Chapter. 5
Shadow of malice

シャドウ・オブ・マリス 6




 
   

「あ、来た来た。秀才くんお帰りぃ〜」
教室に戻ると、茜がイヤミな笑みを浮かべる。
まだ機嫌直ってなかったのか。
苦笑を浮かべながら、茜の席の前で立ち止まる。

「そんな風に言わないでよ。成績の良し悪しなんて、大した問題じゃないだろ?」
「そりゃ、頭いい人は、そう言うことも言えるでしょうけどー?」
あらら。どうも本気でひがまれたみたいだな。

「茜! やめなさいって。自分の努力を棚に上げてるくせに、そんなこと言う資格ないってわからない?」
桔梗さんが茜を強くたしなめる。

「だってだってー」
「よしよし。この次はがんばろーねー」
楓ちゃんが、茜の頭をよしよしと撫でる。

「ごめんね。茜、ちょっと子どもっぽいところが抜けてないから」
溜め息をつきながら、桔梗さんが茜の代わりに謝ってくれる。

「うん、気にしてないよ」
「よかった。そう言ってもらえると助かる。茜も、もう少ししたら落ち着くと思うから」
「ん。わかった」
「……」
不意に無言で桔梗さんが見つめてくる。

「なにか?」
「あ、ううん。ただね、さっきも言ってたように、本当、男っぽい感じもするのね〜って」
柔らかな桔梗さんの表情にドキっとする。

「そ、そう?」
「うん。いいんじゃない? 意外と似合ってると思うよ。その話し方」
「あ、ありがとう。と言うべきかな?」
「別に。単なる感想だから。どっちも『らしい』と思うからどっちでもいいんじゃない?」
「ふ〜ん」
「そうそう。さくらさんがいない間に、二年の羽鳥さんが訪ねてきてたみたいだけど」
「メグが?」
「居なかったから、そのまま戻っていったみたいだけど」
「うん。ありがと」
なんの用件だったんだろう。

……やっぱアレかなぁ?

そして、全授業が終わって、その放課後。
「うぅ。さくらぁ。さっきはごめんしてね」
正気(?)に戻ったらしい茜が、俺の席にきて涙目で謝ってくれた。
「いいって。別に気にしてないし。茜も気にしなくていいよ」
「ぐすっ。本当?うん。ありがとさくら。ホントにごめんね。ちょっとね。家族に報告するユ〜ウツさを、さくらにあたることでごまかしてたんだ〜」
「いいよ。さて、掃除しようか」
茜の肩をポンと叩くと、沈んでた茜の表情が、ゆっくりといつもの明るいものになる。
「そうね。そうだよね!よ〜し。やるぞ〜」
ガッツポーズで雄叫びを上げる茜。
「ふぅ。そのやる気を勉強にも向けてくれればねぇ」困ったように桔梗さんは溜め息をつき、楓ちゃんは楽しそうに笑っていた。



保健室の前で立ち止まる。

「すぅ、はぁぁ……。よし」
深呼吸してから、ドアをゆっくりとノックする。

「失礼します」
保健室のドアを開けて挨拶すると、

「波綺か」
なにやら仕事をしていたらしい未央先生が、書き物の手をとめて振り向いた。

「よく来たな。まぁ座れ」
俺の姿を確認すると、空いている事務椅子に視線を向けて、座るようにうながす。

保健室に足を運んだのは、いわゆる『呼び出し』を受けたからだ。
放課後のホームルームで担任から保健室へ行くようにと言づけられた。
ちょっとだけ嫌な予感がしたけど、未央先生は力になってくれると言ってくれたし、無視すると怖いことになりそうだったので素直に出向いてみた。

「失礼します」
勧められるまま、未央先生と向かい合うようにして椅子に座る。

「ん。コーヒーでいいか?」
と言いつつ、すでにコポコポと沸いているコーヒーメーカーを手にカップに注いでいる未央先生。
いい豆を使っているのか、コーヒーの香りが心地よく鼻腔をくすぐる。

「いいんですか?」
生徒にコーヒーなんて出して。

「飲まないなら私が飲む」
未央先生は少しだけムッとした顔を見せた。
でも、ミルクを入れたあと、スプーンで音もなくかき混ぜるその手には淀みがない。
しかも、ミルクを入れるのは当然らしい。
いや、別にそれは構わないんだけど。
基本的に、人の話を聞いているようで聞いてないんじゃないかと思えるのは気のせいだろうか。

「いえ、いただきます」
「ん。砂糖は?」
「ひとつ……あ、やっぱりふたつお願いします」
「っと。甘党か?」
カップに視線を落としたまま、未央先生が可笑しそうに微笑んだ。

