Chapter. 7
Standing position
立つべき場所 10





 
   

「大分遅れちゃったね〜」
寄り添ったコノエが済まなさそうにポツリと呟く。
その視線は、渡り廊下の窓越しに見えるグラウンドへと向けられていた。
いつになく気弱そうに見える横顔が印象的で、身長差から頭ひとつ下にある表情を見つめる。

「仕方ないさ。それより、足は本当に大丈夫?」
肩を貸しているコノエの左足に視線を移す。
捻挫した足首には包帯が巻かれていて、体重をかけてしまわないように少しだけ持ち上げられていた。




今日は全校一斉スポーツテストの日。
身長や体重などの基本測定に始まり、体力や身体能力を検査する例のあれだ。

一年生はグラウンドから、二年生は体育館からのスタート。
三年生は好きな方からスタートして、それぞれの種目が終わり次第に随時交代しながら午前と午後を使って進行する。

茜や楓ちゃん、桔梗さんにコノエを加えたメンツに、ちひろさんたち三年生とも合流して一緒に回ることにした。

「フツーにやってもツマンナイからさ。ひとつ勝負といかないかね君たち?」
と、各種目を測定するにあたって、透子先輩がみんなに勝負を持ちかけてきた。

もちろん運動部系メンバーの参加は強制され、結局、言い出した透子先輩を筆頭に、合気道部副主将のちひろさん、バスケ部員の茜、なぜか文化部代表で俺、そして、運悪く通りがかったがために無理矢理巻き込まれた女子バレー部キャプテンの伊沢早希さんを交えた総勢五名で競うことになった。

初めは普通に結果を見せあっていたんだけど、勝った負けたと言い合っているうちに、みんなの勝負魂に火がついてしまった。
真剣勝負の様相を見せ始め、俺たちのボルテージは無駄に高くなっていった。
その熱気に触発されたのか、いつしか文化部メンバー同士での勝負も始まってしまうほどで、自己新を次々と塗り替える記録が叩き出されていった。

その結果……かどうかはわからないけど、張り切りすぎたコノエが走り幅跳びで足首を捻ってしまった。
今は、その付き添いで保健室に行った帰り……というか戻っているところだ。

幸い捻挫はそれほどひどくなかったけど、未央先生は無理はするなと言ってた。




「うん。テーピングしてもらったし、もうかなり平気。ごめんね付き合わせちゃって」
肩に掴まっているコノエが視線を戻して照れ笑いで謝る。

「いや、元々保健委員だし。それに、コノエにはいつも世話になってるんだから、これくらい気にするなって」
「ありがとね。……ねぇ、ミキちゃんはグラウンドの種目、全部終わってるんだよね?」
「そうだね。まだ千二百メートル走が残ってるけど……」
長距離走はグラウンドの種目が一通り終わってからということで午後からの測定になっている。

「あとで一緒に走ろっか?」
「いやいや、その足じゃ無理だろ。今日は未央先生が言ったように足に負担をかける種目は全部棄権したほうがいいよ」
「そっか、うん、そうする。それなら次は体育館だね。みんなはもう先に回ってるだろうし、ミキちゃんさえよかったら残りの種目一緒に付き添ってくれない?」
コノエを治療している間、透子先輩たちには先に回っててもらって、後で記録を比べようって話をしてるので問題はないかな。

「もちろん。無茶しないように見張っておかないとね」
「大丈夫よ〜。体育館の種目は走ったりしないから」
「でも反復横跳びとか、やばいんじゃない?」
「あ〜そうだねー。う〜ん、今年は新記録が出せそうだったんだけど、無理しない範囲でやってみよっかな」
「ダメ。本格的に捻挫するかもしれないだろ」
「は〜い」
子どものような返事でコノエがクスクスと笑う。

「話しは変わるけど、ミキちゃんの方は、なにか動きあった?」
そう問いかけるコノエを見返す。
話の内容は、きっとファンクラブのこと。

「いや、さっぱり。コノエも空振りなんだろ?」
コノエは微妙な表情で苦笑いした。

真吾と一緒に昼食をとり始めて約一週間。
拍子抜けするほどにファンクラブからの具体的なアクションはなにもなかった。
直接ではないにしても、陰口なり当てこすりでもあれば、まだいくらか対応できて良かったんだけど。

