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Chapter. 7
Standing position
立つべき場所 15





 
   

体育館に熱気が満ちていた。
明るい日差しが窓から差し込み、ワックスで光る床に明暗のコントラストをくっきりと描いている。
日差しから立ち上る熱気を
、開け放たれた窓から流れ込む心地よい風が攪拌していく。

九重櫻子は眩しい陽の光に目を細めながら、ゆっくりと演壇へ歩み寄る波綺さくらを観察していた。
その視線は、なにかを計るかのようであったが、ふと、その表情に自嘲の笑みがうっすらと浮かぶ。

(ここまでは概ね予定通り。あとはミキちゃんのお手並み拝見っと。でも、私も響ちゃんのこと言えないかな。例のアレが出る条件を絞り込むために、本当はもっと追いつめたかったんだけどな〜。でも予想より脆いところもあったし、この選挙までに立ち直ってもらう必要もあったから妥協しないとだったし。ま、ここひと月で計画以上に仲良くなれたから総合的にはオッケーとしておきましょうか。さて、当選するしないどちらにしろ、赤坂ファンクラブの建て直しは必要よね〜。ミキちゃんをエサに男女とも手駒が最低限揃いそうだし、これで当選できたら委員会そのものをネットワークに組み込んで、情報網の基盤が楽に完成できるんだけどな〜)

櫻子が物思いに耽る中、さくらが演壇の前に進み出て、自然な流れで一礼する。
上半身は微動だにせず腰からゆっくりと倒され、一瞬静止してからスッと頭が上げられる。
それは礼儀作法に則った、立礼の見本であるかのように非の打ち所がなかった。
その表情は引き締められ、少し緊張しているようでもあった。

舞台袖に詰めかけていた四人……赤坂真吾、小椋志保、舞浜透子、尾道香澄は、自分たちも緊張した面もちでさくらを見守っていた。

その様子を横目で見ながら、櫻子は非常時には彼女らにも協力してもらおうと、万が一の時の手段に思いを巡らせる。

(あくまでミキちゃんの手に負えなくなったら、だけどね。でも、これから起こることぐらいは、ひとりで切り抜けて欲しいんだけどな〜)
櫻子がステージ上の席から見回すと、それぞれの思いはあるにしろ、生徒のほぼ全員が演壇のさくらに注目していた。
副会長候補の演説時には俯いている生徒も多かったのだが、今はそんな生徒を見つけることが難しいくらいだった。

例の噂の生徒がなにを話すのか。
そんな興味本位な注目ではあったのだが、元より波綺さくらは、なにもしていなくても目立つ存在だった。
それは今この時も変わりなく、本人の意思とは別に存在感をアピールしていた。

その理由のひとつは背の高さ。
百七十を越える身長は、女子生徒の中では頭ひとつ飛び出してしまう。
それに加え、立ち居振る舞いの指導を受けた姿勢の良さも手伝って、目が素通りできない雰囲気を作っていた。

もうひとつは、その容姿だった。
しかし、あえて形容するなら『美人』だと言えるのだが、女っぽさや色っぽさはあまり感じられない。
言うなれば中性的だと表現できるだろうか。
男と女の印象を計る天秤があったとしたら、波綺さくらは服装とスタイルから女性寄りに傾いてはいるのだが、本人も意識してのことかどうか、雰囲気から女性だと感じさせない部分があるために水平近くまで揺れながら釣り合いが取れていることだろう。
その微妙な違和感も彼女の魅力のひとつとして、目立つ理由に数えられるものだった。

もちろん、ほかにもいろいろとあるのだが、総じて人並み以上の存在感を確かに持っていた。

「みなさん、こんにちは。一年A組、波綺さくらで……」
「引っ込めー」
「そうだ! 帰れ、帰れ!」
「誰もおまえの話なんか聞きたくねぇんだよっ」
さくらの発言と同時に、罵声とどよめきに似た聞き取れない数の私語が体育館を埋め尽くす。
罵声は主に上級生の男子生徒らが多かったが、それに紛れて女子生徒の声も少しではあったが混ざっていた。

「いっそ、そこで脱げー」
「いいぞー脱ーげ! 脱ーげ!」
「帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ!」
シュプレヒコールのように繰り返される言葉とともに、壇上のさくらに向かってトイレットペーパーやテニスボールなどが投げつけられる。

