Chapter. 6

Misfortune
不幸 3





 
   

「じゃぁさ。今フリーなんだ?」
「まぁ……そうなりますけど」
内心、大きな溜め息をつく。

校舎からグラウンドへと通じる広い階段。
そこで体育の授業を見学していた俺は、四人の二年男子から囲まれるようにって言うか実際に囲まれて質問責めにあっていた。

最初は遠慮がちだったんだけど、真吾との仲を否定してからなにやら雲行きが怪しくなってきたみたいなんだよな。
真吾との勝負(俺が勝った。すっごく嬉しい。ふふ〜ん)のあと、少しして体育の先生がやってきた。
授業が遅れたのは、なんでも前の授業で怪我人がでたらしく、病院へ付き添ったりしていたからと言う説明があった。
まだ色々とあるらしくて、一年はバレーボールのトス練習。
二年生はサッカーのミニゲームをと指示して、また戻っていった。

結局、体育は自習になった。
俺自身は、腕の怪我があるのでトス練習には参加せずに見学することにした。
で。試合にあぶれた二年生に、あれこれ真吾とのことを聞かれてる最中ってわけ。
ちなみに真吾は試合中。
なぜか、こっちをチラチラと気にしてる風なのがどうも。
なにが気になってんだろ?
そんなに心配しなくても変なこと言わないって。

「そうかぁフリーかぁ〜。えぇっと波綺さんだっけ?」
妙なまでに嬉しそうに名前を確認してくる二年生にコクンと頷いてみせる。

そ言えば名前、聞いたはずなんだけど誰だっけ?
ま、まぁ、どうでもいいか。
それより試合に集中させろってば。

「ねぇ、部活はなににするの?」
「あっ。それなら〜バスケ部のマネージャーなんかどう? 募集中なんだ」
「ばっか。それなら波綺さんはサッカー好きなんだしサッカー部のマネージャーやるって。ね、波綺さん」
好き勝手に言い合う二年生たち。
いや、マネージャーやんないけどな。

「やっぱり運動部?」
「まだ決めてない」
なおも訊いてくるので適当に答える。
くそ〜真吾のクラスのヤツじゃなかったらバッサリ切り捨てるのに。

「ならさ、やっぱバスケ部に……」
「いやいやサッカー部に……」
「写真部なんてどう? 初心者大歓迎。デジカメでもいいし、なんならカメラ付携帯でも」
こっちの心境にはお構いなしの四人。

「おいおいおまえら。そんなに詰め寄っちゃぁ波綺さんが困るだろう」
いい加減ウザく感じてるところで、その中のひとりがみんなをたしなめる。

へぇ……ちょっとはわかってる奴も、と思った瞬間、

「それで、提案なんだけど、ここじゃなんだし今日帰りにでもどこか寄ってさ、なにか食べながらでも話そうよ? もちろん好きなもの奢るからさ」
その男は爽やかさを演出してるような顔でニッコリと笑った。
でも、なにか目だけは血走ってる感じだ。
わかってねぇ。その上にがっついてやがる。
なんか、俺に近寄ってくる男って、こんなのばっかりだ。

ピーっと笛が鳴って試合が終了したことを知らせる。
あ〜ぁ。試合どうなってたか全然わかんないよ。

「やべ、次、俺らの番だ」
「じゃ、波綺さん応援しててね〜」
「また誘うから」

(誘わなくていいってば)
そう思いつつも、とりあえず手を振り返しながら見送った。

はぁぁぁ……疲れる。
以前は、こんなことはそうそうなかったんだけど、高校に入ってからずいぶんと男に声をかけられるようになった。
中学ん時は、卒業間近のころに、よく知らない後輩の女の子たちから頻繁に挨拶される……とゆ〜か、きゃぁきゃぁ騒がれたくらいで、校外を別にしたら知らない男子生徒に声をかけられるなんてなかったんだけどなぁ。
まぁ、斎凰院は元から男の絶対数は少ない方だったんだけど。
うなだれて溜め息ついてたところに人影が重なって視界が陰る。

「どうかしたの?」
頭上からかけられる声に、疲れを隠さずに答える。

「別にどうもしないけどさ」
顔を上げると、心配そうな真吾の顔。
その顔があまりにも深刻そうなので思わず笑ってしまった。

「ん?」
「ちょっとね。精神的に疲れてただけ」
ふぅっと無意識の溜め息が出た。

「なにか言われたの?」
真吾は始まっている次のミニゲームに視線をやっている。
その声は、少しムッとしたような感情が交ざっているように聞こえた。
へぇ、真吾がこんな風に言うのって珍しいな。

