Chapter. 5
Shadow of malice

シャドウ・オブ・マリス 3




 
   

その後の授業でも答案が次々と戻り、いつもより騒がしい授業時間が過ぎていった。
そして昼休み。巾着のお弁当を手に、茜たちとの昼食のために席を立つ。

「あれ? 波綺さんどこ行くの?」
隣の席の男子生徒……確か氷村とか呼ばれてたかな、に声をかけられる。

この席は、前後と右、さらに右斜めの前後、つまり周囲を見事に男子生徒で固められている。
その外側も半数は男子で占められていた。
つまり周囲は男ばっかりに囲まれてるってわけなんだけど、この状態って違和感ないよな。

「うん。茜たちと食べるから」
「そっか。残念だなぁ〜」
「ね。今度一緒に食べようぜ〜」
後ろの席の子も会話に加わってくる。

「今度ね」
「うぉ? マジ!」
「ば〜か、そんな気色ばむなよ」
「あはは」
みんなに小さく手を振り、弁当箱を持って茜たちの席へ向かう。

しかし、あれだな。
休み時間中に、彼らと少し話をしたんだけど、スポーツの話題とか小学生の時に見てたテレビ番組や遊びの話など、周りの男子生徒たちと驚くほど話が合った。
それがよほど珍しかったのか、当初の心配が杞憂に感じるほど一気に打ち解けられた。
男として育ってきた俺が、彼らの話に共感出来るのはいたって普通のことだと思うけど、こっちの事情を知らない彼らにはかなり衝撃的なことだったらしい。

クラスに無事馴染めたようで安堵の息をつく。
うん。あの時とは違うよな。俺自身も周りの反応も。
今度は大丈夫。うん。

「どしたのさくら? さっきの休み時間、やけに盛り上がってたみたいだけど?」
ずっと気になっていたらしく、お弁当の包みを開けながら茜が尋ねてくる。

「ん? ちょっとね、昔の特撮ヒーローの話でね」
「とくさつひーろー?」
飲み込めない楓ちゃんが聞き返す。

「ほら、五人の正義の味方が悪と戦う戦隊もの。子どもの頃に見てたなぁって」
「超竜戦隊ドラグナイツとか?」
茜の口から、これまた懐かしいタイトルが出てくる。

「うん。それに魔神戦鬼コスモレンジャーとかね〜」
「うわっ懐かし〜」
「茜も見てた?」
「見てた見てた。弟とテレビにかじりついてたよ〜」
「って、そんな感じの話で盛り上がってたんだ」
「へぇ〜。ね。楓は見てなかった? そ〜ゆ〜の」
卵焼きを刺したフォークをマイク代わりに茜が楓ちゃんに意見を求める。
ふと、あの差し出された卵焼きを食べたら怒るんだろうな〜とか思う。
もちろん、楓ちゃんはそんなことしないけど。

「ん〜。私はちょっと……」
苦笑いの楓ちゃん。
まぁ実際のところ、女の子は戦隊ものとか暴力が絡むのってあんまり見ないと思う。

「そっかぁ、桔梗は……聞かなくてもいいか」
「当然。くだらない」
「確かにね。今改めて見ると、そう感じるかもしれないけどさ。子ども心には楽しかったよ」
見てた側の代表として反射的にフォローする。
でも、今は今で、また見どころが違ってくるんで子どもの時とは違う部分で面白かったりするんだけど。

「さくら、桔梗の言うことは気にしなくてい〜から。だって、昔っからアイドル一筋な夢見るヲトメキキョーチャンって……イテ!」
「なにどうでも良いこと喋ってんのよっ!」
参考書の背が茜の頭にクリーンヒットする。

「イテテ。この娘って見かけによらずミーハーなんだよねぇ」
「いいでしょっ! 私がなにを好きになろーと」
「べっつに悪いなんて言ってないだろ〜」
「そう言う感じで聞こえたの!」
恒例となった感がある茜と桔梗さんのやり取りに、楓ちゃんとふたり苦笑いで視線を交わした。

「そ言えば楓ってさ」
箸をくわえたまま、茜がふと思い出したように楓ちゃんを呼ぶ。

「なに?」
柔らかく首を傾げる楓ちゃん。
その仕草に合わせて、おかっぱの髪がサラサラと揺れる。

「今日〜さくらに聞いたんだけど〜。双子ちゃんなんだって?」
「双子ちゃんって茜、あんたね……」
「うっさいなぁ〜もうっ。桔梗ってば黙ってれ」
茜が桔梗さんをパタパタと手で追い払う。
桔梗さんはその仕草にムッとした表情を見せたけど、黙って話の続きに耳を傾ける。
きっと、こういうやり取りは慣れっこなんだろう。

「あはは。うん。そうだよ。弟もこの高校なの」
楓ちゃんは笑顔でそう言うと、なぜか俺の顔をうかがうようにしてクスクスと笑い出す。

なんだろ? ひょっとして例の話かな。

「ね。今度紹介してよ。似てるんでしょ?」
ワクワク感いっぱいの……と言うか、妙にハイテンションな茜。
無理に明るく振る舞ってるようにも見えるんだけど。

「いいよ。あ、でもねぇ。普通に頼んでも来てくれないかも」
「あ、ひょっとして……仲が悪い、とか?」
心配げな桔梗さん。

「ううん。そうでもないよ。でも、中学生になった頃から反抗期がひどくて。昔は『おね〜ちゃ〜』って、いつも後ろを付いてきてたんだけどね。最近は素っ気なくなっちゃって」
そう言ってぺろっと舌を出す。
でも、懐かしそうに語る楓ちゃんはどこか嬉しそうだ。
そんな楓ちゃんの笑顔を見ていると、なんとなく颯くんの心情が理解出来るような気がする。