食事をともにした五回のうち、ふたりきりだったのが一回だけなのが原因かもしれない。
毎回、なんやかんやで邪魔が入って、みんなでお昼的なシチュエーションになってたからなぁ。

「このまま収まってくれてもいいんだけど、なにかしら決着が着かないと消化不良で具合が悪いのよねー」
人差し指で下唇をつつきながら苦笑いするコノエ。

「確かにね。火種を残すと、また、いつ火事が起こるかもしれないし」
「なのよね〜。出来れば生徒会選挙前には解決したかったんだけど」
「コノエは今の状態をどう思う? これだけ挑発……しても反応がないのは、手をこまねいてのことなのかな。それとも、目に見えてないだけで水面下で動いてるのか」
「水面下で動かれるのは一番困るんだけど、そんな悠長に構えてもいられないはずなのよね。メンバーからの突き上げだってあるはずだし」
「まぁ、それを狙っての作戦だったわけだしね」
あれは作戦と言うよりも、普通に前みたく一緒にお昼を食べてる感覚だったけど。

ひょっとして、それがいけなかったんだろうか。
いやいや。行き過ぎはボロが出る可能性が高いし、違うところに誤解を招く可能性もある。

「ん〜、私の予想なんだけどね。動くに動けないんじゃないかって思うんだ」
「動けないって、どういうこと?」
「直接手を下したいのは山々だけど、今、経歴に傷が付くのは困るってところかな。なにしろ受験や就職が控えてるから、極力問題になるのは避けたいはずよね」
「あぁ。だから『動けない』わけか」
「あくまで予想だけどね。最初に被害届だの裁判だのって明美さんたちを脅かしたのを聞きつけていたとしたら、迂闊に手を出すのはためらわれる。証拠を残すような真似をして訴えられたら、実刑は免れたとしても事件としては記録が残っちゃうからね。でも、黙っているのも癪だってことで、焦っててもおかしくはないかなぁって」
「なるほどね」
すると我慢比べってことか。
作戦はもうしばらく続けた方がいいのかな。

「さらに、もし私たちが網を張ってることにも気づいてたら、よほどのことがないと行動しないかなって」
「だとすれば、なおさらすぐには動かない可能性が高いってことか。やっぱ長期戦になるのかなぁ」
それは勘弁して欲しい。
みんなにも迷惑かけてるし、精神的にもキツイ。

そんな俺の表情が可笑しかったのか、コノエはクスクスと笑いながら廊下の手摺りに寄りかかった。

「安心してミキちゃん。こんな言葉があるでしょ。『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス』ってね」
無邪気そうな笑顔で怖い言葉をサラリと言う。
不意に、以前薙から忠告された言葉が脳裏をよぎる。

「……織田信長、だね。コノエなら秀吉の方が似合ってそうだけど」
「毎回上手くコトが運べば秀吉さんや家康さんでもいいんだけどねー。目的の達成にポリシーなんて邪魔なだけだから。ケースバイケース。蛇の道は蛇。巣穴から燻り出せないなら、時間もないことだし、いっそ水攻めしてみようかなって。ミキちゃんには悪いのだけど」
「悪いって、なにが?」
「こっちで解決しちゃうと、ミキちゃんのカタルシスがなくなっちゃうからね〜」

カタルシス?
確か、抑圧からの開放……だったっけ。
カウンセリングの先生が心理治療について話してくれた時に聞いた言葉だ。

「いや、そんなの気にしなくていいから。早く解決できるんなら、それに越したことないし」
「そう? それならがんばって選挙前に片づけてみようかな」
組んだ手を捻って前に伸ばしながら、簡単に片づけられそうな調子の声。

「なにか手があるの?」
「うん。さっきも言ったように実際の動きはなかったんだけど、ミキちゃんに囮役をやってもらってた間に、いろいろと情報を集めて調べてたの。でね、ようやく手がかりっぽいのが掴めたのよ〜」
「本当に?」
「ホントーです。と、言いたいところなんだけどね〜。まだ接触してないし、裏も取れてないから確実ではないのよね〜」

