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Chapter. 6

Misfortune
不幸 12





 
   

「さくらちゃん大丈夫?」
少しだけ眉を曇らせた母さんがキッチンから顔を覗かせる。

「その言葉もう四回目だよ。大丈夫だって」
ソファーにうつ伏せに寝そべったまま、ひらひらと手の平だけを振って返事する。

「そお? 痛いんだったらちゃんと言ってね?」
「ん。わかった」
苦笑いで返事をすると、母さんは心配そうにしながらも夕飯の続きに戻った。

気配だけで母さんがキッチンに戻ったことを確認する。
話しかけられた時も、戻ったことを確認する時も視線はテレビに向けたまま……。
ちょっと態度が悪いなぁとも思うけど仕方がない。
痛くて首が回らないんだから。

心配させないために平気な振りをしてるんだけど、それも満足に出来ていないのかもしれない。
……きっと、母さんにはバレてるんだろうなぁ。
さっきから何度も訊かれてるし。
ソファーにうつ伏せてるだけでも、筋肉が痙攣すると痛みが走る。

ほぉ……っと熱い吐息が漏れる。
あちこち軋む身体と、鈍痛を伴う下腹部の不快感を、飲み込むように我慢する。
時折、チリチリとした鋭い痛みに顔をしかめつつも視線はテレビに釘付けのまま……でも内容なんて全然頭に入ってこない。
耐えてるだけでいっぱいいっぱいだ。

……未央先生たちが駆けつけたあのあと。
楓ちゃんを見て安心したのか、気を失ってしまった俺が再び気がついたのは未央先生の車の中だった。

一旦は保健室に運び込まれ、応急手当てをしてから病院に搬送してる途中だと知らされた。
救急車を呼ぶと大事になるので未央先生が車を出してくれたらしい。
病院に着くまでの間に、掻い摘んで経緯を説明すると未央先生は難しい顔で黙り込んだ。

病院では、肩や肋骨のレントゲンを撮って診察を受けた。
幸いあちこちに打撲や擦り傷はあるものの、特に骨には異常は認められず、包帯やら湿布やらをあちこちに施され、替えの湿布を渡されるだけに済んだ。

前回よりは遥かに早く終わった診察のあと、未央先生の車でそのまま家に送ってもらった。
今回の件で警察に被害届を出すのかどうかは、俺の判断に任せると言うことだったが、未遂だったことから「学校側としては内密にして欲しい」と苦い顔で告げられた。
実際に被害届を出しても、告訴しない限りは裁判までは行われず、加害者が法的に処罰をされることはないだろうということだった。

未央先生は「ご両親にはきちんと説明しなければ」と言っていたが、それは被害届を出すことを決めてからにしたいと、無理を言って了承してもらった。
被害届を出してことを公にするかどうかは、明日中にまず未央先生に報告すると約束して、母さんにはとりあえず「学校で階段から落ちた」ということにしている。
男子生徒が不注意で後ろからぶつかったため、階段を転げ落ちて怪我をした。と言う設定だ。
治療費は加害者持ち。あちこち打撲がある。入院するほどじゃないけど、自由に歩けるほど無事なわけでもない。
急遽考えた言いわけだけど、今の俺の状態を考えてもなかなか理に適ってると思う。
実際、母さんも特に疑問に思わず納得してたみたいだった。

……そんな理由で返答は待ってもらっているんだけど、被害届は出さないでおこうと思う。
確かに未遂で終わってるし、なによりこんなことを家族には知られたくないという大事にしたくない気持ちの方が強い。
あれだな。こうやって泣き寝入りしちゃうケースって多いんだろうな……。

「でも、届けを出さないからって、このまま済ますのも納得出来ないよなぁ……」
熱い吐息とともに、誰にも聞こえない大きさの声でつぶやく。

一対五。圧倒的に不利な状況でもあったけど……体調も万全にはほど遠かったけど……怯えすくんでいた自分の不甲斐なさにも腹が立つ。

「そう言えば……」
それはそれとして。
あの時、誰かに助けられたはず……なんだけどな。

思い返しても、あの時の途中からの記憶が無い。
半ば恐慌から失神したんだと思うんだけど、次に気がついた時は助けられてたと考えないと辻褄が合わない状況だった。
男たちは、そのほとんどがうずくまっていたし、俺も身体のあちこち痛かったけど下着もちゃんと着けてたそうだし。
でも、未央先生の話では、屋上に駆けつけた時には俺を含めて六人しかいなかったと言う。
未央先生は「仲間割れでもしたんだろう」と言ってたけど……。

