Chapter. 1
Encounter Season

出逢いの季節 09





 
   

唐突に目が覚めた。
まるで、テレビの電源を入れた時のように意識がはっきりする。
感触と視点の高さからベッドの上だと予想しながら、まだぼやける景色に目を凝らした。

「んっ……」
見慣れない部屋の風景を見回しながら、ズキズキと痛む頭に顔をしかめる。
頭を押さえようと持ち上げた左腕がギプスで固定されていることに気がつく。

あれ? なんで俺ギプスなんかされてるんだ?
確か志保ちゃんと歩いてて……。
そうだ。後ろからバイクが襲ってきたんだっけ。
う〜。あの木刀、上手く受け流したと思っていたんだけどなぁ。

そう思ってギプスを眺めながら『ここは病院のベッドなんだろうな』とか考えていると、病室のドアをノックする音が聞こえてきた。

「どうぞ」
返事をして窓の外を眺める。
窓から見える空は明るくて、今の時間が午前中であることを確認した。
あれは夕方くらいだったから……丸半日近く寝てたのか。

「あら、さくらちゃんお目覚め? 頭の方は大丈夫?」
病室に入ってきたのは母さんだった。

「ちょっと痛いかも」
「そう。じゃ看護婦さん呼ぶわね」
母さんがインターホンでナースルームに連絡する。
小さい頃から怪我が多かったこともあって、母さんも手慣れたものだった。

その後、担当医が現れて、脳震盪で半日寝ていたこと、怪我は左腕の単純骨折と頭と背中から脇腹にかけての打撲、左足首の捻挫だけで、これから頭の方の精密検査を再度行うことなどの説明を受けた。

そして、昼すぎには頭の精密検査も終わった。
その結果が出るまで、もう一日入院することが決まり、母さんはまた明日の朝に来ると言って帰っていった。

それからまもなく、警察の人(私服だから刑事かな?)が来て、事故についていくつか質問された。
その応答は、想像より簡単に済んで拍子抜けしたほどだった。
もっと詳しく訊かなくてもいいのかと質問すると、なんでも、その人の直属の警部が事件の一部始終目撃していたとのこと。
だから、事故以前の出来事について訊くだけで済んだようだった。
でも、それも志保ちゃんからすでに訊いていたらしく、俺へ質問は形式と確認のためだけだったらしい。

「あ。それと、もうひとついいかな?」
手帳をしまいかけた刑事さんが、思い出したようにもう一度それを開き直した。

「はい。なんでしょうか?」
「君を襲ったバイクだけどね。車線を越えて歩道を乗り上げ壁に激突した。乗っていたふたりはノーヘルだったから、君より酷い怪我で……まぁ、これは自業自得だね。今は警察病院に収容されている。意識も戻ったようだから今日あたり事情聴取があるだろう」
一気に喋ってから、俺を観察するように視線をとめる。

「?」
「いや、警部が、現場を見ていた警部が言ったんだけどね。すれ違いざまに木刀で一撃。そのまま逃走するのが普通なのに、どうして車線を越えるような状態になったのか不思議がっててね。慌ててハンドル操作を誤ったにしては、急に向きが変わったそうなんだ」
「そうなんですか」
それは覚えがないなぁ。
不覚にも気を失っちゃったから、ほとんど覚えてないや。

「それで、なにか知らないかな。気づいたこととか」
「……いえ、避けるのに必死で。でも、バイクとぶつかったから、ひょっとしてそのせいかもしれないです。確か脇腹に青あざが残って……」
「あ、いや、いいんだ。ありがとう」
上着をめくろうとした手をとめられる。

「……でも、よく覚えてないんです」
「そうだね。それは無理もない。済まないね詮無いことを聞いてしまって。そうだ。君が庇った女の子……」
「!! 志保ちゃんが、なにか」
頭を打ったせいか、志保ちゃんのことをすっかり忘れていた。
どうかしてる。
守りきれた感触はあるんだけど、なにせその後の記憶がないから確信が持てない。

