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Chapter. 8

The Cherry Orchard
さくらの園 5





 
   

「それじゃ、行ってきます」
朝食を終えて席を立つと、ネクタイを結びながらリビングに入ってきた父さんと鉢合わせした。

「お。もう行くのか。今日はえらく早いんだな」
「うん。もう明後日だからね」
「体育祭か。そうだったな」
いつになく楽しそうな父さんの表情に、こちらも自然と微笑んでしまう。
朝には強くないのか、いつもは眠そうなんだけど、今日はそんなこともなく機嫌が良さそうだ。
昨日のニュースのせいなのかな。

…………。
うん……まぁ、喜んで貰えるならなによりだ。そういうことにしておこう。

用意していた鞄を持つ。
お弁当も持ったし、忘れ物はないな。

「行ってらっしゃい、さくらちゃん。生徒会長さんも大変ね〜」
母さんは父さんの朝食を準備しながら、ほんわか笑顔で見送ってくれる。

「車に気をつけてな」
「はーい」
もう一度『行ってきます』と言って意気揚々と家を出る。

ちなみに、まだ七時前なので瑞穂は起きてきていない。
いつもは父さんが七時半、俺が四十五分、瑞穂が八時くらいに家を出ている。
母さんは九時くらいかな。
そんなわけで、瑞穂が目を覚ますのは二十分後くらいだろう。

「……っと、今日もいい天気」
早朝の澄んだ空気を大きく吸い込む。

まだ淡い水色の空にたなびく雲ははるか高く、薄く広がっていて霞んでいる。
六月も間近だというのに、まだまだ五月晴れは健在のようだ。
週間天気予報は快晴マークが続き、梅雨入り前に無事行えそうだ。

「あら〜! さくらちゃん、さくらちゃんっ。見たわよっ昨日のテレビっ」
玄関を出た途端、声をかけられる。
竹ぼうきを手にした中年の女性が、手をパタパタさせて嬉しそうに近づいてきた。

「お、おはようございます」
「おはよう。今日は早いのね」
恰幅がよくて声が大きいこの女性は『羽鳥恵子』さん。メグのお母さんだ。
斜向かいに住んでるので、たまにこうして顔を合わせることがある。
赤坂、羽鳥、波綺家は、同じ歳の子どもがいたので、昔から家族ぐるみな間柄だ。
そんなわけで、当然羽鳥家も俺の込みいった事情も知ってたりする。

……こうして考えると俺の事情なんて、全然秘密じゃない気がするよな。
どこからバレてもおかしくないというか。
危機管理意識が薄いというか、元よりそんなものはなかったというか。

「はい。ちょっと学校の準備があって……」
「生徒会長だものね〜。そうそう、昨日のテレビ。美人に映ってたじゃない。本物は可愛いけど、テレビだとグッと大人びちゃって、おばさん感動しちゃった。あはは」
そう言ってバンバンと肩を叩いてくる。

「さ、さすがに余所行きモードでしたからね」
さりげなく攻撃範囲から離脱しながら愛想笑いを返す。
幼少時からの顔見知りなだけにコミュニケーションに遠慮がない。
というかマジで痛い。

「美咲さんが自慢したくなるの分かるわ〜。こんないい娘に育つなんて、ちっちゃいころからは想像できなかったものねぇ〜」
「はぁ」
そりゃそうだ。いい娘かはともかく、ガキのころは成長して女になるなんて想像すらしてなかったし。

「もう、お母さん。朝から近所迷惑よ」
今から登校なのか、制服姿のメグがにがり顔で家から出てきた。

「あら。そんなにうるさかった?」
「お母さんの声って、ただでさえよく通るんだから、抑え目くらいでちょうどいいんだって」
「いいじゃない。それだけ元気ってことなんだし」
メグはバンバン叩こうと掲げられてた手の射程範囲を避けるように間合いを取った。
さすがは愛娘。事前に避けるスキルが身についている。

メグと母親の恵子さんは、体型だけ見ると親子には思えないほど差がある。
しかし、確かに『似ている』と思う。メグに言うと怒るけど。
余談だけど、小学生のころ恵子さんに『太ってる』と面と向かって言ったら、笑顔のままのしかかられてヒキガエルみたいに潰された思い出がある。それから俺は言葉を選ぶということを学び、正直なことがいつもいいことではないと実感した出来事だった……。

