Chapter. 5
Shadow of malice

シャドウ・オブ・マリス 8




 
   

「校長先生か」
保健室から退室し、教室に鞄を取りに戻る途中の廊下でふと考える。

どうして校長先生が俺のことを知っているのか?
そして、どうして未央先生に頼んだのか?

まぁ、特殊な事例でもあるんだろうし、こんな過去を持つ生徒が入学してきて、その対策として手を打っておくということもあるのかもしれない。

後ろ盾としての未央先生の存在は正直すごくありがたい。
事情を知ってもらえているから説明の手間が大きく省けるし、多少の融通も聞いてもらえるかもしれない。
そんな、非常にありがたいこの状況。

でも、なにか出来過ぎてはいないだろうか。

……しかし、どう考えてみても、この状況が未央先生や校長先生の利点に繋がることはないように思える。
かと言って単なる善意と受け取るには、どうもきな臭くも感じる。

実質的なサポートは未央先生がしてくれる。
それは、校長先生に頼まれ、加えて本人曰わく『波綺が気に入ったからだ』と言うことだった。
理由としてはかなり穴だらけだと思うけど、一応はありな部類だろう。

一方、校長先生の方は会ってもいないので人物像はおろか顔も知らない。
入学式すら欠席した身だし。
だから、校長先生の方の動機は皆目見当すらつかない。
そもそも、ここまでサポートをされるほどではないという自覚もある。
あればありがたいが、なくても支障はそうそうない……はず。

例えば、心臓に持病を持ってたりする場合は、こういう風にサポートする必要があるのではないかと思うが、俺の場合は、急にどうこうなるわけじゃない。
つまり、サポートの必要性が低い『波綺さくら』という一生徒に、この過剰とも思える措置を命じる理由はなんだろう。
そこがどうも腑に落ちない。

でも。そう、例えば。

校長は軽い気持ちで「これこれこういう生徒が入学します。神野先生には少々目をかけていただきたいのです」と言ったのを、未央先生が拡大解釈してるのかもしれない。

「……うん。これもありかな?」
無理矢理納得したところで教室に着いた。

開け放した扉から教室に入る。
まだ数人残っているクラスメイトを見渡して『あれ?いないな』と思う。

「あ……そっか」
無意識に『月城薙』の姿を探していた自分に気がつく。
考えごとをしてたから忘れてた。高校生になって別々の学校になったんだって。

そう考えてふっと笑ってしまう。
もしも薙が残ってたら、『おっそ〜い!あたしをこんなに待たせるなんて何様のつもり? 罰として翠屋のカスタードシューとビターチョコシュー、さくらの奢り!ハイ決定!』とか言われただろう。

あはは。
そっか、別々の高校に進学しても、いつでも逢えるって思ってたけど。
そうじゃなくて、それは、いつもそばにいられないってことなんだよな。

「あ。波綺さんお帰り。長かったね」
残ってたクラスメイトは、席が近くの男の子たちだった。
隣の席の男の子……。えと『氷村』って言ったかな。
いい加減名前くらい覚えなきゃ。

その氷村くんが声をかけてきた。
軽く頷いて、もう一度だけ薙がいない教室を見回す。

「あ。荏原さんたち? 先に帰るからって。ごめんねって伝えてくれって、ことづかってるよ」
「うん。ありがとう」
誰かを捜してる様子を察してくれたのかもしれない。

「にしてもサ。話長引いたみたいじゃん。なんだったの?」
その声は、後ろの席の『火野』という長髪の男の子。

「え〜と、保健委員になってくれって」
「あれ?保健委員決まってなかった?」
氷村くんがみんなを見回す。

「あ、うん、そうなんだけど、代わってくれって」
「そうなん?波綺さん保健委員になるんだ」
ニシシと嬉しそうに笑う火野くん。

「あ〜僕って病弱でさ〜。そん時は付き添いよろしくね〜」
ちょっと太ってて愛嬌がある『水隈』くんがお腹をさするように身を屈める。

「クマ。おまえ、そりゃぁ単なる食い過ぎだろ? それに、前に『病気したことない』とか言ってたじゃね〜か!」
「い、いや、こう見えても持病持ちでね。ゴホゴホッ」水隈くんが無意味にわざとらしく咳き込む。
「うそくさっ!」
他愛もないやり取りに笑うみんなに混ざって、つられて軽く笑う。

