Chapter. 6

Misfortune
不幸 8





 
   

「悪いね。荷物持ってもらっちゃって」
「ううん。大丈夫」
そう言って楓ちゃんはにっこりと笑う。

本当いい娘だよなぁ〜。
颯の分までふたり分いい遺伝子かなにかを継承してるに違いない。うん。

帰り道。
制服が入った紙袋を楓ちゃんに持ってもらいつつの下校。
茜と桔梗さんは、ちょっと前に別れて今はふたりきり。
上機嫌な楓ちゃんに思わずつられて笑顔になる。

こんな娘が彼女ならすっごい幸せなんだろうなぁ。
なんかほのぼのと癒されそうでさ、この娘のためにがんばろうって思えるもん。う〜保護欲をくすぐられるかも。

「なに? さくらちゃん」
ずっと見つめていたところを楓ちゃんが照れたように横目で視線を合わせてくる。

「い、いや。別に。その、悪いなって……」
学生鞄は右手で持てるんだけど、青痣作った左腕は歩くだけでも鈍い痛みを伴う。

なんとか紙袋を脇に挟んでいこうとしたんだけど、歩いてるうちにどうしてもズリ落ちてしまって困ってたところを楓ちゃんに助けてもらってるってわけだ。

「あは、これくらい全然構わないよ〜。それより、お家まで持って行こうか?」
「いや、さすがに悪いよ。駅からはひとりで大丈夫だから」
駅から家まで十分くらい。往復二十分も時間割かせちゃ申しわけない。

「そお?遠慮しなくていいからね」
「うん。大丈夫。ありがとね」
お礼を言うと、楓ちゃんは嬉しそうに、にっこりと笑った。

「でもさ、さっきのすごかったよね〜」
にこにことした表情のまま、しみじみと回想モードに入る楓ちゃん。

「さっきのって蔡紋とのこと?」
成り行きとは言え、まさか廊下でやり合う羽目になるとは正直誤算だった。
しかし、楓ちゃんたちを置いて逃げるわけにもいかないし、無抵抗のまま殴られるってのも遠慮したい。
ん〜〜……未央先生には怒られちゃったけど、あれは仕方ない状況だったってことで。

「あ、それもなんだけど」
……違うのか。

「私が言ってるのはね」
にぱっと天使の微笑みで笑う楓ちゃん。

「さっきの校門での」
「あぁ。アレ……ね」
楓ちゃんの笑顔で幸せになってたところだったけど、無理矢理現実に戻ってしまった。

そうだ。
さっき、なぜだか校門のところで母校の後輩……斎鳳院中等部の娘がふたり待ちかまえていた。

なんとなく見覚えがある顔だなぁ〜って思ってたら声をかけられて、成り行きで写真を撮ることになっちゃって、結局、そのふたりそれぞれとツーショットで何回か携帯のカメラで撮影された。
とは言っても向こうはかなり緊張してたのか、話しかけられてからほんの二〜三分くらいで写真を取り終えて走り去っていったんだけど……。
なんだったんだ。あれ。

「ねぇ、さくらちゃん。私も撮っていい?」
「写真? それは別にいいけど」
「やった」
楓ちゃんは小さくぴょんと跳ねると、ポケットから携帯を取り出す。

しかし。写真撮ってどうすんだろ?
まぁ、学生服姿なんて俺的にはレアな恰好ではあるけど……。

「じゃぁ、いくよ〜」
左手をピンと伸ばして携帯をこちら向きに構える。
それで撮るのはちょっと無理がないか? とか思ってると楓ちゃんが寄り添ってくる。

「さくらちゃん、もっと寄って」
「……こお?」
少し屈んで身長差を合わせる。

「は〜い、いくよっ」
ピトっと楓ちゃんの頬が俺の頬に擦り寄せられる。

って頬!?

