Chapter. 8

The Cherry Orchard
さくらの園 9





 
   

「さて。今日の仕事は大体終わったわけだけど〜」
にんまりと笑うコノエ。

「明日の打ち合わせですか?」
聖さんの言葉に、コノエはゆっくりと頭(かぶり)を振った。

「そ・ん・な・こ・と・よ・り〜。例の手紙、見てみようよ〜♪」
例の手紙……に思い当たることがあった俺と楓ちゃんは顔を見合わせる。

いかん……素で忘れてた。

「ね、ね? もう読んでみた?」
机に手を置いてグイッと身を乗り出したコノエ。
キョロキョロと俺と楓ちゃんに視線を送って、にんまりと微笑む。

「いや、鞄に入れっぱなしで、まだ見てなかった」
「私もまだ開けてない」
そう言って、ふたりで手紙を取り出す。

楓ちゃんも見てないんだ。
それもそうか。
今日は一緒にバタバタしてたんだから、そんな余裕がなかったことは明白だ。

ペーパーナイフを借りて封を切り、中の手紙を取り出す。
カミソリとか入ってないことだけは朝に確かめてたんだけど。

開いた手紙には『生徒会長様へ』と書き出してあった。

「新クラブ設立の申請と、図書委員から視聴覚室利用のお願い、か。私にと言うより生徒会宛だね」
ある意味予想通りでホッとする。

少し緊張していたのか、強ばっていた体の力が抜けた。
ほんの数週間前ならば間違いなく嫌がらせの手紙だったろうから。

「新クラブか〜。今の規定は変えないつもりだけど、まずは直接話を聞いてからだね。ミキちゃん、差出人はわかる?」
「二年の荒谷さんって人が代表みたい。ほかに三人が連名してる。えっと、映画研究会だって」
「映画……いいんじゃないですか? 認めても」
予想外に、まず聖さんが賛成した。

「マホちゃん映画好きだものね」
そう言うコノエに対し、遠慮がちに頷いた聖さんは頬を少し染めている。
意外と言うか、なんと言うか、クールに見えて照れ屋のようだ。

「受け取ったことだけ知らせて、詳しくは体育祭が終わってから話を聞くようにしようか」
今はちょっと忙しいからね。

「そうね。来週早々に場を設けましょう。ミキちゃん、手紙貸してくれる?」
コノエは手渡した手紙に目を通すと、自分のパソコン……ほぼコノエ専用になっている……に、なにやら入力しはじた。

「同じクラスの実行委員を通して、代表者に来週話を聞くって伝えておくね……っと、送〜信
カタカタとキーボードを叩くコノエ。

「もう返事送ったの?」
「うん。気になってるだろうし、早いほうがいいと思うからね」
微笑むコノエに頷き返す。

即断即決。
確かにメールを活用できると便利だな。

「それで、カエちゃんの手紙はなんだったの?」

そうだ。自分のは予想通りだったけど……。
楓ちゃんを見ると、困ったような笑顔で口を開いた。

「私のは……その……ラブレター、みたい……」
「ホントにっ!?」
黄色い声を上げたコノエが楓ちゃんの隣に駆け寄る。
元から楓ちゃんの隣に座っていた聖さんも気になるようで、興味津々な様子で覗き込んでいる。

いや、俺も気になる!

野次馬みたいで気が引けるけど、その気持ちを押し込めて楓ちゃんの後ろにまわる。

「すごーい。全部ラブレターだ〜」
全部? ってことは四通とも?

「楓、モテモテ……」
「モテモテだぁ〜」
「もぅ〜真秀ちゃん、櫻子ちゃん、つつかないでよぉ」
楓ちゃんの頬をコノエと聖さんがつついて囃し立てる。

うぅ、なんだろ、この気持ちは。
スキンシップの輪の中に入りたいんじゃない。
そしてラブレターが羨ましいんでもない。

なんだか心臓がバクバクして、沸き上がる気持ちの正体がわからなくて持て余してしまう。

「ねぇカエちゃん。見せてもらっていい?」
楓ちゃんの了承を得て、手紙に目を通すコノエ。

後ろに立つ俺の気配を感じたのか、振り返った楓ちゃんと視線が交わる。
困ったように笑う姿に、キュゥっと胸が締め付けられた。

「三年生三人に二年生ひとりかぁ。あ、この三年生はバスケ部の人じゃない?」
キャッキャとはしゃぐ三人。……楓ちゃんはひたすら照れてるから実際はふたりか。
さっきまでクールだと思ってた聖さんも、こうしてみると普通の女の子だ。