「それじゃ、急ぐのでこれで。行ってきます」
「私も行ってくるね」
メグとふたりで間合いを取りながら挨拶する。

「はい。行ってらっしゃ〜い」
おばさんは、少し残念そうに手を振りながら見送っていた。
角を曲がって、おばさんが見えなくなったとたんにメグがにまぁっと笑う。

「昨日のアレ、見たわよ〜。私も」
「はいはい。そうですか」
相手がメグなだけに、遠慮なくため息混じりに返事する。

「なによぉ? 素っ気ないわね……」
「昨日から、家でも話がそればっかりだったんだよ」
放送が終わってから、晩ご飯食べ終わるまでヘビーローテーションで再生された身にもなってみろ。
新手の精神攻撃に使えるんじゃないかと思ったぞ。

「んでも、滅茶苦茶褒めちぎられてたじゃない。確かに、あぁして実際にテレビで見て思ったんだけどさ、あんたって、見た目は絵になるのよね。黒髪ストレートロングだし、背も高いから、黙ってりゃお嬢様っぽく見えるのかしらねぇ?」
「見た目はってなんだよ……否定はしないけどさ。それに、『かしらねぇ?』とか訊かれてもな。どんなリアクション期待してるんだよ」
「別に? ただ、あんたが自分をお嬢様っぽいとか思ってたりするのかな〜って気になって」
「んなわけないだろ。……そうだな、結果として上品に見えるように振る舞えたってだけだよ。斎凰院でお手本は飽きるほど見てきたから、そこそこ真似できたんだと思う」

斎凰院は世間的にはお嬢様学校なんだけど、生粋のお嬢様はそう多くない。
確かに、生徒のほとんどが家柄……というか、裕福な家庭の子が多いんだろうけど、だからと言って世間が描くお嬢様ばかりかと言うとそうでもない。
学校の教育方針が紳士淑女たる振る舞いを求め、それが校風として表立ってるだけで、俺を含めた生徒の半数くらいは付け焼き刃な感じだ。
それでも響などのように、内部組と呼ばれる斎凰院の幼等部から通ってる生徒は、生粋のお嬢様的振る舞いが自然と身に付いている。
その姿を間近で見ていた成果が、こうして意外なところで役に立っているんだけど。

メグは『へぇ〜』と、気のない返事ながらも瞳は興味深げに輝いている。

「昨日の放送でも言ってたけど、あんたは昔っから姿勢がいいしね。……空手と剣道だっけ? それを習ってたからかな」
「それはあるかもね。でも、姿勢も下宿先で改めて鍛えられたからな。厚い本を頭に乗せて、ターンの練習をやったこともあるし」
「歩くんじゃなくて、ターン?」
「歩くのは問題なかったから百八十度ターンをね。本を落とさないように、遅すぎず早すぎず、振り返っては歩く練習を何日かやってた」

下宿先の大家さんの指導で、花嫁修業として家事全般と立ち居振る舞いを学ばせてもらってた。
それがあって、斎凰院で女性の身のこなし方をこっそり観察していた。
見様見真似の付け焼き刃にしかならなかったけど、それでも見本がないとどうしたらいいのかがわからなかった。
そもそも女性としての動作なんて考えたことがなかったから。

観察したことを下宿に帰って実技として実践する。
当然、数限りない指摘を受け、動作の意味とか意義をひとつひとつ教えて貰ってた。

でも、学校で見てきた振る舞いと、花嫁修業で要求される作法は結構違っていた。
簡単に説明すれば、『可愛く見せるため』と『美しく見せるため』の違いなんだけどね。
それはそれとして、当時は女性としての立ち居振る舞いを学ぶことについて気が進まなかったたんだけど、こうして役に立っている今はすごく感謝している。
とりあえずテレビに出ても……主観はともかく……恥ずかしくない立ち振る舞いができたんだから。

