Chapter. 5
Shadow of malice

シャドウ・オブ・マリス 2





 
   

どよぉぉぉぉんとした効果音を背負った茜とともに教室に入った。
なにをすることもなく、退屈しのぎに教科書をパラパラとめくる。
茜は机に突っ伏して『小言が……お小遣いが……』とブツブツつぶやいていた。

「おはよう。さくらちゃん」
楓ちゃんの声に教科書から顔を上げる。

「あ。お、おはよう楓ちゃん」
楓ちゃんは可憐な微笑みを浮かべていた。
自分の席に鞄をかけると、振り返ってもう一度にっこりと楽しそうに笑う。

「どうしたの?」
「内緒だよ〜」
人差し指を立てて口の前にあてながら無邪気そうに笑う楓ちゃん。
その、作ったものじゃない表情に好意に近いものが感じられた。
無防備に寄せられる笑顔についつい見とれてしまう。

「……ぁぅ」
不意に照れくさくなって、紅潮する頬を隠すように上半身を伏せた。

「あれ? さくらちゃん具合悪いの?」
その様子を気にかけた楓ちゃんが、心配そうに覗きこんでくる。

「い、いや、なんでもないよ」
慌てて起きあがると、額に楓ちゃんのひんやりとした手の平があてられる。

う、うわぁ……。

「熱は……ないみたいね」
自分の額にも手をあて、上目遣いのままつぶやく。
それで安心したのか、また無垢な笑顔に戻る。

待て。落ち着け。
平常心で心頭滅却すれば火もまた涼しからずや……って否定してどうする俺!

「ね。茜ちゃんどうしたの?」
…………。

「さくらちゃん?」
「え? あ、うん」
「大丈夫?」
あ〜いかんいかん。なにボーっとしてんだよ。

「ホント、なんでもないよ。茜も大丈夫……だと思う。それより楓ちゃん、テストの結果見た?」
「もう掲示されてるの?」
「うん。ほら、下駄箱横の掲示板。人だかりできてたでしょ。あれがそう」
「そうだったんだ〜。今朝はあんまり人が多かったから、回り道して来ちゃった」
「そんなに多かったの?さっきまでは、まだそこまではなかったんだけどね」
「う〜。それなら私も見てくれば良かったかなぁ。そうだ!さくらちゃん一緒に見に行かない?」
「いいよ」
「本当? じゃ約束ね」
すごく嬉しそうな楓ちゃんの笑顔に、またしても目を奪われてしまう。
……女の子って、やっぱり色々とすごいです。

そしてホームルーム。

「席替えかぁ〜」
と、つぶやいた独り言に、

「もうちょっと、このままでもよかったのにね〜」
そう茜が答える。

一限目が担任の赤井先生の授業ってこともあって、今朝のホームルームに急遽席替えをすることになった。
今日はテストが帰ってくるらしく多少時間が押しても問題ないらしい。

ざわめく教室の中、あらかじめ準備されていた数字が書かれた紙をひとりひとり引いていくことになり、スムーズに席替えの抽選が進行する。
茜が黒板に書かれた席順表を眺めながら『ほぅ』と溜め息をついた。

「せっかく四人近くなのにね〜」
「そうだね」
黒板の席順表を見て頷く。

「ボクたち、また近くの席になれるといいのにねー」
「そうは上手くいかないと思うけど?」
茜の言葉に答えるように、後ろから否定的な声が聞こえてきた。
この声は桔梗さんだ。

「ふふん? そんなこと言ってると、桔梗だけ離れた席になったりするよぉ〜?」
茜がニヤニヤしながら返事する。

「う、確かに私は……くじ運悪いけど。でも、茜こそ最前列の席を引く、いつものパターンにならないように気をつけた方がいいんじゃない?」
「ぐはっ……。こ、高校生となった今。これまでのボクとはひと味違うのだよ! 桔梗クン!」
「具体的にはどの辺が違うのかしら?」
意気込む茜に対し、あくまでもクールに対応する桔梗さん。

「…………制服?」
「そっそれはみんな変わってんの! そんなんで運気変わるんなら誰も苦労しないって!」
漫才のようなやり取りに思わず笑ってしまう。
ふと、同じように笑ってる楓ちゃんと視線が合った。

「でも、本当に近くだといいね」
少しだけ小声で話す楓ちゃん。

「う、うん」
う〜ん。どうも楓ちゃん相手だと妙に返事に詰まるんだよな。
変に思われないうちに改善しないと。

「で。こうなったワケですにゃ」
廊下側から二列目、前から二番目の席で勝ち誇ったような茜が不敵に微笑む。
その左隣、教卓前の列が俺。で、その後ろが楓ちゃんだったりする。
なんか都合がいいなとも思うけど、これはこれで嬉しいからいいか。

