Chapter. 6

Misfortune
不幸 6





 
   

「サイモン?」
箸をくわえたままで聞き返す火野くん。

「そう。知らない? 同じ一年生みたいだったけど」
「あ〜あ〜、『あの』蔡紋ね。知ってるもなにも同じ中学」
火野くんはげっそりとした表情で答える。

昼休み。
今日は火野くんたちと昼食の席を作って食べている。
茜たちにその旨を告げると、楓ちゃんがひどく残念そうな顔をしていたけど仕方がない。
先の休み時間の行動から、この恰好で彼女たちと食事をするのは、とても目立つ行為だと判断した。

現に断りを入れる間にもクラスの注目(なぜか特に女子)を集めたし、こうやって火野くんたちと昼食を取っていても、廊下から誰かを探すように幾人か来ている。
目的は俺じゃないかもしれないけど、念には念を入れてってことで。
木の葉を隠すなら森の中。学生服なら男子生徒の中ってね。
でも、そんなに変なのかなぁ……くすん。

「そうなんだ。で、どんな人?」
気を取り直して話の続きに戻る。
どうやら蔡紋は、火野くんと同じ中学だったらしい。

「サイモンって『例の』あの人?」
氷村くんが少し考える風に火野くんを見る。

「そ。入学早々暴力沙汰で停学喰らった奴。でも、さくらさんがどうして奴のことを?」
「ん。ちょっとね。今日ちょっと話したから」
「話したって? あいつ停学解けたのか。でもなにを話したの?」
「ん〜。ちょっと挨拶みたいな感じ?」
自分で言っててなんだけど、だとすると殺伐とした挨拶だ。

「う〜ん。アイツとはあまり近づかない方がいいよ。中学の時も何度か暴力沙汰起こしてるし、触らぬなんとかにって奴」
そう言って火野くんは肩をすくめる。

「暴力沙汰……ね。強いの?」
「見たことはないんだけど、かなりヤルって話。ガキのころ空手かなにかやってたとかでさ、以前、奴が中二の時に三年に呼び出されてさ、相手五人いたらしいんだけど返り討ちにしたって」
「で、蔡紋くんは無傷?」
だとするとかなりのもんだ。

「まさか。五対一だしね。アイツも入院したって話だったよ。でも三年の方も三人入院で残りふたりもしばらく通院状態だったらしいし」
「ふぅん」
まぁ、それでも戦力的にかなりのものだな。
度胸もよさそうだし、問題は誰彼構わず噛みつくところかな。
俺も噛みつかれそうになったし。

「でもさ、純の言う通り近寄らないほうがいいみたいだよね」
と氷村くん。

「そうだね。ところで何組なの?」
「確かD組だったと思うけど」
……ふむ。階段挟んで向こう側か。

「ねぇねぇ。さくらちゃん」
大人しかった水隈くんに呼ばれる。なんでも、食事の時はいつも無口らしい。

「なに?」
「…………」
無言で俺の弁当を見つめてくる。

つられるように視線を落とすと、弁当にはまったく箸をつけてない。
話すのにかまけてたせいもあるけど、正直体調不良で食欲なんて無い。
う〜、ヨーグルトとかなら食べられそうなんだけどな。
そうだ。どうせ食べきれないだろうし、それなら。

「よかったら食べる?」
「いいのぉ?」
一転して満面笑顔の水隈くん。

「くぉっらぁクマッ! おまえ図々しいにもほどがあるぞ!」
なぜか怒りだす火野くん。

「なんで火野くんが文句言うんだよ! さくらちゃんがいいって言ったからいいんだよ」
「だからってなぁ〜」
「あはは。まぁまぁ、純も落ち着いて」
氷村くんも加わって一気に賑やかになる。俺は笑いを堪えながら、机に乗り出した火野くんの肩を掴んで座らせた。

「今日はあんまり食欲ないし、いいんだ。よかったら火野くんたちもどうぞ」
ちょうどいい。残すと母さんが心配するだろうし。

「やったぁ〜。いっただっきまぁ〜す」
「待てコラ! 俺も食べる。食べいでか!」
とたんに争奪戦の様相を見せる。
おいおい。どうしてそんなに飢えてるんだ?