「あ〜はい。結構甘党だったり」
事情を知ってる未央先生が相手だけに苦笑いで答える。
でも、男で甘党って人も少なくないはずだけど。

「ん」
そんな俺の心情には無関心な感じで、ちゃんとソーサーに乗ったコーヒーカップが差し出された。

「ありがとうございます」
「ほかの生徒には秘密だからな」
と、自分のカップを手にした未央先生が、いたずらっぽく微笑む。

「それはもちろん。でも、やっぱり生徒に出しちゃいけないんですか?」
「そう言う理由じゃない。ただ、あてにして来る生徒が増えると困る。これは私のささやかな贅沢のひとつで、薄給の身には安くない代物だからな」
「なるほど」
遠回しに釘を刺された気がする。

「まぁ、波綺は構わん。色々あるからな」
「色々って?」
「それより。持ってきたんだろう?」
コーヒーカップをソーサーに戻して、なにかを要求するように手の平を差し出してくる。

やっぱり人の話を聞いてないと思う。

「写真……ですよね?」
「もちろんだ」
当然だとばかりに頷く。

「……」
やっぱり覚えてたか。そんなことを思いつつ、準備してた写真を差し出す。

「悪いな。どれどれ。……ほぅ」
未央先生は、しばらく写真を見つめ、時折こちらに視線をチラチラと向けてくる。

「……」
「これ、いつごろ撮ったんだ?」
「確か、中学二年の春先だと思いますけど」
未央先生が手にした写真には、まだ小犬のジョンを抱いた真吾と、それを覗きこんでいる俺が写っている。
自分で言うのもなんだけど、まだまだガキっぽさが抜けていない。

「ふむ。手術前の春先の写真か。……この学校に以前のおまえを知ってる生徒は多いのか?」
写真から目を離さぬまま質問してくる。

「幼なじみがふたりいます。あと、確かめたわけじゃないんですけど、同じ中学出身の生徒も何人かいるかもしれないです」
「なるほど。幼なじみと言うのは、この『赤坂』のことか?」
パシッと写真を指先で弾く。

「はい。もうひとりは二年の羽鳥恵って娘です」
「はとり、めぐみ。あぁ、あのメガネをかけた娘か」
未央先生は、サラサラっと、ふたりの名前をメモ用紙に書きとめる。

「幼なじみ、ね。そのふたりはどうなんだ? 波綺の事情は知っているのか?」
「はい。ふたりとも知ってます」
「そうか。それは自分から話したのか?」
「いえ。いや、そうですね。自分から話しましたが、どちらかと言うと、バレてしまってやむなく話したんですけど」
「ふふ。幼なじみなんだ、まぁ、そうなるだろう。で、ふたりの様子に変わりはないか?」
「ちょっと戸惑ってる感じもありますけど、以前のように接してくれてます」
「……いい友達じゃないか」
「はい」
それは自信を持って言える。
真吾もメグも、ちゃんと他人を思いやれる優しさを持っている。

「ふむ。確かに同一人物なんだから似てると言えば似てるんだが……。こうして比べてみると、かなり面変わりしているな」
写真を熱心に見つめながら、未央先生がふっと緊張を解いて微笑む。

「そ、そうですか?」
他の人にそう言って貰えると、ちょっとだけ嬉しくて、でもやっぱり複雑な心境にもなる。

「あぁ、髪型も違うしな。成長期だったことも加えて、外見からおまえと、この写真の男の子が同一人物と考えるようなことは、まずないだろう」
「はぁ」
「親戚だ。とか答えておけば問題ない」
「はい。元々親戚筋だから似てるってことにしておこうと思ってました」
「それがいい。ところで、少々訊いてもいいか?」
「なんですか?」
「答えられる範囲だけでいい。まずは、そうだな……女になって」
そう言うと、未央先生の視線が一瞬だけ細められる。

「生活面で一番困ったことはなんだった?」
「実生活でってことですか?」
「ん」
短く頷く。

「ん〜やっぱりトイレ、かなぁ?」
「どうして?」
「ちょっと汚い話ですけど、最初はまっすぐ出せなくて。そこら中に撒き散らしちゃうんです。慣れるまで泣きそうでしたよ」
思い返して情けなくなる。
男だった時と違って方向制御の勝手が違いすぎた。
一度、寝ぼけたまま立ってやろうとして、足下にぶちまけた時はマジで泣けたよなぁ……。

「そう言うものらしいな。確か、ヘリコプター効果とか」
「あ〜医者も、そんなことを言ってた気がします。あとは……それ以外にも、面倒になったし、我慢は利かなくなったし」
「面倒? なにがだ?」
「う〜、え〜と……」
「構わん。言ってみろ」
いや、俺が構うんです。

「手間……が違うんです。その、するまでのスピードと言うか手順と言うか」
「スピード? あぁ。なるほど。でも、そんなに違うか?」
「違いますよ。男だった時は一、二、三くらいの速さで出来ましたけど」
「女でも一、二、三で出来ると思うが?」
「……嘘」
「慣れだ慣れ」
そう言うものなんだろうか?

 
   






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