……はぁ……。
そんなモヤモヤとした感情を抱えて、痛みを堪えながらクッションに顔を埋める。

被害届は出したくない。
ゆえに告訴もしない。なにより未遂でもある。
でも……停学だけで済ませるってのも少し悔しいなぁ。
……身体が本調子になってから仕返ししようかな。
ひとりずつ狙えば問題なく……。

「って、ダメだダメだ!」
ボフっと、起こした顔をもう一度クッションに埋める。
やりすぎると、今度はこちらが加害者側になってしまう。

「ただいまぁ〜〜」
玄関に人の気配。脳天気な声を聞くまでもなく瑞穂が帰ってきたんだろう。
さて。なんとか上手くごまかさないとな。


「でもさ。お姉ちゃんが階段から落ちるなんて。珍しいね」
部屋着に着替えた瑞穂が、お気に入りの白いアヒルのクッションを抱えて、ちょこんとソファーの脇に座る。

「ん〜……まぁな」
「調子悪そうだったもんね」
「そうなんだ。もう最悪……」
いや、マジで。

「なんてゆ〜かさ。ある意味、お姉ちゃんも相変わらずだよね」
「なにが?」
「怪我したりするの。前も多かったけど。相変わらずだなって。でもお姉ちゃんも女の子なんだから、もっと気をつけないとダメだよ。傷とか残ったらどうするの?」
「いや、どうするの? って言われてもな……」
「真面目に聞きなさいっ!」
ビシッと人差し指を立てて、お姉さんモードで『メッ』と叱ってくる。

どうでもいいが瑞穂。
アヒルのクッションを抱きしめてる時点で、威厳とかそう言うの全然無いから。

「はいはい。わかりました」
その感想は心の中だけに留めておいて素直に頷く。
でもなぁ、好きこのんで怪我してるわけじゃない。
我ながらもう少し落ち着いた生活が送りたいと思ってはいるんだけど……。

ほどなく夕食の準備が出来たようで、母さんが料理を運んでくる。

「母さん、俺の分はいらないから……」
「お姉ちゃん、またご飯食べないの?」
ちょっと意外そうに瑞穂が訊いてくる。

「ん〜。ちょっと食欲無い」
本当は食べた方が良いんだろうけど、無理に食べると戻すからなぁ。

ここ二日くらいは、ほとんどまともに食べていない気がする。
でも、ダイエットにちょうどいいのかも……。
間違いなく数キロは落ちてる気がする。

「でもさくらちゃん? 昨日の夜も今朝も、ほとんど食べてないでしょう?」
今度は心配そうな母さん。

母さんには言ってないけど、昨日のお昼と今日のお昼も食べてない。
食べなきゃって思ってはいるんだけど……。

「ご飯が無理なら、なにか食べたいものはある?」
「……特にない」
「困ったわね……」
母さんが頬に手をあてて溜め息をつく。
困らせたいわけじゃないんだけど、食欲が無いのも事実だしなぁ。

「スープならどう? クリームスープとかポタージュ、オニオンスープなんてどうかしら?」
「ん。それなら、ポタージュでお願い」
それくらいなら。そう考えて、母さんを安心させるためにも頼んでおこう。

「はい。ちょっと待っててね〜」
にっこりと笑って、いそいそとキッチンに戻る母さん。
父さんはまだ帰ってきていないので、リビングには俺と瑞穂だけが残される。

「……お姉ちゃん、そんなに重いの?」
そんな声に視線を向けると、瑞穂が手に持ったお箸を唇にあてて、こちらを見つめていた。

「まぁな。それより食事中にする話題じゃないだろ」
「うん、ごめんね。じゃぁ、お先にいただきま〜す」
待ちかねてた瑞穂が一足先に手を合わせる。
ニコニコ笑顔でご飯を口にしようとした時、電話のベルが鳴った。

