Chapter. 1
Encounter Season

出逢いの季節 07





 
   

それから、メグと瑞穂はショッピングに行くと言うので、なにを買うのか聞いてみたら『下着』と即答されたので迷わず別行動にした。

「え〜? お姉ちゃんも行こうよ〜」
「そうよ。何遠慮してるの?」
メグは俺の心情を正確に理解しているであろうニヤニヤ笑いで訊いてるだけに始末が悪い。
まぁ、瑞穂の天然さも困るんだけど。

「ちょっとな。用事あるから」
適当な理由をつけてふたりと別れた。
過去を知られていないクラスメイトたちとかならともかく、男だったことを知ってるヤツラと、そんな場所に行けるかっての。

メグや瑞穂と別れたあとは、本屋で適当に立ち読みしたり、コンビニを冷やかしたり、単に散歩したりして時間を潰した。
家を出たのは昼前だったけど、すでに日差しはかなり傾いている。
あてもなくふらふらと歩いてると、懐かしい公園にたどり着いた。

「へぇ、この公園って変わってないなぁ」
当時の面影を色濃く残す公園を眺める。
この公園で小学生の頃、真吾やメグとよく遊んだっけな。

余談になるが、ここは『中央公園』とか、町名から『柏本町公園』とか呼ばれることが多い。
でも、正式になんと言う公園なのかは誰も知らない。
地図を見ても公園としか記されてなく、入り口にも名前が書かれたプレートなどは見あたらない。
俺的町内七不思議のひとつに認定しているスポットだ。

……閑話休題。

ボートも貸し出してる割と大きい池のそばまで行くと、ますます懐かしいって気持ちが溢れてくる。
二年半程度しか離れてなかったけど、やっぱり故郷は良いなぁって感じる自分が少しだけ照れくさい。

「や、やめてください……あの、あたし、人を待ってるんです」
後ろから嫌がる女の子の声が聞こえてきた。
振り向いてみると、十メートルほど離れた場所で、大学生くらいのふたりの男が女の子の手首や肩を掴まえて迫っていた。

まったく。こんな奴らって、どこにでもいやがるんだな。
そう言えば、二ヶ月程前にしつこいナンパにあって辟易したっけ。
断っても無視してもつきまとってきて、あげくには抱きつかれもした、な……。

あー!! なんだか思い出したら無性に腹立ってきた。
別に正義感を振りかざすつもりはないけど、このまま見逃すのも寝覚めが悪くなりそうだ。
大体、引き際も見極められない奴は声かけるんじゃねぇっての。

小さく深呼吸して小走りで近づくと、三人の中に強引に割り込む。

「ごめーん。待った?」
と、女の子に声をかける。男どもは当然無視だ。

「ごめんね〜許して。この通り」
三人は突然の成り行きについていけずに黙り込む。

「そんな怒らないで。そうだ。駅前のケーキ屋のチーズタルト奢るからさ。ね?」
勢いに釣られたのか、それともチーズタルトに反応したのか、彼女が小さく頷く。

「よし。じゃぁ行こっか。売り切れるといけないから、早く行こ」
どさくさに紛れて男の手から彼女を奪還し、肩を抱いて歩き出す。

「……おい。ちょっと待てよ!」
完全に無視された男ふたりが、肩を掴んで引きとめてくる。

顔だけで振り返って、男に冷ややかな視線を浴びせる。
前にクラスメイトから聞いた話だけど、こういう時の俺の表情はホントに冷たく見えるんだそうだ。
それ以来、なるべくそんな表情はしないようにしてるんだけど今はそれが好都合だ。

「なに?」
冷たく言い放つと、肩を掴んでいる男が気圧されたように口をつぐむ。
もうひとりの方は直接視線を合わせなかったからか、気にせずナンパを続行する。

「あれ? 君も女の子か。なかなか可愛いね。そうだ、ねぇねぇ。ドコ行くの? 女の子ふたりじゃ危ないよ。オレらも一緒に行ってあげよっか」
頭悪そうな締まりのないツラで話しかけてくる男を避けるように、女の子がぎゅっと腕にすがりつく。
よっぽど恐い思いしてたんだな。