「まぁね〜。あのさ、サッカー部での時もそうだったけど、周りから見て、真吾と俺って付き合ってるように見えるのかな?」
「え?」
なんとなく尋ねた言葉に、真吾の顔が見る見る赤くなる。

「悪い。今のはからかったわけじゃないんだ」
このくらいで赤面性が出るのか。
でも、別に冷やかしてるわけじゃないんだけどな。
とゆ〜か、何故に俺自身を持ち駒にしてからかわなきゃなんないんだ。
……たまにやってるけど。

「う、うん」
「ただ、話したり遊んだりしてるだけなのにな。どうしてそう飛躍するんだか」
小学生か君たちは! って感じだ。

「それは……僕が今まで他の女の子とそう言うことをしてなかったからじゃないかな」
隣に座りながら真吾がそんなことを言う。

「してない? またまたぁ〜なにかしらあるだろ? ファンクラブまであるのに。その気になればとっかえひっかえ……」
「とっかえひっかえって、あのね」
真吾が苦い顔で抗議する。

「実際、もちろん話したりはするさ。でも、誰かと遊びに行ったり、今さくらと話してるみたいに話し込んだりはしてないと思う。第一みんなが言うほど女の子にモテてるとか、そう言うことは無いし」
「またまた。告白されたり、遊びに誘われたりとかしてるだろ?」
「してないって。二回手紙貰っただけで、遊びに誘われたりとかは全然ないよ」
「マジ?」
意外だ。それでも手紙はちゃんと貰ってるんだな。
二回ってのは驚きの少なさだが。
昔なら一日で、その何倍も貰ってたことあるのに。
とすると、この前サッカー部の練習後に俺が真吾を誘ったのって。
な、なるほど。

「マジ。ファンクラブもあるって話だけど、別に表立って見えるわけじゃないからね。実際はどうなんだか……僕としてはなくても構わないし、別に今のままでも問題はない……って言うか変に女の子に付きまとわれるよりよっぽどいいし」
「ふぅん」
なんて言うか、真吾らしいと言えばらしいよな。

真吾はこう言ってるけど、クラスの反応やちひろさんたちの話からファンクラブはやっぱり実際にあるんだと思う。
ただ、表立って大っぴらに活動してはいないらしいな。
俺自身もお目にかかったことはないし。

……そもそも活動ってなにするんだ?

それにしても、モーションかけたりしてる娘が何人かいてもいいと思うんだけど、どうしていないんだろう?
俺が女の子なら……っ待て待て。俺がモーションかけてどうするよ。
真吾は相手しないとしても、母さんとか琴実さんが知ったら速攻で結納まで進みそうだ。
不意に、俺と真吾がドレスとタキシード姿で寄り添ってる姿が脳内に浮かんだ。

すっ、すまんっ真吾。
おまえの人生を壊すようなことはしないからな。

脱線した。
ま、まぁ、だからこそ、俺がちょっと真吾と親しそうにしてるだけで、こういう風な反応が出るわけか。
でも、それなら俺じゃなくても、例えば……。

「……メグは?」
「恵もそうだよ。最近でこそ、さくらを挟んでよく話したりするけど、以前は挨拶するくらいだったしね」
「そっか〜。なるほどね。なんとなくわかったよ」
「で、付き合ってるのかって……訊かれたの?」
「まぁな。違うって答えたら急に目の色変えてさ、部活はどこに入るかだの帰りにどこか寄っていこうだの、もうほっといてくれって感じだよ」
キーパーが大きくボールを蹴り出すのを見ながら、改めて沸き起こる脱力感に肩を落とす。

「……そう言えば部活、どこにするつもり?」
「運動部はやだな。着替えとか上下関係とか面倒だし。ねぇ、絶対どこかに入らないとダメなのかな?」
「いや、えっと……そうだね。最初はどこかに入らないといけなかったような気がするけど」
「真吾はサッカー部で決まりって感じだったんだろうし、よくは覚えてないか。ま、そうなったら志保ちゃんとこにでも入ろうかな〜」
「シホちゃんって?」
不思議そうに聞き返す真吾。

「ほら、カラオケで一緒だった。見舞いに来てくれた時にも病室で会ったろ。ウチの学校の三年生。料理部に入ってるらしいんだ」
「なら料理部に入るの?」
「琴美さんとか誉めてくれるけど、まだまだ未熟だし知らないこともいっぱいあるしね。家に戻ってからは料理する機会が減ってるから、ちょうど良いかなって……真吾?」
キョトンとしてる真吾に声をかける。なにぼけてるんだコイツ。

