Chapter. 5
Shadow of malice

シャドウ・オブ・マリス 4




 
   

「そ〜そ〜。さくら。テル番教えてちょ」
「携帯の?」
「そ。メアドも教えてよ。登録するからさ」
茜がピンクの携帯を取り出す。

「楓のは〜さっき教えて貰ったからさ。あとはさくらの入れておこうかって」
「ごめん。持ってない」
「え?」
茜と同じように自分の携帯を取り出している楓ちゃんと桔梗さんも、少し驚いた表情を浮かべている。

「あ。変、かな?」
「ううん。別に変ってことはないけど」
楓ちゃんがフォローするように笑顔を見せる。

「さくらって携帯持ってそうなんだけどなぁ〜」
「だから。そうやって勝手な思いこみで話すのはやめなさいって、いつも言ってるのに」
桔梗さんがあきれ顔でたしなめる。

「あはは。でも、珍しいね。どうして持ってないの?」
「それもそうね。茜ですら持ってるのに」
「ボクを引き合いに出すことはないだろっ!」
「う〜ん。そんなに必要かな?」
いつの間にか『携帯を持ってそうな人』にされてしまった俺は、茜たちに問い返す。

「あれば便利だよ〜。いつでも連絡取れるし」
軽く振った茜の携帯のストラップがカチャカチャと音を立てる。

「持ってない理由としては、維持費かかるから……かな? みんなは使用料とかどうしてるの?」
「ボクは兄貴が買ってくれたんだ。お小遣い代わりだって言ってた」
嬉しそうな茜。

「私も似たような感じで両親から買ってもらったけど。万一の時にも連絡が取れるようにって」
シルバーメタリックの携帯を机に置いて桔梗さんはご飯を口に運ぶ。

「私は颯くんと連絡が取れるようにって、ふたりで一緒に買って、お金は貯金から負担してるよ」
「わ。楓偉い!」
茜に頭を撫でられ、楓ちゃんが照れくさそうに目を細める。

「とゆ〜わけで。さくらも買ってもらお〜よ。大事な娘の頼みなんだから携帯のひとつやふたつ買ってくれると思うんだけどな」

確かに買ってもらえると思う。
そう言う話は、前に何度かあって現に瑞穂は持ってる。
ただ。俺の場合は……。

「ん〜やめとく。まだ借金が残ってるから」
「え? 借金って」
驚く桔梗さん。

「あ。いや、両親にね、色々出費させちゃったから、これ以上負担かけたくないんだ。出来れば少しでも返したいからバイトとかやってたんだけど、なかなかまとまった額にはならなくて。そう言うわけで、負担に上乗せするようなことはしたくなくってね。それに……」
ふと気づくと、三人の視線が妙に集中していた。

な、なに? なにか変なこと言ったかな?

「あの、えと?」
「あ、ごめんね。ちょっとね〜。今朝から思ってたんだけどさ。さくらって意外と言葉遣いが男の子っぽいよね」
茜の言葉に、楓ちゃんと桔梗さんも頷く。
うぁ。そう言えば、言葉遣いが素に近くなってた気がする。

「え〜。あっと。変……かな?」
「ううん。変ってわけじゃないよ」
楓ちゃんが笑顔で手を振って否定する。

「ほら、話し方がさ、最初の印象が割と『お嬢』っぽかったからさ。ちょっちギャップが気になってたりしてたワケだったりするのだ」
妙な言葉で理由を説明する茜。
お、落ち着いて。……よし。

「ご、ごめんね。本当は……さらに、もうちょっと男っぽい口調……だったり」
恐る恐る本当のことを言う。
保健の神野未央先生にも言われてたことだし、良い機会と言えば良い機会。

「ホントに?」
桔梗さんがちょっとだけ驚いている。

「そう言えば、颯くんもそんなこと言ってた……」
思い出したように楓ちゃんがつぶやく。
颯くんには完全に素で喋ってたからなぁ。

「うん。それで、もうちょっと『女の子の言葉遣い』が出来るようになりなさいって言われてから練習中だったり……します」
負い目からか、なぜか敬語になる。

「なるほどね〜。でも、ボクは無理して変えることもないと思うけど」
「そうね。茜みたく日本語が壊れてるわけじゃなさそうだし、それでも良いんじゃない?」
「シツレーな! ボクのどこが壊れてるって? このパーペキな美の化身のような茜様をもっと敬えコラ!」
「あ〜ら、ごめんなさ〜い。壊れてるのは頭の中身の方だったっけ?」
「いつか泣かす……って、なんの話だったっけ?」
「さくらちゃんが携帯を持たないって話」
ニコニコとして答える楓ちゃん。
ホント笑顔が絶えない娘だよな。

