Chapter. 5
Shadow of malice

シャドウ・オブ・マリス 11




 
   

「あ、おかえり〜。さくら、さくら」
教室に戻ると、すでに昼食を食べ終えたらしい茜が紙パックのジュースを手に手招きする。

「ただいま。なに?」
「どこ行ってたの?」
「ん〜、階段?」
「ふ〜ん」
ちゅーっとジュースを飲む茜。

「あれ? 楓ちゃんまだ食べてないの?」
「うん。さくらちゃんと一緒に食べようと思って」
「ごめん。先に食べててよかったのに」
「ううん。颯くんが迷惑かけちゃったし」
「ありがと」
教室を見回すと他のみんなはほとんど食べ終えている。
そんなに長い時間じゃないと思ったけど結構経ってたのかな。

「ね。どうだった?」
笑顔の楓ちゃんが楽しそうになにかを尋ねてくる。

「どうって?」
「颯くんに、なにか、言われなかった?」
「あ、あぁ賭の話?」
「カケ?」
あれ、違ったかな。

「あ、うん。前にね。この学校に合格出来るかどうかで賭しててね」
当時のことを思い返す。

高校入試の日。
時間ギリギリに駆け込んできたのが颯だった。
いや、その時は名前知らなかったけどね。

寝坊かなにかしたらしく、取るものも取りあえずって感じだった。
ペンケース忘れるわ(隣の席だったんで貸してあげた)弁当忘れるわ(俺のを分けてあげた)財布落として帰りの電車賃はないわ(俺の迎えの車に同乗させて送った)で散々だった。
で、その時にトラブル続きで自信喪失状態の颯を励ます意味も兼ねて、合格したらなんか奢ってやるとか言ったような気がする。

「賭……そうなの。な〜んだ」
なぜだかつまらなそうな楓ちゃん。
なんなんだかなぁ。

楓ちゃんとの遅めの昼食も終わり五限目の予鈴を合図に自分の席に戻る。

でもなぁ、楓ちゃんと颯。
同じ環境で育ったんだろうに、どうしてああも性格が違うんだろうか。
颯に楓ちゃんの可愛げの半分もあればなぁ。

「ねぇねぇ波綺さん」
席に戻ると、待ちかねていたかのように後ろの席の火野くんが話しかけてくる。

「なに?」
振り向いた先の火野くんは、すごく真面目な顔をしていた。

「昼休みさ、他のクラスのヤツに連れてかれたでしょ。あれなんだったの?」
なんだ。真面目な顔してるからなんの話かと思えば。

「あぁ。うん。入試の時に知り合った子と。ちょっとね」
やっぱり気になるんだろうか?
こっちも、まさか教室外まで連行されるとは思ってなかったからなぁ。

「ふぅん」
なんだか複雑そうな表情で相打ちを打つ火野くん。
楓ちゃんといい、火野くんといい、一体なんなんだ。

「そう言えばさ」
会話が途切れたのを見計らったように隣の氷村くんが話を切り出す。

「その、入試の時の人って、なんだか高木瀬さんに似てたよね」
「あ。やっぱりわかる? そう、かえ……高木瀬さんの弟だったんだ。それで、偶然だねって話してたんだ」
会話自体は、こんなに穏やかじゃなかったけどな。

「へぇ、そうなんだ。なるほどねー」
氷村くんは頷いて、ちらっと楓ちゃんを見た。

「入試の時? あ〜。波綺さんってさ、ひょっとして入試の時、私服じゃなかった?」
火野くんがなにかを思い出すように途切れ途切れに訊いてくる。

「うん。そうだけど」
斎凰院は私服通学が許可されてたから、受験の時も制服着用の義務はなかった。
光綾は斎凰院とは校区が離れているので、受験の時も他のクラスの子が数人受けていただけで、この光陵で斎凰院出身という生徒はそんなにはいないと思う。

「やっぱ、あれが波綺さんだったんだ」
火野くんは目をつぶって、その時のことを思い出してるようだった。

確かに受験会場は学生服姿ばかりで私服は逆に目立ってただろうから、どこかで見かけたのを覚えてるのかもしれない。

「あれれ? でも、どうして私服だったの?」
ちょっとこもったような愛嬌ある声は前の席の水隈くん。
のんびりしてそうで実はやっぱりのんびりしてる。そんな感じの男の子。
ギリギリぽっちゃり系かもしれない体型と、どこか憎めない愛嬌が実はかなり気に入ってたりする。

