Chapter. 1
Encounter Season

出逢いの季節 08





 
   

とりあえずベンチに座らせて、落ちつくのを待つことにした。
腕にしがみつかれ動くことも出来ないので、この間に女の子を観察する。
年齢は中学生くらいかな。でも、高校生に見えなくもない。
少なくとも俺よりも年下だと思うけど。

フワフワの髪を大きく編んだ三ツ編と、幼い顔立ちが余計に年下っぽい雰囲気を醸し出してる。
でも、胸は俺よりも大きいかもしれない。
しがみつかれた腕に感じるボリュームは未知の領域に突入してる。

失礼にもそんなことを考えてる間に落ちついたらしく、彼女は慌てて腕から離れた。

「あ! あの……ごめんなさい! あたし、初めて会った人に……」
「いいよ。恐かったんでしょ? もう落ちついた?」
出来るだけ優しく女の子に声をかける。

「は、はい。ありがとうございました」
彼女は真っ赤になって頭を下げる。

「あの、あたし、小椋志保って言います。あの、良かったらお姉様のお名前を……」
小椋志保と名乗った女の子は、なかば崇拝が混じったような目つきで訊ねてくる。

「え……えっと。志保ちゃん?」
「はい!」
「その、お姉様って呼び方はちょっとやめて欲しいかな」
「そ、そうですか……」
しょぼーんと、見てわかるほどに意気消沈する。

「じ、自己紹介するね。私は波綺さくらって……」
「さくらお姉様! ぴったりなお名前ですっ」
またもや腕に抱きつかれる。

先程からの事態に冷や汗が止まらない。
こんなんで動転するのは女としておかしいってのは理解してるんだけど、そうは言っても鼓動はますますヒートアップしていく。

しかし、お姉様ってなんなんだよ。
通りすがりの人に呼ばれる名詞じゃないだろ普通。
まぁ、世の中は広いし、そういう属性があるのは知ってるんだけど、これはそれとしてどうしたものか。

ちょっとテンパってきたか俺。
でもちょっとだけ嬉しいかも。いや、嬉しい嬉しくないって問題ではなくて。

「え〜。志保ちゃんは高校生、かな?」
質問しながらさりげなく腕を抜く。

「はい! 明日から光陵高校三年生です」
「そうなんだ。光陵の、さ? 三年生ぇぇっー!?」
「はい。それがなにか?」
驚く俺を見て首を傾げる志保ちゃんの顔をマジマジと見つめる。
うわ。改めて見てみると、結構好みかも……いやいや、今はそんなんじゃなくて。

どう見ても中学生にしか思えないぞ。
でも、意外と胸が大きいから、譲歩して童顔の高校生くらい。
せいぜい今年高校一年生くらいだろうと。

あー! パニック!! いや待て待て、落ちつけ俺。
外見だけで人を判断しちゃいかん。うん。冷静に冷静に。
しばらく無言で見つめていると、志保ちゃんは視線をそらして、片手を頬にあてて顔を赤らめる。

「い、いえ。それでは『志保先輩』って呼ばないと失礼ですね」
あらぬ誤解をされるまえに、思考を中断して慌てて言葉をつなぐ。

「え?」
「私も明日から光陵高校の生徒になるんです」
「明日からって……入学? って、い、一年生ぇぇっー!?」
さっきとは逆のシチュエーションで志保ちゃん……じゃなくて志保先輩が叫ぶ。

「あたし、てっきり同い年か大学生かと思ってましたー」
しばらくお互いを見つめ合ったあと、クスクスと笑いあった。




小椋志保先輩と話しているうちに、すでに日は大きく傾いてきていた。
公園の時計が六時を知らせるチャイムを鳴らす。
その音を聞いて、先輩は弾かれるように立ち上がった。

「あれ? もうこんな時間? たいへん! 待ち合わせ遅れちゃう!」
「じゃ、じゃぁ私はこれで」
「あの! さくらさん」
先輩が遠慮がちに服の裾を引いて引きとめる。

「はい?」
「お時間ありませんか? よかったらお礼したいんですけど」
「あ。気を使わなくていいですよ」
パタパタと両手のひらを胸の前で左右に振る。

「なにか軽くお食事でも奢らせてください」
「いや……」
「お願い」
志保先輩は、手を組み合わせて祈るようなポーズで見上げている。

うぅ。そんな子犬のような瞳で見ないでくれ。
なにか悪いことをしているような罪悪感に苛まれる。
う〜ん、これから学校で会うこともあるだろうし、先輩だし、無下にも出来ないかな。