「ストップ!」
と言う俺の声に、ピタリと動きをとめるふたり。

「仲良く。ね?」
「……はい」
火野くんと水隈くんが声を揃えて返事する。
氷村くんと陸奥くんは、ふたりを見て苦笑していた。

「それより、あのさ」
不意に真面目な顔になった火野くんがなにかを言いよどむ。

「ん?」
「あの、あのさ」
勢い席を立つ火野くん。

「純!」
なにかを言おうとする火野くんを氷村くんがとめる。
火野くんが困ったような顔で氷村くんを見て、深刻そうに俯いたかと思うと席に座った。

「あ、いや……なんでもない」
「?」
なんだろ? 一転して深刻そうな火野くんが気にはなったけど、無理に聞き出すことも出来ない雰囲気だった。

ま。いいか。
さて、制服のこともあるし、未央先生のトコにでも行ってみようかな。

「お弁当は机の上に置いといて」
バイバイと手を振って席を離れる。

教室を出る時に、ふと視線が合った茜たちにも手を振る。
茜はエヘヘって感じで手を振り返し、桔梗さんはコクッと小さく頷いた。
楓ちゃんはと言うと赤くなって俯いてしまった。
な、なぜに?



「……しまった」
教室を出て間もなく。
俺は予想外の苦境に立たされていた。

廊下に立ち止まって逡巡している俺を、何人かの生徒がいぶかしそうに見ながら通り過ぎる。
冷たい汗がつつっと背中をつたう。
目の前には「男子」「女子」を表す人型が描かれたプレート。

俺はどっちに入るべきなんだろうか。

性別的には間違いなく「女子トイレ」。
まぁ、この学校に通うようになってからは当然女子トイレしか使ってない。
ただ、見た目が学生服姿だけに、このまま女子トイレに入っていいものか。
でも、そうすると間違いなく痴漢扱いされそうな気がする。

ならば「男子トイレ」に。
見た目的には問題はないと思う。
しかし、それはそれでやっぱり実質的に問題がある気がする。
俺自身は問題ないんだが、事情を知ってる人や俺が女の子だと見抜かれた場合にどう思われるか。
いや、そもそも今の俺は『普通の男子生徒』『男装してる女生徒』のどっちに見られているんだろう……。
それがわかれば結論が出せそうなんだけど……。

ピクン……

ぅぁ……。リ、リミットが近くなってきた……。
頭の中に赤色灯が回転してエマージェンシーがアナウンスされる。
『た〜いへ〜ん〜だぁ〜』頭の中で、嬉しそうに駆け回るちっちゃな薙が、フライパンを金槌でガンガンと叩いてる。
ま、待て、それだとフライパンがぼこぼこになって使いづらくなるからもっと違うなにかで……って、まてぇ〜い。
なにを考えてるんだ俺っ!
今はそんな馬鹿なことを妄想してる余裕なんかないんですよ田中さん。
……だぁぁ〜誰だよ田中さんって。
い、いかん。思考が支離滅裂に現実逃避してる気が……。

やばぁ〜。もたもたしてる間に予断を許さない状況まで追い込まれつつある。
も……漏らすくらいなら、どちらかに突入する……しか……あ。

「あれ? ひょっとして……さくらちゃん?」
決断出来ないまま一歩踏み出した俺を呼び止める声。
そこには……志保ちゃんがキョトンとして立っていた。


ハンカチを咥えて手を洗う。
鏡越しには、可笑しそうに笑っている志保ちゃんの姿。
あの直後、女子トイレの中に誰も居ないことを確かめてもらってから、志保ちゃんに付き添われてようやく苦難を脱した。

「あはは。さくらちゃんってば可笑しい〜」
「もう。そんなに笑わないでよ」
赤面しつつハンカチで手を拭く。

「でも、どうしてそんな恰好してるの?」
「……制服水に濡らしちゃって。代わりにこれしかなかったから」
「ふぅん」
その途中で他の女子生徒がふたり入ってきた。俺を見てギョッとした様子だったけど、さっきの志保ちゃんとの会話で赤面する俺を見ると、なにか納得したみたいに通り過ぎていった。

