Chapter. 8

The Cherry Orchard
さくらの園 12





 
   

「さっきも言ったけど、真吾は俺の部屋に泊まっていいからね」
階段を上がりながら、後ろからついてくる真吾に話しかける。

個人的に晒し者気分だった宴会がお開きになったのは、午後九時を回った時間だった。
後かたづけを済ませた時点で疲れと睡魔がピークに近かったけど、お風呂には入らないと。
今は瑞穂が入ってるから、その間に真吾を部屋に案内して、着替えを準備しておこう。
ちなみに真吾は家でシャワー浴びてきてるそうだ。

「……でも、いいの?」
「もちろん。遠慮するなって。前も泊まってたろ?」
「そうなんだけど、今は以前泊まってた時と……その……違うからさ」

やけに歯切れが悪いなぁと思ってたら、そういうことか。
そんな気にしなくていいのに。というのは無理ってものなのかな。
確かに、俺も瑞穂の部屋で寝るのは、ちょっと抵抗があるもんなぁ。

「まぁ、そんなに気にするなって」
「……うん。努力するよ」

苦笑いの真吾を見て思う。
俺と真吾だぞ? 今さら気にする間柄でもないと思うけど、そうもいかないってことか。
そう言えば、ちょっと前に『女の子として見てる』とか言ってたっけ。

(なるほど、ね……)
と、なんとか納得しつつドアを開けたら、チェリルが飛びそうな勢いで駆け寄って出迎えてくれた。

「おぉっと。お待たせチェリル」
真吾が部屋に入ってくるのもお構いなしで、チェリルが足下にじゃれついてくる。
いつにない勢いの甘え方に自然と顔が緩む。

「おじゃまします」
「はい、どうぞー。チェリルもね」
持ってきたチェリルのご飯を床に置くと、離れてても聞こえるほど喉を鳴らしながら夢中で食べ始める。

よっぽどお腹が空いてたんだなぁと思いつつ、一心不乱に食べているチェリルの頭と背を撫でると、食べながらウニャウニャと返事になっていない声で鳴く

実は、後片付けしてる時に台所にあったチェリルのご飯が手つかずなのに気が付いた。
ジョンは大吾おじさんに連れられて羽鳥家に行ったあとだったので、下から呼んだんだけど、それでも用心深く部屋から出てこなかったからなぁ。
ジョンくらい大きな犬なら大人でも勝てなさそうだし。

「ここで寝るとチェリルが一緒だけど、いいよね?」
「それはもちろん。チェリルがよければそれで」
まだ、どこか遠慮がちな真吾の肩に手を置いて、ぐっと力を込めてベッドに座わるようにうながす。

「俺も一緒でいいかなって思ってたけど、瑞穂がうるさくてね」
真吾の隣に腰を下ろす。

俺と真吾が同じ部屋で寝ることに対し瑞穂の大反対を受けた。
高校生の男女がふたり同じ部屋で寝るって考えると、まぁ気持ちはわからなくもないんだけど、みんな気にしすぎだと思う。

でも、瑞穂とは逆に、御三家の母親たちは面白がって一緒の部屋を勧めていた。
その意見に従うのも癪なので、瑞穂の部屋にしたんだけど。
と言うか、俺と真吾がどうにかなるわけないだろうに。
さすがに一緒のベッドで寝るには窮屈すぎるから別々にするつもりだったけど、なにを気にしてるんだか。

「ベッド借りるけど、いい?」
「もちろん。何度も言うけど遠慮いらないって」
そんな態度に半ば呆れて笑ってしまう。
この気の使い方が真吾らしいのかなと考えつつ、一心に食事するチェリルを眺める。

「あまり変わってないね」
キョロキョロと部屋を見回す真吾。

「そうだね。ほとんどそのままだよ。違うのは制服とか衣類くらいかな」
ハンガーに掛けてある制服に目を向けて、真吾が不思議そうに指をさす。

「あの……男の制服もあるんだけど……」
「うん。明日使うんだよね」
応援合戦の時に着る予定だ。

「あぁ。これって、あの時着てたやつ?」
「そうそう。あの時、北倉先輩に借りたんだけど、小さくて入らないからって、結局貰ったんだよ」
バケツの水をかぶった上に、制服も水浸しにされた時に借りた学生服。
あれ以来袖を通してないけど、まさかこんなに早く役に立つとは思ってなかった。

