音に我に返る浹。
物思いに耽っている間に前半が終了したらしい。
「団長。サクヤザキトール。一身上の都合により早退しまっす」
手近な団員に団旗を無理矢理渡すと一目散に走り去る。
一方、急に団旗を渡された団員は、あまりの重さにこらえきれずに周囲に助けを求め、結局四人がかりでなんとか支えることが出来た。
「こ、コラァ!サクヤザキッ!」
不意の出来事に団旗の安否を見守ってしまった団長が、ようやく我に返って叫ぶ。
しかし、すでに浹の姿は小さく、今から追いつくのは困難な距離だった。
「オツカレっしたー」
白ランを翻した浹の返事が遠く聞こえる。
顔を真っ赤にした団長は自らの帽子を地面に叩きつけ、一方団員らは、いったい誰が代わりの団旗持ちになるのかと顔を青ざめさせていた。
体格に見合わぬ機敏さで走っていた浹は、校舎裏に入りグラウンドが死角になってからようやく立ち止まった。
開放されていた校舎の中に身を隠し、追っ手が来ないかどうか確かめる。
しばらく様子を見て、誰も追いかけてこないことを確認すると不敵に笑った。
「よしオッケー。さて、ちぃっとばっかし腹減ったからエサを調達しよう」
浹は財布の残金を計算しながら購買へと歩き出した。
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