そのほとんどは目標に当たらない軌跡を描いただけに終わったが、テニスボールのひとつがさくらの肩口に、トイレットペーパーのひとつが額に当たってはね返った。
さくらは、ほんの少しだけよろめくと顔を伏せて表情を隠した。

「こらっー! おまえらナニをやっとるかぁー!」
先生たちが騒いでいる生徒たちに注意をするために走り回り、騒然となった体育館が静かになるまで、しばらくの時間を要した。

目を覆わんばかりの罵声が飛び交う中、さくらはゆっくりと顔を上げた。
そして、その声を聞き取ろうとするかように黙って様子を見つめる。
その姿は、泣き出すか、それとも怒るのかと固唾を飲んで見守っていた生徒らには意外なものだった。
表情からは動揺はおろか、怒りや悲しみなどの感情すらも窺えはしなかったが、その視線には強い決意が秘められていた。

もちろん、最前列にいなければ、視力が良くなければ、感受性が高くなければ、壇上にいるさくらの決意までを読みとることは難しいだろう。
だがしかし、その視線に込められたなにかを敏感に感じ取れた生徒も一握りではあったが確かに存在した。

ある程度静かになったのを見計らって、さくらは演説を続ける。

「私自身に会長職が務まるのか、こうして話している今も自信は持てません。自信を持てるほどの知識も、経験も、不足していると思うからです」
「なら引っ込めよ!」
「だから帰れって! 誰も聞いちゃいねえんだから」
体育館が再び騒然とする。



これではまともな演説は到底出来そうにない。
こんなことなら順番を入れ替えてもらっておけばよかったかもな……と、もうひとりの会長候補である野村は考えた。
彼にとってこの状況は喜ぶべきことであり、また予想できていたことだった。
だから取り消せば良かったのにと、己の親切を断ったさくらに対して多少の苛つきを覚えていた。
しかし、これなら自分の当選はほぼ決まりだろうと緩む頬を引き締める。
先ほどの九重とかいう一年の演説で一時はどうなることかと思ったが、こうもあからさまな反発があるならば安心だ。
こうなってもおかしくなかったのだと、野村は再度にやけそうになる顔を引き締めながら考えていた。



「あいつら……好き勝手しやがって!」
舞浜透子は苛立ちを隠さずに、自らのこぶしを手のひらに打ち付けた。

舞台袖から心配そうに覗いている赤坂真吾、小椋志保、尾道香澄らも、それぞれに思うところはあったであろうが、周囲に同調することなく静かにこの状況を見守っていた。
助けに飛び出したいと思うものもいたのだが、事前に『なにが起こっても黙って見ていて』と九重とさくら本人に強くお願いされていたためである。

その中で、赤坂真吾は大きな葛藤を抱えていた。
いくら自分が意図していないにしろ、事の始まりは自らのファンクラブによるものだったと考えるだけで身を切られるような罪悪感に苛(さいな)まれる。
手を伸ばせば届く距離に居ながら、なんの力にもなってやれない。
さくらは気にするなと言っていたが、自分の存在が原因でここまでの迷惑をかけてしまっている現状に怒りが収まらなかった。

思わず飛び出そうとする真吾の腕が掴まれる。
反射的に振り向くと、尾道香澄がさくらに視線を向けたまま静かに首を振る。
力強く腕を掴んだ手は小さく震えていた。

香澄は視線を真吾に向けると、もう一度首を振った。
言葉には出さなかったが『手出しをするな』という明確な意志が伝わってくる。
そしてそれは、香澄が自分自身にも言い聞かせてるようにも見えた。
真吾は香澄に頷き返して大きく深呼吸した。



自分のクラスの席で見ていた蔡紋兼人は憮然とした表情を崩さずにいた。
しかしそれは他のメンバーとは逆に、内心なにか起こらないかと期待してのものだった。
言われなくても黙って見ているつもりだったし、元より騒動が好きで、この状況をさくらがどう凌ぐのかに興味が向いていた。
それどころか、もっと派手に乱闘でも起こらないかと思っていたくらいだった。
もちろん、万が一の時には浹から頼まれたように、さくらのことを守るつもりではある。
がしかし、それは集団リンチにでも発展したときのことで、この場でそれはないだろうとも考えていた。