腕を上げ、座ったまま背伸びをしながら仰向けになる。
身体のあちこちが鉛が詰まってるかのように重い。
このまま気を抜けば、すぐにでも眠れそうだ。
でも、お風呂……せめてシャワーくらい浴びないと。
制服から着替えるときに制汗スプレーで誤魔化してるけど、なんとなく気持ち悪いし。

「疲れ溜まってそうだね。明日、大丈夫なの?」
「ん〜、まぁね。なんとか乗り切れると思う。実際、明日はみんなに任せてるから体育祭そのものの運営は、ほとんどノータッチでいいから」
「そうか。実行委員で役割分担したからね」
「そそ。でも、それとは別にテレビの取材が来るから対応しないといけないし、他校の生徒会を招いたりもしてるんだよねぇ」
その応対と、選手として競技に参加すれば、結局は手一杯になるんだろうなーと思う。

「テレビって、さっき見てた局の?」
「そうらしいよ。校長が乗り気で『いつでも来てください』って話してて、あの取材のあとで体育祭にも来るって話があったみたい」
できれば無かったことにしておきたくて、記憶からも抹消しかけてた。

「あまり嬉しくなさそうだね」
真吾はそう言って笑いをこらえている。

「まぁね。生徒会としてはアピールできるんだけど、個人的にはすごく遠慮したい」
でも、恩返しの一環として、生徒会の活動を広く知ってもらうためには効果的なんだよね。
個人的に好ましくないってだけで。

「でも、生徒会のみんなはテレビ映りもいいし、取材に来る理由もわかるかな」
「他人事だと思って。こっちは露出が高まるリスクにヒヤヒヤしてるってのに」
「そうかなぁ」
脳天気な真吾の言葉にぐっと脱力感を覚える。
こっちは神経すり減らしてるのにさ。

「僕は大丈夫だと思うよ。さくらはテレビ映りいいから、普段より可愛く見えるし、あれで男だと思えって方が無理なんじゃないかと……って、さくら?」
真吾の話に身もだえしてると、心配そうな声をかけられた。

「可愛く見える。とか言うな!」
「あぁ。やっぱり今でも嫌なの? 可愛いって言われるの」
訳知り顔の真吾に頷き返す。

小さなころから、俺に対する大人たちの評価は「可愛い」という言葉が多かった。
もちろん、子どもは可愛いものだし、俺だけでなく、真吾やみんなも言われてたから最初は気にしてなかった。
褒められるのは嬉しくもあったし。

でも、周囲の男友達が俺を「可愛い」と冷やかしだしてから反発を覚える言葉へと変化した。
俺に対する可愛いという言葉が「男の子なのに女の子みたいに可愛い」というニュアンスを含んでいることに気がつくと、もはや「可愛い」は侮蔑の言葉でしかなかった。

今にして思えば、実際のところ男じゃなくて女だったんだし、言葉の選択も正しかったのかもしれない。
でも、あの時に刷り込まれた印象はそうそう拭えない。
それがあって、今でも「可愛い」とか女の子としての褒め言葉には複雑な気持ちになる。
とまぁ、そんな俺の感情は、幼なじみで親友の真吾もよく知るところだ。

「さすがに善意からの言葉には感謝で返すようにしてるけど、内心は抵抗があるね。まだ。かなり」
「そう? 全然感謝で返してるようには見えないんだけど?」
笑う真吾の背中に軽くパンチを入れながら起きあがる。

「真吾が相手だから外面作ってないだけだよ。って、そうだ。結納の話はちゃんと否定しておけよ。隙を見せたら実行しかねない雰囲気だぞ。あれは」
「そんな感じだね」
気楽そうに笑う。なぜにそんな余裕なんだコイツは。