最近気が付いたんだけど、コノエは白黒はっきりつかない情報について、こちらから訊かない限りあまり話そうとしない。
俺の主観からすると特に口が堅いとか言うんじゃなくて、話す必要がないから話さないだけのように見受けられる。
ここ十日ほどは相談を含めて、いろいろ話す機会があったから、ある程度の情報は聞き出せたけど、肝心な部分はいつも言葉を濁される。

「でも目星が付いたんだろ?」
そんなコノエが口にするからには、濃いグレーな人物が浮かび上がってるんだろう。

「探りを入れてみて反応を見ないことにはなんとも言えないかな。でも、もし当たりなら完全解決までは無理にしろ、選挙前に被害を食い止めるくらいは十分可能だと思う」
「それだけでも、かなり助かるよ」
「ふふ。もし相手が男の子だったのなら選挙前に余裕で間に合うんだけどね」
「……女の子だから難しいってこと?」
男女差でなにかが違うんだろうか。

「そうよ〜。基本、女の子は理屈じゃ半分程しか納得しないし、実力行使しちゃうのも相手が被害者になりそうで危険だしね。こういったケースを本当に解決するのなら、相手の見栄とか虚栄を満足させながら、その後ろにある心を攻めないといけないの。これが男の子相手なら正面から力ずくで叩き折ればいいから楽なんだけどね。あとは、そうね〜、損得の計算も女の子は感情優先で行動しちゃうところがあるから、次の手が読みにくいのもあるかな。全部が全部ではないのだけど。ホントいろいろと厄介な生き物なのよ」
「なんだか酷い言い様だね……」
「でも、男の子より面倒くさいのは確かね。私も含めて、だけどね」
「俺も、そうなのかな?」
今コノエが言ったようなことは自覚としてはないんだけど、これでも一応、女の子なわけだし。

「ミキちゃんはねぇ〜育った環境が特殊だから、かなり男の子寄りだと思う。自分でもそう思うでしょ?」
「ん〜、まぁねぇ」
やっぱりか。別にそれで嫌なわけじゃないからいいんだけど。

「そういう意味では、ミキちゃんの手を煩わせない方向で解決するのがベストかなって思ってはいたんだ」
「あ〜、その方がこっちも助かるよ。正直、相手から手出ししてくれないと反撃できないからストレス溜まるだけだし。コノエも言うように迂闊に手も出せないからね」
「わかった。なら、私の方で解決できないか当たってみるね」
「お願い。……それと、これは興味本位で訊くんだけどさ、また取り込んだりするの? 例の五人のときみたいに」
屋上で襲ってきた五人を人手不足だからと取り込んだように、ファンクラブメンバーも手駒に加えたりするんだろうか。

「ん〜。必要ないって思ってるけど相手にもよるかな。有能そうならスカウトするかも。ミキちゃんはそれでもいい?」
「解決さえできれば文句ないよ。首謀者とは一度ちゃんと話してみたいけど」
「うん。どちらにしろ一度は会ってもらうつもりだったから問題ないよ」

ふたりで話し込んでいると、階段の方から声が聞こえてきた。
男の声で人数にして四〜五人くらいだろうか。
会話の内容までは聞き取れないが、なにやら談笑しながらこちらへと近づいてくる。

「そろそろ戻ろうか」
「そうね。ちょっと時間押しちゃってるかも」
寄りかかっていた壁から背を離すと、男たちが渡り廊下を通りがかる。
俺たちの存在に気づいて言葉をつぐみ、ジロジロと無遠慮な視線を送ってきた。

男のひとりと目があった。
なんとなく見覚えがあったので凝視していると、その男は気まずそうに視線をそらした。

「あれ? こいつって例の噂ンなってる女じゃね?」
別の男が俺を指差して仲間に同意を求める。

体操服の色からすると全員三年生。
決して真面目とは言い難い雰囲気からトラブルに発展しそうだと身構えた。
なにか起こったら上手く正当防衛になるように切り抜けないと。

「くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ」
「痛っ! んっだよ船澤っ」
「オラッ早く行けって。遅れたらまたどやされんぞ?」
さっき視線をそらした男が、俺を指差した男の背中を蹴って先を急がせる。