カシィッ

「……あ、割と綺麗に撮れたかな」
撮った写真を確認しながら満足そうに頷く楓ちゃん。
そして、携帯を俺の方にも見せてくれた。
画面には楓ちゃんと顔をくっつけて写ってる俺。
……気持ちよかったかも。

「あは。さくらちゃん可愛い」
ふふっと楓ちゃんが微笑む。

う……。自分で言うのもアレだけど、確かに並んで写ってる俺は少し照れた感じで可愛げにしてる。
予想以上に女の子らしい自分の表情に対して、なんとも言えない心境になる。
鏡で見る自分の表情からすると信じられないくらい違って見える。
鏡で見る顔は無意識に『作っている顔』になると言うし、素の表情はどちらかと言うと携帯に写っている方なのかもしれない。
まぁ、俺自身の心境を考慮しなけりゃ、これはこれで可愛いく写ってるんだから問題はない……んだよなぁ。
ただ、自分が自分じゃないみたいで不安に感じてる部分が、複雑な心境のモトになっちゃってるんだろう。

「でもなぁ……」
楓ちゃんが立ち止まる。

「どしたの?」
「これはこれでいいんだけど……せっかくのさくらちゃんの学生服姿があまり見えないから」
「それって重要?」
「えへへへ」
楓ちゃんが照れたように笑う。

……イマイチよくわかんないけど重要らしい。
とすると、もう少し遠くから写せばいいんだろうけど……それには誰かに撮ってもらうのが早いよな。

あ、あの後ろ姿は……。
商店街のお店の前でたむろってる生徒の中に、制服姿の瑞穂を見つけた。

「瑞穂?」
「あ、お……ねぇ??? えぇ!?」
俺たちに気がついた瑞穂がなぜか狼狽する。

「今帰りか?」
「う、うん」
なにかチラチラと一緒にいる生徒に視線を向ける。

瑞穂と一緒だったのは女の子ふたりに男がふたり。
女の子たちの方は、確かこの前真吾と一緒の時に見かけた顔だ。
友達なんだろう。
ただ、男の方はどう見ても高校生っぽい。
とするとクラスメイトとかじゃないんだろう
。ま、とりあえずいいか。

「瑞穂。ちょっと写真撮って」
「え? い、いいけど……」
まだ状況を把握出来ていないらしい。戸惑いがありありと伝わってくる。

「あ、ちょっと瑞穂借りるね」
突然現れた俺たちに戸惑っている瑞穂の友達に断りを入れる。

「あっは、はいっ」
友達ふたりは緊張からか、背筋をぴんっと伸ばしてコクコクと頷いた。
ふふふ、ちょっと可愛い。

「さくらちゃん?」
楓ちゃんが俺の袖を引く。
……あぁそうか。紹介しとかないと。

「そうだ。紹介しとくね。これが……」
と瑞穂の肩を掴んで楓ちゃんの前に立たせる。

「これは妹の瑞穂。瑞穂、こちらは同じクラスの高木瀬楓さん」
「そっかぁ。妹がいるって言ってたもんね」
「あ、あの……瑞穂です」
緊張気味の瑞穂がおずおずと挨拶する。

「高木瀬楓です。よろしくね瑞穂ちゃん」
「は、はいっ」
にっこり笑う楓ちゃんにオーバーアクションで頭を下げる。

「それで瑞穂。写真撮って欲しいんだけど」
「あ、さくらちゃん、いいよいいよ」
遠慮がちに手を振る楓ちゃん。

「遠慮しなくていいよ。ちょっと借りるね。はいこれお願い」
楓ちゃんの携帯を借りて瑞穂に手渡す。
「あ……大丈夫? 撮り方わかるかな?」
少し照れてる楓ちゃんが瑞穂に話しかける。

