Chapter. 6

Misfortune
不幸 14





 
   

薙は眉をしかめたまま、彼女が部屋に入るのを確認すると後ろ手にドアを閉めた。
そして、その背中を油断無く観察する。

「はーい。ミキちゃん、お加減い・か・が?」
茶髪のセミロングを揺らしながら、女の子がさくらに挨拶する。

さくらは、お面をつけたまま軽く頭を下げた。
彼女は、さくらのお面姿を気にした様子もなく微笑む。
その顔立ちはあどけなく、黒を基調としたセーラー服姿にもかかわらず、中学生っぽい雰囲気がある。
身長は薙よりも高く、かと言ってさくらほどはない。百六十センチちょっとというところだろうか。
しかし、細めの手足だからか実際の身長よりも高く見える。
制服の上からでも線の細さがわかるくらいだった。

「……ミキちゃんってなんだよ?」
不機嫌そうな薙が女の子を警戒しながらベッドに座る薙の様子に視線をとめた茶髪の彼女は、その態度を気にした風もなくにっこりと笑った。

「あら。そうね。自己紹介しとこうかな」
彼女は居住まいを正し、スカートの裾を持ち上げると膝を折って優雅に挨拶する。

「光陵高校一年E組『九重櫻子』です。よろしくねー」
人差し指を立ててウインクする櫻子。
「同じ中学だったんだから、んなの知ってるって。それよかミキちゃんってなんだって聞いてんの」
苛つく薙の言葉を涼しい顔で聞きながら、クッションの座り具合を確かめながら腰を下ろす。

「九重! 聞いてんのかっ!」
立ち上がる薙。警戒していることを隠しもせずに櫻子を睨み付ける。

「もう〜聞こえてるってば。そんなに大声出しちゃ迷惑でしょ」
「なら、あたしが聞いてることに答えろよっ!」
「はいはい。あのね、私が『さくらこ』で、ミキちゃんが『さくら』でしょ」
「そんなのは知ってるっつってんだろ」
「お互い名前で呼ぶと変な感じがするから、波綺ちゃんって苗字で呼ぶことにしたのね。で『ミキちゃん』なの」
「……なにがどう『で』なのかわからん」
脱力したように腰を下ろすと、その反動でそのままベッドに横になる薙。

「ナギー? 下着見えてるよー」
そんな薙の様子を見て、冷静に指摘する櫻子。

「人のセクシーショットタダ見すんなっ! っつ〜か、前からナギーって呼ぶなっつってんだろっ!」
スプリングの助けを借りて、すぐさま起きあがるや否や突っ込む。
先ほどまでとは一変して、すごく忙しなく動く様は小動物のそれに被る。

「その制服……」
掠れた声で櫻子の制服を指さすさくら。
その言葉に対し、さくらのお面姿や掠れ声に動じない櫻子が答える。

「これ? さっきも言ったけど、光陵高校一年E組。これからもよろしくね、ミキちゃん」
「どーして九重が光陵の制服着てるんだよ?」
さくらの質問を代弁するかのように薙が尋ねる。

「光陵の生徒だもの」
櫻子がキョトンとして、至極当然なことを聞くのはなぜって顔で答える。

「嘘つけ! おまえ、光陵の入試日に学校来てたじゃねーか。それに、さくらも入試会場でこいつ見なかっただろ?」
薙の言葉に小さく頷くさくら。

それを確認して、薙は勝ち誇ったかのように腕組みする。
そんなやり取りの中、櫻子は床のトレーに置かれていたペットボトルのジュースをコップに注いで、手を添えながら上品に飲んでいた。

「きぃーーっ! あたしの話を聞けぇぇ〜〜〜!」
「もう。だから大声出さないでって言ってるのに。ナギーの家じゃないのだから迷惑よ」
「お・ま・え・が・い・う・な」
薙が剣呑な視線で櫻子を睨む。