「まぁ、確かにね。パッと見には男の子に見えるかもしれないね」
俺の右腕を両腕で抱えるように抱きしめる志保ちゃんに引っ張られるまま廊下を歩く。

志保ちゃんは、購買で昼食を買ってきた帰りだったらしく、食欲がないという俺を半ば無理矢理引っ張るように

「果物とかあるし一緒に食べよう」
と強引に誘ってくれた。
もちろん遠慮したんだけど、さっきの借りがあるんで断りきれなかった……。
まぁ、助かったのは事実だし。



「おぉ? 志保がオトコ連れ込んできたぞ?」
「よくやった。どこから拉致ってきたんだ?」
好奇心丸わかりの視線で出迎えられる。

「もぉ〜。そんなんじゃないよ〜」
しかし、なぜか志保ちゃんは嬉しそうに否定しながらも、俺の腕は放してはくれなかった。

「………………」
失敗した。

志保ちゃんとふたりで、どこかで食べるんだと勝手に思ってたんだが。
現実は三年生の教室に連れ込まれて、さらに女の子ばかりの先輩方の群れに引きずり込まれた。

「見ない顔だね」
「うん。今年入学したばかりだからね」
こっちのパニック具合には気がつかない志保ちゃんが、ぎゅっと腕に抱きつきながら答える。

「おぉ。さては志保の巨乳に篭絡されたか」
「い、いや。あの……」
「あはは。赤くなってる。カワイー」
「なになに? キミなかなかイイんじゃない? ほら、こっち座りなよ」
「ダ〜メ。さくらちゃんはこっち」
志保ちゃんの隣に新たな席が設けられて、そこに座らされる。

逃げ道を探してきょろきょろと教室を見回したけど、好奇の視線が集まってることを確認出来ただけだった。
あぁ〜もう。これが嫌だから教室から出てきたってのに……。

そんな俺の袖を志保ちゃんが引く。
顔を向けるとにっこりと笑う。ダメだ。逃げられそうもない。
先輩たちは、お弁当の手を一旦とめて次々に話しかけてくる。

「綺麗な顔立ちしてるね〜。キミ本当に男の子?」
「志保、偉い。よくぞこれだけの素材を捕まえてきた」「ねぇ。この学校でなにかわからないことがあったらなんでも教えてあげるからね」
「そうそう。手取り足取り」
「くんずほぐれつ」
「なにそれ〜?」
「いいじゃない。美少年はみんなで愛でるものなのよ」
美……少年? その呼称はなんかヤダ。

「ふふふ。大変そうね」
硬直してる俺に、そう囁きかけてきた声。
その方向を向くと……しっとりと微笑む、ちひろさんがいた。

「ち、ちひろさんっ」
思わぬ知り合いの出現に助けを求める。

「お〜よしよし。は〜い、怖くないですからね〜」
頭を抱きかかえるように引き寄せるちひろさん。

「わ。抜け駆けだ。ちひろに抜け駆けされた!」
「みんな落ち着いて。ほら、怖がってるじゃないの」
「ずる〜い。私にも抱かせて〜」
きゃいきゃいと騒ぐ先輩たち。
俺は猫かっ! 誰か助けて〜〜〜っっ。


「なぁ〜んだ。女の子なのかぁ」
がっくりと肩を落とす先輩方。

「……そうです」
「あ〜ぁ。もったいない」
ほどなくちひろさんの説明で誤解は解けた。そしてなぜだか落胆の声。
ところでなにがもったいないんだろう。

「なるほどね。例の王子様だったわけか」
(王子様……?)
「事情はわかったけど、似合ってるよね〜学生服」
「うんうん。志保が懐くのも無理も無いか」
「まぁね〜。志保がオトコにこんなに懐いてるなんてオカシーとは思ったけどね」
「女の子って言われれば確かに女の子だよね。さっきは男の子に見えたんだけど」
「この際、女でも善し。これだけ男装が映えるんならむしろ好都合と言えよう」
「そうねぇ。マスコット的には面白そうだし、申し分ないんじゃない?」
「抜け駆けがどうのこうのってことにもならないだろうし、逆に良かったんじゃないかな?」
……もう勝手に言っててください。突っ込む気も起きないよ。