「そんなだから危険だって言ってるのに……」
「う〜ん、大丈夫だと思うよ? 当人の意志を無視して話は進まないと思うし、万が一、親同士で話をまとめても僕たちが了承しなきゃいいんだからさ」
「むー。それはそうなんだけど」
むくれてると、子どもをあやすようにポンポンと頭を触られる。

「そんな感じで困ってるさくらを見るために言ってるんじゃないのかな? 母さんも冗談半分だと思うよ?」
「そうかなぁ。冗談半分にしては本気っぽく見えるんだけど」
「それは、残った半分が本気だろうからね。僕とさくらが乗り気なら実際に話が進むと思う」
「だったら、やっぱりヤバいじゃないか!」
「だから大丈夫だって。僕かさくらか、どちらかが断ってる限り事態は前に進まないさ」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
「そんなもの?」
「そんなものだって」
そのまま頭を撫でられる。
ちくしょー。なんか完全に子ども扱いだ。

「……それはともかく、困ってる姿を見るためって理由はなんなんだ」
「本当かどうかはわからないけどね。僕がそう感じたってだけで」
「なんで俺を困らせたいんだ……」
がっくりと項垂れる。

「前にも話したことがあるけど、さくらは年齢よりも落ち着いた雰囲気があるからかな。困ってると年相応に見えて安心するんじゃないかなって思ってる」
「だからってさ、そんな理由で困らせられる身としては迷惑すぎるんだけど」
あれかな、好きな子をいじめる心理。いやいや違うか。

「困らせるのが目的じゃなくて、そんなさくらの反応が楽しいんだと思うよ?」
「いや、それ結果的に全然違わないから。フォローになってないから」
目的がどうあれ、結局は俺が困ることに変わりはない。

「あはは。まぁその、体(てい)のいい話題が今は婚約の件なんじゃないかな」
「まぁ……善意から言ってくれてるのはわかるから、まだいいんだけどね。結婚の前に彼氏って存在にすら抵抗あるのになぁ」
「でも、花嫁修業とかやってたんだよね?」
「うん。でも、花嫁修業は女性スキルの修得が目的で、実際に花嫁になるのは別物かなー。そもそも結婚自体が今現在視野にないんだけどね。真吾はあるの?」
「確かに僕もまだピンとこないね。順番的に誰かと付き合いだしてから考えるものだろうし」
「そうそう。そこからして俺にはハードルが高いってのに、結納とか結婚とか、話が飛躍しすぎだって」
「だからさ、そんなに本気で相手しなくていいんじゃないかな。母さんや父さんの思惑はどうあれ、なるようにしかならないんだからさ」
「だな。にしてもさ、真吾は達観してるね?」
「毎日のように話題にされれば、さすがにね」
苦笑いする真吾。

そうか。発案は琴美さんなんだから、俺よりも真吾の方がたくさん話を振られてるのか。
だから、さっきも割と無関心な感じで聞き流してたのかな。

「それでさ、ちょっと訊きにくいことなんだけど。いいかな?」
真吾がおもむろに畏まった感じで聞いてくる。

「なに? 別に構わないから言ってみて」
ご飯を食べ終えたチェリルが膝に飛び乗ってくるのを受け止めて促す。

「噂とか嫌がらせとか……その後はどうなのかなって」
「ん? あぁ……」
心配そうな真吾を見て自然と顔がほころぶ。

「忙しくて気にする暇もなかったけど、当選してからはパッタリとなくなったかな」
「そうか。よかった」
ほぅっと安堵の息を漏らす真吾。

「表立ってないだけかもしれないけどね。そういや体育祭が終わったら噂を広めてた人に会うんだよね」
「なんか他人事みたいだね。でも、それって誰だったの?」
「誰かもまだ知らないんだ。まだ会ってないしね。だからかな、実感なくてさ」
「知らないの? 会うことになってるのに?」
訝しげな真吾の表情に苦笑いを返す。
そうだよな。当事者なのに知らないって、おかしいにも程がある。

