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Chapter. 5
Shadow of malice

シャドウ・オブ・マリス 13




 
   

「あらぁ、いいもの見ぃ〜ちゃった」
背後に聞き覚えのある声。
……この声は……まさか……。

「ハ〜イさくら。奇遇ね〜こんなところで逢うなんて」
振り向くと、にへぇ〜っと嫌な笑みを浮かべたメグこと、羽鳥恵が立っていた。

「……」
ニヤニヤと笑っているメグを見て内心溜め息をつく。
コイツ、これがなきゃ良い娘なんだけどなぁ。

「って、まぁ、お隣さんなんだから、こんなことも珍しくはないか。うんうん」
とかなんとか言いつつ近づいてくる。
夕焼けを背にしたそのシルエットに、なぜかしら不吉なものを感じた。

思えば、家が隣同士で家族ぐるみの付き合いがあったこともあって、物心ついた時にはメグと一緒に遊んでいた。
その頃のメグは今よりずっと素直で(当時から今のようだったらそれは恐すぎるが)、彼女なりに俺に優しくしてくれていたと思う。
しかも驚くべきことに、その頃の俺は不覚にもメグが好きだったらしい。
そう言う記憶は欠片もないんだけど以前母さんがそんなことを言っていた。
アルバムの古い写真を見ると、メグとふたりで、または瑞穂を入れて三人で写っているものが多い。
中にはペアルック(かなり不本意ながら俺がスカート姿だ)で笑っているのもあったし。
それが今やこの状態だ。
くそっ。いつからこんなに頭が上がらなくなったかなぁ。

「メグも今帰りか?」
「そうよ」
自然と並んで家路へと歩き出す。

「どうしたんだ? もう下校時間からかなり経ってるだろ?」
「まね。あ、部活で遅くなったのよ。コレでも一応部長だからね」
「へぇ。何部?」
「英会……って、そんなことより! ナニ? さくらはデートだったの?」
にへぇ〜っとした笑み。
その質問には、とりあえずとぼけておこう。
そもそもデートじゃないし。

「は? デート? う〜ん、あれもデートに入るのかなぁ?」
下校途中にラーメン食べただけなんだけど。

「ちょっと可愛い感じの男の子だったねぇ。なに? カレシ?」
ニヤニヤ笑顔で、くふふっと忍び笑う。
からかう時のいつもの表情だ。
普段は割とキリッとしてるんだけど、噂話や色恋ネタには、なにか企んでそうな笑みを浮かべる。

「あのなぁ。違うって。ほら、この前カラオケ一緒だった高木瀬楓ちゃん。あの娘の弟。双子なんだってさ」
「へぇ。あぁ、なるほど。確かに面影あるかもね」
「だろ? 二卵性にしては割と似てるよな」
「そうね。でも、ま、一卵性じゃないと言っても、双子は双子なんだし。それよりさ、あの子ってなんかさ、昔の一樹っぽくない?」
「……そうか?」
楓ちゃんに似てる颯が、俺に似てるわけないだろ。

「あ、容姿がってことじゃなくてさ。その、なんて言うか雰囲気がさ」
「そうかぁ?」
「あはは。自分じゃ気がつかないものなのかもね。昔の一樹もさ、あんな感じだったよ」
少しだけ上を向いて、懐かしそうにしているメグ。

そっか。似てるのか。
だからなのかもしれない。
さっきあんなことを思ったのは。

「そ・れ・よ・り」
「な、なに?」
一転してメグの声が低音で響く。その声を聞いて反射的に身を引いた。

「私に、なにか言うこと、あるんじゃない?」
ジト目のまま鬼気としたオーラを纏うメグ。

「あ、なに……かな?」
あははと乾いた笑いが自然と出てくる。
に、逃げ出したい。

「……」
「……〜〜……」
「…………」
「…………〜〜っ……」
夕日も沈みかけ、その薄暗さの分だけ重力を増したかのような、ねっとりと重い空気が辺りを包む。
な、なにか言うことって、アレ……かな?
この前のメグと瑞穂に謝ってきた誠南の娘たちの……。

「はぁ。まぁ……いいわ」
呆れたように、溜め息をつくメグ。

た、助かった?
根ほり葉ほり聞かれると色々とマズイんだよな。
どれもこれも話せない内容だし話さないと怒っちゃうだろうし。
最悪、察しのいいメグは、なにかを感づくかもしれない。
迂闊なことは言えないな。絶対。

「あのね」
「はいっ。な、なんでしょう?」
「なに敬語使ってんのよ……。あのね。浹さん」
「(ぎくっ)トールがどうかした?」
「日曜日、さくらと別れてから、もう一度会ったんだけど」
「(ぎくぎくっ)そ、それで?」
「浹さんが来るちょっと前に、例のヤツラがまた来たのよ。その辺は瑞穂ちゃんに聞いてるでしょ?」
「(ぎくぎくくっ)うん。謝ってきたんだって?」
や、やっぱりそれか。