羽鳥恵も自分のクラスメイトたちと見守っていた。
恵のクラスは彼女と沙也香のフォローもあって、珍しく波綺さくら擁護派がほとんどを占めていた。
恵自身は言い様のない怒りを必死に押さえ込んで黙っていたが、クラスメイトたちは一部の過剰な男子生徒らを非難していた。
しかし、それもこうまで荒れていては沈静化の役割は果たせずに騒ぎの一翼を担うだけだった。



体育館全体が騒然としている中、一年A組とE組は異様に見えるほど静かだった。
本来はそれが正しい姿のはずなのだが、全校生徒が騒いでいる中では逆転して見えてしまう。
これも、さくらと九重から、それぞれ固くお願いされていたことが理由で表向きは沈黙を守っていた。

その中で、高木瀬楓は気の毒に思えるほどに震えていた。
それは、恐怖か怒りか悲しみか、まるで自分が罵声を浴びているかのように怯える楓を、荏原茜と西森桔梗のふたりは寄り添って落ち着かせようとしていた。

それにしても。と、さくらのクラスメイトたちは思わずにいられなかった。
ここまで酷いものだったのか、と。
自分たちが以前目にしていた陰口が可愛く思えるほど、今、明確で大きな悪意が投げつけられている。
それでもステージ上のさくらは落ち着いていた。
いや、少なくとも落ち着いているように見える。
この環境で演説するなんて自分には無理だ。できっこない。
そんな考えをそれぞれ胸に秘めながら、たださくらを見つめていた。

そんな中で草野明美のグループは、ステージ上のさくらではなく周囲に注意を向けていた。
時折、騒ぎに隠れるようにして携帯を手になにかを撮影している。
ほかにも、注意深く見渡せばビデオカメラを手に選挙の様子を撮影している生徒が幾人か見つけることができた。
新聞部か生徒会か、正式に許可を得ているようで教師からのお咎めもないようだった。
少し様子が違っていたのは、カメラを固定して演説風景を撮っている他にも、この騒然とした様子を中心に撮っているものもいることだった。



罵声が飛び交う中、さくらは喚き散らす男子生徒らの一人ひとりを冷静に観察していた。
さくらと視線が交わった男子生徒は、罵倒している相手の表情を見ては次々と黙り込んでいく。
ただ真剣に、まっすぐな視線を向けるさくらと、真っ向から目を合わせ続けることが出来る生徒は皆無だった。

その視線が怒りや悲しみに染まっていたならば、彼らの行為はエスカレートしたかもしれなかった。
だが、自分が罵倒してる相手からとは思えない真剣な眼差しは、心の奥を見透かされているようで、その圧力に誰しも耐えられなかった。

ひとり、またひとりと言葉を無くしたかのように黙っていくにつれ、体育館は表向き静かになっていく。
それはやがて、かなりの私語が交わされているものの、演説が続けられないほどではなくなっていた。

「…………私は。……私は、高校生になって、ごく普通の生徒でありたいと思っていました」
さくらは言葉を切って全校生徒を見回した。
このまま続けられると判断したのか、ひとつ頷いてから続きを話し出す。

「決して目立った存在ではなく、どこにでもいる、普通の生徒でいることを望んでいました。それが今では、皆さんの多くに名前を知られる、悪い意味で有名になってしまいました。……それについては、本来、ここで言うべきことではないのですが、それこそが、私が生徒会長に立候補した大きな理由なので、少しだけ話をさせてください」
もとより演説のための時間であったのだが、さくらはそう前置いて静かにもう一度一礼する。
ゆっくりと頭を上げた時には、微かに微笑んでいるように見えた。

「経験も知識も乏しい私が、どうして会長になろうと思ったのか。それは、今の私を支えてくれているクラスメイトや、先輩や友人たちに、少しでも恩返しをしたいと思ったからです」
静かに。ゆっくり、はっきりと、マイクを通してもなお明瞭なソプラノの声が体育館を満たしていく。
視線を前に向け、原稿を読むでもなく、堂々と落ち着いた態度を保っていた。

(あれ?……嘘? なんで?)
斎凰院卒の一年生の何人かは己の眼を疑うように擦ったり瞬きした。
演壇に立つさくらの姿が、一瞬ではあったが昨年の生徒会長……九條響とダブって見えたためだった。
確かに九條響と波綺さくら両名の背格好は似ている。
しかし、だからといってふたりの纏う雰囲気は全然違うもので、両者を知るものにとっては間違いようがなかったはずだった。