「いや、あの……料理好きなんだなって。ごめん。ちょっと意外に思って」
「いいさ、俺自身もそう思うし。でも、やってみるとなかなか面白いし奥も深くてさ。ほら、食事って大切だろ? 自分で色々出来るようになった方がなにかと便利だしね。女のたしなみとして料理出来た方がいいかな〜って」
ちょっとだけ恥ずかしくて、立てた膝に顔を埋めるように隠しながら横目で真吾を見る。

「ふぅん……」
数瞬視線が絡んだけど、真吾は興味なさげに試合に目を向ける。
ま。男の子だし、あんまり興味ないかな。
もちろん男の人でも料理する人はたくさんいるけど、真吾はそんなタイプじゃないしね。
ガキの頃に壬琴さんとママゴトしてる時に包丁で手を切って大騒ぎしてからは料理とかやってないんじゃないかな。

「さてと」
立ち上がってジャージについた砂埃を軽く払う。

「それじゃ、また噂にならないうちに退散しとこうかな」
「あ、うん」
「そ〜だ。真吾」
「なに?」
「おまえからも説明しといてよ。幼なじみなんだって」
「(説明……したんだけどな)」
「なに?」
「……わかった。ちゃんと話しておくよ」
「うん。よろしくっ。じゃ、俺行くね」
真吾に軽く手を振ってから、楓ちゃんたちのところへ向かった。



結局、その後も先生が来ないまま授業終了。
三々五々に散っていく生徒の中、ひとりでバレーボールのカゴを運ぶ茜に声をかける。

「茜。手伝うよ」
「サンキューさくら」
茜はにっこり笑ってカゴの片方を俺に譲る。

みんな『後かたづけなんてパス』って感じの中、茜のこう言うところには好感がもてる。
まぁ、なにより俺はなんにもしてないんだから、俺がやるべきことだとも思うし。

「なんかさ、さくらってば先輩たちに囲まれてたね〜」
「ん? あぁ、あれね。なんなんだろうね」
「あはは。それはボクが訊〜てるの」
「う〜ん……ちょっとナンパっぽかったなぁ」
「マジ? でも、あんな生足見せられたら無理もないかもね〜」
あははっと無邪気に笑う茜。

「いや、笑いごとじゃないんですけど……」
「ほら、さくらのジャージって、ほとんど黒じゃない? だからさ、なおさら足の白さがキョーチョーされてて」
「だからナンパされるの? どうして?」
「チョーハツ行為になったんじゃないの〜。ボクも、ちょっとだけドキドキしちゃったし」
「そ、そう?」
「でもさ、さくらって色白いよね」
「不健康なだけだよ。日中出歩くことが少なかったからじゃない?」
「さくらってば夜行性?」
「そんなんでもないと思うけど。前から元々日焼けしにくい体質なんだ」
「う〜、なんか世間的には羨ましい体質だね」
「そうかな」
昔は、それも理由のひとつになって『女みたいだ』って、からかわれてたんだけど。

「遅くなったね。急ごさくら」
ボールを倉庫にしまってから茜が着替えのために駆け出す。
体育倉庫は校舎裏にあるから生徒用の玄関までぐるりと回っていく必要がある。
俺も茜を追って校舎にそって走った。

「波綺さん!」
もうちょっとで生徒用の玄関というところで、どこからか俺を呼ぶ声が聞こえた。

立ち止まって振り向く。
あれ? 後ろには誰もいない。
そりゃそうか、すれ違った覚えもないし。
確か女の子の声だったけど聞き覚えはない感じだった。

「気のせいだったかな」
見回してもそれらしい女の子はいない。
呼ばれた方向もはっきりとわからなかったし。
やっぱり気のせいかな。疲れてるんだろうか。

(なんか……くる?)
と思ったその時。視界がぐにゃりと大きく歪んだ。

瞬間感じたのは『冷たさ』。
ザバァッと激しい水しぶきが足下の地面に弾ける。
水? 雨? まさか……と考える間もなく、もう一度降り注ぐ水の塊。
今度はその塊が肩口に直撃、襟元から背中へと一気に進入する。
予想以上の衝撃にちょっとバランスを崩した。

