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Chapter. 5
Shadow of malice

シャドウ・オブ・マリス 9




 
   

『ごきげんようさくら。元気でやってるのかしら』
呼び出し音が聞こえる間もなく、受話器を通して聞こえてきたのは、そんな言葉だった。
いや、ちょっと待て。電話したのは俺なんだけど。
なんとなく手に持った受話器を見つめて、また耳に戻す。
まだなにも言ってないんだけどな。

『どうしたの?』
少し笑みを含んだ優しい声。
普段の響からはちょっと想像出来ない、そんな声にちょっとドキドキした。

学校からまっすぐに帰宅してみると家には誰もいなかった。
下宿先だと必ず誰かが残ってたから、鍵を使って家に入ることに妙な感じを覚えつつ、そっとドアを開けた。
靴を揃えながら家の中の気配を探る。
シンとした静寂の中、トトトと二階から下りてきたチェリルが階段途中で座り込んだ。

俺を確認するように一瞬だけ視線を合わせて、喉の奥まで見える大きなあくびとともに『にゃぁ〜〜』と長く鳴いた。

「ただいま。チェリル」
そう呼びかけると、残りの階段を素早く下りて俺の足に額をこすりつけながら甘えた声で可愛く鳴く。

「いい子にしてたか? ご飯までは……もうちょいあるな」
足下にじゃれつくチェリルをあしらいながら壁時計を確認する。
ん〜。今の時間なら大丈夫そうだな。
そんなことを考えつつ、九條響の携帯へと電話した……んだけど。

『さくら?』
「あ〜いや。ごめん。どうして俺からだとわかったのかなって」
そう口にすると、クックっと声を殺したような笑い声が聞こえてきた。
電話の向こうに静かなメロディが聞こえる。

『かけなおすから』
笑いを噛み殺しながらそう言い残して電話が切れた。

なんなんだ一体。
受話器を置くと、すぐさま呼び出し音が鳴る。

「もしもし?」
『どう?そちらは。学校には、もう慣れた?』
……どうして前置きがないんだろうな響は。

「まぁね。それより、どうして俺からだと……」
『ふふ。番号で誰からかわかるのは当然でしょう?』
「でも、家から響に連絡取るの初めてだと思ったけど」
『こんなこともあろうかと思って登録してたの。それにしても、そろそろさくらも携帯くらい持ちなさい。もう薙といつでも一緒ってわけではないんだから、連絡が取れるようにしておいて欲しいのだけど』
「悪い。財政的にちょっとそんな余裕なくてね」
『……そう。まぁ、いいわ。それにしてもどうしたの? 電話嫌いのさくらから連絡してくるなんて珍しい』
「うん。ちょっと頼みたいことがあって……」
響が言うように、こちらから電話することは滅多にない。
携帯を持ってないってこともあるし。
今回はこんな事情だから仕方がないけど基本的に電話は苦手だ。
相手の顔を見ないで話すことがどうも嫌なんだと思う。
話す内容の半分も伝わらないように感じる。

『なに? 学校で、なにかあったの?』
「ん? いや別に。えと、ちょっとね。手合わせをして欲しいんだ」
『あら。さくらから誘ってくるなんて。珍しいことは重なるものなのかしらね。でも今は無理なのではなくて?』
「無理って、なにが?」
『左腕はまだ完治していないのでしょう? それで私と手合わせしようだなんて、その自信はどこからくるのかしら?』
響の言葉に左の指がピクリと動く。
ギプスで上手く握れない拳に力が入る。

「知ってたのか」
言ってないのに。
でも、響の情報網は、ただごとじゃないからな。
こいつに隠しごとするのは至難の業だ。
大体、こっちの事情すら、なにも言ってないのに知ってたくらいだし。

『ギプスが取れるのは今月末あたりでしょう? そのリハビリのお誘いなら受けてもいいかしらね』
「あ、いや、そうじゃなくて……」
お昼のちひろさんとの話を説明する。
響は黙って聞いていて、でも、話が終わったあともしばらく無言だった。

「だめ、かな?」
『いえ、構わないわ』
「そう……」
ホッと安堵の息をつく。

『ただし、条件がふたつ』
「条件?」
『日時はこちらで決めさせてもらいます。場所はお任せするけど、お互いの学校ではない場所で。これがひとつ。もうひとつは、いつか一日だけ、なにも言わずに私に付き合ってくれないかしら』
「付き合うって?」
『すぐじゃないと思う。いつか私のために一日を使って欲しいの』
「なんだ。いいよそれくらい。ふたつともオッケーということで」
『ありがとう』
「それはこっちの台詞だって。で、手合わせの期日はいつがいい?」
『……今週の土曜日、午後三時から。二時間くらいでいいかしら?』
「うん。先輩に聞いとく」
『本当はもっと早いほうがいいんだけど、予定がね』
「いや無理しなくてもいいよ。色々忙しいだろうし。もっとあとでもいいけど」
『ありがとう。でも、そうすると、さくらの方が色々大変でしょうから』
「いや別に構わないよ。こっちは特に用事も予定もないし」
『そう? でも入学当初は、なにかと大変なものだから……。そうね。さくらさえ良ければお願い』
なんだか歯切れが悪いな?