「でも、仲が悪くないんだとしたら、どうしてなのかしらね」
重ねて質問する桔梗さん。

「それは、きっとあれだよ。思春期になって恥ずかしくなったんじゃないのかな? 素っ気ないのは照れ隠しだと思う……けど」
俺の言葉を聞いた楓ちゃんが『にぱぁ』っと花が咲いたような笑顔になる。
う。なんか心底嬉しそうに見えるんだけど。

「さっすがさくらちゃん。颯くんのこと、よくわかってるよね。うんうん」
笑顔のまま何度も頷く楓ちゃん。

「へぇ〜そう言うものなの? ボクは弟と今でも仲がいいけど」
その茜の言葉に、

「男兄弟みたいに思われてるんじゃないの?」
間髪入れずに桔梗さんの台詞が重なる。

「それは〜ちょっとあるかなぁ」
気にした風でもなく、ケロッとした顔で笑う茜。

「あのね。少しは気にしたら?茜も一応、女の子なんだから」
「は〜い」
「はぁ。ところで、……さくらって、その弟さんと知り合いなの?」
不思議そうに桔梗さんが尋ねてくる。
それもそうだ。楓ちゃんと知り合ったのはつい先日のことで、桔梗さんよりも日数的に浅い。
と言っても二日間くらいの差だけど。

「そーなんだって。なんでも入試の時に知り合ったんだって」
その問いに俺が口を開くよりも早く茜が答える。

「あんたに聞いたわけじゃないのよ?茜」
桔梗さんは口を挟む茜をジトリと睨んだけど、当の本人はさっぱりと気にした様子はなかった。

「でも、そーなんだよね〜さくら」
「う、うん」
茜は結構大物かもしれない。
人の話を聞かないあたりが。

「う〜ん。今日はもうダメだろうから……明日、颯くん連れてくるね」
「ホント? あ、でも、クラス教えてくれればボクの方から見に行くけど」
「う〜ん。それだと怒っちゃいそうだから。それに、私も現場を見たいから明日でいい?」
「現場?」
現場って、なんの現場なんだろ?

「ふふふ。ないしょで〜す」
チラリとこっちを見て、クスクスと可笑しそうに笑う楓ちゃん。

「よし、明日を楽しみにしとこ〜っと。でもさ、反抗期なんでしょ? ちゃんと来るのかな?」
「その辺は抜かりありません」
手の平を胸にあてて得意満面の楓ちゃん。

「我に秘策あり。です」
楓ちゃんはとっても楽しそうだ。

「楓……は、他に兄弟いるの?」
ちょっと恥ずかしそうに桔梗さんが楓ちゃんを呼ぶ。

「ううん。ふたりだけだよ。桔梗ちゃんは?」
「あ、あたしはひとりっ子だから」
「ふぅん、そうなんだ。さくらちゃんは?」
「妹がいるよ。姉妹ふたり」
今朝の教訓を生かして答える。

「はいは〜い。ボクはね、兄と弟がひとりずつ。三人キョーダイだよっ」
「あ。茜いいなぁ。私もお兄ちゃん欲しかったなぁ」
羨ましそうな楓ちゃんの言葉に、

「なにかと口うるさいけどね。いざって時はやっぱ頼りになるかな」
どことなく誇らしげに答える茜に、兄弟仲の良さがうかがえた。

「いいなぁ……兄弟がいるのって」
桔梗さんがぽつりとつぶやく。

「ナニ言ってんのさ、ボクは桔梗のようにひとりの方が良いと思うけど。たまに」
「たまに。でしょ? 憧れるんだけどなぁ、兄弟欲しいってずっと思ってたから」
「でも従兄弟で憧れのお兄ちゃんがいるじゃない?」
茜のこの発言で、わずかな時間無言の沈黙が訪れる。

楓ちゃんは興味津々な視線をふたりに。
桔梗さんはちょっと赤くなって茜を睨んでいる。
俺は、コロコロと表情が変わる彼女たちを観察していた。
幸いこの三人は『女』的な鼻につく言動が少ないので疲れなくて済むんだけど、やっぱり色恋な話は避けて通れないようだ。

「えぇ? なに? なに? 憧れって?」
嬉しそうな楓ちゃん。
一方、桔梗さんは黙ってご飯を食べだす。

「桔梗はね〜って! ひててて!」
代わって話し出す茜のほっぺを、神懸かった速さで桔梗さんがつねる。

「……中学の体育祭での話なんだけどね」
「うわぁぁー!! わぁぁー!!」
いきなり脈絡もなく話題を変えて話し出した桔梗さんの口を茜が慌ててふさぐ。

「あ、あはは。この話はやめよ。うん、そう、それがいいのだ」
笑顔の茜は冷や汗だらだらだ。

「う〜残念」
ほっとしてるふたりに対して、楓ちゃんは悲しそうだった。

 
   






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