Chapter. 5
Shadow of malice

シャドウ・オブ・マリス 10




 
   

「はれれ? 楓ってば食べないの?」
卵焼きにカプリとかじりついたままの茜の問いに、楓ちゃんはにっこりと笑顔で返す。

お昼休み。
席を作って、茜、桔梗さん、楓ちゃんと俺の四人で囲む昼食でのこと。
楓ちゃんは、食べ始める俺たちをニコニコと眺めているだけだった。
茜が言うように、楽しそうにしているだけで昼食を食べようとしていない。
でも、楓ちゃんのお弁当は、ちゃんと机の上に置いてある。
忘れてきたとか言うわけでもないらしい。
笑ってるってことは体の調子がおかしいのとも違うみたいだ。
顔色もいいみたいだし。

「うん。もう少しで来ると思うんだ」
「誰か来るの?」
「えへへ」
嬉しそうな楓ちゃんの様子に戸惑う茜。
でも。俺と桔梗さんはなんとなく想像がついて視線を合わせた。

その時。
パコ。と軽い音を立てて、楓ちゃんの頭の上に別のお弁当箱が出現する。

「くすん。痛いよぉ〜」
頭の上のお弁当を支え、涙目で非難する楓ちゃん。

「おまえ、弁当間違えただろ!」
いつの間にか楓ちゃんの後ろに立っていた学生服の男の子が、もう一度お弁当を持ち上げると力を抜いてふたたび頭の上に落とした。
軽く落としてるみたいなんだけど、それでも中身が詰まってるからか、ゴツンという鈍い音がここまで聞こえた。
やっぱりコイツか。
その男の子を見てそう思った。

「痛いってばぁ〜」
「うるせぇ、バカエデ。ったく、おまえが間違えたんだから、そっちが取り替えに来いっての!」
その男の子は、ぱっと見は『学生服を着た楓ちゃん』といった容姿だった。

高木瀬颯。
楓ちゃんの双子の弟で、俺は入試の時に隣の席だった関係で顔見知りだったりする。
しかし、こうやって並んでいるところを見ていて気がついたんだけど、楓ちゃんと似た容姿でも、外見から受ける印象は大きく違う。
楓ちゃんは雰囲気が柔らかくて、包みこむような優しさを感じるけど、颯くんの方は刃物のように尖って威嚇するような感じがする。
それは主に視線の強さによるものなんだと思うけど。
いやいや、まだまだ背伸びしてるって感じだよな〜颯くんってば。
でも、その生意気そうなところが可愛かったりするんだよ。うん。

「う〜ごめんね、颯くん。えへへ」
謝りつつも楓ちゃんは楽しそうだ。

「……ちっ」
俺たちの視線を一身に集めていることに気づいた颯くんは、顔を赤くしてお弁当箱を取り替える。

「ねーねー。コレが双子ちゃん?」
茜が颯くんを指さして楓ちゃんに尋ねる。

「るせぇ! 人をコレ呼ばわりすんな! そして指さすなっ!!」
自分に向けられた茜の指を、手の平でパシッとはたき落とす颯くん。

「わわ。意外に凶暴だ」
「茜。今のはあなたの方が悪い」
冷静な桔梗さん。

「とにかく、もう間違えんなよ!」
取り替えたお弁当箱は同じ模様の巾着に入っていた。
どうやら、お弁当箱のサイズが違っているらしい。
用が済んで立ち去ろうとする颯くんが、なにげに俺を見た瞬間、ビデオの一時停止のように立ち止まる。

「…………」
お。気がついたかな?
そのまま五秒間くらい見つめ合う。
なんだか埒があかなさそうなので、反応をうながすように笑顔で手を振ってみた。

「あ、お、おまえ!」
「あんまりお姉さん苛めるなよ?」
人差し指を立てて、諭すように言う。

「な、な……っ!?」
「そ〜だそ〜だ。さくらちゃん、もっと言ってやって」
楓ちゃんが俺の後ろに隠れながら、茫然自失な颯くんを非難する。

「ちょっ、ちょっと。来いっっ!!」
「あらら……」
もう片方の二の腕を掴んで、ぐいぐいと教室の外にまで引っ張られる。

(あ〜箸、箸)
右手に持った箸はそのままに廊下に連れ出されていく。

「いってらっしゃぁ〜い」
なにごとかと事態を推し量っているクラスの中で、ただ楓ちゃんだけがニコニコと手を振っていた。

どこまで行くのかと思ったら階段下の物置前まで連れてこられた。
ようやく立ち止まったかと思うと、颯くんは正面から観察するように無言で見つめてくる。
信じられないとでも言うように顔を一度だけ左右に振る。
そして、視線が足下から順番に登ってきて真正面でとまった。
すぐに視線をそらしたけど見る見る顔が赤くなる。
わかりやすい奴だよなぁ。

「……」
頭のつむじが見下ろしながら相変わらず小さいなぁと思った。
ちょうど楓ちゃんと同じくらいかな。
百五十五センチくらいか。

「………………」
「あのさ」
チラチラと俺と視線があうものの颯くんはなにも話そうとしない。
仕方がないので、こちらから話しかける。
連れてきたのは、そっちなんだけどな。

「な、なんだよっ」
ちょっと怒ってるみたいな、ぶっきらぼうな口調。

「腕。痛いんだけど」
「あっ。わ、悪りぃ……」
ずっと掴んだままの腕をようやく放してくれた。

掴まれていた二の腕を軽く揉む。
血行が滞ってたのか少しヒリヒリした。
ちっちゃくても男の子だなぁと思わせる握力。
でも、私も一応は女の子なんだから少しは加減しろっての。

