Chapter. 1
Encounter Season

出逢いの季節 04





 
   

久しぶりに帰ってきた実家は、居心地がいいけど、なんだか以前のようにはくつろげないでいる自分を感じていた。
それは、今の俺を受け入れてくれてる母さんや瑞穂、そして受け入れきれてない親父との関係のためだと思う。
俺自身は以前と変わっていないつもりでいても、どうしても家族の反応が『女』としての俺に対するものになってるからなんだろう。

この病気が判明してから、俺はすぐに入院したし、引っ越しもその間に行ったので『女』になってから家族にはそんなに会っていなかった。
その理由は、この手の手術をする病院が実家から離れていたこともあったし、俺自身がナーバスになってたために面会は極力避けるように頼んだからでもあった。
だから、ちょっとした家族の反応の違いが、違和感として大きく感じているのかもしれない。
まぁ、そのうちに慣れてくるのかな?

あれこれと思い悩みながら、着替えを手に脱衣所のドアを開けて視線を巡らせる。
誰も入っていないことを確認してドアを閉めた。
着替えを棚に置いて、なんとなく周囲を気にしながら服を脱ぐ。
そして、無意識のうちに下着類を服の間にしまい込んでいる自分にちょっと苦笑した。

「はぁ……」
こんなことが当たり前になってる自分に戸惑いを覚える。
女として生きて行くことに決めたはずなのに、未だ心の中では男のつもりでいる自分が存在する。

女である現実と、男のつもりでいる心との違和感には、二年経った今でも戸惑うことが多い。
幼い頃に確立した自我が性格を決定づけるとも言うし、この違和感は一生拭えないものなんだろうな……。

衣服を脱いだ自分を鏡に映して見る。
男には見えない柔らかな肩から胸への曲線や、くびれたウエスト。
見慣れた今でさえ、これが俺だなんて信じられなくなる時がある。
第二次性徴期前に手術をしたために、現在では女としての成長を遂げた結果だ。
まぁ、今の姿も嫌いではないんだけど。
男だった自分に未練がないわけでもないので複雑なところだ。

しかし、自分の裸は見慣れたけど、未だに他の女性の裸はまともに正視出来ない。
そりゃぁ興味はあるにはあるんだけど、堂々と見られる立場になるとかえって見られなくなってしまった。
女になって二年半。
今でも女の子相手にドキドキしたりするって変なのかな?
それとも普通なんだろうか?
…………。




お湯加減は……っと、いいみたいだな。
湯船をかき混ぜながら、覗かれていないか窓を確認する。
下宿先でなんとなくついた癖なんだけど、以前覗きが出るって話があってから注意深くなった。
その騒動の犯人は野良猫だったってオチがついて一件落着したんだけど、未だに確認してしまう。
別に確認して困ることはないから、これはこれでいいか。

かかり湯のあと、まずは髪を洗う。
これだけ長いとかなりシャンプー使うんだよなぁ。
前と比べると量的に三倍は楽に使っているだろう。
濡れると重いし、乾かすのもすごく大変だし。
個人的には面倒だからショートカットにしたいんだけど、それだと男だった時の俺と見咎められそうで渋々伸ばしている。

リンスでトリートメントした髪を軽く濯いでから、髪をまとめて頭の上に乗せヘアキャップで留める。
そして、ボディソープで体をくまなく洗ったあと、ゆっくりと湯船に浸かった。

「はぁ」
気持ちいいなぁ……。
疲れがジンワリとお湯に溶けてくみたい。
とその時、脱衣所の方に人影が見えた。
母さんかな。洗濯物でもあるのかな?とか思ってると、すりガラスの引き戸が勢い良く開いた。

「お姉ちゃん、背中流してあげるね〜」
「み! 瑞穂!?」
入ってきたのは瑞穂だった。
湯船の中で慌てて体の向きを変えて入り口に背を向ける。

「お、おまえ何考えてんだ!?」
「なにって、お姉ちゃんとシンボクでも深めようかなって思って」
「……」
「あはは。なに照れてんの?お姉ちゃんってば」
「お、おまえは恥ずかしくないのかよ!」
「どうして? 女同士じゃない」
心なしか瑞穂の声もうわずってるようなのは気のせいなのか?