内心の動揺……ってなんで動揺してるんだ俺。
ま、まぁその動揺を隠して、とにかく冷静に対応する。

「そうなのよ」
と短く言って、俺の目を覗きこむ。

「和解したんだろ? よかったじゃないか」
無意識に視線が泳ごうとするのをとめるために、ゆっくりと瞬きをする。
そして、メグの視線をまっすぐ見つめ返した。
メグは面食らったような表情で、自分の方から視線を外した。

「ま、まぁね〜。なんかすごく怯えててね。確かにムカついてはいたんだけど、これじゃ、まるで私の方が苛めてるみたいだったし」
「それで良かったんだと思うよ。とにかく解決して良かったじゃない」
「ん。それはね。確かにもう済んだことだし。ただ、あの怯え方は普通じゃなかった。それが気になって」
「へぇ」
……ちょっとやりすぎたか。
ヴァルキュリアの名前も使っちゃったし。
でも、実際やったのはトールで、俺は手出ししてないんだからいいかな。

「………」
ふと我に返ると、ジーっとメグが見つめてた。

「な、なに?」
「なにか私に言うことはない?」
「う〜ん。そうだな〜。あいつらが謝りにきたのは、きっとトールのおかげだから今度会ったら礼でも言っておいてよ。トールそう言うの嫌いだけど、筋は通しておくものだろうし」
「ふぅ」
再び呆れ顔で溜め息をつく。

「わかった。今度会った時にね。でもさ、私より、さくらの方が会う可能性が高いから、あんたからもお礼言っといてよ」
「会う機会があったらな」
そんな機会は皆無だけどね。と心の中で付け加える。
しかし、そんな考えはお見通しとばかりに、メグがニヤリと例の笑みを浮かべた。

「あらぁ? 近々あると思うよ?」
「そりゃぁ絶対無いとは言い切れないけどさ。特に誠南に行く用事も無いし。それに、こっちの連絡先も知らないだろうし」
聞かれたけど教えなかったからね。
これで、トールと俺の接点は、ほぼ無いと言ってもいい。
下宿先の住所や電話番号も教えてないし。
トールのことは嫌いじゃないけど、女として好かれるのはちょっとな〜。
変にまとわりつかれるのも困る。
嫌いじゃないだけに断りづらいし。

「ふっふっふ〜。浹さん知ってるわよ? あんたん家の電話番号。私が教えておいたから今日にでもかかってくるんじゃない? それとも、もう電話あった?」
「いや、無い……けど……って、待てマテ」
「あんた、住所はおろか連絡先も教えていなかったんだって? この前の話じゃ学校も知らなかったみたいだし、大した秘密主義よねぇ」
勝ち誇ったかのようなメグの笑みに精神的に追いつめられそうになる。

「い、いや、マテ。メグ? ど、どうしてトールにそんなん教えるんだっ!」
「あらぁ? 教えるなって言われてなかったし〜」
こちらの剣幕を無視して平静に答える。

「それに、仕方がなかったのよ」
「なにがどう仕方がないんだよ!」
「だって、浹さんには助けて貰ったし、あいつらが謝ってきたのも彼のおかげなんだから、言わば『恩義』ってものがあるのよ。で、さくらの連絡先を教えて欲しいって言われたから」
「教えたのか!?」
「恩人の頼みなのよ? それに知らない仲じゃないみたいだったし、仕方なくなのよ仕方なく」
と、言いつつもメグはすごく楽しそうだ。

「でも、でもでも。どうして勝手に教えるんだよ!」
「だから。教えるなって言われてないし〜」
「それは……そう、だけど」
「まぁ、あんたが話してくれないからねぇ。私としては気の使いようもないわけ。わかる?」
「……ま、まぁ」
くっ。言えないこともあるんだよっ!

「そういうわけよ」
角を曲がると、いつの間にか俺とメグの家が見えるところまで来ていた。
メグが自分家の玄関の前で振り返る。

「ま。あんたの気持ちもわからなくはないんだけど。浹さんには色々お世話になったんだから、デートくらいしてあげなさいよ。別に即付き合え〜とか、恋愛関係に〜ってことじゃないんだし。今日のあの子みたいに、ちょっと食事したり遊びに行くだけでも。ね」
「それならメグがデートすればいいじゃないか」
「それが浹さんの望みなら、別に一回くらい構わないんだけどね。でも、浹さんはあんたをご所望なわけよ。あんまり肩肘張らずにオーケーしなさいよね」
しなさいよねって言われてもなぁ。
颯の件は、賭の約束を果たしただけで別にデートとかゆ〜んじゃないんだけど。

「私にとっても、瑞穂ちゃんにとっても恩人なんだから、あんまりツレなくしたり、イジめたりしちゃダメよ。わかった?」
そっか、瑞穂の恩人でもあるんだよな。
確かにトールがいなかったらあぶなかったし。
仕方ないか。

「わ、わかった。善処します」
「あ。段取り決まったら教えてね」
「ど〜して!?」
なぜに報告までせにゃならん?