「久しぶり。無事受かったようで、なによりだね」
「お、おまえこそ、受かってたんだな」
颯くんから出てきた言葉は怒ってるっぽい口調で、こちらが悪いことしてるみたいな気がしてくる。

「まぁね。あの時言っただろ? 私は大丈夫って」
「……にしては入学式に出てなかったじゃねぇか」
「あ、あぁ。入学式ね。うん。出てないけど?」
「ぅ……」
さも当然のように答えた俺を睨んでくる。
今度は本当に怒ってるっぽい。

上目遣いで一生懸命威嚇している(であろう)表情を見てると、颯くんの感情とは逆に、すごく可愛く見えてくる。
なんかさ、虚勢を張ってる子どもみたいだよな。
って、まだ子どもか。十五〜六歳だもんな。

……俺も大して違わないんだけど。

「ちょっとね、入院してたんだ」
袖をめくって左腕のギプスを見せてあげる。
颯くんは一瞬ポカンとして、そして納得出来たのか表情が少し穏やかになった。

ふむ。この、くるくると変わる表情の変化もなかなかに面白い。

「ふん。てっきり落ちたんだとばかり思ったぜ」
「あはは。そんなわけないって」
パタパタと、箸を持ったままの手を仰ぐように振る。

「……それよりもだ。どうだ! きっちり合格したぜ。賭は俺の勝ちだな」
得意そうにふふんと笑う颯くん。

「賭……って、なんだっけ?」
「な、なんだと!? てめぇ今更バックレんのかよっ!」
真っ赤になって怒る颯くん。
あの時と変わらぬ瞬間湯沸かし器のようなこの性格。
もうちょっと余裕を持たないと疲れるぞ。
しかし、賭、賭ねぇ。

「あ。あれかな。颯くんが合格したら、なにか奢ってあげるとか言う……」
「颯くん言うな!!」
「どうして?」
叫ぶ颯くんに、ちょっと驚く。色々と気むずかしい奴だなぁ。

「どうしてもだ!」
「じゃ、なんて呼べばいいんだよ?」
「……知るかっ!! とにかく、君づけはやめろ!」
「わがままだなぁ。それなら、そーちゃん?」
「それもだめだ!」
「颯サマ?」
「バカにすんなっ!!」
「なら、ご主人様?」
「…………」
あ。赤くなった。
あはは。楽しい奴だな〜。
でも、その呼び名はこっちもかなり恥ずかしい。

「コホンッ。よし。颯。これでいいだろ。な、颯」
パンと背中を叩く。

「けほっ。……ちぇっ。まぁそれでいいや」
「そっちも『さくら』でいいからさ」
「さくら? それが名前か? 結局俺は、おまえの名前聞いてなかったんだけど」
「あぁそっか。入試の時は、お互い名乗らなかったからね。自己紹介も今更って感じだけど、私は『波綺さくら』。よろしく」
「『高木瀬颯』だ。って、そっちは知ってるみたいだけど」
「うん。楓ちゃんからそれとなく」
「……くそっ。ここ何日か、バカエデがなにか隠してると思ったらコイツのことだったか」
「なに?」
「……なんでもない。さくら、か。へぇ、そうやって制服着てりゃぁ、少しは女らしく見えるじゃん。入試の時は男みたいだったのに。馬子にも衣装だな」
「颯も学生服着てたら…………」
「……」
「…………」
「途中で黙るなよ!」
またも怒鳴る颯を無視して考えに沈む。

身長のせいか颯まだまだ中学生っぽさが残っている。
男の学生服なんて中学高校と代わり映えしないしね。
受験の時と変わらないとか言ったら、また怒りそうな気がするなぁ。

「聞いてんのかよっ!!」
いや、どっちにしても怒ってるなコイツは。

「聞いてるって。で、なんにする?」
「なにがだよ」
「約束だからね、なにか奢るよ。ケーキ? それともアイスクリーム?」
「そんな甘いモン食えるか! そうだな〜ラーメン。うんラーメンがいい」
「ラーメンねぇ……。それじゃ一柳亭でいい?」
確か真吾が、そこのラーメンは安くて美味いとか言ってたような気がする。
学生の身で他人に奢るのなら安い方が財政的に助かるし。

「お。わかってんじゃん。真っ先に一柳亭が出てくるなんて、結構『通』だなお前」
年相応の可愛い笑顔を見せる颯。

(うわ)
思わず口に手をあてる。

楓ちゃんと双子なだけあって笑顔がすごく可愛い。
いかん、男の子にときめいてどうする俺。

「うん? どうかしたか?」
俯いた俺を、下から覗きこむように見上げてくる颯。

……可愛いっ!!

思わず抱きしめたくなる衝動をなんとか堪える。
その愛らしい庇護欲は陽葵並の破壊力だ。
こんな弟欲しかったなぁ。いいなぁ楓ちゃん。

「いや、なんでもっっ。じゃ一柳亭でいいね。いつにする?」
今の感情を気取られないように平静を装う。
ポーカーフェイスには自信があるから、よもやなにを思ってたかなんて気取られてはいないだろう。

「また忘れられたら困るから今日だな、今日」
「はいはい。どうする? 放課後、そっちの教室に行けばいい?」
「早く終わった方が校門で待つってことでいいか」
「オッケー。じゃ、またあとで」
なんとなく持ってきている箸を振る。
端から見たら間抜けそうだな、この姿は。

「あ……」
と声を出す颯。

「ん? なに?」
なにか言いかけた颯を見つめる。

「なんでも。じゃぁな。すっぽかすんじゃねぇぞ!」
「わかってるって。信用ないなぁ」
こちらの言葉が言い終わるのを律儀に待ってから、颯は走り去っていった。

子どもは元気だなぁ。

 
   






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