「はいはーい。確かに、私は光陵の入試の日は学校に出てました」
「ほら見ろ。だったら、その制服はコスプレなのかよ」
「コスプレ? もう〜違うって。私は推薦入学だったから入試はパスなの」
「そうなの?」
薙がさくらに問いかける。
さくらは、さぁ? って感じで首を傾げた直後、うつ伏せになって悶絶する。

「ずいぶんとひどいみたいね」
櫻子がさくらの背中をさすりながらつぶやく。

「…………」
薙は自分も差し出そうとした手を背中に隠すと、バツが悪そうに顔を背けた。

「そう言えば……。私、光陵に進学するって言ってなかったかな?」
ふと、思い出したように櫻子が口に手をあてる。

「聞いてねぇ」
半眼で櫻子を睨む薙。
さくらも無言で頷く。が、またもやうつ伏せて悶絶した。

「ほらほら。落ち着いてミキちゃん」
櫻子は苦笑いでさくらの肩に手を置く。

「私は推薦入学だったから試験はパスだったの」
櫻子は同じ台詞を繰り返した。

「すいせん?」
「そう。これで説明がつくでしょう?」
そうにっこり笑う櫻子。

「今回は私がいたから推薦枠に入らなかったんだけど、ミキちゃんの学力なら本来推薦が受けられないわけないじゃない。それに、ミキちゃんなら普通に受験しても問題なく合格すると思ってたからね。少し楽させてもらったというわけなの。ご理解いただけたかなナギー?」
パチッとウインクする櫻子。

「どーでもいーから、その『ミキちゃん』と『ナギー』ヤメれ」
「どうでもいいって…………。ナギーが説明してくれなきゃ恥ずかしい写真をバラまくって脅すから、嫌だけど説明したの。くすん」
「ハンカチ噛むなっ! ってか、そんなこと言ってねぇっアーンド『ナギー』ってゆーなぁーっ! しかも説明すんの嫌なのかよっっ!」
ツッコミの連続でハァハァと息も荒く睨み付ける薙。

「…………」
さくらがジュースを注いだコップを薙に差し出す。

「サンクス……」
ぐい〜っと一気に飲み干す薙。

「わーい。いい飲みっぷりですねー」
その様子を見てパチパチと手を叩く櫻子をギロリと睨む薙。
その薙を手で制して、さくらが櫻子に向き直る。

「……どうして光陵に?」
掠れ声で話すさくらの疑問は最もだった。

九重家は、九條本家の分家筋にあたり、代々本家をサポートする役割を担っている。
言わば、九條一族に名を連ねる家系にあたり、その娘である櫻子は、本来ならば斎凰院高等部に進学することが当然と思われていたからである。
実際、本家の息女である『九條響』は、斎凰院高等部に進学していて、薙とさくらのふたりは『九重櫻子』もそうだと思っていた。

「それは〜。もちろん『ミキちゃん』が行く学校だからよー」
組み合わせた両手を頬にあててサラリと答える櫻子。

「は? おまえとさくらって、そんなに仲良かったっけ?」
胡散臭そうな薙。

「それは〜。もちろん、これから仲良くなるためね」
コテンっと、さくらの膝枕で横になる櫻子。

「許さ〜〜〜ん!」
櫻子の行動に対して薙が叫ぶ。

「そんなっ。お父さん。ミキちゃんを私にくださいっテイクアウトでっ」
「ダメだ! しかも父さんちゃうねんっつ〜か、さくらのふともも撫で回すなっ」
「……いや、想像以上にや〜らかいのでつい……」
真面目な顔でさすり続ける櫻子。

「さくらも黙ってないで……って、おらっ! 無理させんなっ」
立ち上がった薙がローキックを繰り出す。櫻子は両手でその蹴りを受け止めた。

「あははーごめんね、ミキちゃん。痛かった?」
気遣う櫻子に、今度は右手を左右に振って答える。

「……話戻すぞ。おまえが光陵ってのは納得した。実際、今回のこともおまえに聞いたんだし、同じ学校なら情報を知るのが早いのも当然か」
その薙の言葉にお面越しのさくらが視線を向ける。