「そだったそだった。さくらって結構、律儀だね〜。ボクたち未成年なんだから、親のすねをかじるのはしょ〜がないと思うんだけど」
話題は再び携帯に。

「でも、私はさくらちゃんの考え方、偉いと思うよ」
「そう?」
楓ちゃんから誉められると、すごくこそばゆい。

「でさ、色々出費って、どんな出費なの?」
茜の言葉に少しだけ考えてから答える。

「学費とか、手術代とか……」
転校先は私立だったので授業料とか公立の比じゃなかったし、そもそもの原因である仮性半陰陽の入院費や手術代、通院費用にカウンセリング診療所代。加えて下宿の家賃エトセトラエトセトラ。
なんにせよこの『体』には金がかかりすぎている。
もちろん父さんや母さんは『そんなことは気にしなくていい』と言ってくれるんだけど、それでは俺の気が済まない。

「手術って?」
悪気からではない茜の問いに、

「茜! 立ち入りすぎ」
ピシャリと桔梗さんがたしなめる。

「え〜? なにが?」
「ごめんね、茜って遠慮とか気にしないクチだから」
しかも代わりに謝ってくれた。
答えにくそうにしてたのがわかったんだろうか?
すごい気の遣いようだな〜と感心してしまう。
正直助かったからなおさらに。

「うん。ありがと。で、話の続きだけど、携帯ってなにか紐に繋がれてるって言うか、ひとりになれないみたいな感じてダメなんだ」
「え〜? それって逆じゃない?どこにいても誰かと繋がれるって安心しない?」
「そうかな?」
「そうだよ〜。ね〜楓」
「え? う〜ん。いざって時とかにあると便利だよ」
「でしょ? 例えば遭難した時とかにもさ、あったら助かるかも」
「う〜ん、それもそうか」
だんだんと説得される。

「ま。検討しておいてよ」
「う〜ん。そうだね」
茜の笑顔に後押しされるように考える。
確かに、薙からも『そんくらい持ってるのがフツーだっ!!』って言われたことあるし。
う〜ん。

その後。
自然、話題は試験の結果へとなっていた。
二限目前の中休みに、桔梗さんと楓ちゃんと俺の三人で、もう一度試験結果を見に行った時の話題の続きだった。
ちなみに茜は「ゼッタイヤダ」と言って、ついてこなかったんだけど。

「桔梗ちゃん、成績すごいんだね。もう少しで学年主席だもの」
楓ちゃんが、桔梗さんの成績を自分のことのように喜ぶ。
他人のことを素直に喜べるなんて、やっぱりいい娘だよな楓ちゃんって。

「べ、別に……。あ、ありがと」
桔梗さんは、そんな楓ちゃんの言葉に戸惑ったような表情を浮かべて、ちょっぴり赤面する。

へぇ。
桔梗さんの第一印象は、つっけんどんなところがあって取っつきにくい人って感じだった。
でも、さっきの気遣い方や、今の照れてるところを見て、その認識を新たにする。

「でも、最後の問題が解けなくて。あれが解ければ四百五十に届いたかもしれないのに」
桔梗さんが残念そうに溜め息をつく。

「うん。最後の問題は全教科難しかったよね」
眉をハの字にして苦笑いする楓ちゃん。

「あれが原因で今回の上位は、みんな点を伸ばせなくて団子状態だったから」
「やめれ〜。もうそんなことは忘れよ〜よぉ〜」
廊下で待っていた茜が、ふたりの会話をゾンビさながらの緩慢さで打ち切ろうとする。

「あら? どうしてかしら茜?」
桔梗さんは、茜の心理を完全にわかっていながら素知らぬ振りで問いかける。

「う〜あぅ〜」
言葉になってない声で抗議する茜。
そんなふたりのやり取りを見て声を殺して笑っていると、茜のジトリとした視線がこっちに向けられた。

「な、なに?」
「そ〜いや、さくら。さっきのテストなにかあったの? センセからこづかれてたみたいだけど」
茜の口調は普通だったが、その目は『仲間?ねぇ仲間なの?』って感じでキラキラと輝いていた。
その件については、桔梗さんや楓ちゃんも気になっていたらしく、俺の返事に注目している。

「あ、あぁ。まぁ。その……ちょっと……」
「こら! さくら! ハクジョーしろぉ!!」
曖昧な言葉で濁していると、さっきまでゾンビ状態だった思えない素早さで茜が俺の頭を引き寄せる。
そのまま抱え込むようにヘッドロックをかけてきた。

「あ! や、やめ……」
「吐け! 吐くんだ〜」
茜はヘッドロックの腕をやんわりと締めて捻りを加えながら上下に揺さぶってくる。

「あ、う? わわっ」
強く締められてるわけじゃないんだけど、頬に押しつけられてる柔らかな感触に気が動転する。
だんだん悪乗りしてきたのか、締める力が強くなってくる。
おまけに捻るわ締めるわ揺さぶるわと、思考と感覚が揉みくちゃのわやくちゃでしどろもどろに混沌がないまぜに支離滅裂で。