「え、あ、だ、大丈夫です。この機種は触ったことあるし……」
一方、瑞穂の方もなんだか少し照れ照れしている。

「じゃ、撮りま〜す」
三歩下がって瑞穂が携帯を構える。
楓ちゃんは自分の鞄と紙袋を足下に置くと、少し考えてから俺の右側に回り込む。

「こっちは大丈夫だよね」
えへへ。と照れ笑いしながら腕に抱きついた。

「……っ! 〜〜〜〜っ!」
なんだか瑞穂が微妙に引きつってる気がする……。

「と、撮りま〜すっ」

カシィッ

「ごめんね瑞穂ちゃん」
携帯を返してもらった楓ちゃんが、お礼を言いながら画像を確認する。

「うん。えへへ」
満足そうに笑う楓ちゃんの横から俺も画面を覗いてみる。
お。今度はちゃんと男みたいに見える。
まぁ、遠目だし頭ひとつ分身長差があるしな。

「じゃぁね。さくらちゃん」
ほどなく、楓ちゃんは満足そうに帰っていった。
荷物持ちは瑞穂がいることで安心したんだろう。
ふと気づくと瑞穂の友達は女の子ふたりだけになっていた。確か男がふたり居たと思ったんだけど。

「あれ? さっきの人たちは?」
同じようにそれに気がついた瑞穂が友達に尋ねる。

「なんだか肩を落として帰っちゃった」
「ふぅん?」
「ねぇ、それより」
友達のひとりが瑞穂の袖を引く。
その視線がチラチラと俺の方に向いていた。

……改めて自己紹介しとくか。
…………。

「えぇ〜〜お姉さんだったんですか!?」
驚きの声を上げるふたり。

「そう。確か、この前の土曜日に会ったよね」
「ウソっ。でも、そう言われれば……」
と、視線で会話するふたり

「なに? 男に見えた?」
「はいっ! って、あわわわ、いや、その……」
大きく頷いたあとで、真っ赤になって否定する。

「あはは。いいんだよ。こんな恰好だしね」
「……お姉ちゃん、どうしたのその恰好」
ふたりとは対照的に面白くなさそうな瑞穂が訊いてくる。

「うん。まぁ、ちょっとな。本来の制服はその紙袋に入ってる」
楓ちゃんに代わり瑞穂に持ってもらってる紙袋を指す。

「…………」
「まぁ、いいじゃんか、そんなことは」
あははっと笑いながら不服そうな瑞穂の視線を受け流す。

……嫌がらせされてるなんて言えるかよ。

「あ、あの、それじゃぁ私たちここで」
「瑞穂。バイバイ」
「あ、うん。また明日ね」
「あの、お姉さんも……さようなら」
「ん。バイバイ」
手を振り返すと、ふたりはちょっとだけ頬を赤らめ、走り去っていった。
元気だな〜とか思いながら後ろ姿を見送る。

「…………」
「ん。なんだ?」
まだ不服そうな瑞穂の視線に問い返す。
そんなに変かな? でも、瑞穂は俺の学生服姿なんて見慣れてると思うんだけど。

「なんでもないっ!」
ぷぅっと頬を膨らませて足早に歩き出す。

「なに? ひょっとして怒ってる?」
「別に! 怒ってなんかないもんっ」
いや。どう見ても怒ってるだろ?おまえ。

「なんかあったのか?」
「…………」
瑞穂は無言でてくてくと足早に歩いていく。

なんだ? なにが原因なんだ?
それって俺か?
……いや、別にヘマしてないと思う。だとすると。

「あ。ひょっとしてさっき一緒だった、ふたりの男のことか?」
「……」
瑞穂の足がピタリととまる。

「あ〜、その……邪魔……しちゃったか?」
あいつらいつの間にか消えてたし。
俺が間に入らなきゃ、もうちょっと一緒に帰れたのに。とか?
それは悪いこと……した……かな?