よほど切羽詰まって見えたのか、刑事さんは落ち着かせるように肩をぽんぽんと優しく叩いて笑顔を作った。

「あぁ。心配しなくていい。彼女は無事だよ。現場を見ていた警部の娘さんが、その彼女の友人らしくてね。警部からも礼を言っておいてくれって言われてたんだ。娘の友人を庇ってくれてありがとうって」
「いえ、そんな……」
「なかなか出来ることじゃないよ。それに君も女の子なんだから、顔とかに傷が残らなくて良かったよ」
刑事さんの言葉に、自分の頬を手のひらでスリスリと撫でてみる。

「おっと。今のは内緒にね。バレたら、また無駄口叩いてるのかってどやされるから」
刑事さんはそう言って笑いながら病室から出て行った。

ふぅ。そっかぁ、アイツらも病院かぁ。
はは。俺だけ入院じゃ不公平すぎるってもんだし。
警察の人が帰ると、俺はまたひとりきりになった。
病室の窓越しに、敷地内に咲き誇る桜の木をぼぅっと眺める。
現実の風景を見てるはずなのに、ひとりの男の子の姿を思い浮かべていた。
病院のベッドから桜を見ると思い出さずにはいられない、大切な友達のことを。

「恭平……元気にしてるかな」
無意識に彼の名前を呟く。

莢凪恭平は、二年前に引っ越してしまったけど、俺が女になってしまってから初めて出来た男の友達だった。
そういえば、あれっきり会ってないよな。
今頃どうしてるのかな。
久しぶりに会ってみたいけど連絡先知らないしなぁ……。



話す相手もなく、することもない身を持て余して、病院内を散歩することにした。
まだ左足首が少し痛むけど、ゆっくり歩く分には問題ないかな。
看護婦さんに散歩してくることを伝え、三階にある自分の病室を出て中庭へ行くことにする。
窓越しじゃなくて直接桜を見に行こう。

途中すれ違う人に会釈しながら、足に負担をかけないようにゆっくりと階段を降りて建物から出る。

それにしても。
気のせいかもしれないけど、妙にジロジロ見られてるような気がする。
視線の向きや反応から考えて、どうもパジャマが目立ってるんじゃないかという結論に至った。

薄いピンク地に半面を真紅の花模様でプリントされたツートンのパジャマは、袖や襟に上品なレースがあしらわれていて、いかにも「女の子らしい」ものだった。
病院指定のものと違って、見られることを考えて作られているコレは、場所が場所だけにすごく浮いていた。
母さんが趣味で選んだんだろうなぁ……絶対こういうの好きそうだし。

そこでふと疑問に思う。
昨日は外出着だったし、もちろん自分でパジャマに着替えてもいない。
いったい誰がこれを着せたんだろうか。

「……いやいや、状況的に見ても母さんだろう」
一瞬だけ、誰か知らない人に着替えさせられているシーンを想像して赤面する。
寝てる間にってシチュエーションはすごく恥ずかしいけど、母さんならいいか。
パジャマが気に入らなくても、今は着替えがないのでそのまま外に出た。




『元気で』思い出の中の恭平が、穏やかな笑顔で語りかけてくる。
二年前のあの日も、丁度こんな桜が咲き誇る季節だった。
俺たちは、桜の花のシャワーを浴びながら、別れの時を迎えていた。

『うん。ありがとう恭平。俺は……』
『いいって。これから僕はそばにいてやれないけど、さくらなら大丈夫』
『……』
『そんな顔するなって』
『俺は……俺は助けてもらってばかりでっ』
『いいんだよ。僕が好きでやったことなんだ。気にしなくてもさ』
『でも』
『僕は知ってる。さくらは本当は明るい子だって。もっと自分からみんなの中に入っていけば大丈夫』
『……うん』
『ほら、笑って。次に会う時には笑顔で頼むよ』
『うん』
『まどかのこと、僕の分まで頼んだよ』
『うん』

どれくらいそうして桜の木を見上げていたのか。
背後の小枝を踏みしだく音で、俺は意識を現実に戻した。
ゆっくり振り返ると、そこには学生服姿の男が立ちすくんで、こちらをじっと見つめていた。
風が桜の花びらをまとい、ふたりの間を駆け抜ける。
あの日のあの時のように。
なびく髪を右手で押さえながら、俺たちは、しばらくお互いに見つめ合ったまま立ちつくしていた。
未だ夢うつつののまま、その姿に恭平の影を重ねる。
沈黙が不自然なほど長く続き、その幻想癖に軽く苦笑いを浮かべた。

 
   






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