Chapter. 8

The Cherry Orchard
さくらの園 6





 
   

そんなわけで朝から生徒会室に集まって、残った仕事のスケジュールをみんなで立てた。
それから午前の授業を受け、お昼にまた集まって配布するプログラム内容の最終チェック。
午後からの授業と掃除を終え、バタバタしてるうちに、あっという間に放課後がやってきた。

ジャージに着替えて
体育倉庫前で待っていると、あらかじめ連絡を回していた実行委員の男子と運動部員のみんなが集まってくる。
その様子を見ながら、コノエの手腕について考えていた。

そもそも最初から日程が押していて、はたして四人で体育祭の準備が出来るものなのか不安なスタートだった。
でも、コノエ曰く『まずは適材適所でやってみよう』との提案のもと、俺が男子実行委員と大道具小道具の準備を、コノエは全体の管理と先生や出店屋台などの交渉を、楓ちゃんと聖さんは女子実行委員とプログラムの作成や会場設営計画、各クラスへの説明資料の作成と配布、という感じで分担した。

それが上手くいった。
各々が責任者として動けたのでロスも少なく作業が捗った。

しかし、自分の分担しか見えないため、全体的にどうなのか見えないため、どうしても不安があった。
それが、今朝、残っている準備事項をピックアップして、生徒会と実行委員で分担したところ、残り二日で終わりそうなメドが立った。
昨日準備を早めに切り上げた時は、本当に間に合うのかと心配だったんだけど、人員の割り振りと効率的な進行によって、無理じゃないのかと思っていた作業がきちんとスケジュールに組み込まれた。
しかも、俺がクラスの練習に参加する時間まで割り振ってもらっている。
コノエが『予定通り進んでいるから大丈夫よ〜』と言ってた通り、心配は杞憂に終わった。

さすがはコノエ。
自分ひとりが初めての生徒会仕事でテンパってただけで、結果的に心配する必要はなかった。

「会長。みんな揃ったぜ」
「ありがとうございます。では、始めましょう」
ラグビー部の平島先輩の言葉に頷き返して、集まった実行委員を見渡す。
みんなの意識がこちらに向いているようだ。
これなら、すぐ説明に入ってもいいだろう。

「みなさん。忙しい中集まっていただき、ありがとうございます。いよいよ明後日が本番となりましたが、みなさんの協力のおかげで準備は無事間に合いそうです」
感謝の言葉とともに頭を下げる。

「いやいや」
「これくらい、いいって」
「遠慮無く使ってくれていいから」
そんな声が返ってくる。

……やばい。
緩みそうになる涙腺を気合いで堪えて、
もう一度頭を下げる。

「それで今日は、大道具小道具、備品の最終チェックをしてから、すべて校舎裏手へと移動します」

最初のころこそ、実行委員の集まりもだらだらと纏まりがなかったが、今ではみんなが協力的になってくれていた。
こちらもようやく顔と名前が一致してきたし、一体感というか連帯感が生まれていると思う。

みんなの顔を見て、話が伝わっているのを確認して頷く。
なんだか、嬉しくて自然と笑顔になる。うん。がんばらないと。

「移動した後は、グラウンド側から競技の順番に並べます。その時、運び出しやすいように少し間隔を空けておいてください。明後日まで雨は降らないようなので、当日までそこで保管します。最後にブルーシートをかぶせて、風で飛ばないように石などで端を押さえてください」
「よぉし! 一度、手前のものから順番に外に運び出すぞ。バケツリレーでやるから並べ! 全部出してから自分に割り当てられた分をチェックしろ。足りなかったり、まだ補修が必要な奴は早めに言えよ」
引き継ぐように平島先輩が取り仕切ってくれる。

しかも、あくまでもこちらを立てつつ、意図を正確に汲んで率先して行動してくれるので、すこぶる効率がいい。
その辺は、さすが上下関係が厳しい運動部と思わせる統率力で、みんなをグイグイと引っ張っていく。

あとは任せても大丈夫そうだな。今のうちに次の準備をしておこうか。
と考えていると颯の姿が目に入った。

「颯。ちょっと来て」
「なに?」
颯が道具を運び出す列から抜け出してくる。

「道具の一覧を渡しておくから、チェックの状況を記録しといてくれない?」
「わかった」
受け取って一覧に目を通す颯。

生徒会長になるまで、颯とはなんとなく疎遠になっていた。
それを気にしているのか、颯の態度がなんとなくぎこちなく感じる。
避けられてるわけじゃないんだけど、どこか素っ気ない。なにより噛みついてこない。
普通はそれが当たり前なのだが、今までが今までなので、なにか物足りなく感じてしまう。