「だからって蹴ることねぇだろ! それよりもそいつが……」
「いいから行けって!!」
背中を押していた男が最後に振り返って、こちらに小さく頭を下げた。

その様子を見て、ようやく思い出す。

「……あぁ、例の五人のひとりか」
コノエに肩を貸して体育館へと向かいながら呟く。

「どう? 随分変わったでしょ」
そう言って、にんまりと微笑むコノエ。

「いや、それはまだ判断しにくいんだけど、コノエから見てどうなの? ちゃんと更正してる?」
「模範生徒……までは無理だけど、それなりにね。まぁ『次は無い』ってことは理解してるんじゃないかな〜」
「次って一体なにを……ってのは聞かなくてもいいや。コノエに任せたんだし」
「そお? でも、誠心誠意お願いしただけよ? 裏切ったり、私が問題だと思うことをしないでくださいって」
「お願いかぁ。それでちゃんと更正できればいいんだけどね」
コノエのことだから、普通のお願いじゃないんだろうなぁ。

「うん。少なくとも四人は大丈夫みたい」
「四人……って、あとひとりは?」
例のグループは全部で五人のはずだ。

「さぁ? すぐに学校辞めちゃったから」
「辞めた? 転校じゃなくて退学?」
それは初耳だ。

「うん自主退学。遠くに行くとか言ってたから、もう二度とこっちには戻ってこないかもね」
「……遠くって、留学、とか?」
なんとなく、なんとなくだけど嫌な感じがする。
胸の奥がモヤモヤとして落ち着かないような、目の届く位置にあった危険を見失ったかのような。

「どうだろうね〜。気になるなら詳しく調べておくけど?」
「……そうだね……いや、やっぱりいい。聞いても仕方ないことだし」
落ち着き払ったコノエの様子を見て申し出を断る。
さっき言ったようにコノエに任せたことだし、今更、口出しすることはなにもない。

「心配しなくても大丈夫よ〜。保険は幾重にもかけてるし、今はミキちゃんになにかあったら私にすぐ連絡が入るようにもなってるし」
「う、うん。よろしく……」
保険ってなんだ? 幾重にもってどういう意味? 連絡が入るって監視してるってこと?
疑問が次々と浮かんできたけど、その全てを水面下に沈める。
気にならないわけじゃないけど、知りたくない、知っちゃいけないって気持ちもある。
今回の件については、一応の解決を見るまではコノエに協力を依頼して託したんだから。

半ば無理矢理に、そう納得することにした。




途中昼食を挟んでのスポーツテストは三時前にようやく終了した。

勝負は記録順に一位四点、二位三点、三位二点、四位一点で計算して、総合計の結果は、僅差ではあったものの透子先輩の勝利に終わった。
次点はちひろさん。三位は同着で伊沢先輩と俺、少しだけ離れて茜という結果になった。

茜のために弁護しておけば、バスケ部部長である透子先輩と一緒で始終緊張して本来の能力を出しきれたとは言えない状態だったのと、先輩たちとはふたつも歳が離れていることが理由だろうと思う。
そのことを加味すれば、僅差で負けたことは十二分にすごいことだ。
俺も年齢的には茜のひとつ上でもあるしね。

種目別の勝敗では、握力、上体起こし、垂直跳びで三冠が取れた。
特に垂直跳びは、伊沢さんとタイの八十二センチで自己新記録をマークした。

今日測定してみて改めて浮き彫りになったけど、瞬発力はいいとしても持久力がかなり足りてない。
自分でもわかっていたんだけど、長距離走や反復横飛びなどは終盤にグダグダなまでにバテてしまった。
持久力は一朝一夕には改善されないだけに年間計画で鍛えないと。
それには運動部にでも入るのが手っ取り早くて続けられると思うんだけど、すでに文化部に籍を置く身だし下手をすれば生徒会長もこなさないといけなくなるから、時間的な制約からいって兼任は難しいだろう。
大人しく走り込みから始めようかな。