「あ、うちの学校って制服はあったんだけど、私服通学が許可されてたからね。ほとんどの生徒が私服だったんだ」
中途編入だった俺は結局制服ってどんなものだったか知らない。
みんな着てなかったし。
しかし、入試の時の服装は確かジャケットにジーンズとかだったような気が。
そんな目立つ恰好じゃなかったと思うんだけど。

「制服がないって、ひょっとして波綺さん斎凰院?」
と氷村くん。

「そうだけど」
「えぇ〜〜!? ウソ? マジ!?」
火野くんが反射的に席を立つ。
なにをそんなに驚いてるかな?
斎凰院って、そんなに珍しいんだろうか。

「そっかぁ〜やっぱりなぁ」
数瞬ののち、落ち着いたのか、火野くんが席に座り直す。

「純、驚きすぎ」
「う。悪ぃ」
「でもなんとなくわかるな。波綺さんが斎凰院出身だって」
「だよな。そう思うよな」
氷村くんの言葉に勢いづく火野くん。

「わかるって、どうして?」
「なんとなくだけど、育ちがよさそうって言うか」
と火野くん。

「どこかお嬢様っぽいよね〜」
水隈くんもそんなことを言い出す。

なるほど。それが理由か。
しかし、俺のどの辺が育ちがいいなんて思えるんだろう。
お嬢様? 中流家庭を絵に描いた波綺家に、そんな血は流れていないって。

待てよ。『女の演技』の状態で接してる彼らには、そう言う風に見えるのかもしれない。
姿勢とかビシビシと躾られたから、そんな部分からくる立ち振る舞いも要因のひとつかもな。
まぁ、そのおかげで以前と比べて年輩の人への受けはグンと良くなった気もする。
でも、まぁ……。

「そんなことないよ。斎凰院って言ってもピンキリだし」
「ピンキリって……ピンの方?」
「まさか。歴としたお嬢様もいるけど、私みたいな普通の子も通ってるってこと」
「波綺さんが普通って……。すげぇ! 斎凰院ってそんなにすごいトコなのか」
火野くんが、なにをどう想像してるのか、ぜひ教えて欲しいところだ。
きっと激しく誤解してると思う。

「小中高のエスカレーターで、上流階級エリートコース街道まっしぐらって言われてるし、実際に各方面へのコネクションはすごいらしいよ」
なにげに妙に詳しい氷村くん。

「へぇ。そうなんだ」
確かに諸設備のグレードの高さには呆れるばかりだったけど、進路先も保証されてるってことか。
そう言えば響が、斎凰院は九條グループへ優秀な人材を供給する母胎となる教育機関としての一面を持つ。なんてことを言ってたような気がする。

「へぇって、さくらちゃん斎凰院だったんでしょ?」
「てめぇこのクマ! おまえ気安くさくらちゃん呼ばわりしてんじゃねぇ」
「わわ。ど〜して火野くんが怒るんだよっっ」





盛り上がるさくらたちを横目に、同じ教室の一角では数人の女子生徒が寄り集まっていた。

「なにアレ。男に囲まれてヘラヘラしちゃって」
「アイツって男とばっか喋ってるよね〜」
「モノホシそ〜な顔してね〜。男どももアレのナニがいいんだか」
「ナニって、やっぱアレでしょ?少なくとも、あんたよかスタイルいいし」
「ダマれよナイチチ」
「ンだとオラァ!!」
「こらこら。そこ。マジギレしな〜い」
「しっかしさ〜。ちょ〜っとビジンだからって、いい気になってるんと違う?」
「アレのどこがビジンだって?イマドキ三つ編みってヤバすぎだろ。マニア狙いかっつ〜の」
「そうそう。ブスがチョーシクレテんじゃね〜って」
「ね〜。スカシてんじゃないっての」
「そ〜言えばさ、アイツ。赤坂様エフシーにマークされたらしいよ」
「ホント?」
「マジマジ。アイツ、この前の土曜日に赤坂様とデートしてたらしいって話」
「アイツ、興味ねーとか言っといて……ダマしたな」
「だもんでエフシーが色めき立ってるらしいよ。ま、当然だろうけどね。噂の血の制裁でも喰らえってな」
「へ。ナニ?その血のなんたらって」
「よく知んないけど、ジョーレー破りにはサバキがクダるんだって。センパイに聞いたハナシだと超スゴイらしいよ」
「いい気味。やっちゃえ、やっちゃえ!」

と、誹謗中傷に満ちた会話が交わされていた……。

 
   






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