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Chapter. 7
Standing position
立つべき場所 12





 
   

ジュゥっとフライパンでタマネギを炒める香りが家庭科室を満たしていく。
換気と、もうひとつ別の意味で、窓とドアは大きく開け放している。
時折、前の廊下を通り過ぎる生徒の視線を感じるけど、そのほとんどが足早に通り過ぎていく。

視線を戻すと、椅子の背を抱えるように反対向きに座った蔡紋が、黙ってフライパンを見つめていた。
初対面の印象を大幅に修正しながら、今のところ大人しい蔡紋を見て微笑ましく思う。

「ちょっと待ってて。あり合わせだけど、特製オムライスをパパッと作っちゃうから」
合い挽き肉を入れて塩コショウ。
肉の色が変わり始めてから、ニンジンとブロッコリーを入れて手早く炒める。
卵は……二個使おうか。御飯も大盛りじゃないと足りないだろう。
量は真吾と同じくらい食べるのかな。
いやいや、さすがにそれだけの材料は残ってないから、今は出来る範囲で……

「なんか……手慣れてンな」
ボソっとつぶやく蔡紋を見て、にこっと微笑み返す。
すると、驚いた表情で慌てて視線を外し、困ったように頭を抱えた。
……なにを動揺してるんだコイツは。

「まぁね。これでも料理研究会の会員だからね」
「なんだ、それ?」
「部活だよ部活。人数少なくて、まだ同好会なんだけど、今年は部に昇格できそうだって会長が言ってた」
「あぁ、なるほど」
「その、ささやかな特権として、調理実習室が使えるってわけ」
その鍵は香澄会長に快く貸してもらった。
……あまりにも何も聞かずに貸してくれたので、あとが微妙に怖くはあるんだけど。

ケチャップに続いて御飯を投入。
香ばしくて、いい匂いがあたりに漂っていく。

隣の鍋には昨日の活動の残り……ハッシュドビーフが、くつくつと音を立てている。
フライパンを火から下ろして、今度は卵焼き用の四角くて小さなフライパンを熱しながら油をひく。

「おまえ、いつもそんなことやってるのか?」
待ちきれない様子で生唾を飲み込む蔡紋。
視線はというと料理に釘付けだった。
空腹は一番の調味料。
あの感じなら多少失敗してても残さず食べてくれるだろう。
もちろん、失敗しないつもりだけど。

「家では手伝う程度、かな。前に下宿してた時は、ほぼ毎日やってたけど」
ボウルにだし汁と牛乳、粉チーズに砂糖を加えて、よくかき混ぜる。
ベージュ色になじんだところで卵を二個加え、黄身と白身を切るように箸を広げて軽く混ぜていく。
それを薄く煙が上っているフライパンに一気に流し込んだ。
ジュワッっと湯気をたてる卵を混ぜ返して固まり具合を確かめつつ、半熟になったところで手前を持ち上げてふたつ折りにする。

「なぁ、まだか?」
「あと一分待ってろ」
手を止めずに答える。
ケチャップライスを手頃な茶碗に盛って軽く押さえ、それを大皿にひっくり返す。
お子様ランチのボスみたいなサイズの御飯に卵焼きを被せ、中心をナイフで切って広げると半熟の中身が全体を覆うように広がった。
今にも飛びかかりそうな蔡紋の圧力を感じながら、仕上げのハッシュドビーフをソースとしてたっぷりかけて、炒めておいたブロッコリーを添える。
よし、完成! 予告通り一分未満で盛りつけを完了した。

「はい。お待ちどおさ……」
渡すが早いか、握りしめてたフォークまで食べそうな勢いで特製オムライスをかき込む蔡紋。
その様子に思わず苦笑しながら、麦茶を注いだグラスを差し出した。

蔡紋は口一杯に咀嚼しながら視線をこちらに向けて頷いた。
口の中のものが無くなる前に次の御飯が運ばれるので、一言も喋らずに黙々と食べている。
時折麦茶を飲みながら、一心不乱に食事に集中していた。

それを見て満足感を覚えながら、フライパンやボウルを洗って後かたづけをこなしていく。

自分が作ったものを勢いよく食べてもらうことは想像以上に気持ちがいい。
料理をしようと決意したのが、自分のマズイ料理を我慢しながら食べてもらったことが発端だったからこそ、強くそう思うのかもしれない。
それはそれとしても、喜んでもらうと嬉しいし、だから料理が楽しいんだと感じる自分も嫌いじゃない。
昔、まだ男だったころだったなら、そんな感情は認めきれなかったんじゃないかなぁと、洗ったフライパンをもう一度火にかけて乾かしながら考える。