「そ……それはそうだけど」
しどろもどろな俺をよそに、瑞穂は気にする風でもなく早速シャンプーを始める。
そうだよな。女同士なんだし、別になんでもないことなんだよな。
よし。そうと決まれば妹の成長した姿を。

「って、おい! そりゃぁやっぱりマズいって!!」
ザバっと勢い良く湯船から立ち上がると、瑞穂がびっくりしていた。

「先上がるから。ごゆっくり」
瑞穂を視界に入れないように脱衣所へ戻る。

「えぇ〜。もう上がっちゃうの〜?」
「……」
「もう……お姉ちゃん。そんな照れなくてもいいのに〜。昔はよく一緒してたじゃん」
「いつの話だいつの!」
まったく……何考えてんだか。

都合二年間『女』として生きてきたけど、まだ女の思考って言うか発想が理解出来ない。
やたら群れたがるし、誰が好きとかの色恋の話に至ってはなんでも共有しようとする。
その赤裸々さにはかなり辟易した。
男だった頃に抱いていた幻想とのギャップが激しすぎたと言うか……思春期の男(身体は女だけど)が知ってしまうには少し早すぎたと言うか。
まぁ、中学の時のクラスメイトたちと比べれば、瑞穂なんて可愛いものだけど。
お風呂場から『ねぇねぇ』と話しかけてくる瑞穂を無視して髪の水分をバスタオルで軽く叩いて吸い取る。

「も〜。お姉ちゃんってば〜」
少し怒ったような瑞穂の声を聞き流し、髪を再びアップにまとめる。
手早くパジャマを身につけて脱衣所から逃げるように飛び出した。



気疲れからくる溜め息をついて、リビングに顔を出すと母さんが声をかけてきた。

「あら早かったわね。瑞穂と一緒じゃなかったの?」
「一緒って……母さんからも言っておいてよ。びっくりしたったら」
「いいじゃない。姉妹同士裸のつき合いも大切よ」
「…………」
母さんの考えもわからんわ……。

視線を移すと親父がビールを飲んでいた。
ちょっともらおうかな? キッチンからコップを持ってきてっと。

「親父。俺も少しもらうね」
勝手に注いで一気に飲み干す。

「お、おい」
「っぷはぁ。ありがと」
そのままリビングを出て行こうとすると、

「おい一樹」
親父から呼び止められた。
「ん?」
「おまえビール飲めるのか?」
「……まぁ、ちょっとだけ」
大きな声では言えないんだけど、ビールやお酒は下宿先の大学生の人とかに無理矢理飲まされてから、つき合いで飲めるようになった。
それから、落ち込んだ時とか、ひとりで飲んだりしてたんだけど、この歳でアルコールに逃避するのもどうかなって気もしたので最近はやめてたけどね。

「それなら今度、晩酌にちょっとつき合ってくれないか」
親父がビールをかかげる。
わお。話わかるじゃん。

「了解〜。親父」
右手で敬礼する。

「それから、その、一樹……」
「なに?」
「その……良かったら、父さんって呼んでくれないか?」
おぉ? 親父が照れてる?
母さんもクスクス笑って『一樹じゃなくてさくらですよ』ってたしなめてる。

「うふふ。この人ったらね。さくらちゃんが女の子になってから、どう接していいかわからないみたいなのよ」
母さんが笑いながら説明する。

「おい……美咲!」
「息子と酒を酌み交わすことを楽しみにしてたんですものねぇ」
「……」
母さんの言葉に反論出来ない風の親父……いや、父さんは、黙ってビールを飲む。

「それにね。さくらちゃんが、お母様にとても似ているらしくてね」
「美咲。その話は」
「はいはい。もう、照れ屋さんなんだからぁ」
へぇ。父さんから見ても婆ちゃんに似てるのか。
そこまで言われると、ほとんど婆ちゃんの記憶がないのが残念だな。

「でも、さくらちゃん」
「なに? 母さん」
「お酒はハタチになってからです。あなたもそれまでは晩酌につき合わせることは我慢してくださいね」
口調や表情は笑ってるけど、本気モードの母さんが柔らかくも高圧的なプレッシャーをかけてくる。

「あ……。うん。わかった」
こんな時には逆らってはいけない。
小さな頃から培った経験と本能に従って、父さんと一緒に異口同音に頷いたのだった。


「それじゃ、母さん、父さん。おやすみなさい」
「あ、あぁお休み」
「さくらちゃんおやすみなさい」
トントンと階段を上がりながら、さっきの父さんの照れたような表情を思い返す。
疎遠になったと思ってたのは気のせいで、父さんは照れていただけなのかな。
母さんが言ったように、息子が娘に変わってしまって、どう接していいのかわからなかったのかもしれない。

そう考えると上手く説明がつくように思えて、気がかりだった父さんとのことが、なんとなく解決したような気がして、その日はぐっすりと眠ることが出来た。

 
   






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