「おぉ〜♪ やっぱ波綺さん、笑うとグッと可愛くなるね〜」
と、火野くん。

「そ、そう?」
「そうそう。普段は……って、ひとりでいる時とかなんだけど、ちょっと気軽には話せないオーラが出てるからさ」
「う……」
それは以前からも言われてたこと。
拒絶オーラを感じるらしい。
少なからず自覚もあるから直さないとなぁ。

「あはは。気にしなくてもいいよ。純はね、波綺さんが大人っぽく感じて気後れしてるだけなんだから」
と言って氷村くんが小さく笑う。

「そうそう。火野くんは〜見た目軽そうだけど、意外とシャイなんだよね〜」
ポヤっとした笑顔でクマくんが微笑む。

「っるっせぇっ!! このクマっ! 黙ってろっ!!」
「あはは〜」
お気楽に笑うクマくんの首を絞める火野くん。
ただ、厚い肉に阻まれて効果は薄そうだった。

「あはは。純、それくらいにしときなよ。ほら、波綺さんも笑ってるし」
氷村くんの言葉に、火野くんがこちらに振り向く。
その様子が面白くて、いや違うな。なんて言うか。そう。なんだか懐かしくて。

「く、ふふ。あ、ごめん……なさい。でも、ふふ」
久しく忘れてた感覚が、なにか妙に嬉しくて可笑しかった。
みんながキョトンとしてるけど堪えきれない笑いが漏れる。

「いやっ、これはっ。その。あ、あははは」
絞めていた両手を解き、水隈くんと無理矢理肩を組んで笑う火野くん。
そんなやり取りをしながら、みんなと笑うこの時間が、やはりとても懐かしく感じた。

鞄に教科書関係をつめて帰り支度をしながら、聞くとはなしに氷村くんたちの会話を聞く。
どうもゲームセンターの話らしい。そういや一昨日、真吾と一緒に行ったんだよな。

「ねぇ、なんの話してたの?」
興味に駆られて尋ねてみる。
ちなみに、さっきから自然と口調は女の子モードだ。『他人』には問題なく自然にこれで話せるんだけど。

「ん? ゲーセンのゲームの話だよ。ダンスビート・ステップバトルって言うやつ。知ってる?」
氷村くんが説明してくれる。

みんなの会話を聞いてる限りでは、この男の子がこの集団の中心みたいだ。
ちょっと可愛い系のルックスで、身長は一六五くらいかな。
俺の方が高いや。

「あの足で踏む?」
「そうそう。波綺さんってゲーセン行くんだ」
「うん。この前の土曜に商店街にある大きなところで見たよ。結構、人が多くて人気あるみたいだね」
人だかりも出来てたしね。

「土曜? じゃぁさ。あれ見なかった?」
スポーツ刈りの、長身で痩せてる男の子(陸奥くんと言うらしい)が大きな声と身振り手振りで尋ねてきた。

「あれって?」
代名詞じゃわかんないって。

「歌姫さ」
「歌姫?」
なんだ歌姫って。ゲームのタイトルかなにかかな。

「陸奥。それじゃ波綺さんわかんないだろ。あのね、そのダンスビートは上級者になるとパフォーマンスするんだ」
氷村くんが言葉を継いで説明してくるらしい。

「ペアで踊ったり、後ろ向いてプレイしたりね」
と、火野くんも補足してくれる。

「そう。そのパフォーマンスなんだけど、歌って踊る女の子が居たらしいんだ。俺たちは土曜は顔出さなかったから見てないんだけどね。日曜日にゲーセンに行ったら、他校の友達が騒いでて。やれ『すごい美人だった』とか『セーラー服で踊られると破壊力があった』『歌めちゃ上手い』とか、もう大絶賛でさ。しまいには『歌姫』なんてあだ名までつけてて。そんなにすごいんなら俺たちも見てみたいなって話してたんだ」
「へ、へぇ……」

土曜日に。
商店街のゲーセンで。
ダンスビート・ステップバトルをプレイしながら。
歌ってたセーラー服の女の子、ねぇ……。

「めちゃ美人でどうもウチの学校の制服だったらしくて。でも、男連れだったらしいんだよなぁ」
火野くんが残念そうに落胆する。

「う〜ん。私は、そんな娘見なかったけど」
「そっかぁ。多分時間帯ずれてたんだろうね」
陸奥くんが、最もらしく頷く。

「見た奴の話じゃ、その娘が歌ってた時にはゲーセン中の人が集まったとか、プレイ途中のゲームをやめて見に行ったとか、色々な逸話があるんだよ」
なぜかわからないけど、嬉しそうに話す火野くん。