「わ、わかった。言うから離してっ」
内心大混乱の中、なんとか自力で抜け出した。

「わかればよろし〜。あれ? そんなにキツかった? 顔赤いよ」
顔を真っ赤に染めた俺を見て、茜がちょっとだけ心配そうにする。

「し、死ぬかと思った……」
赤面の理由をごまかすように、オーバーなリアクションでゼイゼイと呼吸を荒くする。

「いや、そんな強くしてないって」
茜が非難の視線を向ける桔梗さんに、あたふたしながら言いわけする。

「ホントだってば〜。ちょっとだけしか本気で締めてないもん」
「ちょっとだけ。じゃないでしょっ」
「痛っ! ごめ、ボクが悪かった。反省してますっ」
桔梗さんが振り下ろす教科書の背を必死でガードする茜。
はぁ、そろそろ助け船出さないと。

「ふぅ、もう大丈夫だから」
笑顔を作って、茜と桔梗さんの攻防を取りなす。
面白いから見てても良かったんだけど、俺がごまかすために言った言葉が発端だし。
七割は自業自得だと思うけど。

「さっきのテストはね。点が悪かったんだ」
まだドキドキする心臓を押さえながら説明する。

「ホント!?」
同士を見つけた茜の目が輝く。

「悪かったって、さくらちゃん。確か学年で九十番くらいじゃなかった?」
「そうね。さくらさんの総合点は三百三十点くらいだったし、平均七十弱でしょ? 悪くはないはずだけど」
楓ちゃんと桔梗さんが聞き返してくる。
みんなよく覚えてるなぁ。

「む。それもそだわね。さ〜く〜ら〜? ほんとーのこと、言いなさ〜い?」
目つきがドロリとしたゾンビモードの茜が迫る。
ひぇぇ〜。なんか、演技が堂に入ってるんですけど。

「う、嘘じゃないってば」
「じゃぁ証拠見せてよ」
「しょ、証拠って?」
「その悪かった答案を見せろぉ〜!!」
今度は直接、ぐいぐいと首を絞めてくる茜。

「わっ、く、苦し、あか……ね」
「こ、こら! 茜! やりすぎよ!」
「さくらちゃん、だ、大丈夫?」
ふたりがかりで茜を引き剥がしてもらって絞首刑から解放される。
今のは本当にちょい苦しかった。

「出せぇ〜答案出せぇぇ〜」
桔梗さんに取り押さえられたままのゾンビ茜がド低音の声を絞り出す。
おぉ。やるなぁ茜。

「……わかったよ」
茜の渾身の演技に根負けして、机から答案を取ってきて渡してあげた。

「はい」
「どれどれ? 最初っから素直に出してくれりゃぁいいのよん……」
答案に目を向けた茜が不自然に固まった。
その様子が気になった桔梗さんも、答案を覗きこんでそのまま茜と同じように固まる。

「ふたりともどうしたの?」
楓ちゃんの声に、茜は固まったまま答案を差し出す。

「あ。さくらちゃん。ちょっと見せてもらうね」
と、楓ちゃんが視線を答案に向けた瞬間、

「れ、れ〜点? ボ、ボクより下……」
茜が固まったままの表情で、なんとか言葉を絞り出し、桔梗さんはまだ口が聞けずにパクパクと開閉するのみだ。

「こ、これって! さくらちゃん!?」
楓ちゃんも、びっくりした表情で詰め寄る。

「ね? 悪いだろ?」
取り乱す三人をよそに、ひとり昼食を続ける。
なにしろ、さっき十分にショックを受けたし。

「でも、総合点は三百三十点……って。ひょっとしてこれ込みで、あの点数なの!?」
桔梗さんが驚きの声を上げる。

「四教科で三百三十? そ、それって平均……何点?」
茜が、はりあげた声を小さくしながら桔梗さんに問いかける。
さっきから騒がしい俺たちに、クラスの視線がなにごとかと注目をしている。
もう少し静かにして欲しいなぁ。と心の中で呟いてみたけど、その思いは当然伝わらなかった。

「もう。それくらい暗算しなさいって。平均八十ちょいってとこね。それより、もう一度貸してみて」
桔梗さんは答案を手にすると、その内容に目を走らせる。
ひととおり目を通すと、その答案を机の上に置いて疲れたように椅子に浅く座った。

「ん? 桔梗どうしたん?」
「その数学。きっと名前が未記入だったから、その点数なわけなのよ。でも、私が今ざっと見たところ九十近くは取れてると思う。最後の問題も正解してるし」
「とすると三百三十点に九十点足すと……」
そのまま五秒ほど考えこむ茜。

「四百二十点。それくらいパッと暗算しなさい茜」
「その点数なら桔梗ちゃんのすぐ下だから、学年四位くらい……だよね」
楓ちゃんが驚きの表情を浮かべる。

「や、やるわねさくら。さすがわコのワタくしガ、らいバルとミトめたダヶのコトアルネ」
「ちょ、ちょっと茜。なに暴走してるのよ」
「あ〜ん。茜、壊れちゃったぁ」
笑いつつも困ったような楓ちゃん。

その後、仲間だと思ってたらしい茜に『さてはさくら。入学式休んで、家でガリ勉してただろぉ!』と多少ひがみを含んだ攻撃を受けた。
その暴走はエスカレートしていき、ついには桔梗さんと楓ちゃんが、ふたりがかりでとめてくれてる間に教室から退散した。

 
   






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