「うん。あたしが今日、こうして来たのは、こいつにことのあらまし聞いたからなんだ」
親指でクイっと櫻子を指す薙。

「あ〜ん。ナギーったら、こいつなんてヒドイですー。ね? ミキちゃんも、そう思わない?」
「ひどくねー。大体だな九重。おまえも同じ学校なら、こんなことが起きる前にとめろよな」
「う〜ん。それについては申し開きしようもないのよねー。あのタイミングでとめるのが私には最善の手だったの。私ひとりじゃ手に負えそうになかったから応援を呼んだのだけど」
「ちっ。あたしだったら五人くらい蹴散らしたのに」
「ナギーは出来るかもしれないけど、私じゃ五人どころかひとりだって相手にするのは無理だってわかるでしょ? でも、ミキちゃんは、さすがヴァルキュリアよねー。私たちが駆けつけた時には四人倒してたし」
「……マジか!?」
薙が櫻子の言葉を聞いて、さくらに向き直る。

「…………」
薙に対して手を振って否定するさくら。

「証拠はココにあります」
櫻子は『じゃん』っと自分で効果音を喋りながら、ポーチから四角い物を取り出す。
それを見たさくらに緊張が走る。
さくらのその様子を横目で見ながら、薙が櫻子の手からそれをひょいっと取り上げた。

「なんだ? ……テープ?」
「ちょ、ちょっと、ナギー!?」
慌てて取り返そうとする櫻子の頭を押さえながら、しげしげと眺める薙。

「で。なに映ってんの?」
右手でテープを弄びながら櫻子に問う。

「ま、まぁ、元々、ミキちゃんに渡そうと思って持ってきたんだからいいんだけど……」
「そう? じゃ、はい。さくら」
薙は視線を櫻子に向けたまま、テープをさくらの手に渡す。
さくらは、そのテープに恐る恐る触れると、ぎゅっと力強く掴んだ。

「で。なに映ってんの?」
今度は、さくらの手の中のテープに視線を向けたまま、再度同じ質問をする薙。

「なにって……そうねぇ。『ミキちゃん危機一髪』『ミキちゃん大活躍』の二本立てかなぁ?」
「なんじゃそりゃ」
「わかんない? それならそれでもいいけどね。とにかく、それはミキちゃんにあげるから処分するなり好きにしていいよ。あ、ちなみに」
さくらの視線を捕まえた櫻子が、人差し指をピンっと立ててウインクする。

「屋上に駆けつけた時に、真っ先に私が回収したから誰も見てないよ。あ〜でも、私は確認させてもらったけどね」
悪びれもせず、あははっと無邪気に笑う櫻子。

「四人倒したのは、誰かが助けに来たからじゃ……ない?」
俯いたままのさくらの微かな声。
櫻子が俯いたさくらを見つめる。
そして、しばらく思案したあとで口を開いた。

「ううん。見ればわかるけど、ミキちゃんが大活躍して危機を回避してるのよ」
「…………」
櫻子の言葉を聞いて微かに首を振るさくら。
今ひとつ納得出来ていないようだ。
黙って推移を見守っていた薙が大きく頷く。

「うん。がんばったな」
薙が、さくらの頭をぽんぽんっと優しく叩く。

「にしてもだ九重。おまえは今回の件について、なにか掴んでたんじゃねぇか?」
「大体のところは、ね。でもまさか、こんなに早く、しかも白昼堂々学校でとは想定してなかったのよ」
「大体……」
櫻子の言葉をさくらがつぶやく。

「そう。入学してから、私が今までミキちゃんの前に姿を現さなかったのは……まず、ミキちゃんが入院してたって言うのもあるんだけれど、どうもミキちゃんの周りがきな臭かったからなの。情報収集するには、私がミキちゃんの直接的な関係者だと知られていない方が都合がよかったから。おかげで大筋のところは掴めてはいたのよ」
「へぇ。なるほどね」
どこか信用してない風な相づちを打つ薙。
そんな薙の様子に視線を向けながら櫻子が続ける。