「皆さんも聞き及んでいる噂については、私自身その内容の全てを今も把握できていません。……ですから、私としては噂の真偽について『どう思われようとも、それはどうでもいいこと』だと思っていました。変に騒ぎ立てても誤解を招くだけだし、どうすることもできないことだと思ってましたから。その考えは、こうして話している今も変わってはいません。私ひとりのことであれば、それで構わなかったんです」

先ほどよりは少しだけ体育館が静かになっていた。

影ながら応援している生徒、噂の女生徒がなにを話すのか注目している生徒、なんとなく聞いている生徒、私語に夢中で聞いてない生徒。
そして、野次を飛ばそうにも、そんな空気じゃなくなってきているために黙り込んでいる生徒。
人それぞれではあったが、ついさっきまでと違って演説が続けられる雰囲気になっていた。

「えと、それで、ですね。少しだけ、この場を借りてお礼を述べさせてください」
素の声に戻ったさくらが恥ずかしそうに頭を下げ、そして小さく咳払いする。
さっきまでの堂々としたものとは打って変わって、こちらが本当の『波綺さくら』本人の姿なのだと思わせる仕草と声だった。
わたわたと落ち着かない様子は、別人ではないかと思うほどに初々しく見えた。

「皆さん、本当に、ありがとうございます」
実感のこもった声で短くそう言うと、深々と頭を下げる。
お礼を言われる筋合いのない多くの生徒たちは、戸惑いを隠せずに壇上のさくらを惚けたように見つめていた。

「いろいろと辛いことや嫌なことがありました。でも、それを補って余りあるものを手に入れることもできました。それは、人との繋がりです。大切な友人たち、支えてくれたクラスのみんな、叱咤激励してくれる先輩方、そして、見守ってくれた先生方。苦しいときに差し伸べられた手の温かさと心強さは、私にとって言葉で表せないほどの宝物になりました」
さくらは、その言葉を噛みしめるように自身の胸元に手を当てると、きゅっと握って静かに目を閉じた。
そして、ゆっくりと開いていく。

「……噂ではなく、私を信じてくれた人たちの信頼に応えたい。そう考えるようになりました。こんな私を支え助けてくれた大切な人たちに、いつまでも心配をかけてばかりもいられません。だから、生徒会長になり、その責務を全うすることで、もう大丈夫だと証明したい。そして、生徒会の活動を通して、お世話になった人たちに恩返しをしたい……以上の理由で、私は生徒会長に立候補しました」
言葉を切ると、体育館中がシンと静まり返っていた。
いつのまにか皆の意識は壇上に立つさくらの言葉に集中し、私語さえもなくなっていた。

「もし当選できたならば、私は、私の持てる全力をもって取り組んでいきます。でも、最初に言ったように、今の私は知識も経験も乏しい未熟者です。しかしそれが逆に、前例に囚われることなく物事に対処していける強みにもなると思います。例え、私ひとりでは無理なことでも、生徒会としてなら、さらに各役員のみなさんと一緒ならば、そして、全校生徒のみなさんとなら、さらに、先生方の手助けもいただければ、できないことなんてないはずです」
さくらは間を取るように、ゆっくりと全校生徒を見渡した。

「全校生徒のみなさん一人ひとりが、自分らしく学校生活を楽しく過ごすための手伝いや、やりたいこと挑戦したいことを後押して力添えもできる、そんな生徒会を作りたい。卒業するころには『光陵高校に入って良かった』『光陵高校の生徒で本当によかった』、そんな誇らしく思える学校生活を、みなさんと一緒に実現していきたい。それが、今の私の望みであり、やりたいことです」
全て話し終えた。そんな満足感に似た笑みを浮かべるさくら。

聴衆と化した生徒たちは、それぞれに今さくらが話した未来予想図に想いを馳せていた。
全校生徒のうち、幾人かは確固たるやりたいことや目標を持っていた。
新しい部活を始めたい。どうしても取得したい資格がある。手続きが煩雑で許可が求めにくい物事が多い。強化合宿を援助して欲しい。書庫の整理に人手が足りない。など、こうなればいい、こうしたいという考えはあっても率先して行動してくれる人がいなくて、それを実現することが不可能に近いと諦めかけているものもいた。