疎遠になっていた理由は、楓ちゃんから、例の噂で俺が男と話すだけで周囲が過敏に反応するので、落ち着くまで話しかけない方がいいと忠告されたからだったとか。
それは楓ちゃんに聞いていたし、まぁこっちはこっちで自分のことで精一杯すぎて余裕がなかったから、別に気にしなくていいと言ったんだけど……。

「平島先輩」
「なんだ?」
指示が一段落ついたのを見計らって声をかける。

「リストを高木瀬くんに預けますので、道具のチェックをお願いできますか?」
「おぅ任せとけ。オラそこっ! 運ぶときに壊すんじゃねぇぞ!」
話を聞きながらも周囲へ視線を配っている。

「私はブルーシートを取ってきます」
「わかった。なら問題ないのから校舎裏へ運んでてもいいな……人手はいるか?」
「大丈夫だと思います」
「結構重いぞ? 荷物持ちに何人か連れて行け」
「ありがとうございます。ならひとり借りますね。蔡紋!」
「あいよー」
声を頼りに姿を探すと、障害物競走の急傾斜台を運んでいた。

「それが終わったら、ちょっと手伝って」
「了〜解っ」
荷物の死角になったために声だけが返ってくる。

「校舎裏に運び終わったあとは、なにをすればいい?」
粗方運び出したのか、手のほこりを叩いて落としながら空手部の麻木先輩が聞いてくる。

「ブルーシートをかぶせて、今日はそれで終わりです。残るは明日のテント設営だけですが、これは体育の授業があるクラスで行いますから、なにもなければ、これで前準備は終わりです」
「なら、あとは当日だな」
「ですね。本当に助かりました」
お世辞じゃなく、マジで助かっているので感謝の念から頭を下げる。

「いいって。そいつはみんなに言ってやれ」
「はい」
その返事を聞いて麻木先輩の顔も綻ぶ。

「んで。次はなにを運ぶんだ?」
運び終えた蔡紋がやってきた。

「ブルーシートをね。職員室にあるから一緒に取りに行こう」
「オーケー」
「では、あとを頼みます」
「おぅ」
ふたりの先輩に会釈して職員室へ向かう。

さて、これが終わったら教室に急いで戻らないと。
応援合戦の練習も、あと二日しかないからな。





「しっかし、すごいな。ウチの生徒会長は」
平島に空手部主将の麻木が話しかける。
お互いクラスが一緒になったことはないが、部の代表という立場のため接する機会が多く、互いに相談を持ちかけあう間柄だった。

生徒会主導で準備を行ってるとはいえ、実質的にはこのふたりが男の実行委員を取りまとめている。
普段からそういう立場でもあったし、そうした方が早く終わるから自然とそのポジションに収まっていた。

「すごいって、なにが?」
無愛想な声で返事する平島。
強面で鳴らすラグビー部主将の態度に萎縮するでもなく、麻木は腕を組んで隣に立つ。

「まず、指示が的確なことだな。やることが明確でわかりやすいから皆の作業に無駄が少ない。だから早い」
ひとさし指を立てた麻木は、すぐに二本目の中指を立てる。

「次に、会長自らが陣頭指揮に立つところ。こういう力仕事は指示して任せりゃいいのに、女の子だからとか言いわけせずに俺らと一緒にやろうとする。さすがにそれじゃ全体は見れないだろうってんで、今は遠慮してもらってるがな」
「そう言えば、そうだったな」
当初は、会長自らが率先して大道具を運んだり修理をやっていた。
平島たちは、足手まといだからやめておけばと思ったものの、ノコギリや釘打ちなどをソツなくこなす手際に驚いたものだった。
『こういうの嫌いじゃないから』と会長は笑っていたが、その姿を見て、自分たちもできることをやろうと思ったのだ。

「それに、おまえや俺相手でも物怖じしないこと。それでいて上級生に対する礼は、きちんと尽くしている。かと言って、媚びを売ったり、気取ったりするところはない。まぁ有り体に言えば自然体ってやつだな」
「……」
平島は黙って頷いた。

会長は、容姿や言葉遣いは丁寧で女らしいのだが、どうも性格の方は良く言えば中性的、悪く言えば男っぽくさえ感じる。
しかし、それはマイナスではなく、どちらかというと好ましいものだった。
変に気を遣う必要がないし、そもそも本人が男顔負けに“使える”のだ。
クラスでは、その能力から『女にしておくのは勿体ない』とか、容姿を指して『男にするのも勿体ない』と言われた。なんて話も伝わっていた。