「なら、今週の土曜日三時に。悪いね。忙しいのに」
『さくらの頼みなら聞かないわけにはいかないでしょう?』
「サンキュ。感謝してます」
『ふふ。そう思ってくれるのなら、今度また遊びにいらっしゃい。私は逢えないかもしれないけど、菫に顔を見せてやって。あの娘ったら『さくら姉様に逢いたい』って、もう口癖になってるのよ』
「うん。でも、もう大丈夫なの?」
『おじいさまの許可もいただいているし、最近、菫の調子もいいみたいだから遠慮なく寄ってくれていいのよ。家の者にも言い渡しているから、今度はアポ無しでも大丈夫』
「助かる。先月行った時は玄関払いだったから」
『ちょうど菫の体調が思わしくない時だったから。私が居ればよかったのだけどね』
「まぁ、あの時は急だったから仕方ないよ」
『ふふ。そうね。出来れば今度寄る時は、私にも連絡してね。なるべく予定を空けるようにするから』
「わかった。それじゃ」
『あ、さくら? 最近、薙となにかあったの?』
電話を切ろうとした瞬間に問いかけられる。

「ん? いや別に。どうかした?」
『なんだか最近荒れてるのよ』
「そう」
『知らないならいいわ』
「ん。薙とは一ヶ月くらい逢わないようにしようってふたりで決めたから、最近は連絡も取ってないんだ」
『あぁ。なるほどね』
なぜか響は納得したようだった。

「なるほどって?」
『ふふ。なんでもないのよ。それより、どうしてそんなことを?』
「なんだっけ? とにかく一度距離を置いてみようって話になってね」
『そう。それで、さくらはどうなの?薙が居なくて寂しい?』
「そうだね。ほんの二週間前まで、ずっと一緒だったから。不意に薙が居ないことに戸惑うけど。でも、あまりに取り巻く環境が変化したから、それに対応するので手一杯で、今はまだ寂しがってる余裕がないかな」
『ふふ。そうなの』
「あれ? お姉ちゃん?」
玄関に人の気配と声。

受話器を手にしたまま振り向いた先には、学校から帰宅した瑞穂がキョトンとした表情で立っていた。
電話中になのに気がつくと、ゴメンって感じで片手を顔の前で立てる。
そんな瑞穂に対して、俺は頷いてから微笑んだ。

「あ、うん。妹が帰ってきたから。ごめんね無理言って。うん、助かる。じゃぁ、金曜日の今ぐらいにもう一度電話するから。えぇ、わかってます。菫によろしくと伝えておいて。ん。ありがとう。じゃ、また。ごきげんよう」
受話器を戻して振り向くと、目の前に瑞穂が立っていた。

「おかえり」
「あ、うん。ただいま。……お友達?」
「ん〜そうなるかな」
「それにしては言葉遣いが丁寧っぽかったね」
「そうかな。そうでもないと思うけど。まぁ相手がもっと丁寧だから無意識に合わせちゃってるのかな」
「ふぅん」
なにか納得がいかないような瑞穂。

「さてと」
「お姉ちゃんも今帰ってきたの?」
鞄を手にすると、瑞穂がいつもの元気さを見せる。

「あぁ、ついさっきね」
「ふぅん。あ! ねぇ、もし暇だったらさ、お姉ちゃんの下宿での話を聞かせてよ」
「どうしたんだ? いきなり」
「今度みんなで挨拶に行くでしょ?どんなところだったのかなぁって」
「そんなの行けばわかる」
行く気満々だな。

「ねぇ〜。予備情報として知っておいた方がいいと思うんだ」
「そんな予備情報は必要ない」
きっぱりと言う。瑞穂に話しでもしようものなら芋蔓式に質問責めにあうのは目に見えている。
うっかりと変なことを口走らないためにも、黙っておくのが得策だ。うん。

「えぇ〜! なんでなんでぇ〜?」
「あんまり変な期待はするなよ。女子寮ってだけで別に普通なと頃なんだから」
「ねぇねぇ。女子寮ってさ、毎日が修学旅行みたいで楽しかったりするの?」
「まぁ退屈はしなかった……する暇なかったな」
「ふぅん」
「とりあえず着替えよう。それから母さんが帰ってくるまでに晩ご飯の仕込みでもやっておきたいし。話はそのあとでもいいだろ?」
「……お姉ちゃん、お料理出来るんだ?」
「ん? とりあえずってレベルだけどな」
「へぇ〜瑞穂もやってみようかなぁ〜」
「そうだな。いいんじゃないか?出来るようになっておいて損はないし」
「うん。あ、でも、瑞穂に出来るかな?」
「出来ることからマスターしていけばいいさ」
「そうだね。お姉ちゃんが出来るんだもん。瑞穂ならあっという間に追いついたりして。もっと上手くなったら、お姉ちゃんに教えてあげるね」
にこにこと嬉しそうな瑞穂。

「……そん時は頼む」
「うん! 期待しててねっ!」
「はいはい。期待はしないで待ってます」
「にゃにお〜! 瑞穂が本気になればちょいちょいって……」
「よ〜し、チェリル。二階に行くぞ〜」
チェリルは『にゃん』とひと声鳴いて、先導するように階段を上りはじめる。

どういう根拠からそこまで夢見ることが出来るのか。
我が妹ながら、そのぽわぽわした思考が心配だ。
こんなことで、ちゃんとした大人になれるんだろうか? とか心配しまう。
でも、このまま成長して、母さんみたくなるのなら……と、成長した瑞穂を想像してみたら、それならそれで心配する必要なんかないだろうという結論に達した。

「もうっ!! 少しは真面目に聞いてよ〜!!」
置いてきぼりになった瑞穂が階下で叫んでいた。

 
   






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