「あら、ごめんなさい。瑞穂ちゃん取ってくれる?」
「は〜い」
キッチンからの母さんの声に返事して、瑞穂が席を立つ。

「はいはいは〜い」
聞こえるはずのない電話の相手に向かって連呼しながら瑞穂が電話を取る。

「はい、もしもし波綺です……あ、お父さん?」
瑞穂の電話口の声に耳を澄ましていると、今度は玄関のチャイムが鳴った。

「は〜い。ちょっと待ってくださいね〜」
今度は母さんが料理の手をとめて、ぱたぱたと玄関に向かう。
……なんとなく「似たもの親子」というフレーズが頭に浮かんだ。

ひとりソファーに寝そべっていることが申しわけなく思えてくる。
なにも出来ないもどかしさに、また自然に溜め息が出た。

「お父さん、遅くなるって」
電話が終わった瑞穂がぺたんと席に座る。

「そっか」
「うん。それにお客さんみたいだね」
「セールス?」
「ううん。違うみたいだけど……」
瑞穂が振り返ると同時に、廊下から母さんの足音が近づいてくる。

「さくらちゃん、お客様よ」
「俺に?」
廊下から顔を覗かせた母さんの後ろに人影。

それは、コートに身を包んだ小柄な女の子だった。
身長はそれほど高くなく、瑞穂と同じか少し小さいくらい。
癖っ毛のショートの髪を無造作に伸ばし、それが実に似合っていて快活なイメージを与えていた。
その娘の、強い意志を感じさせる焦げ茶の瞳が、まっすぐに俺を見つめてくる。
なにか言いかけたのか一度口を開き、今度はその言葉を飲み込むかのように閉じられた。
不自然な沈黙が続き、俺とその娘の間に緊張が走る。
そんな俺たちに、母さんも瑞穂も動けないまま言葉を発しなかった。

「や、やぁ薙。久しぶり」
たっぷり五秒以上の沈黙のあと、凍り付いた空間を破って話しかける。

その娘……中学時の親友だった『月城薙』は、またなにか言いかけるように口を開き、再び言葉を飲み込むと、視線をそらさぬままこちらに歩み寄ってくる。
な、なんか怒ってるな……。
薙の突然の来訪と、明らかな不機嫌振りの理由が掴めずに、作った笑顔が引きつっていく。


薙とは転校先の中学で知り合った。
二年、三年と同じクラスだったのだけど、初めて話したのは二年生の三学期だったと思う。
当時の俺は、それなりの事情もあったのだが、人付き合いが悪く「喋らない」「話しかけても答えない」「愛想もない」と、我ながら嫌なヤツで、コミュニケーション能力がゼロに近いために学校中の生徒から無視されているような状況だった。
一方、薙はと言えば、先生の言うことを聞かず、気に入らない生徒には手を出して黙らせるといった、俺とは別の意味で学校の問題児だったと思う。
でも、俺と違って何人かの生徒とは仲が良い……とまでは言えないみたいだったけど、確かに友達もいた。
俺たちは同じクラスだったものの、薙の視界に俺は映っていなかったらしく、二年生の三学期に初めて話したとき『そういや同じクラスだっけ?』と言われたのをなんとなく覚えている。

その後、とある事件に巻き込まれた俺は、あぶないところを同学年の『九條響』に助けられ、その成り行きで響のグループの一員に加わることになった。
響は、斎凰院学園の出資元でもある『九條家』の娘で、学内でも異質の権力……って言っていいのかな。
先生たちすらも腫れ物に触れるがごとき待遇で接していた。
だからと言って、その権力を笠に着て好き放題やってたわけでもなく、どちらかと言えば風紀を守る方面で活躍していた。
その『巻き込まれた事件』をきっかけに、いつの間にかそのグループの輪の中に組み込まれた。
そして、それが理由で学校内での待遇も劇的に変化した。
今まで無視していたクラスメイトや、同級生からの嫌がらせもパッタリと途絶え、ぎこちないながらも挨拶されるまでに至った。
その響のグループ中には薙もいて、同じクラスということもあってか少しずつ話す機会が増え、些細なことを理由に何回か本気でぶつかった。
詳しい理由はもう覚えてないけど、全部薙の素行の悪さを注意したことが発端だったように思う。
……いや、結局それは全部俺がKOされて負けたんだけど、いつからか薙が俺を認めてくれるようになった。
同じクラス。ふたり揃って学校の問題児。でも、薙と一緒にいる時間が多くなってきて、俺は少しずつ他人と話せるようになり、薙も以前ほど問題を起こさなくなった。
それから、まぁいろいろとあって。
お互いに親友と呼べる間柄になった……んだけど。