「それでね。私が調べたところ、ここ最近のミキちゃんの周囲に起こってることの犯人は、ずばり『赤坂真吾ファンクラブ』が原因みたいなの」
「あかさか……なに? ファンクラブ?」
「そう。ミキちゃんの幼なじみにして親友である『赤坂真吾』くんのファンクラブ」
「…………」
「さすがミキちゃん。その顔は『なんとなく察しがついていた』って感じ?」
「その顔って……お面つけてんのに、なにをどう判断してんだよ」
薙が呆れ顔でツッコミを入れる。

「もちろん。乙女☆の勘? エイトセンシズよ〜」
「つまりは『テキトーに言ってみた』だけなんだな」
「あはは。やだなーナギー。恐い顔しちゃいやーん」
「い・い・か・ら。話進めろ」
薙のこめかみがヒクヒクと痙攣する。

「こほん。まだ完全に裏を取ったってことではないのだけれど。大筋では掴んでるの。はっきりしたらミキちゃんに報告するね」
「そんなノンビリしてる暇あんのかよ? その結果が今日の件に繋がってんだから、疑わしいヤツはソッコーでカタつけろよ」
薙のドスが利いた声が櫻子の言葉を遮る。

「そうは言うけどねナギー。やりたくても実行部隊がいないのよ。まぁそれよりも。今日の件なんだけれどね」
櫻子が真面目な顔でさくらと向かい合う。
「…………」
さくらの身体がわずかに硬直する。

「そう。ミキちゃんを襲った人たちのこと。まず、確認しておきたいんだけれど、ミキちゃんはどうしたい? 被害届とか、出す?」
櫻子の問いを否定するようにさくらは手を振った。

「そう。うん。そうよね。私もそれがいいと思う」
さくらが否定するのを確認して頷く櫻子。

「でも、だからと言って、このままにも出来ないだろーが」
薙が右手を大きく開いて異を唱える。

「うん。ナギーの言うことも心情的に正しいと思う。被害届を出さない以上、司法的な結果は出ない。このまま学校側に任せても、うやむやにされて揉み消されるだけでしょうね」
「なら!」
言い募る薙を櫻子がとめる。

「だから『私たち』が対応する」
「そうこなくっちゃ」
パチンと指を鳴らす薙。

「相互互助。そのための“ヴァルキュリア”だからね。あの人たちにはきっちりとツケを払ってもらいます」
「で。どうする?」
ニヤリと笑う薙を、抑えるように手で制する櫻子。

「でも。ミキちゃんはなるべく穏便に済ませたいんじゃない?」
その櫻子の言葉に肯定の意を返すさくら。
「えぇ〜? そんな〜。いっちょ地獄を見せてやろうよ。闇討ちして軽〜く病院送りとか、家族崩壊させて心中まで追い込むとか……って、痛いっ、痛いよさくらっ」
さくらが薙のふくらはぎをつねる。

「まぁまぁ。今回は穏便に。とゆーことで。どうかな? あの五人、私預かりということで収めてみない?」
さくらに、そして薙に視線を移しながら人差し指を立てる櫻子。

「九重預かりって……。まさか、その五人……」
「そう。手駒にね」
そう言う櫻子は屈託のない笑顔を見せる。

「スリープなんとかって、そんなに人材が足りないのか?」
ふくらはぎをさすりながら問う薙。

「スレイプニル。……つまり、ヴァルキュリアの中枢である情報部は、質的にも人数的にも問題はないのよ? 単に、私の手駒が足りてないってだけ」
「私の手駒って……そのスレイブ自体が手駒だろーに」
「スレイプニルは、カンナに全権渡して引退しちゃったからね。私が今、自由に動かせるのは二〜三人ってところかな」
「は? つまり、ストレイジープの頭が代わったってこと?」
「言ってなかったっけ? まぁ実際そうなるのかな。組織自体は軌道に乗ったし、カンナが取りまとめはするんだけれど、今は響ちゃんの直轄になってるからね」
「九重、リストラされたんじゃねーの?」
「まさか」
苦笑する櫻子。