料理として作ったからには、残さず食べてほしい。
でもそれは、無理に、ではなくて、おいしいから結果として残らないってのが理想かな。

「ごちそうさん、うまかった」
「はい。お粗末様でした」
残さずきれいになった皿を笑顔で手にとって、すぐに水洗いする。
よしよし。

「おまえ、料理上手いよな。こんな旨いオムライス初めてだ」
「ふふ、ありがと。気に入ってもらえてなにより。でも、まだまだ研究中だし、もっとおいしくなると思うんだ」
「へぇ。なら完成したら、また食わせてくれよ」
キラキラと目を輝かせる蔡紋。
今は第一印象から感じていた威圧感のカケラも感じない。

「いいよ。どれくらい進歩したか教えてくれるなら」
「おぅ、それなら任せとけって」
そう言って蔡紋は無邪気にニカっと笑う。

「それで、トールから頼まれたって話だけど」
「おぉそれそれ。おまえってすげぇ評判悪ぃけど、実際のとこどうなんだよ?」
「まぁ……確かによくないね」
自然と自嘲の笑みが浮かぶ。
それを図るように見つめながら、蔡紋は言葉を選ぶように、ゆっくりとした口調で話を続ける。

「なぁ、噂ってマジなわけ?」
さっきまでのフレンドリーさと打って変わっての鋭い眼光。

「蔡紋はどう思う?」
その圧力に肩を竦めてみせながら聞き返す。

「マジで答えろよ。おまえ、トールさんを裏切ってたりしたら……」
タダでは済まさない。
言葉には出さなかったが、触れれば切れるような眼光が雄弁に語っている。

「さて、ね。どんな噂なのか把握できてないから無責任に否定も肯定もできないかな」
「…………」
「そんなに睨むなよ。別にトールの彼女でもなんでもないんだから、裏切るもなにも関係ないはずなんだけどな」
「そ、それもそうか……」
今の理屈は通ったのか、蔡紋は迷うように視線を伏せた。

「でも、他人に聞かせて恥ずべきことはやってないよ。そりゃ昔はケンカしたりもしてたけど、その辺はトールも知ってることだろうし」
「そういやおまえ! トールさんに勝ったことがあるって本当か!?」
椅子に座ったまま、ガタガタと詰め寄ってくる。

「……トールが、当の本人は、そう言うんだけどね。確かにやりあったことはあったんだけど、途中から無我夢中で記憶がはっきりしないんだよね。負けてはいないけど、勝ったつもりもないからなぁ」
途中まではしっかりと覚えてる。
地力に差があるから時間とともに劣勢になっていくところまでは。
回し蹴りをガードして吹っ飛んでからの記憶が曖昧なんだ。
その後は、おぼろげにしか記憶がない。
と言うか、なんか抵抗したって感覚があるだけだけど。

「なら、引き分けってことか?」
「良くてそうだろうね。男女差のハンデ込みで負けって言ってくれてるんだと思うけど」
「それにしても十分すげぇよ。トールさんは野郎五人相手でも無傷で勝つような人だぞ?」
まるで自分の自慢をするかのように笑う蔡紋。

「確かにね。今やったら勝負にさえならないと思うよ。自分でもね」
「そりゃそうだろ。俺もトールさんには勝てる気しねぇもん。逆に、おまえが相手なら楽にいけそうだって思ってただけに、おまえがトールさんに勝ったことがあるってのが腑に落ちなかったんだ」
「正直に言うね」
そう言って笑うと、蔡紋も悪びれずに笑い返してきた。

「まぁ、そうだね。私も蔡紋相手なら、良くて引き分けだと思ってた」
そもそも体力が倍以上も違うだろう。
勝ちを狙うには、それこそ急所を狙った一撃必殺くらいしか手がないと思う。

「引き分け? へぇ。なかなか自信あるじゃないか。しかし、まぁそうだな。ちゃんと彼我戦力差ってやつが見えてるじゃねぇか」
ニヤリと笑う蔡紋に『まぁね』と答えて肩を竦める。
敵わないことに、少しだけ悔しいって思うけど、それが現実だ。