「うん。コノエのおかげで決着はついてるから、今はわがまま言って後回しにしてるんだ。あと、体育祭に集中したいから、その人が誰なのかも教えないでくれって頼んでる」
「そう、なんだ……」
「それも明日まで。だから、近い内に会って話すんだけど……でも、真吾はダメだよ?」
「どうして?」
立ち会いたそうな雰囲気を読んで先手を打つ。
予想通りに聞き返してきた真吾と視線を合わせて、説明するためにゆっくりと息を吸った。

「それはね、ふたりきりで会って話をすること。そして、その人のことを公言しない。このふたつを条件に二度としないこと、プラス、噂の火消しをするって話になってるからね」
「そう……なら仕方ないか」
「そんなに会ってみたかった?」
肩を落とす真吾に問いかける。
会ってなにをしたいのかは、なんとなくわかるんだけど、真吾とだけは会わせるわけにはいかないからなぁ。

「うん。僕からも釘を刺しておいた方がいいかなって」
これまた予想と違わぬ答えを聞いて、不意に笑いがこみ上げてきた。
うん。まだ、お互いに考えが読めるというのは、気心知れてるって意味でなんとなく嬉しいな。

「……なに?」
なんとか笑いをかみ殺す俺を真吾が不満そうに睨んでくる。
その視線から逃げるため、肩で真吾に体当たりして誤魔化す。

「いや別に。真吾は気にしなくていいんだって。と言うか、真吾が話に加わると、まとまる話もまとまらなくなるから。知らない振りしててよ」
「……まぁ、さくらがそう言うなら」
不承不承の体で頷かれた。まだ納得してないのかな。

「相手は真吾のファンクラブらしいからね。その相手に真吾からやめてくれとか言っちゃうのは逆効果になりかねないってこと。俺と真吾が幼なじみなのは話すつもりだけど、だからって連れだって会うのは、また変に刺激を与えかねないからね」
「……わかった」
「真吾を頼りにしてないわけじゃないんだよ?」
「うん」
「偏見かもしれないけど、男から見ると女の世界は内にこもるから複雑怪奇なんだよね。小学生のころみたいにケンカして解決するわけにもいかないしさ。第一、誰が嫌がらせをしているかすらわからない状態だったからね」
「それは……大変そうだね」
今度は真吾が苦笑いする。

「そうそう。女になってさ、男だったころに抱いてた幻想は早々に打ち壊されたんだけど、だからと言って、朱に交われば赤くなるってほど馴染めなくて。今でも女の子より男と話す方が気楽でいいって思うし」
「そうなんだ」
「うん。だからかな、女の子の集団の中にいると、ちょっと浮いてるみたいに感じるね。気にしすぎかもしれないけど、自分だけが異端なんじゃないかって」
「それは、まぁ確かにね」
笑いながら真吾はあっさりと肯定する。

「うぅ」
自覚はあるけど、真吾にもそうだと言われると、ちょっと凹む。

「いやいや、違うって。そうじゃなくて、いい意味で違うってことだよ。例え集団の中にいても、みんな、目が素通りできないと思うんだ。見た目が派手ってわけでもないから、雰囲気……なのかな。とにかく、さくらの存在感はすごいと思う。一樹も目立つ方だったけど、今は輪をかけて上回ってると思う」
「……なんでだろ?」
未央先生にも『おまえは、なにもしなくても目立つんだから諦めろ』とか言われたけど。

「明確に、これって理由は僕にもわからないんだけどね。でも、生徒会長をやるには都合がいいと思うよ。実行委員の中でも、さくらの評価はかなり高いから、自分で思ってるより向いてるんじゃないかなって思うよ」
「そうかなぁ……まぁ、一応褒めてくれてるんだよね? でも、女になったって事実があるから、なるべく目立ちたくなかったんだけど」
「それも大丈夫だと思うんだけどね。例えば、僕が三年前までは女の子だった。なんて噂を耳にしたら信じる? もちろん、幼なじみじゃなかったと仮定して」
「それは信じないだろ普通」
まさしく『ありえない』、相手の頭の心配をするレベルの噂だ。