(バスケ部、かぁ……)
ふと、バスケ部にまったく縁がなかったことに思い当たる。
男子運動部はサッカー部と野球部しかろくに知らないし、それも真吾と東、陸奥くんに高橋くん以外の名前は覚えてない。

「楓、知ってる人いる?」
「う〜ん、ひょっとしたら見知ってるのかもしれないけど、みんな知らない名前……かな」
聖さんと楓ちゃんは、体育祭の準備を一緒にやってたせいか、随分仲良くなってる。
いつも敬語で話す娘なのかと思ったら、楓ちゃん相手だと随分と打ち解けて話している姿が新鮮だ。
でも、こっちの姿こそ普通なのかもしれない。

「ふぅん。最近は『付き合ってください』じゃなくて、『遊びにいきませんか』ってお誘いが主流になってるのかな? 三通はどれもそんな感じだね。残る一通はストレートに呼び出しなのね」
読み終えたコノエの感想とともに手紙が俺に回ってきた。
読んでみると、確かに『遊びに行こう』的な内容に電話番号とメアドが書かれている。

……気になるんで思わず読んでしまったけど、他人のラブレターを見ちゃっていいんだろうか。

「で、どうするの? カエちゃんは」
「う〜ん、どうしよう?」
口ごもる楓ちゃん。

「遊びに誘ってるからには全部奢ってくれるんだろうし、試しにお誘いを受けてみるのもいいんじゃないかな〜」
「でも、下手に遊びに行くと次から断りにくくなるかも」
手紙の誘いに対し、賛成っぽいコノエと条件否決っぽい聖さん。

「ミキちゃんは、どう思う?」
「……いや、こういうのって、他人がどうこう言えるものじゃないんじゃない?」
素直に思ったことを答えると、コノエは不服そうに口を尖らせた。

「あ〜、ミキちゃん冷た〜い」
「いや、冷たいって言われてもね」
俺が決めていいことじゃないしなぁ。

「会長なら、どうしますか?」
「……うん」
聖さんの問いに少しだけ考える。
コノエの質問と違い、俺が貰ってたらどうするか?ってことだよな。
それなら、もちろん答えは決まってる。

「とりあえず、みんな断る。かな」
「えぇ〜? お試ししてもいいんじゃない? どんな人かもわからないんだからさ」
ちょっぴり不満そうなコノエ。

「それもアリだと思うけどね。結果として断るつもりなら早いほうがいいし、どんな人かは断るときに少し話して見極めればいいし」
「私も会長の意見に賛成です。誰かひとりの誘いを受けると、他の人を断りにくくなると思うから全部断るのが一番かと」

そうそう。
大体、よく知らない人とふたりで遊びに行くってのは、女の子の立場だとハードル高いだろう。

俺を含め、みんな言うだけ言ったとばかりに楓ちゃんに注目する。
その視線がくすぐったく感じたのか、楓ちゃんは肩を縮こまらせた。

「あの……私も、断ろう、かな」
「えぇ〜!? どうして?」
不満たらたらの声をあげるコノエ。

「実は……私、もう……好きな人が……いる、から」
「……え?」
「えぇ〜〜!?」

嘘!? マジで!?

「本当に? 誰? うちの学校の人?」
「そこまで言ったからには、話すまで帰しませんよ」
ふたりが楓ちゃんの両腕をガッチリと捕まえる。

俺は俺で、なんだか夢うつつな感じで足下がおぼつかなくなった。
ふらふらしながら自分の席に戻って、どっかりと座り込む。

……なんで、こんなにショックを受けてんだ俺は?