「お礼になにか渡そうかと思って。当日までに用意するから、早めに教えてよね。バイバイ」
反射的に手を振る。メグがドアを閉めてから、ようやく我に返った。

「どうしてデートの誘いがすでに決定事項なんだ?」
トールから実際に誘われてもいないのに。

どうもハメられたような気がする。
そんな暗雲渦巻く疑惑が拭えないまま自分家の玄関のドアを開けた。

「ただいま〜」
「あ。お姉ちゃん帰ってきました。はい。代わりますからちょっと待ってくださいね。お姉ちゃ〜ん。浹さんから電話だよ〜」
…………。
やけに間がいいな? おい。
喜色満面と表現すべき笑顔の瑞穂を見て、際限ない脱力感に包まれるのだった。



「わかった。約束。……うん、電話する。大丈夫。約束は守るから。それじゃ」
受話器を戻すと同時に、階段から瑞穂が顔を出した。

「ね? ね? お姉ちゃん。デートするの?」
これでもかってくらいの笑顔を見せる瑞穂を見て大きく嘆息する。
『おジャマだろ〜から、瑞穂は上に行ってるね』とか言って、階段の陰で聴いてるの気配でバレバレだし。
大体だな。電話が終わった直後に顔出したら隠れてた意味無いだろ。
瑞穂を見上げてはみたが、ニコニコ笑顔を見ると、なにも言う気が起きなかった。
一瞬絡んだ視線を外してそのままキッチンに入る。

冷蔵庫から麦茶を取り出しコップになみなみと注ぐ。
それを、望まない方向に進む事態に対しての軽い憤りとともに一気に飲み干した。

「ふぅ」
なんとか抑え込んだその後には拒めない自分に対して怒りが湧いてくる。

(デート? 俺が?)
吐き捨てるように息をつく。
一体どの面下げてデートするんだ。

「は、あはは」
乾いた笑いが漏れる。
自分がデートする姿を想像して、その想像を唾棄する。
こんな自分を壊してしまいたい。
そんな衝動が胸の奥底から渦を巻いて湧いてくる。

「んっ……」
びくんっと体が痙攣する。
それをとめるように両腕で自分を抱きしめた。

発作の兆候。
ここ一年くらいは収まってたんだけど、望まない現実からくる強いストレスに耐えられなくなると精神の安定を図るために発作が起こる。
一種の現実逃避なのか、それともパニック症候群からくるものなのか、外界の情報を完全に遮断して金切り声に近い絶叫を上げ続ける。
一度だけビデオに映った発作の状態を見たことがあるけど、我ながら狂ったんじゃないかと思うほどひどかった。
だけど、ここで、家で発作を起こすわけにはいかない。
ゆっくりと深呼吸して衝動をなだめすかすようにごまかす。

目を閉じて、

ゆっくりと

数回呼吸する間に

落ち着いてきた。

……うん。大丈夫。

はぁ……。
しかし、こうなってみると無謀で限りなく無駄だと思っていた男心をくすぐるデートテクニックとかいう練習もあながち無駄じゃなかったってことか。
待ち合わせから別れ際まで、ドラマとマンガで研究したらしい胡散臭いノウハウもきっちり叩き込まれている。
さっそく役に立つ(のかなぁ)のが癪だけど、まぁ、いい。
実践でのデータ収集だと思えば問題ないだろう。
いずれは通る道ではあるんだから。

「ねぇ〜。お姉ちゃんってば〜」
無視された恰好の瑞穂がキッチンまで追いかけてきてちょっぴり口を尖らす。
無言のまま近づいて視線を合わせる。

「え? あ、あの。お、おねえちゃ……?」
心理的に威圧されたように瑞穂が後ずさった。

「…………」
ジッと瑞穂を見つめているうちにキリキリと張りつめていたものがフッと消えていく。
自然と顔がほころんだ。
限りなく苦笑と同じ成分を含んでいたけど。

「あの……」
消え入りそうな瑞穂の声。

「制服、着替えてくる」
ポンポンと瑞穂の頭を軽く叩くとテーブルの鞄を掴んで階段を登る。
その後ろを微妙に距離を置いたチェリルが首輪の鈴を鳴らしながらついてくる。

……。
ま、いいけど。

ふとキッチンを見下ろすと心配そうに見上げる瑞穂と目があった。

(ごめんな瑞穂)
言葉に出さずに謝って自分の部屋に戻った。

 
   






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