「今のをさくらに置き換えても、それに近い反応だと思うんだ。こう言うと、また嫌な気分にさせるかもしれないけど、さくらくらい可愛い娘を掴まえて『実は男だった』なんて言っても誰も信じないんじゃないかな」
「……うぅー。ごめん、褒めてくれているとは思うんだけど、素直に喜べない。と言うかモヤモヤする」

男だとバレたくない。
そう思いながらも、女の子扱いされると反発する感情が心の中を占めてしまう。
それが他ならぬ真吾の言葉だと、自分でも不可解な感情の濁流に押し流されそうになる
怒りでもない。
悲しいわけでもない。
ましてや、楽しいとか嬉しいとかのプラスの感情じゃない。
敢えて言うなら『納得できない』だろうか。
多分、相手が真吾じゃなければ、もう少しシンプルな反応になるんじゃないかと思うんだけど。

「ごめん。でも、やっぱり今のさくらは一樹には見えないから。自分基準で言うのもなんだけど、僕がそう思うってことは、みんながほぼそう思うんじゃないかな?」
「……ちょっと待ってて」
膝でくつろいでたチェリルをベッドに移して、ハンガーにかけてあった北倉先輩に貰った学生服に袖を通す。
髪を後頭部に集めてポニーテールのように片手で掴む。
そして学生カバンで胸を隠して目をつぶった。
眉間に力を込めて目を開けると、驚いた顔の真吾と目が合った。

「どうかな?」
「……一樹だ」
掴んでいた髪を放して何度か瞬きを繰り返す。
惚けたように見とれている真吾に照れ笑いを返して、体の芯に込めていた力を抜いた。

「ね。別に整形してないし、結局はそんなには変わってないんだよ。髪型と体つきから女に見えてるだけ。まぁ、自分で言うのもアレだけど、元が元だから男にしか見えない、なんてことは無いと思う。でも、髪型と服装次第では十分“一樹”だとわかるんじゃないかなって」

そもそも、第二次性徴期前の男女の差はそんなにない。
男の子の声も高いし身体付きも大差ない。
それが変化するのは大体十歳前後、小学校の高学年にあがる時に迎えるそうだ。
そして、どちらかというと女の子の方が早いと聞いた。

それを考えると、十三歳の誕生日を迎える数ヶ月前まで、声変わりもしなけりゃ第二次性徴すら見られなかった俺が『女の子みたいだ』とからかわれていたのも致し方ないのかもしれない。

「確かに、男に見えるかはともかく……びっくりした。確かに一樹だった」
「うん。だから、そんなに安心できないんだよね。女にしか見えないとかは別にして、一樹だと知られて芋づる式にバレるかもしれない」
「そう言えば、前に辞書を借りに来たときも、そう思ったんだった」

あぁ……あれは我ながら無用心だったなぁ。
いくらムカついていたからとは言え、もっと注意しないと。

「できれば、なるべく着たくないんだけどね」
「あまり、そう見えないのは気のせい?」
「……本心はセーラー服じゃなくて、こっちで学校に通いたい」
スカートは無防備感がハンパなさすぎる。

「でも、なんだろ? 今はさくらが男の制服を着てるだけに見えるんだよね。さっきは一樹だと思ったんだけど……」
「だから髪型じゃないかな?」
また後頭部で髪をまとめて見せる。

「うーん……?」
あとは表情か。目を瞑って力を入れてから開く。

「おぉ」
「ね?」
込めた気合を抜く。

「すごいね。ここまで印象が変わると、さくらと一樹がふたり居るみたいだ。それに、ちょっと自分の目に自信なくなったよ」
がっくりと肩を落とす真吾。
自信満々に太鼓判を押した直後、それを覆されたんだから仕方ないか。

「でも、今の普段通りなら真吾から見ても大丈夫ってことだろ? 楽観はできないまでも少し安心したよ」
「そ、そう?」
「ありがと。確かに、あんまり気にしすぎても逆効果だからね。気持ちは楽になったかな」
「うん。でも、不思議だな。髪型とかで、こうも印象が変わるのかって」
「だから伸ばしてるんだけどね。ショートカットはボーイッシュってイメージがあるし、逆にロングヘアは女の子らしいって思わない?」
「確かに……」
「あと、女の子らしい笑顔の練習もした……と言うか、させられたからね」
「へぇ。なるほど、ね」
と、今度は真吾が含み笑いする。