「えっと……四つ上の従兄弟で……、まだはっきりと付き合ってるとかじゃないんだけど……住んでるところも遠いし……」
ふたりの圧力に耐えかねて、楓ちゃんはポツリポツリと喋り始めた。

兄のような存在だったこと。
小さいころからずっと好きだったこと。
高校入試の前に自分から告白したこと。
今はオーストラリアに留学してること。
秋に帰ってきた時、返事をもらうこと。

要約すると、そんな内容だった。

「生徒会緊急アンケートですっ! 今、特定の彼氏が居ない人は手を挙げてくださ〜い」
率先して手を挙げたコノエの発言に、俺と聖さんも遠慮がちに手を挙げる。

「カエちゃん、おめでとう〜。生徒会で一番進んでるのはカエちゃんに決定しました」
みんなして、なぜかノリで拍手をしてしまう。

「いや……まだ返事も貰ってないから……」
勝手に進む話に戸惑う楓ちゃんがポツリと呟いた。

「大丈夫。楓に告られて断る男はいない」
安心させるように肩に手を置いた聖さんが力強く保証する。
確かに、よほどの事情がなければ、断るなんて選択肢はないんじゃないだろうか。

「そうだね〜カエちゃん可愛いもんね〜」
「そ、そんなことないよ〜」
賞賛の雨にひたすら照れる楓ちゃん。

和気あいあい
とした様子を眺めながら、なんとなく、その輪の中に入れない自分に気づく。

そもそも恋愛がどうとかっていう話題は苦手だ。

他人の恋愛は相談でもされない限り、介入しない方がいいと思う。
結婚はともかく、ワイドショーで取り上げられる芸能人のデートや離婚も、放っておけばいいのにと思ってしまうことは少数派なんだろうか。

ふたりは楓ちゃんを肴にひとしきり騒ぐと、ひとり輪から外れている俺に視線を向けてきた。

「会長は本当に彼氏いないんですか?」
聖さんが真剣な顔で尋ねてきた。

……さっき一緒に手を挙げたんだけどな。

「うん。いないけど?」
「まぁまぁ。ミキちゃんには、ほら、赤坂先輩がいるからね〜」
コノエの言葉を聞いて、楓ちゃんと聖さんは『あぁ』と納得する。

いや、真吾がいるからとかじゃなく。

「違うって。真吾は幼なじみではあるけどね」
間違いを正したつもりだったが、三人の目は俺の言葉を信用してないことを物語っていた。

マズい。なぜか風向きがこっちに変わりつつある。

「うんうん。そういうことにしておこうね。あ、前にデートしたって言ってた人は? 確か咲矢崎さん……だっけ?」
変な理解力を示しながら、更なる火種を巻こうとするコノエ。

咲矢崎さんだっけとか、よく知らないふりしてるけど、そもそもトールのチームを潰したのはヴァルキュリアなんだから、コノエが知らないわけないだろうに。

「それって、ちょっと前に蔡紋くんが言ってた人のこと?」
……楓ちゃんの目も爛々と輝きだした。

「前にも言ったと思うけど、妹がお世話になったから断りきれずに遊びに行っただけ」
あれがデートなのは認めざる得ないけど、本意じゃなかったことは確かだ。

「さくらちゃん、その、サクヤザキさんって、どんな人なの?」
「私も、ちょっと興味があります」
ずいっと机越しに身を乗り出すふたり。
楓ちゃんのキラキラが聖さんにも伝染しつつある。

そして、コノエの目がキラキラしてるのはシナリオ通りに進んでいるからなんだろうか。

「ね、年上なの?」
「それとも年下ですか?」
楓ちゃんと聖さんが絶妙なコンビネーションを見せる。

「確か、以前ミキちゃんに告白した人なのよね〜」
さらに、火に油を注ぐコノエ。

「えぇ!?」
「やっぱり、会長はいろいろと経験豊富なんですね」
驚く楓ちゃんと、なぜか納得する聖さん。
対照的な反応だけど、向かっているベクトルは寸分違わないんだろう。

やっぱりとか経験豊富とか、そんな風に見られてたんだ……。

「いや違うから。……よし、わかった。気の済むまで説明する」
そう言って席を立つ。

さすがに俺も学習した。変に誤魔化したり、隠そうとすると逆効果になる。
とことん話して納得してもらうことでしか解決しないんだろう。



説明が終わったころには、すっかり陽も落ちていた。
その、個人的に無益だったと思う話は、機会があったらトールや楓ちゃんの従兄弟を紹介するってことで決着した。
というか、決着させた。
無理矢理まとめなかったら、きっとまだ続いていただろう。