「はい。あ〜ん」
志保ちゃんの声に顔を向けると、目前に真っ赤な苺が差し出されていた。
あむっと反射的に食べてしまった苺を数回噛む。
あ、美味しい。

「美味しい?」
苺の甘い酸味を味わいながらコクっと頷く。

「あら、さくらさんはお昼まだなんですか?」
と、ちひろさん。

まぁ、確かにまだ昼休みが始まってから十分くらいしか経ってない。
お昼を食べてしまうには早すぎる時間と言えばそうか。

「ちょっと食欲がなくて」
「そうなんだってちーちゃん。だから果物なら食べられるかもって誘ったんだよ」
「なに!? いい若いもんが昼飯抜いちゃぁいかん」
斜め前に座った背が高い先輩が身を乗り出す。

「って、なんで年寄りみたいな口調なのよ?」
「ふむ。食欲がないと言っても、なにも食べないのはヨロしくない。拙者秘蔵の、この『プリンカスタードヨーグルトすもも味、オリゴ糖入り健康ナタデココ期間限定二十%増量サービス』を食べなされ」
「長っ! しかも、これまた微妙なシロモノを……」
「おおかた、単にひとりで食べる勇気が無かったんじゃない?」
「ギクっそんなことはない、ぞよ」
「ぞよってなんだよ、ぞよって。キャラいい加減すぎだろ」
みんなの大きな笑い声。
つられてこっちまで声を出して笑ってしまう。

いいな。なんか下宿に戻ったみたいな感じ。
もやもやとしたものが大分無くなって、気分が軽くなった感じがした。

「そうだ。ちひろさん」
謎のヨーグルトで盛り上がるみんなの影で、こそっとちひろさんを呼ぶ。

「ん? なんですか?」
ふわりと微笑むちひろさん。

「例の件、オーケーです」
「例の件?」
キョトンとした表情。う〜もう忘れてるっぽい。

「ほら、響との対戦の話です」
「……ホントですか?」
「はい。今週の……」
響からの条件を伝えると、『場所を確保したら連絡しますね』と耳打ちされた。

「?」
なにか続きがあるのか、顔を寄せたまま動かないちひろさん。

かぷ。

「〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっっっっっ!!!」
「ふふふ。どうしたの?さくらさん」
か、か、噛んだ……耳……噛んだ〜〜〜〜。
耳を手で隠して後ずさる。

「さくらちゃん?」
事態が飲み込めてない志保ちゃんが背中を支えてくれる。

「お? 波綺ちゃん顔真っ赤」
「いいねいいね。なんかソソられるよ〜」
「でも、またちひろが抜け駆けしたっぽい……」
「ずるいぞちひろっ!」
「ふふふ。なにもしてないってば」
嘘だ。嘘つきだ。

「い〜や。あんたのその笑顔にはもう騙されないっ」
「まぁ、香澄もあれだけ騙されれば、いい加減学習しろと」
「まま。ほら。波綺氏。あ〜んして〜」
例のヨーグルトを掬ったスプーンが突き出される。

「おぉ。なにげに実験台計画が発動してるぞ」
「そんなに食べたくないなら買ってくんなって〜の」
「うるさいな。ほら、あ〜〜〜〜ん」
パクっと反射的に食べてしまう。

「美味しいか?」
「……………………微妙……」
不味くはないけど……食べてる時の味覚と後味が違うっぽい。

「ほら、やっぱキワモノだったじゃない」
「え〜〜。美味しそうに思えたんだってばよ〜〜」
「なら食え! 自分で食えっ!」
「いや、いざとなると身の危険が……」
「買う時に気づけよっ!」
「あはは。この娘はいっつもそうだから」

そのまま先輩方と話し込んでしまって気がつけば昼休みもあと一分になっていて、慌てて自分の教室へと駆け出した。

しかし……あのナントカヨーグルト。
予想に違わず微妙なキワモノだった。
第一にプリンとすももが合わない。
それに加えてナタデココの食感が異質感を際立たせていた。

ジャンケン罰ゲーム的にスプーン一杯ずつ食べながら、やっと七割消化した時に気がついた『底に溜まってたカラメル』。
カラメルの濃厚な甘さと、クニュクニュとした甘酸っぱいプリン。
そして、あとに残るすももの風味……。
よくあんなものを商品化したよな。
誰かとめるやつはいなかったのか。ってゆ〜か買うな。そんなもの。

悪態を考えながらも、自然と笑みを抑えきれなかった。
今度、薙に食べさせてみよう。

 
   






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