「〜っ」
頭から被ってしまった水が収まってから反射的に上を見上げる。

なんだ? なにがあった?
見上げた瞬間、空から降ってくる青いなにかが目前にあった。

「!!」
間一髪飛び退くと、さっきまで立っていた位置にプラスチックの鈍い音をさせて青いバケツが地面に転がった。
もう一度校舎を見上げたけど窓には誰の影も見えない。
真上に位置する三階の窓が開いていて、バケツはそこから落ちてきたらしかった。

「さくらっ!」
茜が駆け寄ってくる。

「どうしたの!? びしょ濡れじゃない!」
オロオロと戸惑う茜の言葉通り、二回の洗礼を文字通り浴びた俺は濡れ鼠同然だった。

袖を鼻に近づけて匂いを嗅いでみたけど特に異臭はしなかった。
どうやら単なる水道水のようだ。

事故か故意か、状況的に事故……という可能性はないだろう。
直前に呼び止められたこと。
二回も同じ位置に狙ったように降ってきたこと。
その人物が見あたらないこと。
第一、事故にしてもバケツの水を窓の外に捨てるなんてことは普通しないし。

「ほら。とにかく早く着替えよ? まだ寒いんだから風邪ひくよ」
茜に引っ張られるように更衣室へ向かう。

確かに寒い。あ〜下着まで染みてるなぁこりゃ。

「っくしゅん……」
「ほら、さくら! 早く!」
途中、着替え終わったクラスメイトたちとすれ違った時、クスクスと嫌な感じで笑われてしまった。

……そんな風に笑わなくてもいいじゃないか。

「あれ、どうしたの? そんなに慌てて……えっ!?」
更衣室に入ると、着替え途中の楓ちゃんが俺の姿を見て驚く。

「さくらちゃんっ……」
「説明はあとあと。まずは着替えないと……ってあれ? あれれ?」
俺のロッカーを開けた茜が不思議そうな声を上げる。

「どうしたの?」
楓ちゃんが茜の声に問い返す。

「ない。さくらのロッカーってココだよね?」
「うん。さくらちゃんは私の隣だから。え? あれ?」
ロッカーを覗きこむふたりの後ろから確認する。
ロッカーの中には、あるべき制服が入ってなかった。

(ふん……やっぱりか)
と心の中でつぶやいた。少しずつ胸の鼓動が自覚出来るまでに大きくなってくる。
それに呼応するかのように、ぞろりとした嫌な感覚が背筋を這い登ってくる。
努めて平静に。
高まる感情を抑え込むように、ゆっくりと息を吸って、ゆっくりと吐いた。

「さくら。どこか他のロッカー使った?」
茜が不思議そうに尋ねてくる。

「いや、確かにそこだった。楓ちゃんと桔梗さんの間だったから間違いようがないし」
と言いつつ辺りに視線を走らせる。
外に持ち出されたか、それとも……。
っ! あれか?

「あった……」
「見つかった? さくらちゃん」
他のロッカーを確認してた楓ちゃんが寄ってくる。

視線の先には、更衣室には不自然な青いバケツ。
黒い水。いや、水に浸かっている制服のせいで黒く見えるだけだろう。
おもむろにバケツに手を入れて、中のものを引き上げる。
滴り落ちる水を軽く絞って広げたそれは、間違いなくセーラー服。
十中八九、俺の制服だろう。

「酷い……」
楓ちゃんの声は震えていた。
もうひとつ、スカートとカッターシャツを取り出して軽く絞る。
残った水には埃が浮かび黒く濁っていた。
制服の匂いを嗅ぐと雑巾臭かった。

うぇ。吐きそう。
まぁ、どのみち洗濯しないと着れないんだけどさ。

「誰がこんなことっ!」
その理不尽さに茜が怒鳴る。
その気持ちは嬉しかったけど、もう休み時間もあまり残っていない。

「茜は早く着替えて、楓ちゃんは教室へ行って。もう次の授業が始まるから」
「で、でも……さくらちゃんはどうするの?」
心配そうな楓ちゃん。
わずかに声が動転している。
優しい娘だよな。

「心配しないで。先生には気分が優れないので保健室で寝てるって言っておいてくれないかな?」
優しいんだなって思うと、自然に自分でも優しい声が出た。

「あ、うん、それはいいけど……」
「じゃぁ、私はとにかく一度保健室へ行ってみる。着替えとかありそうだし」
「付き添わなくても平気?」
なおも心配そうな楓ちゃんに笑ってみせる。

「大丈夫。怪我とか病気じゃないから平気。茜もありがとう」
茜にも笑ってみせてから、濡れた制服を抱えて一足先に更衣室をあとにした。

 
   






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