「む。なんだよ?」
「いや、いろいろ大変だったんだろうなぁって思ってさ。あの一樹が『女の子らしい笑顔』の練習とかしたんだって思ったらね。ってゴメン。気に障ったのなら謝るよ」
謝るとか言いつつ、身体を折って笑い出す真吾。

なんのツボに入ったのかはわからないけど、笑われるのは面白くないな。
でも、それほど嫌でもない。

「でも……」
真吾の手を引いてベッドから立たせて素早く背後に回る。
笑っている真吾の脇から上半身を通してっと。

「いつまで、笑ってる、つもり、なんっ、だ?」
「い、痛たたたた!」
弛緩してる隙にコブラツイストを極める。
普段なら真吾の方が膂力あるから簡単には極まらないだろう。
それなりに加減しつつ、でも抜けられない程度に力を入れて締め上げる。

「ちょっ! さ、さくら! ギ、ギブギブ!」
パンパンとタップする真吾を無視して、さらにわき腹をくすぐる。

「そんなに笑いたいなら手伝ってやろうじゃないか」
「あ、あははっ! ご、ごめん、悪かった、って!」
「反省したかなぁ?」
くすぐるのをやめて顔を覗き込む。

「したした。反省してます!」
「ホントかなぁ?」
完全に極まってるので力を抜いて様子を見る。

「悪かったって! だから……離してくれない?」
「どうしよっかなぁ?」
技を解いてもいいんだけど、なんとなく楽しい。
と、真吾の顔が赤くなってきた。

おかしいなぁ。
チカラ込めてないから脱出できないまでも、そう痛くはないはず。

「……お姉ちゃん。なにやってるの?」
「え?」
いつの間にかドアが開いてて、入り口に瑞穂が立っていた。
そういえば、技をかけてる時にノックみたいな音が聞こえた気もする。

そして、なぜか瑞穂からスゴイ殺気がほとばしってるんですが……。

「あ、え〜と、もうお風呂あがったのか」
真吾を解放して愛想笑いしながら頭を掻く。

「また真吾お兄ちゃんをいじめてたの?」
「いじめてないって。それに、またってなんだよ」
いじめっ子か、俺は。

「ほら! お姉ちゃん疲れてるんでしょ。早くお風呂入ってきて」
ぐいぐいと背中を押される。

「言われなくても入るって。それじゃ真吾、おやすみ」
「……お、おやすみなさい。真吾お兄ちゃん」
「おやすみ」
腰をさすりながら苦笑いで見送る真吾を残して部屋を出る。

「もう! お姉ちゃん!? 真吾お兄ちゃん困らせたらだめなんだからね!」
真吾派である瑞穂の剣幕を背中で聞きつつ、逃げるように階段を下りる。

「はいはい。分かってますって」
「絶対分かってない! いつまでも前と同じじゃないんだからね!」
「ほら、湯冷めするぞ? 先に寝てていいからな」
まだ、言い足りなさそうな瑞穂を二階に残して浴室へと向かう。

「……分かってるさ。でも、もう少し、前と同じでいたいって思っちゃだめなのかな?」
誰にも聞こえないように独り言をつぶやきながら、脱衣所に入って扉を閉める。
そして、洗面台の鏡に映る自分を見つめる。
そこには明らかに以前と変わってしまった自分の姿が映っていて、瑞穂の言葉の方が正しいと、無言で語りかけているようだった。

ほんと、周囲に理解があるのは助かるんだけどね。
その分だけ周囲と自分との認識の差が顕著になる。
今でもなにかの冗談じゃないかって気持ちが拭えないのに、現実なんだと逐一思い知らされる。

うあ〜とにかくっお風呂入って寝よ。
こんな状態で考えても暗い思考しかできそうにないや。

その後、考えないようにして湯船に浸かってたら寝落ちして溺れそうになった。はは。明日大丈夫なのかな俺……。

 
   




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