でも、だが、しかし。今の話しを信じれば、それぞれの想いが実現できるかもしれない。
少なくとも、ひとりでやるよりも効率的だろう。
手助けしたいと言ってるくらいだから、今までのように断られたりはしないかも。
ここまで虐げられている彼女ならばこそ、本当の手助けができるのかもしれない。
そんな期待感が皆の胸でゆっくりと膨らんでいく。

まだ、演説だけではあったのだが、さくらが語る生徒会の姿に賛同する生徒らは、熱意を込めた視線を壇上の人物へ送っていた。



皆がさくらに注目する中で真っ先にソレに気づいたのは、さくらの右手後ろに位置する推薦者席に座っていた生徒たちだった。

なぜ『それ』が……ハサミが、今さくらの手にあるのか。

持ち上げられていく中で黒い刃が鈍く輝いたが、いち早く気が付いた生徒にとっても理解の範疇を……一瞬ではあったが……越えたモノとして、うまく認識されなかった。
それは、波綺さくらの推薦者である斎藤ちひろにとっても同様で、演説内容も事前に聞いていたものと違っていたし、そもそもハサミが、なにに必要なのかすら、この瞬間には理解できていなかった。

「こんなことで信じてもらえるとは思ってませんが……」
先ほどまでは変わらぬ口調で、さくらは束ねた髪を左手で掴んで引っ張ると、いつのまにか握られていた……と、ステージ下の生徒たちには見えた……右手のハサミを使って切り落としていく。

ジョキ、ジョキンと髪を切っていく音をマイクが拾う。
もともと髪を切るためのハサミではなかったのか、上手く切れずに
さくらは少しだけ顔をしかめた。
それでも、皆が硬直している隙に自分の髪を耳元で切り終えていた。

「これを、今話した内容に嘘偽りがない証にしたいと思います」
左手に握られた一房というには多すぎる髪の毛を、さくらは差し出すように掲げる。
そして、耳にかかった髪の毛を払うように頭を振った。
寄せて切ったがために毛先が揃わず左右のアンバランスさが痛々しくさえ見えた。
だが、それにも関わらずさくらの表情は晴れ晴れとして輝いていた。

「以上で演説を終わります。ご静聴ありがとうございました」
穏やかな笑みさえ浮かべて長く一礼する。

ゆっくりと頭を上げたあと、さくらは自分にあてがわれた席に戻って静かに着席した。
そして、ことをやり遂げたかのように、ふぅっと大きな息を吐く。

体育館は静まりかえったまま、席に戻ったさくらに注目していた。
その気配に気づくと、さくらはキョロキョロと辺りに視線を巡らせる。
そして、
多くの視線に晒されていることを知ったとたんに、その顔が見る見るうちに紅潮する。
真っ赤になって俯く姿は、先ほどまでの確固たる意志に基づく行動と比べ大きなギャップを感じさせた。

その初々しさは、危ういバランスではあったのだが、多くの生徒たちの目に好ましく映った。
そして、今の演説の内容を踏まえて、波綺さくらという生徒を見直すのに十分な効果があったようだった。

その中で
真っ先に拍手したのは蔡紋だった。

様子を伺いながらもまばらに拍手が起こり、それはすぐに打ち寄せる波のような力強さで大きく広がっていく。
やがて体育館全体に木霊するほどの大きな拍手となり、その拍手に背中を押されるように立ち上がったさくらは、もう一度大きく頭を下げた。

(これを計算じゃなくて、自然体で実行しちゃうのかぁ〜ミキちゃんは)
皆と同じく拍手しながらコノエがひとりごちる。

髪を切るパフォーマンスも、下手をすれば、あざとさを与えて逆効果になりかねなかったのだ。
しかし、公私のギャップと本心を語っていると多くの生徒に確信させた真摯さがプラスの方向に働き、概ね好意的に受け止められたことは大きかった。

その余韻は、もうひとりの会長候補『野村勝』の演説時まで長引いた。
野村の演説は人並み以上には上手かったものの、特別ななにかもなく、本人の熱心さが空回りする結果となった。

「ご静聴……ありがとうございました……」
まばらな拍手を聞いて、野村は苦汁を飲まされたような表情で席に戻る。
演説の順番が逆ならば違う結果になっていたかもしれないが、今は完全に裏目に出てしまっていた。

「これで、全候補者の立会演説を終了します。引き続きまして投票に移らせていただきます。お手持ちの用紙に……」

 
   






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