「おまけに、美人でスタイルが良くて、さらに頭の出来や運動神経も良いときた。俺は観れなかったんだが、聞いた限りでは昨日のテレビでも、べた褒めだったそうじゃないか。眉目秀麗、文武両道。これでリーダーシップもあるとくれば、実際に見ていないと信じられんスペックだ」
「やけに褒めるじゃないか」
「事実しか言ってないつもりだけどな」
呆れる平島に、麻木は悪びれずに屈託無く笑う。
残った小道具をふたりで運び出しながら、なおも麻木の話は続く。

「なんと言っても一番すごいのは、おまえが率先して協力していることだな」
「……どういう意味だ?」
「おまえを、自主的にそうさせている、生徒会長が、すごい。って意味だよ」
麻木はそう言ってからかうように笑う。

「言ってろ……」
「まぁまぁ。そんな恐い顔するなよ」
「……別に怒っちゃいない。この顔は生まれつきだ」
ムスッとしながら道具をチェックする。

「おまえだけじゃない。なにを隠そう俺もその中のひとりだし、例の噂もあって、初めは色眼鏡で見ていた他の連中も、今ではすっかりあの生徒会長を信頼して、こうして真面目に手伝ってる。恐らくは、さっき挙げたような理由でな。それに今、会長が連れて行った蔡紋って奴は、入学早々暴力沙汰で停学喰らった問題児だって言うじゃないか。そいつも、ああして素直に従っている。文句も言わずにな」
「で、それがどうかしたのか?」
「なに、単なる感想だよ。しかし、実際に見ていると、トーコに聞いた話以上だったな。あれじゃ時間が経てば経つほど倍率が高くなっていくぞ? 昨日のテレビを見た奴も多いだろうし」
「だから、いったいなにが言いたいんだ」
お喋りな友人に辟易していることを隠さない口調で問う平島。

「いやいや。あんな娘もいるんだな〜ってね」
「おまえの言うことは半分くらい意味不明だ」
「よく言われる。どうしてかな?」
麻木は真顔で頷き、それを見た平島は肩を落として落胆した。

「どうしてじゃないだろ。少しは努力して矯正しろ」
「いやいや、よくそう言われるんだが理由がわからなくてな」
「だから始末に終えないんだよ、おまえは……。よぉし! 問題がなかったものから移動しろ!」
平島は時間の無駄とばかりに話を打ち切って立ち上がると、周囲に声をかけながら立ち去っていく。

「それに加えてライバルの筆頭がサッカー部の赤坂じゃ、誰だろうと分が悪いんだろうが……」
平島の後ろ姿を見送りながら肩を竦めて苦笑いする。
そして麻木も自分の分担している班へと戻っていった。





「見たぜ? 昨日の。なかなか良かったじゃねぇか」
ふたりになってから、蔡紋が面白そうに話を切りだしてきた。
もう『またか』と思うのも面倒臭くなってきた。
何というか、今日はずっと寄ると触るとその話題で持ちきりだ。
教室の中では明美が率先してはしゃいでいたし、ちひろさんや香澄会長もしっかりチェックしていたらしく、次はいつ取材に来るのかと楽しみにしていたし。

「そう? ありがと」
「んだよ? ノリ悪いなぁ」
俺の反応が不満らしく、蔡紋が口を尖らせる。

「もう朝からそればっかりでね。正直、お腹いっぱいで」
今日何度目になるのかわからない、こんなやりとりにもいい加減飽きてくる。

「普通、テレビに出た!って、喜ぶもんじゃねぇのか?」
「出たくて出たんじゃないからね。特別嬉しくはないんだ」
「そんなもんか? 別に悪い内容じゃなかったし、自慢できるじゃねぇか」

あぁ、こいつは目立ちたい側の人間なんだな……。
俺は目立たず平穏に過ごしたいってのに、どうして望むようにいかないんだろう。

「そういや、トールさんもいい顔してなかったな」
「いい顔って、なにが?」
「あんたがテレビに出ることについてだよ。一昨日電話で教えたら見るには見るけどっつってたけど、面白くなさそうな感じだったな」
「へぇ……って、なに言いふらしてるんだよっ!」
「痛て!?」
肩で体当たりすると、蔡紋は驚いた顔で見返している。