「それでもあんたは十分“デキる”レベルなのは確かだけどな。だから、あんま必要ないだろうけど、トラブルん時は手を貸すからいつでも言ってくれ」
それが、トールに頼まれたって言う『困ってたら助けてやれ』ってことの答えなんだろう。
しかし、そうそう蔡紋の手を借りるような事態は起こらないはずだ。
むしろ、今は起こって欲しいと思ってるくらいなんだし。

そんなことを考えて、少し思案してから答える。

「いやいや、トールの心情をおもんばかれば、むしろ蔡紋こそ守ってあげないとって思うんだけど?」
「はぁ? 俺を守る? 必要ねぇよ」
鼻で笑われたけど、特に腹は立たなかった。
理由は今から説明するんだし、なんとなく蔡紋の扱い方がわかったような気もしてたから。

「まぁ聞けって。蔡紋はトールの弟分なんだろ?」
「ん? まぁな」
心持ち胸を張る蔡紋は誇らしげだった。
よっぽどトールのこと憧れてるんだな、コイツ。

「トールは仲間思いだからね。特に弟分って思ってるくらいなんだから、蔡紋にも、きちんと高校は卒業して欲しいって考えるはずなんだ」
「……言ってる意味わかんねぇんだけど」
「入学して、まだひと月経ってないのに、もう停学二回目だろ?」
「…………」
「その調子じゃ卒業どころか進級すら危ういと思う」
「いいじゃねぇか。高校なんて行く意味あんのかよ!?」
わずかに激高した蔡紋が声を張り上げる。
丁度、廊下を通っていた男子生徒が、びくりと身を震わしてこちらを見て、俺たちと視線が合うと足早に通り過ぎていく。

「あるさ。少なくともトールはそう思ってるし……」
あれ? 俺も、高校なんて行く意味ないって思ってたんじゃないか?

「……でも……意味ねぇし」
「なら、学校辞めてまで、やりたいことがあるの?」
これは半分、自分自身への問いかけ。

「……いや、でも、やっぱ意味がねぇっつーか」
「早く社会に出たいとか?」
「お、おぅよ。男なら、やっぱ早く自立しなきゃな」
「やりたい仕事、ある?」
「…………」
沈黙。
蔡紋も答えはまだ持ってないんだと安堵する。

「実は私もね、似たようなものだよ。高校には進学する気はなかった。早く働いて自立したかった。自分だけの力で生きていけるようになりたかった。特にやりたい仕事があるわけじゃなかったんだけど」
「なら、なんで……」
もっともな疑問。少し口を尖らせている蔡紋に微笑みかける。

「初めは両親の希望だった。いろいろと我が侭してた分、そのくらいは叶えてあげたかった。でも、今は違う。かな」
蔡紋は黙って視線を向けたまま、次の言葉を待っている。

「私の置かれている状況は大体わかってるよね?」
問いかけに小さく頷く蔡紋。こちらも視線を合わせたまま頷き返す。

「例えば、ここで学校を辞めたら逃げたことと一緒になる。噂を認めたのと一緒になる。そう思うんだ。私は人に恥じるようなことはしていない、と思う。だから逃げないって決めたんだ。そして、噂は嘘だって説明して言い訳しても信用してもらえないとも思う。だから、あとは行動で示すしかないんだ」
一呼吸置くと、蔡紋が続きを促した。

「だからこそ、『行かなくていい』と考えていた高校生活を、楽しいものに変えようと思ったんだ。行く意味が薄い上に楽しくないなんて無駄でしかないって思うから。だからこそ、今の状況を正反対までひっくり返したい」
笑う俺を不思議そうな顔で見てる蔡紋。
そうだ。このままじゃ終われない。
高校生活から負けて逃げ出すんじゃなくて、勝って立ち去りたい。

「逃げない。負けない。屈しない。こんなところで挫けるようじゃ社会の荒波を乗り越えられないと思う。だから、この立場を打開するために、形振り構わず、藻掻いて、足掻いて、最後まで抵抗してやろうと思うんだ」
「へぇ。で、実際には、なにをどうやるんだ?」
面白いものを見た、という笑みを浮かべた蔡紋の問い。

「生徒会長に、なる」
「……マジで?」
「マジで」
そう答えると、蔡紋は堰を切ったように爆笑した。

でも、不思議と腹は立たなかった。
馬鹿にされても構わないと思ってたし、なによりも蔡紋の笑い方に、マイナスな感情は含まれてなさそうだった。
収まらない爆笑を横目に、後かたづけを済ませて手を洗っていると、息を切らした蔡紋がようやく口を開いた。