「そう言えば誰? あんたら」
その存在に、今、気がついたように問いかける。

「俺ら、この近くに住んでるんだけどさ、今から遊びに行くんだろ? 穴場スポットとかチョー詳しいからさ、一緒に遊ぼうぜ〜」
「ありがとう。さようなら」
真顔で返事して歩き出す。

「待てよ。いいじゃんか。人数多い方が楽しいぜぇ」
「でも、四月って言ってもまだ寒いねー。朝晩はコート着ててもいいんじゃないかなってくらい」
女の子に笑いかけると、ようやくその表情が少しだけ綻ぶ。
うん。とりあえず今だけは話を合わせてくれ。

「おい。待てってば」
「池とか湖のそばだと特に寒く感じるしね。だからこそ避暑にはいいんだろうけど」
「この! シカトしてんじゃ……」
男が腕を掴んでくる。
だけど男は、俺と視線が合ったところで言葉を無くした。
怒りの表情が戸惑いに変わっていく。

「まだなにか?」
にっこりと冷たい微笑みを浮かべて一瞥する。

「おい、もう他の娘のとこ行こうぜ」
「けっ。つまんねぇ奴。おう、行け行けブス」
男たちの言葉に女の子がびくんと震える。

あぁ〜もうなぁ〜。
だから嫌いなんだよ、この手の輩は。

「おまえらの目は節穴か」
嘲るような声に男たちが立ち止まる。
睨んでくる視線を真っ向から受け止めて、女の子を背後から抱きしめた。

「こんな可愛い娘そうそういないよ? おまえらの方が相手にされてないだけだって気づけよ。まったく、外見通りの知能指数しかないのかよ」
「て、てめぇ……」
男たちの顔が怒りで赤く染まっていく。
立ち位置を半回転して怯える女の子を背中に庇う。

「どうした。ほら、もう行けよ。バイバイ」
男らの表情を読み取りながら少しだけ後悔する。
言い過ぎだとは思わないけど、言わなくても良かった言葉で危険を招いてしまったようだったから。

ふたりの男は怒りで血走った目で睨みながら、囲むようにジワジワと距離を詰めてくる。
その圧力に耐えかねたのか、背中の女の子が上着にしがみつく。

さて、どうするか。
最善は戦わずして勝つことなんだけど、今更話し合いで解決しそうな雰囲気じゃない。
となると、残る手段は……。

ジリジリと詰め寄る男たちに背中を向け、女の子と向かい合う。
こわばっている女の子を安心させるように微笑んでから、その顔を挟むように両手で耳を塞いだ。
そして、すぅ〜っと大きく息を吸う。
その時、男の手が俺の肩を掴んできた。
振り向くと、予想以上に近く、その男の顔があった。

「きゃぁーっ! 誰か助けてーっっ!!」
絹を引き裂くような金切り声で助けを呼ぶ。

草木がざわざわと揺れ、公園中に響いたのではないかと自負できるほどの大きな声。
その声を至近で浴びた男が顔をしかめて耳を押さえる。

何事かと周囲の視線が集まるのを確認して男たちに向き直る。
驚き、怒り、戸惑いと、いろんな感情で目まぐるしく変わる表情を観察しながら一歩距離を取る。

「……あ。警察に通報してる」
その背後に視線を向けてつぶやく。
すると、男たちが慌てて振り返り、挙動不審者のようなぎこちなさで逃げていった。

しばらく周辺の様子を見ていたけど、男たちの去り際が鮮やかだったためか、誰かが近づいてきたり、実際に警察を呼ばれたなんてこともなさそうだった。

「……なんてね」
事態を飲み込めない女の子と視線を合わせてウインクする。

「あ、あの……」
男たちが視界に居なくなって安心したのか、ようやく女の子が話しかけてきた。

「大丈夫だった?」
肩にかけていた手を離して、女の子に向き直って声をかける。

「あの……お姉様ぁ。ありがとうございましたぁ」
そう言って彼女は、ギュゥッと腕にしがみつくと泣き出してしまった。

お、お姉様ぁ!?
それに、泣かれても困るんですけど……。

 
   






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