……そうして、ずっと騙していくんだね。

(え?)
突然聞こえる声。
でも、それは耳からではなく頭の中で響いていた。

……友達の振りして、ずっと欺いて。

(違う!!)
否定しても、容赦なく自分の中の自分が責め立てる。落ち着いた声で軽く嘲笑いながら。

……でも、親しくなればなるほど怪しまれるよね。
……それも仕方がないか、だって元々は男の子だったんだから。
……ニセモノの女の子なんだって、いつかは気づかれちゃうよね。

…………。
これは自分の中でずっと抱えていた想い。
だから否定なんて出来るはずがない。

……親しければ親しいほど、バレちゃった時の反動はきっと大きいよね。
……好意の分だけ、嫌悪も大きく大〜きくなってさ。

…………っ!
それでも、その言葉に大きく動揺してしまう。

そして
ソノコトバは、
閉じこめたモノを
引きずり出してくる。
マタ。
アノトキノヨウニ。

「……っ」
「あれ? どしたのさくら?」
「……え?」
目の前に心配そうな茜の顔。

「さくらちゃん、顔色悪いよ」
視線を移すと、楓ちゃんも心配そうに見つめていた。

「あ、ううん。大丈夫」
嘔吐感と冷や汗を無理矢理飲み込む。
なんとか作れた笑顔で笑ってみせると、ふたりは少し安心したようだった。

「やっぱり。桔梗はさ、くじ運悪いんだよねぇ〜」
茜が振り向く先、窓際の後ろから二番目にポツンと座ってる桔梗さんがいる。
茜と視線があった桔梗さんは席を立ってこちらへ近づいてきた。
みんなの視線が外れたことを確認して、気づかれないように深呼吸する。

「ふふふ。己のくじ運の無さを呪うがいい」
芝居がかった調子で茜が口元に手をあてて笑う。

「謀ったわね! 茜!」
桔梗さんが、ふるふると怒りで震えている。

「君の、その成績が悪いのだよ」
びしっと指を刺し、ポーズを決める。

「そ、そんなの関係ないでしょっ」
「あはは。桔梗こそ、ボクがナニをハカったってのさ」
「は、話を合わせただけよっ」
俺と楓ちゃんの視線に気づくと、桔梗さんは少し頬を赤くして机を叩いた。

「ハイハイ。ありがとね〜」
茜の機嫌はすこぶる良さそうだ。

「……席自体は悪くはないのよ」
抑えた口調で桔梗さんがつぶやく。

「ただ。周りと黒板までの距離がね」
振り向く先には窓際の後ろにある桔梗さんの席がある。
しかし、そこは見事に学生服の黒で染まっていた。
完全にくじ運に頼った席替えで男ばかり固まってしまった結果だ。
その分、ここら辺りは自然と女の子が密集してるんだけど。

「先生に言って、前の席の人と代わって貰えばどうかな?」
楓ちゃんの提案に桔梗さんがピクンと反応する。

「そ、そうよね。でも……一番前も嫌だし、誰に代わって貰えばいいのか」
「お、あ……私が代わろっか?」
ふと口に上る言葉。

「え? ……いいの?」
驚きの表情を見せる桔梗さん。

「ちょっとさくら。こんなののために無理しなくてもいいんだよ?」
「茜。こんなのとはどういう意味なのかな?」
茜の言葉に桔梗さんの表情が不機嫌そうに曇る。

「ここなら前の席より黒板に近いし大丈夫でしょ?」
「うん……それは大丈夫だけど」
「なら、そうしよ」
「でも、あの席は……」
男子生徒密集地帯になってる席を見る。

「いいって、そんなの。じゃぁ先生に言って代わろうか?」
「さくら〜」
心配そうな茜の声に、心配ないと笑ってみせる。

個人的には。
その環境の方が都合がいい。
茜たちと近くなのは嬉しいけど。
あまり近くに居ちゃいけないから。
親しければ親しいほど、
俺の過去を知った時に
大きなショックを受けるだろう。
あまりに親しくなると、
俺自身もなにかボロを出すかもしれない。
少し距離を置く感じがちょうどいいだろう。
疎遠すぎず、親しすぎず。
三年間乗り切れば……。
乗り切れれば、いいだけなんだから。
それに、女の子よりは男相手の方が気が楽だし。
授業中でも外の景色が見れるし。
それに日当たりもいいし……。
…………。

「あれ? 波綺さんが来るの? ココ」
隣席の男子生徒に声をかけられる。
でも、悪いけど名前覚えてない。
そもそもクラスメイトの顔もよく知らないな俺って……。

「うん。桔梗さ……西森さんが、ここからじゃ黒板がよく見えないみたいだから」
「へぇ。じゃぁ、よろしくね」
「うん。こちらこそ」
「嘘!? 波綺さん来るの? ラッキー」
「よぉっし」
後ろの席でなぜか妙に気合いが入った握手を交わす男子生徒たち。
な、なに? 俺になにを期待してるんだろうか。

それにしても、みんな俺の名前知ってるのに、こっちは全然わからない。
す、少しずつ覚えていこう。うん。

こうして一学期の席順が決まった。

 
   






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