いや! 全然ノープロブレムだ。
ぽわぽわした瑞穂の相手には、もうちょっとしっかりした……そう、真吾みたいな……って、そういやこいつ真吾のこと好きなんだっけ。
なんか最近、真吾とふたりでどこかに行くとすごい勢いで怒られるし。
なら、邪魔したって線は違うのか? だとすると、どうして……。

「ちーがーうっ! どうしてお姉ちゃんがそんな恰好してるのっ!」
瑞穂がキッとした目で睨んでくる。

「う……。これはだな……」
言いわけ言いわけ……なんか上手いこと理由を。

「制服のまま水をかぶってだな……着替えがコレしかなかったんだ」
「…………」
「一緒に持ってたジャージも濡れちゃったし」
「……さっきの人とはどういう関係?」
「さっきって、楓ちゃんのこと?」
「…………」
瑞穂がむ〜っと睨んでくる。

「さっき言っただろ。クラスメイトだよ。友達」
「なんで、その友達がお姉ちゃんの荷物持ちなんかしてるのっ」
「へ? あ〜……その紙袋のこと?」
コクリと頷く瑞穂。

「いや、俺も悪いなって思ってたんだけど、持って歩くのが大変そうだって手伝ってくれてたんだよ」
「お姉ちゃんが自分で持てばいいじゃないっ」
「まぁ、そうなんだけどな」
たはは……。

「もうっ! これ、自分で持ってっ!」
瑞穂が預けてた紙袋を押しつけてくる。
胸に押しつけられた紙袋を反射的に空いてた左手で持とうと……

「っっ!!」
肩に走った激痛に思わずしゃがみ込む。

紙袋が目の前で乾いた音を立てて地面に落ちた。

あたた。忘れてたわけじゃないけど、つい反射的に動かしちゃった……。

でも蔡紋のヤツ、思いっきりやりやがって。
こんなの顔に喰らったら一発KOするって。
しかもフェイク混ぜてきやがるし、ありゃ相当場慣れしてんなぁ。

ぅぁ〜、俺ってばそんなヤツに目をつけられちゃったのか。
明日からどうするよ? やっぱ決着つけとかないとヤバイかな。
う〜。この状態で勝てる気なんかまったくしねぇ。
かと言って逃げるのもなんか癪だし。

「お姉ちゃん……ケガ……」
「あ、あぁ。ちょっとな」
情けないとこ見られちゃったな。

「ご、ごめんね。腕……折れてたんだよね……」
まぁ、青痣作っちゃってるのが原因なんで、それだけじゃないんだが。

「ごめん……わたし……」
わわ? どうしてそこで泣きそうになるんだ?

「ほら。大丈夫だから」
立ち上がって、俯いた瑞穂の頭に手を乗せる。
……もちろん右手でだけど。

「…………」
「で、悪いんだが。その紙袋の面倒はよろしく頼む」
「うん……」
「ほぉら。行くぞ?」
「お姉ちゃん……怒ってない?」
「…………」
「あは、は、お、怒ってる……よね」
「ば〜か。これくらい気にすんなって。それより」
「……それより?」
「あの男どもはなんだったんだ?」
「あぁ、あれ? ん〜ナンパ……かなぁ?」
「ナンパぁ?」
「うん。だからね。助かっちゃった」
「そっか。でもそんなのちゃんと断れよ?」
「ちゃんと断ってるよっ! でもなかなか引き下がってくれなくって」
「そう言う時は俺を呼べよな」
「呼べって言ったって、お姉ちゃん携帯持ってないし」
「…………」
う……それもそっか。

「ま。その時はテレパシーで呼ぶから、ちゃんと来てよね?」
「任せろ。今なら女子更衣室の中でも助けに行けるからな」
「もうっ! そんなトコから助けなんて呼ばないよ!」
「あはは。例えだ。例え」
「いいケド……その時があっても、その恰好で来ないでよ。痴漢と間違えられちゃうんだから」
「その時は、ちゃんと庇ってくれよ」
「もうっお姉ちゃん! 全然わかってないっ!」
「あはは。だってさ、俺、こっちの方が似合うもん」
「お姉ちゃんっ!」
「ほぉら。帰るぞ瑞穂」
「もうっ! 人の話を聞きなさいっ!」
やれやれ。膨れたり落ち込んだり怒ったり、忙しいヤツだ。
その原因は俺なんだろうけど。

 
   






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