今日の仕事は終わっているので、みんなで帰る準備を始める。
特別教室棟は遅くとも午後八時には施錠されることになっているから、ちょうどいいタイミングかな。



楓ちゃんにジャージの袖を掴まれたのは、ティーカップを洗っている時だった。

「あのね。さくらちゃんにお願いがあるんだけど……」
そう切り出したものの、袖を引いたまま俯いてしまう楓ちゃん。

「なに? いいよ、なんでも言って」
様子からして言いにくいことなんだろうか。
できるだけ優しく話しかけると、顔を上げた楓ちゃんと視線が交わった。

「……手紙のね、返事をする時にね、一緒に……居て欲しいの」
なにを照れてるのか、頬を染めて恥ずかしそうに話す。

「なんだ。いいよ全然。と言うことは、直接返事するの?」
問いかけるとコクリと頷く。

「うん。それがいいと私も思うよ。ミキちゃんが一緒なら安心だしね」
突如会話に加わってくるコノエ。

「聞いてたのか」
振り返ると聖さんとふたりして、すぐ後ろに立っていた。
それぞれ帰る準備が終わって待っているみたいだ。
狭い室内だし聞こえてても仕方ないか。

「下手にメールで返事するとメアドバレするし、きっぱり断るなら直接がいいと思うよ。でも、その時、強引に言い寄られたりするかもしれないから、ミキちゃんに間に立ってもらえればカエちゃんも安心だろうし大丈夫かな〜って。それに万が一の事態にも対応できると思うし」
「うん。それくらいは問題ないと思う」
なるほどね。それなら一緒に居た方が俺自身も安心する。
どうなっているかヤキモキする方が心臓に悪そうだ。

「メアドが問題なら生徒会からメールを送ったらどうです?」
「マホちゃんったらグッドアイデア。と、言いたいところだけど、生徒会で返事すると楓ちゃんの心証が悪くなっちゃう可能性があるから避けた方が無難かな。ラブレターの内容を私たちが知ってることについて、いい気はしないでしょうし」

ん? それがわかっていながら、当然のように目を通していたよな。
……女の子的には『友達宛のラブレターを読まない』という選択肢はないのかな。

「なるほど。理解できました。それなら、フリーの捨てアドを使うのはどうです?」
「それも痛し痒しかなぁ。相手からの連絡手段を作ることは避けるべきだと思うの。返信があるかもしれないし、捨てアドだって思われるのもマイナス要因になっちゃうから」

さすがはコノエ。対応策は万全だな。

「わかった。私が相手と楓ちゃんの間に立てばいいんだね?」
「うん。言うなれば、ミキちゃんがメアドになる感じかな。生徒会長だから下手なことはできないでしょうし、その場で揉めたとしても、ミキちゃんならなんとでもできるでしょ?」
申しわけなさそうな顔で、ぎゅぅっとジャージの袖を握りしめる楓ちゃん。

「大丈夫だよ。このくらいどんどん頼ってくれていいから。それに、個人的に気になるから、ひとりで行くって言っても、こっそり付いて行ったと思うし」
「……ありがとう、さくらちゃんっ!」
感極まった様子で抱きつこうとする楓ちゃんの肩を掴んで押しとどめる。

セーフ! そう何度も同じ轍を踏むものか!

「うぅ〜」
そう思っていると、楓ちゃんが不満そうに唸っている。

なぜに!?

「ミキちゃんて、スキンシップに弱いよね〜」
俺たちのやりとりを楽しそうに眺めているコノエ。

「そんなんじゃないんだけど……」
「そ〜ぉ?」
微笑むコノエがチラリと目配せする。

「……失礼します」
いつの間にか背後に回り込んでいた聖さんが背中に抱きついてきた。

「え? さっきまでコノエの隣に……」
いたはずなのに。

「マホちゃんも役員として仲良くしていくために、生徒会長とスキンシップしなくちゃいけないと思うのよ〜」
「いや、仲良くなるのと抱きつくのと、どう……だから楓ちゃんってば!」
気がそれた間隙を縫って楓ちゃんも抱きついてくる。

またサンドイッチかっ!

「んー。香水とまではいきませんが……嫌いじゃないです」
「だから嗅がないでってばぁぁぁ!」
汗臭いって言ってるのに、どうしてわざわざ確かめるのさ!?