……そうだな。生徒会の仕事が落ち着いたら、大家さんや下宿先のみんなに改めてお礼を言いに行こうかな。

「はぁ〜。なんと言っていいか……あんたもいろいろと苦労してるのね」
「まぁね。留年して時間はあったし、他にやることもなかったからな」
「ちょうどいいわ。前から訊きたいと思ってたから、その花嫁修業の話を聞かせてよ」
「そんな面白い話じゃないぞ?」
「いいのよ面白くなくても。どんなことをやったのか、どう思ったのか聞かせてくれれば。ちょっと後学のためにも興味あるのよね」
「そんなもんかな?」
後学のため……なんて、偉くご大層なもんだと思わず笑ってしまう。

「なによー笑わなくてもいいじゃない。大体ね、高校生で花嫁修業してるなんて聞いたことないんだから……あ、あんたは中学でだっけ。まぁ、ともかく。そういう話は貴重なのよ。もったいぶってないで教えなさいよ」
「別にもったいぶってないって。花嫁修業が貴重とかいう意識がなかっただけだよ。そっか、普通はしてないのか」
「そ。だから洗いざらい白状しなさい」
「いいよ。そうだなぁ、一番最初は……」

それから、しみじみとした雰囲気で花嫁修業のあれこれを語りつつ登校したのだった。



「おはよう、楓ちゃん」
「あ……おはよう。さくらちゃん……」
下駄箱でメグと別れた直後に楓ちゃんを見つけた。
元気がないな〜と思っていると、楓ちゃんの視線の先……靴入れの中に手紙が何通か入っているのが目に付いた。

「どうしたの? その手紙……」
話しかけながら自分の靴入れを開けると、数は楓ちゃんより少ないものの、俺の靴入れにも手紙が入っている。

えっと……二通か。なんだろ?

「あ。さくらちゃんもなんだ」
ちょっと安心したように呟く楓ちゃん。
とすると、これは……

「ラブレター、じゃないかな?」
背後から覗き込むように突然コノエが現れる。
相変わらず気配を感じさせないので、内心ではすごく驚いてしまう。

「ふたりとも貰ってるんだ? いいなぁ〜。私のところには入ってなかったのに〜」
手紙を見ながら羨ましがるコノエ。
すごく楽しそうではあるが、羨ましそうに見えないのは気のせいなのか。
それにしても……

「ラブレター?」
なのか? これって。

「違うの? 少なくともカエちゃんのはそうみたいよね」
「俺のはどう見ても、そんな色気のあるような手紙には思えないんだけど」
楓ちゃんのはカラフルな洋封筒が多いけど、俺のは白い封筒と茶封筒だ。
変なものが入っていないか触って確かめてみたが、感触的に紙だけのようだ。

ん〜普通に事務的で、どう見てもこれがラブレターだとは思えない。

「……ミキちゃん。また『俺』って言ってるよ?」
「え? ……言ってた?」
楓ちゃんにも聞いてみると、『うん。すごく自然に言ってたよ』と、苦笑いで頷いた。

「ごめん、気を付ける。ありがと」
ここ最近は、ちゃんと「私」って言えてたはずなのに。気を抜くとすぐ戻ってしまう。
こればっかりは癖が付いてるからなぁ。

「昨日の今日で、より注目されると思うから注意しててね」
「うん。わかった」

そもそも、思考言語の一人称が『俺』のままなので、それがいけないと分かってはいるんだけど。
ここから改善しないと、またいつボロが出るか……。
でもなぁ。しばらくは保留にしておこう。急に変えられるものでもないしね。

「それで、これ、どうしようか……」
楓ちゃんが手紙を手に嘆息する。えっと……そっちは四通か。
コノエが言うように、楓ちゃんが貰った手紙はラブレターなのかも。

「ま、それは後で検討しましょ。今は早く生徒会室に行かないとね。また、マホちゃんに怒られちゃうよ?」
コノエはそう言うと苦笑いした。

そうだ。今日は朝からみんなで段取りを立てるために早く来たんだった。
それでなくとも話が脱線しがちな俺とコノエは、仕事中に聖さんによく怒られている。

「そうだね。とにかく急ごう。手紙の件はとりあえず保留ってことで」

体育祭まで、あと二日。
いよいよ前準備も佳境で、朝昼晩とフルに使わないと間に合わない段階に入っていた。

 
   




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