「……はい。それじゃごちそうになります」
「あは。嬉しいです。あたしのお友達にも紹介しますね」
「えと。先輩?」
「ん?」
「どうして敬語なんです?」
「え? なんででしょう。さくらさんは嫌ですか?」
「嫌ではないですけど、先輩から敬語ってのはちょっと身の置きどころが……」
「でも、さくらさん恩人だし。ちょっと馴れなれしくなりますけど良いですか?」
「はい。普通に後輩に喋るようにしていいですから」
「うん。それじゃぁ……そうだ。さくらちゃんって呼ぶね。だから、さくらちゃんも同じようにして。最初の時みたいに」
「ええ!? 先輩にですか!?」
「嫌なの? それじゃぁあたしも……」
「わ、わかりました。そうさせていただきます」
「……いただきますぅ?」
「あ、じゃぁ、そうさせて……もらうね。志保…ちゃん」
「うん! よろしい。さ。さくらちゃん、早く行こう。ちひろちゃん待ってるから」



それから公園を抜けて待ち合わせの喫茶店がある商店街方面へ向かった。
志保ちゃんから学校のこととかをいろいろ聞きながら腕を組んで歩く。

腕を組むって……。
これって、なんだかデートみたい……だな。
とりあえず、今は端から見るとどうなのかは考えないことにした。

「さくらちゃんってすごいのね。あの男の人たちを余裕で追っ払ってたもの」
「そうでもないよ。中学の時に友達につき合って武道をやってたせいかな」
「あ。そうなの? あのね。これから会うあたしのお友達も武道……合気道部に入ってるんだよ」
「へぇ。光陵にもそんな部があるんだ」
「うん。ちひろちゃんは大会でも良いところまでいくんだよ」
「ふぅん。強いんだね」
「うん、すごいんだよー。でも、さくらちゃんとどっちが強いかな?」
「私なんて、きっと足下にも及ばないよ」
合気道歴は自慢じゃないけど一年未満だし。

「あやや。謙遜、謙遜」
「そんなことないってば。志保ちゃんは、なにか部活動やってるの?」
「えへへ。なんだと思う?」
「そうだなぁ。声が綺麗だから声楽部とか?」
「ブブー。はずれでぇす。正解はお料理研究会ですっ」
「そんなのもあるの?」
「部じゃないんだけどね。あたし、お料理好きだから一年生の時からずっと入ってるんだよ」
「本格的に料理作ったりするの?」
「たまにね。大体はお菓子とかケーキとかかな?」
「ふぅん」
「そうだ。今度さくらちゃんになにか作ってあげようか?」
「え? いいの?」
「もちろんよ。甘いものとか大丈夫?」
「うん。結構甘党」
「ふふ。それじゃぁなに作ろうかなぁ」
そんな会話を交わしているうちに、待ち合わせ場所らしい喫茶店が見えてきた。

その時、後ろから二輪の甲高い排気音が聞こえた。
日常耳にしている音なんだけど、なにか嫌な予感がして振り向いた。
夕暮れ時の薄暗い空をバックに、ライトの光が真っすぐにこちらを照らしている。
その光で誰が乗っているのかまではわからない。
スピードを上げながら、真っすぐこちらへ向かってくるのを訝しく思い、道の端へ避けようと志保ちゃんの肩を押す。
そこで初めて、ノーヘルで運転する男の顔が見えた。

「!」
あれは、さっきの男たち。

後部シートの男が木刀らしきものを振り上げ、そのバイクは真っすぐ俺たちめがけて襲いかかってくる。

あいつらマジか? たかがナンパに失敗したくらいでここまでするのか。

ひとりならば、どうとでもなるけど今は志保ちゃんがいる。
走って逃げるか、この場でやりすごすか。
バイクはもう目前に迫っていて迷ってる暇はなかった。

志保ちゃんを庇ってバイクに背を向け、逃げるように壁いっぱいまで下がる。
直後、振り下ろされる木刀を左腕でなんとか受け流す。
カメラのフラッシュのような閃光が視界を覆い、瞬間、左半身に衝撃が走った。
バイクと接触したのか、身体が前へと飛ばされる。
痛みよりも息が詰まった苦しさに耐え、自分がクッションになるように志保ちゃんと身体を入れ替える。

頭に強い衝撃を感じて目の前に星が散るのを感じた。

うわっ。星って本当に見えるんだ……。
そんな場違いなことを考えつつも意識が保てなくなっていくのを感じる。
その視界の隅で、ふたり乗りのバイクが反対車線の歩道に乗り上げるのが見えた……ような気がした。

志保ちゃんが名前を呼んでいるような気がしたけど、意識はそのまま深いところへ落ちていった。

………………。
…………。
……。

 
   






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