「今日来てるかもしれないぜ、そろそろ行こうか」
「そうだな。ね? 波綺さんも行かない?」
氷村くんが誘ってくる。

「うん。ありがとう。でも、ごめんね。まだ学校に用事があるんだ」
両手の平を顔の前で合わせて謝る。
でも、片手がギプスなので中国の挨拶っぽい感じになったけど。

「そっかぁ、用事が終わって時間があったらおいでよ。それじゃ」
「波綺さん、待ってるからね〜」
「さいなら〜」
「バイバイ」
四人はそれぞれ鞄を手に教室を出て行った。

手を振って見送り、姿が完全に見えなくなってから窓辺にもたれかかる。

う〜む。さっきの『歌姫』って、もしかして……。
確かに、あの時のギャラリーの数は異常だったけど、そんなに話があとに引いてるとは思ってなかった。
人違いの可能性もあるけど、ほとぼりが冷めるまで、しばらく近づかないようにしよ。


用事があると言った手前、寄り道して合気道部の練習をちょっと覗いてみた。
練習と言えど、空気そのものが張りつめてて、とてもちひろさんに話しかけられる状況ではなかった。
だから、しばらく見学したあと、そのまま帰ることにした。

体育館ではバスケ部やバレー部、グラウンドでは野球部、サッカー部などが練習している。
みんながんばってるなぁ……と、他人ごとのように考えながら下駄箱で靴を履き替える。
生徒用の玄関には、上級生の女生徒がたむろしてなにやら会話していた。
会話内容は聞こえなかったけど、俺が通り過ぎる時には、みんな黙ってこちらをうかがってるようだった。
なにか内緒話でもしてたのかな。
さて、と。帰ったら響に連絡とらないとな。





さくらが通り過ぎたあと、たむろしていた八人の女生徒たちは、おもむろに頷きあった。
すでに下校時間となってかなりの時が経ち、帰宅部の生徒の姿も途絶えがちな生徒用玄関には彼女たちの姿しかない。

「今のが例の娘?」
髪の長い大人びた容姿の赤い色のラインが入った制服を着た女生徒が、さくらの後ろ姿を見つめながら確認するように問う。

光陵のセーラー服は、一年が藤色、二年が鶯色、三年がエンジ色なので、彼女は三年生と言うことになる。

「はい。昨日とは髪型違ってるし、今日はメガネかけてて印象変わってますけど、左手のギプスがなによりの証拠です。間違いないです」
鶯色のラインが入ったセーラー服の女生徒が答える。
さくらは覚えていないが、昨日の誠南との練習試合に応援に来ていた娘である。

「名前、わかる?」
「名前は『波綺さくら』。入学式の時は入院してたらしくて、この前の金曜日から出てきてるそーです」
「入院? ダサッ」
周囲から冷やかすような笑いが起こる。

「とにかく。あの娘がその金曜の昼に、中庭で赤坂クンとふたりで話してた娘なんでしょ?」
「はい」
「それに、ねー。オトトイ見ちゃったよね」
「ねー」
「……なにを?」
中心に居る三年生がうながすと、

「アタイら、土曜日に電車で赤坂クンと乗り合わせたんです」
「ラッキーって思ったら、隣にウチの制服の女が居たんですよ」
「なんか妙に慣れ慣れしく話してて、やっぱり腕にギプスしてたから、さっきのアレが同一人物ですよ。アイツ学校では割とジミメなんだけど、休みの時は化粧とかしてますよ」
「サッカー部のマネージャーやってる友達が言ってたんですけど、どうもアレが彼女ヅラして付きまとってるらしいです。昨日も図々しく弁当なんか持ってきてたし」
「彼女……って?」
「いえ、赤坂クンは否定してました。でも、他の部員はそうだと決めつけてたみたいで、可哀想に赤坂クン困ってましたよ」
二年の娘が憤慨したように答える。

「ふ〜ん。すると、アレが押し掛けてるだけ。と言うこと?」
「絶対そうですよ。赤坂クン優しいから、きっと断れないでいるだけなんですよ。このまま、ほっておくんですか!?」
「そうね。このままにしておいたら、私たちファンクラブは、いい面の皮になるわよね」
「呼び出しますか!?」
二年の娘らが嬉しそうに色めき立つ。

「それはまだ早いから。まずは、そうね……」
顔を寄せて小さく話す。

「それじゃ、みんないいわね。今年度最初のエモノだから、見せしめのために多少派手にやるわよ」
「はい!」





「……!?」
下校途中、不意の悪寒に後ろを振り返る。
でも、特におかしいところはない。気のせいかな。

 
   






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