「なんでって、トールさんが喜ぶかと思って……」
「どうしてトールが喜ぶのさ?」
「ほら自分の彼女が……好きな女がテレビに出るなら見たいだろうって思ってよ」
俺の殺気に気づいたのか、蔡紋は彼女という言葉を言い直した。

玄関で靴を履き替えて、ブルーシートが保管されている職員室隣の準備室へ向かう。

「まったく。余計なことしなくていいのに」
「そう言うなって。……なぁ、なんでトールさん振ったんだ?」
素朴な疑問という感じで聞いてくる。

「なに? 説明しないといけないの?」
「い、いや、そういうんじゃねぇんだけどよ。一体、トールさんのなにが不満なのかって疑問がだな」
言葉のイントネーションに剣呑な雰囲気を感じたのか、蔡紋が慌てて理由を説明する。

「あぁ、トールが大好きな蔡紋としては気になるのか」
「そ、そんなんじゃねぇって」
慌てる蔡紋が可笑しくて、ムッとした気持ちが和らぐ。

「はいはい。それにしてもトールのこと、えらくまた惚れ込んでるね」
「おぅ。トールさんは俺の理想だからな。俺もあの人みたいになりたいって、いつも思ってるんだ」
なぜか得意になって自慢するように胸を張る。

しかし、蔡紋も素直になったもんだなぁ。
クラスじゃ相変わらず恐れられてるみたいだけど、コノエ情報では周囲に対しても幾分丸くなってきてるらしい。

職員室に居合わせた赤井先生にブルーシートを取りに来たと声をかけると、準備室にあると鍵を借してくれた。
鍵を開けて
準備室に入ると、授業に使う小道具やコピー機などが所狭しと詰め込まれていた。
探してくれてたのか、比較的手前にブルーシートが入った段ボールが積まれている。
三箱あったので、軽い方の二箱を蔡紋に任せ、一番重いのを引き受ける。
蔡紋を連れてきて良かった。
確かにこれはひとりじゃ二往復しないと無理だったな。

準備室を施錠して鍵を赤井先生に返し、蔡紋を待たせていた廊下に戻って荷物を抱える。
放課後とあって廊下に生徒の姿はほとんど見えず、近くに誰もいないことを確認してさっきの会話を続ける。

「トールが理想、か。気が合うね。私も……男だったらトールみたいになりたいと思ってるよ」
豪放磊落、泰然自若。
トールは、昔目指していた理想像と言ってもいいくらいだ。

「なんだ。なら付き合えばいいじゃねぇか? そう言うんなら嫌いってわけじゃないんだろ?」
「んー。トールに不満はないよ? 問題は私の方だからね」
「なんか理由があんのか。っと、それはさすがに言いたくないか」
珍しく気を利かせる蔡紋。少しずつだけど遠慮できるようになってきた。

「そうそう。よしよし、蔡紋もちゃんと空気が読める子じゃないか」
「バカにすんじゃねぇよ。それくらいは俺だってなぁ?」
「あはは。ごめんごめん」
また玄関で靴を履き替える。
ブルーシートといえ、量があれば結構重いもんだな。
箱を持ち直して蔡紋と合流する。

「校舎裏へ運ぶんだよな?」
「そうだよ」
しばらく無言で歩いていると、蔡紋がチラチラとこちらを伺っている雰囲気が伝わってくる。

「……って、さっきの話が気になってるって顔だね?」
「う。ま、まぁな」
視線が気になって、こちらから話を振ってみると図星だったようだ。

「理由は言えないけど……私が誰かと付き合う、なんてことは当分ないと思う」
「ん? ひょっとして……好きな奴でもいんのか?」
「そんな理由なら、まだ良かったんだけどね」
「…………」
怪訝な顔の蔡紋に苦笑いを返す。

「私のその『事情』について蔡紋が知る時がきたら、どうしてなのか、わかると思うよ」
「なら、いつか教えてくれんのか?」
真面目顔の蔡紋に笑いかける。

「……絶対言わない」
「んだよ、そりゃぁ?」
期待を裏切られたとばかりに口を尖らせて拗ねる蔡紋

「そもそも、女の子には秘密がいっぱいあるらしいぞ?」
「なんで疑問系なんだよ」
「さぁね。ほら、これを置いたら倉庫に戻るよ」
はぐらかされて不満そうな蔡紋を急かす。

自分から言うつもりはない。

でも……いつか蔡紋も『それ』を知る日が来るかも知れない。
その時、どんな反応をするんだろう?

(なんとなく、見てみたくはあるよな……)
その瞬間が恐いはずなんだけど、不思議とそう思う自分も確かに存在していた。

 
   




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