「戦国シミュのゲームでさ、国がある程度大きくなると、やる気が無くなっちゃわない? それと同じなのよねー」
「同じなのよねーって、オマエなぁ」
「それでね。光陵にミキちゃんが進学するって聞いて、支部を作ろうかなぁ〜って」
「しぶ?」
「そう。そもそも斎凰院高等部は女の子ばっかりで、ヴァルキュリアの必要性は薄いのよ。それなら私も独立して自由に出来るかなぁ〜と思って、光陵に進学したの」
「九重……どーして誘ってくれなかったんだっ」
櫻子の襟首を掴みかからんばかりの勢いで薙が詰め寄る。
櫻子は涼しい顔のまま横目で薙を見やる。

「ナギーは、てっきりミキちゃんと同じ学校に行くものとばかり」
「嘘つけっ。情報部のおまえが、あたしの進学先くらい知らないはずないだろ」
「まぁねぇ。入試が面倒だからってエスカレーター進学しちゃうナギーもナギーよね」
「ちぇっ。あ〜あ、今から転校しよ〜かなぁ〜」
「転校って、まだ四月も半ば。入学して二週間しか経ってないんだけど……」
「二週間もいりゃ十分だっての。あんなとこ」
「確かにナギーが来てくれれば、支部の立ち上げが楽だけど……」
「ならさっ、ならさっ」
身を乗り出す薙。

「でも、転校は、それなりの事情がないと出来ないしねー」
「そこをなんとか」
薙が櫻子にパンッと手を合わせて拝む。

「いや。私に拝まれても、ね。そう言うのは響ちゃんに頼んだ方がいいと思うけど」
「響かぁ……」
腕組みして深くベッドに座り込む薙。

「話戻すね。でね、実力行使でとめようにも、さっきも言ったけど実行部隊がね、いないの。だから質は良くないけれど、背に腹は代えられないでしょう? そう言うことでどうかな? ミキちゃんに悪いようにはしないし、あの五人を矯正して人間を叩き直せば世の中のためにもなるしね」
櫻子の言葉に、しばらく考え込んでいたさくらが、ゆっくりと肯定の意を返した。

「ま。さくらがいいってんなら、あたしも文句はないけどさ。で、オマエ預かりはいーけど、そいつらが素直に言うこと聞くのか?」
「んふふ〜ん。ナギーは私を誰だと思ってるのかな?」
半眼に細めた目で笑う櫻子。

「こんなに可愛く見えても、私も歴としたヴァルキュリアなのよ?」
「そうだった。可愛いかはともかく、人の弱みにつけ込むことに関しては、右に出るものは不慮の事故に逢うと言われてるオマエなら無用の心配か」
「んふふ〜ん。それが私のお役目ですからー」
とんでもない物言いをもあっさりとスルーする櫻子。

「ダメだ……開き直ってやがる。って、もしかして……今回の件も実はオマエの差し金じゃないだろうな!?」
「やだな〜。そんなことないよ。買い被りだよ〜」
「カイカブリなのか……」
「私なら、もっと上手くやるもん☆」
「やるもん☆じゃね〜だろ! このオハグロめっ」
「それを言うなら『腹黒』でしょ? んふふ。黒幕は腹黒さも求められるものなのよー」
「やっぱ、コイツ信用なんねー。切っちゃおうぜ、さくら」
「切っちゃやぁ〜ん」
泣き真似しながらさくらの腰に抱きつく櫻子。

「#$%&’!!??!&%$」
その衝撃を受けて、さくらが硬直しながら悶絶する。

「え? あ。ミキちゃんゴメンナサーイ」
慌てて離れる櫻子。

「てめぇ。だからイチイチさくらに触んじゃねぇって!」
「えぇ〜? だって、想像してたより、や〜らかいからつい」
「おまえな……。でも、そう言えば……ちょっと太った?」
心当たりがあるのか、薙がさくらに尋ねる。