「いいね。いいよ、気に入ったよ、あんた。流石はトールさんが見初めただけのことはあるな」
「そりゃ、ど〜も」
そう言われても苦笑するしかない。

「よし。そういう話なら俺も乗った。楽しくて仕方ないって学校生活、挑戦してやろうじゃねぇか。さっきも言ったように、トラブル関係なら任せとけ」
もう蔡紋の中では結論が出てるのか、勝手に話を進めながらドンっと胸を叩く。

「話に乗るのは構わないけど、蔡紋も参加するんなら、いくつか守ってもらわないといけないことがあるよ。それでも良いのなら一緒に変えていってみようか」
組んだ腕の片方を持ち上げて、人差し指をピンと立てる。

「おうよ。どうせ辞めようと思ってたくらいだし、挑戦してやろうじゃねぇか!」
「どうかなぁ? 短気起こしてすぐ降りたりしない? 卒業まで付き合える?」
「それは約束できねぇかも……」
「まぁ、そうならないようトールにも釘を刺してもらおうかな?」
トールの名前を出すと、蔡紋は明らかに動揺した。

「ばっ、トールさんは関係ねぇじゃねぇか」
「そう? 私を守ってくれるのはトールの頼みがあるからだよね」
「それは、そうだけど……」
「なら、タイムリミットは卒業までになるよね?」
「……う」
トールの名前で強引な理論を押しつける。
でも、トールの弟分なら無碍にも出来ない。
守ってもらう名目を楯にして、蔡紋が無事卒業できるまで見守ってあげなくちゃと思う。

「ま。今度トールを交えて話をしようか。結論はそこで出しても遅くはないしね」
「ちっ。分かったよ。答えはトールさんの考え次第だからな!」
「もちろん。じゃぁ今後ともよろしくね」
にんまりと笑って、今日二回目になる握手を交わす。

「……なんか、一杯喰わされた気分だ」
「まぁまぁ、今度また、お昼作ってあげるから」
「マジで!?」
不承不承といった表情の蔡紋をなだめるため口に出た言葉だったけど、予想以上に喰いつきがいい。

「もちろん。約束、守ってくれれば。ね」
「……う」
ウインクすると、蔡紋はバツが悪そうに言葉に詰まる。

とりあえず、蔡紋も一緒に無事卒業できるよう頑張ってみよう。
それなら。なんとか出来そうな気がするから。

それは、ある意味トラウマのひとつなのかもしれない。

性別が変わってから、自分自身のことだけだと、どうも今ひとつ身が入らなくなった。
それは一種の呪いのように行動原理の根本に癒着している。

物心ついた時から頑張ってきた『男らしくなりたい』って努力してたことが、全部徒労に終わってしまった。
それを境に、自分のために頑張る気力が俺の中で無くなってしまった。
もちろん、綺麗さっぱり無くなったわけじゃない。
ただ、その欲求が限りなく薄くなっただけだと思う。

料理を覚えたのも、勉強していたのも、高校に進学したのも、すべて『誰かがそう望んでいた』から、やってこれたんじゃないだろうか。

そして今、生徒会長になるのも、無事卒業することさえ、他の誰かがそう望んでいるからという理由を後ろ盾に頑張ってみようと思ってるんじゃないだろうか。

「おい。顔色悪りぃぞ? 具合よくないのか?」
蔡紋の気遣う声で我に返る。

「ん? あぁ、うん。ちょっと貧血でね」
「保健室行くか?」
「いや、もう大丈夫。さて、後かたづけも終わったし、そろそろ戻ろうか」
疑わしい目を向けている蔡紋に空元気を見せて教室の窓を閉めていく。

ヤバイ、ヤバイ。
また悪い方向への自己暗示に沈んでいくところだった。
なにが理由であれ、今はまだ頑張ることができるんだ。
蔡紋と廊下で別れるまで、それで十分なんだと、心の中で懸命に言い聞かせる。

「……よしっ」
そして、大きく深呼吸して気合いを入れた。

人のためにしか頑張れないことが、どうしようもなく悪いってわけじゃない。
今はまだ、自分のために、それが出来ないだけなんだ。
そう思い直すと、重くなっていた心が少し軽くなった気がした。

 
   






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