「ど、どうしたの? 家まで来るなんて」
引きつった笑顔のまま、なんとか場を繋ぐべく話しかける。
でも、薙は黙ったまま視線をそらさずに俺の目の前で膝立ちすると、じっと見つめてくる。

「えっと……?」
動くに動けず見つめ返していると、薙の視線が頭の包帯や左腕のギプスを観察しているのがわかった。

「…………」
高まる緊張の中、薙の手が伸びて、少し乱暴にパジャマの上着の裾をまくり上げる。
抵抗する術もなく素肌が露出し……薙の視線が脇腹一面に貼られた湿布を見据える。

すぅっと、緊張の度合いを高めながら薙の目が細められる。
ここまで不機嫌な薙を前にして、逃げ出したい衝動をグッと堪える。
と言うか、そもそも身体が満足に動かせない。今もソファーに寝そべったままだし。

「……階段で転んだんだって?」
ぼそっと薙がつぶやく。

「う、うん……」
思わず彷徨った視線が、硬直したままの母さんと瑞穂を映す。
ふたりともただならぬ緊張感に、身じろぎひとつせずに注目していた。

「ほ、ほら。大丈夫だから。見た目ほど酷くないし」
場を和らげようと笑顔を見せる。その瞬間、薙の中でなにかが『切れた』ことが感じられた。

「こぉのっ! バカがっっ!!!!!」
耳をつんざくような罵声と共に、視界が一瞬ブラックアウトする。

痛いとかのレベルじゃない、呼吸すらも出来ない衝撃が、首を中心に背筋へと走り抜ける。
呼吸出来ずにパクパクと開く口。あまりの痛みに涙が出てきた。

「ちょ、ちょっとっ!」
瑞穂の咎めるような声。
でも、薙はその声を無視して涙目で見上げる俺に怒鳴る。

「こんなに心配させやがって、なにヘラヘラ笑ってんだよっ! 笑えるようなことじゃないだろっ! 話を聞いただけのあたしがこんだけムカついてるのに、どうして笑うんだよっ! どうして笑えるんだよっ!!」
「だ、だからってなにも殴らなくても……」
涙声で反論する。
どうやら、拳で頭を殴られたようだった。
首の痛みに隠れて、頭の上がズキンズキンと脈打っている。

「うるさいっ! そうだ! そのまま泣けっ! 痛いんだろ? あたしに殴られて。なら泣けよっ! 思う存分、気の済むまで泣けっ! ほら! 我慢してんじゃねぇっ!」
再度振り上げられる拳。

避けることも適わず、その衝撃を堪えるように身を固くする。
しかし、振り上げられた拳は、ゆっくりと頭の上に乗せられた。
握られていたはずの手は開かれて、優しく撫でるように動かされる。

「あたしが殴ったんだから。な? ほら、泣いていいんだ」
「うぅ……」
鼻の奥がツンとなって、ぽろぽろと次から次へと涙が溢れ出す。

「痛かったろ? あたしが悪いんだからさ。みんなあたしのせいにしていいから。ほら。我慢すんなよ」
ゆっくりと頭を撫でる薙の手の平。

「あたしにはさ。無理して笑顔なんか作る必要ないんだから。怒りたけりゃ怒って、泣きたい時に泣いて、素直に笑って……。取り繕う必要なんかないって言ってくれたのはさくらの方だっただろ? だから。あたしにも同じようにしていいんだ。大丈夫。あたしが来たんだから。もう、なにからなにまで良くなっていくに決まってるんだから」
ぽんぽんっと。優しくあやすように二度ほど触れ、またゆっくりと撫でてくれる。

「う……うわぁぁっ〜〜〜〜ぁっ〜〜!」
すでに痛みで決壊寸前だった俺は、クッションに顔を埋めて身体の底から湧いてくる声を殺すように泣き出した。
母さんや瑞穂の前で……。
そんなことを考えても、もう自分でもどうにもとめられなかった。
理不尽な痛みと、理不尽な出来事と、理不尽な自分自身。

そして、薙の優しさ。
ゆっくりとなだめるように頭を撫でてくる薙の手を感じて、魂が叫ぶようにひたすらに泣きじゃくる。
痛みを堪え、嗚咽で苦しい呼吸に喘ぎながら、ただただ泣いて、ただただ嗚咽を漏らす。
もはや、なにがなんなのかすら理解出来ない思考の渦の中で、薙の手の平だけが、私とこの世界とを繋いでいる絆のように感じていた。

 
   




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