文化部チームのトップは、こう言っちゃ失礼かもしれないけど、意外にも桔梗さんだった。

茜曰く、
『桔梗はねぇ運動神経は悪くないんだ。ただ、圧倒的に体力がないのと、圧倒的に球技に向いてないってだけで』
とか評して、桔梗さんに叩かれていたっけ。

次点はモリリン先輩。以下は僅差で香澄会長、楓ちゃん、志保ちゃん、そしてコノエの順。

コノエは捻挫で棄権した種目がなければ、結構いいとこまでいってたと思う。
本人はなにも言わないけど、時折見せる身のこなしは素人のものじゃない。
でも玄人的な隙のなさの域まで達してもいないようなので、嗜みとしてやってたんじゃないかな。
しかし、つくづく底が見えない娘だ。


話を戻すと、まぁ、そんな感じで記録を見せ合いながらワイワイと楽しく過ごした。
それも終わった後で、楓ちゃんやコノエたちがやけに嬉しそうだったから、なにかと思って理由を尋ねると

『うん。さくらちゃんが楽しそうで良かったなって』
と言って笑っていた。

……本当、コノエをはじめとして、みんなにいろいろと心配かけてたんだなって思わずにはいられなかった。

うん。
そのためにも、生徒会長になろう。

もちろん、なれるかどうかはわからないけど。
そのための努力は精一杯やってみよう。
問題を解決して早く安心してもらうためにも。
来年入るであろう瑞穂のためにも。

そしてなにより、自分のこれからの高校生活ために。

みんなと一緒に笑いながら、心の中で決意を新たにした。





後日。

スポーツテストの集計に携わった体育教師たちは、その結果を意気揚々と校長に報告した。
男女合同で行われたがゆえに、当日は特別目立ちはしなかったのだが、男女別にふるいにかけて平均値を出した時、全校的にはもちろん、全国的に見ても上位に入れるだけの記録を出した生徒が幾人かいたためである。

特に一部の女子の記録は男子平均をも上回り、全国的に見ても上位に入るほどのものだった。
男子も人数的には女子ほどではなかったが概ね高い結果が出ており、文武両道を推奨する高校として校長以下の教職員らは満足げだった。

なかでも、一年生である波綺さくらの記録は、同学年の全国平均と比較したときの伸びしろが大きく、注目を集めた。
握力と垂直跳びに立ち幅跳び、そして上体起こしと長座体前屈において突出して高い数値を出していた。
ともに瞬発力や柔軟性が大きく影響する種目で、これらは男子の上位者と比べても遜色ないほどである。
特に垂直跳びの記録は八十二センチで、三年生で女子バレー部キャプテンの伊沢早希と並び、光陵高校全体では三年生バレー部男子の八十六センチに続く二番目の成績であった。

逆に持久力に関係する反復横飛び、二十メートルシャトルラン、千二百メートル走は奮わなかったが、それでも女子平均以上であり、ほとんどの種目が全校女子で十指、同学年では五指以内に入った。

この、波綺さくらを含んだ数名の生徒の記録は体育の授業で“優秀な記録を出した生徒”として紹介された。
同じく名前を連ねた舞浜透子、斎藤ちひろ、伊沢早希、赤坂真吾らについては、部の後輩や下級生たちが大いに噂するほどの盛り上がりを見せたが、優秀な記録を出した生徒の筆頭として紹介されたはずの波綺さくらについては、『どうせなにかズルしたんだろう』と否定的な意見が散見しただけで、本人のクラスを除いてほぼ話題には上らなかった。

発表後、優秀な記録を出した一年生には各運動部からの勧誘が盛んになった。
が、波綺さくらに対しては、学校での立場が微妙なゆえに問題児を抱え込もうという奇特な部は少なく、個人的によしみがある女子バスケ部と女子バレー部が勧誘したのみだった。
それも、すでに料理研究会に所属していること、生徒会長に立候補することを理由に断られてはいたのだが。

結局、ゴールデンウイークを控えて多くの生徒らが連休の予定について花を咲かせている時期でもあったので、なにかと悪い噂が立っている一年の女子生徒に『運動神経はそう悪くない』及び『また、なにか不正を行ってのものだろう』という評価が加えられただけに終わった。

 
   






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