「!…………」
がっくりとうなだれるさくら。

「服の上からだとわからなかったけど、触ってみると以前よりずいぶん丸みを帯びてきてる感じがする」
背中から腕や足を撫でる櫻子。
「まぁ、前が痩せすぎだったからいいんじゃね? っつ〜か、いつまで触ってんだよっ!」
薙が櫻子に枕を投げる。
ひょいっと身をかわして、枕を受け止める櫻子の死角から薙が蹴りを出す。
十分に手加減してたとは言え、肩を押すようにあたった前蹴りの反動で櫻子が仰向けに倒れた。
櫻子は、信じられないという表情で薙に視線を合わせる。

「九重。あんましチョーシに乗ってんじゃねぇ」
剣呑な視線で睨みながら、薙が櫻子を見下ろす。
始終にこやかだった櫻子の表情が不機嫌なものに一変した。

沈黙の中、空気が重く張りつめていく。
その時。ナァーっと眠そうな鳴き声と共に、ドアに設けられている猫用の入り口からチェリルがするりと入ってきた。
見慣れぬふたりに視線を配りながら、ゆったりと、そしてまっすぐに指定席……さくらの膝の上にひょいっと飛び乗ると、喉をゴロゴロと鳴らしながら丸くなる。

「いい子だね。チェリル」
さくらが優しく撫でてやるとチェリルは大きくあくびをした。

「…………」
「…………」
一触即発だった雰囲気が、冷水を浴びせられたように凍り付く。

ふたりは対峙したまま、顔だけさくらの方を向いて様子をうかがう。
黙ってチェリルの背を撫でるさくらに鬼気迫るなにかを感じて、ふたりの背中に冷や汗が流れた。

「(ヤバ……今の状態のさくらを怒らせるとマジヤバだ)」
「(なんなの? この響ちゃんレベルのプレッシャーは……)」
同時にゴクリと生唾を飲み込む薙と櫻子。

「あー……悪い。さくら」
苦笑いしながら、薙はひと言謝ってベッドに座り直す。

「私も少しはしゃぎすぎたかも。そろそろお暇するね」櫻子が乱れた制服を整えて立ち上がる。
「ミキちゃん? 明日、大変だと思うけど、学校に出てきてくれるかな。授業は受けなくていいと思うけど、学校側に事情を報告しておいた方がいいでしょう? そのお身体の状態だから、朝は私の家から車を回すようにするね。家を出た曲がり角の先で待ってるように言いつけておくから」
その櫻子の言葉に、少し考えてから頷くさくら。

「では。ごきげんよう。また明日。……ナギーも。今日の決着はまた後ほど」
不敵な笑みを残して、櫻子はドアを閉めた。

薙は櫻子が消えたドアをしばらく睨んでから舌打ちした。

「さくら。あいつは全面的には信用すんなよ。どうも胸くそ悪い。笑顔の裏でナニ考えてるかわかんねぇぞ」
吐き捨てるように薙。

「大丈夫」
お面を外したさくらが、薙に微笑んでみせる。

「へへ。まぁ、あたしとさくらが揃えば、九重なんてものの数じゃないさ」
櫻子の前では見せなかった笑顔で薙がさくらに微笑み返す。

「さて。ケーキ冷蔵庫にしまってくるね。それと、今日あたし泊まるから。家の人に言ってくる」
ケーキを持ってきた箱にしまって薙がドアに手をかける。

「うん」
さくらはチェリルをあやしながら頷いた。

薙は振り返った姿勢のまま、さくらの頭にあるお面に視線を向けた。
思えば、櫻子が来ていた時は、一度もお面を外すことがなかった。
その事実に満足したのか、薙は鼻歌を歌いながら足取りも軽く階段を下りていった。

 
   




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