「それに、これは……」
「って、胸揉むなっ!」
ヘンな感覚に胸元を見下ろすと、抱きつく楓ちゃんの頭の左右で聖さんの細くて白い指がゆっくりとうごめいている。

「いえ、これは副会長から『後学のために確認しておくように』との強い要望で」
「なんの後学なのっ!?」
緩慢な刺激だったが、状況が状況だけに胸の奥がキュゥっと苦しくなる。

「もう、やめてってばっ!」
ふたりを無理矢理振りほどいてしゃがみ込んだ。
なんだか力が抜けて立ってられなくなりそうだ。

くそっ。相手が男なら力ずくでもやめさせるのに。

「もう〜ミキちゃんってば、そんなに照れなくていいのに〜」
「コノエ! わかってて言ってるだろ!?」
さっきもそうだけど、コノエは『俺が男だった』ことを知っていながら抱きついたりしてくる。
もうちょっと考えてくれてもいいんじゃないのか?

「照れるミキちゃんも可愛くて好きよ? でも、今後、人前でほかの娘からハグされることもあると思うのね」
「そんなことは……」
困ったことに、まったくないとも言い切れなかった。

「だからね。照れるのはいいとして、もう少しスマートな対応ができるようになってね」
自らが聖さんをけしかけておきながら悪びれもせず、あまつさえウインクしてみせるコノエ。
睨みつけてみたけど、まったく意に介した様子はない。

「……スマートって」
「言葉を変えれば『みんなが憧れる生徒会長』らしい対応ね。そぉねぇ〜、ハグされたら逆にギュッと抱き返して頭を撫でてあげるくらいは、やって欲しいかな」
「…………」
黙る俺に微笑みかけながら、コノエは自分もしゃがんで視線の高さを合わせる。
そして、子どもを諭すように肩に手を置いて、しみじみと語りかけてきた。

「いい? ミキちゃん。私たちは四人で生徒会なのだけれど、対外的にはミキちゃんこそが生徒会なの。言うなれば象徴ってことね。ミキちゃんへの評価が、そのまま生徒会の評価に繋がるし、逆に生徒会の評価もミキちゃんのものになる。……私から見て、ミキちゃんは今でも十分にその任をこなせてると思ってる。今みたいに抱きつかれて照れちゃう姿も個人的に可愛くて好きなのだけど、公的には賛否が分かれると思うの。それでね、ミキちゃんにとっては大変なのだけど、できうる限り『理想の姿』を体現して欲しい。そのために少しずつでいいから抱きつかれることにも慣れていって欲しいの」

なるほど、ね。でも……

「そこまで説明されると、わからなくはない意見だと思いそうになるけど、詭弁にしか聞こえない」
「やっぱり?」
あっさりと、でも悪びれずに笑うコノエ。

「でも、女の子同士が仲良くなるためにスキンシップが必要なのは本当なのよ?」
「……そこは否定しないけど、公の場で抱きつかれたりしない方向でなんとかならないかな」
「それは、相手次第でもあるから難しいね。ミキちゃんは黙ってれば近寄りがたくあるんだけど、一歩踏み込んじゃえば『甘えさせてくれそう』な雰囲気があるからね〜」
「……そうなの?」
見守っている楓ちゃんと聖さんに問うと、ふたりは遠慮がちに、でもしっかりと頷いた。

そうなのか……。
あれかな。瑞穂の世話とかしてたからなのかな。

「……わかった、努力する」
仕方ない。例え詭弁だとしても、言ってる内容そのものは正しいと思う。

はぁ……男だったら、そうそう抱きつかれることはないだろうし、男同士のスキンシップで叩き合う程度だろう。
男と女は同じようでいて、行動原理は確実に違いがある。
……例外もいるけどね。

「うん。それでこそミキちゃんよね〜。さ、もう遅いし帰りましょ」
コノエは先に立ち上がって手を差し出した。
その手を握って引き起こしてもらう。

「さくらちゃん。洗いものも終わったよ」
濡れた手を拭きながら楓ちゃんが微笑む。
ティーカップは、話してる間に楓ちゃんと聖さんが後かたづけしてくれたみたいだ。

「ありがとう。うん、帰ろうか」

電気を消して生徒会室を施錠する。

午後八時前にもなると、さすがに特別教室棟の廊下には誰も残っていない。
窓越しに見える本棟の教室も真っ暗だ。明かりが見えるのは、職員室の他はふたつみっつくらい。
学校自体の施錠も間近なので、残っている生徒もほとんどいないだろう。

それにしても。

最後の最後で、ただでさえ疲れていたところに上乗せして疲労した。
でも、聖さんと少し仲良くなれた気がする。
それは、あの無益なやり取りも結果的には良かったと言えるんじゃないかと、そう思うことにした。

 
   




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